落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
ゲッテルから受け取った紙を頼りに、サビとミリーは職人街の南側へ向かった。
工房が近づくにつれ、道を行き交う魔導車の数が増えていく。
荷台へ金属板や太い鉄骨を積んだ車両が、地面を揺らしながら二人の横を通り過ぎた。車輪が土と石を踏み固め、幹線道路へ続く深い轍を作っている。
「たぶん、あそこね」
ミリーが前方を指した。
職人街の端に、周囲の工房とは比べものにならないほど広い敷地があった。
敷地の一部は、魔導車の行き交う幹線道路へ直接面している。開け放たれた入口からは、鉄骨や金属板を積んだ大型車両が、絶えず出入りしていた。
その中に混じり、一台の魔導車が敷地へ入っていく。
荷役用の車両とは違い、細身の車体には汚れや傷がほとんどなく、黒い外装の継ぎ目には銀色の金属が整然と走っていた。駆動音も周囲の車両より小さく、滑るように敷地の奥へ消えていく。
サビは一度だけそちらへ目を向けたが、すぐに工房へ視線を戻した。
太い鉄骨や黒ずんだ金属板が、壁のような高さまで積み上げられていた。その間を作業員たちが行き交い、荷車や簡易クレーンを使って資材を運んでいる。
敷地の奥には、倉庫にも見える巨大な建物がそびえていた。
屋根からは三本の太い煙突が伸び、黒い煙を空へ吐き出している。
「随分でかいな」
「建物の梁や魔導車まで作ってるなら、これくらい必要なんでしょうね」
入口の上には、歯車と槌を組み合わせた大きな看板が掲げられていた。
ゲッテルから聞いた目印と同じだった。
二人が敷地へ足を踏み入れると、金属を打つ音が四方から押し寄せてきた。
槌が鉄を叩く甲高い音。
巨大な部材を削る低い摩擦音。
鎖が張り詰め、重い金属が吊り上げられる音。
さらに建物の奥からは、炉の熱気と燃料の焦げた臭いが流れてくる。
サビは行き交う作業員や魔導車を避けながら、周囲を見渡した。
ゲッテルの工房では、作業台の上に載せられる防具や革を扱っていた。
だが、ここに並んでいるものは違う。
金属板の一枚だけでも人間の背丈を超え、加工途中の骨組みは、小さな建物のような形をしていた。
「こいつなら、確かに混じっても目立たないな」
サビは肩に担いだ巨剣槍へ目を向けた。
「十分目立ってるわよ」
近くを通った作業員が、二人と巨剣槍を交互に見ながら足を止めた。
「何の用だ?」
サビは懐からゲッテルに渡された紙を取り出した。
「これを見せろと言われた」
作業員は紙を受け取ると、書かれた内容へ素早く目を通した。
「ゲッテル爺さんの紹介か。ついて来てくれ。トレック加工主任に取り次ぐ」
そう言うと、作業員は巨大な建物の中へ入っていった。
サビたちも作業の邪魔にならないよう、巨剣槍を担ぎなおすとその後を追う。
入口を越えた途端、肌を焼くような熱気が顔へまとわりついた。
内部では、炉から赤く熱せられた金属の塊が運び出されていた。
複数の男たちが長い器具を使い、天井から伸びた太い鎖を操作して、金属を巨大な加工台の上へ載せていく。
作業員たちが離れると、頭上に据えられた巨大な魔導槌が動き出した。
轟音とともに、赤熱した鉄を規則的に打ち据える。
床が僅かに揺れ、空気を震わせる衝撃がサビの腹まで伝わってきた。
サビたちは先導する作業員の指示に従い、資材や作業員の動線を避けながら、建物の隅へ移動する。
その先では、さらに大きな炉が赤い光を放っていた。
燃え盛っていた炎が一度弱まり、炉の前に立っていた男が片手を上げる。
男は厚い革の前掛けと、金属で補強された作業用の保護具を身につけていた。
剥き出しになった両腕には、古い火傷の痕が幾重にも残っている。
顔の右側にも、頬から首筋へかけて皮膚が引きつれたような痕があった。
男が炉の中へ手を向ける。
その腕に赤い燐光がまとわりついた。
次の瞬間、炉の奥で炎が爆ぜた。
低い轟音とともに赤い火が一気に広がり、弱まっていた炉内を再び満たしていく。
周囲の作業員たちは驚く様子もなく、炎の勢いを確かめると、燃料と空気を送り込む装置を調整し始めた。
「あの人も変質魔力者ね」
ミリーが小さな声で言った。
「ああ。火か」
サビは、男の腕へ集まった魔力を見つめた。
魔力の気配そのものは感じ取れる。
だが、普通の人間が纏うものとは質が違っていた。
通常の魔力が、形を変える前の水のようなものだとすれば、男の魔力は最初から熱を孕んでいる。
サビが持つ魔力も同じだった。
重さを変える以外には使えない代わりに、通常の魔力とは明確に異なる性質を持っている。
(こいつも、俺と同じか)
しばらく炎を送り込んだ後、男は僅かに顔をしかめ、腕を振った。
先ほどの火炎の濁流が一瞬で消える。
男は水を張った桶へ手を突っ込み、腕を冷やしてから、再び炉の状態を確かめていた。
火を起こせるからといって、熱まで無視できるわけではないらしい。
先導していた作業員が、その男の元へゲッテルからの手紙を持っていく。
男は手紙へ目を通し、しばらくするとサビたちの方へ顔を向けた。その視線が、サビの肩に担がれた巨剣槍で止まる。
手紙を作業員へ返すと、そのまま二人の元へ歩いてきた。
「こちらがトレック加工主任だ」
作業員はそう紹介すると、一礼して自分の持ち場へ戻っていった。
トレックと呼ばれた男は、サビの肩に担がれた巨剣槍を見上げる。
「……なるほどな」
火傷痕の残る顔が、僅かに険しくなった。
「武器の修理を頼みたいってのは、それのことか?」
「ああ」
「まずは確認させてくれ。引き受けられるかどうかは、それからだ」
トレックはサビたちを、建物の奥にある加工場へ案内した。
そこだけでも、ゲッテルの作業場の数倍はある。
床には太い金属の溝が走り、巨大な部材を固定するための金具や鎖が幾つも並んでいた。壁際には、人間の胴ほどもある工具や、用途の分からない大型の器具が置かれている。
「そこへ載せてくれ」
トレックが指したのは、分厚い金属板を太い脚で支えた作業台だった。
サビは巨剣槍を持ち上げ、台の中央へ静かに下ろす。
鈍い音が響いた。
だが、ゲッテルの工房では床や台を沈ませていた巨剣槍を載せても、作業台は軋み音1つ立てなかった。
トレックは刀身の端から柄元までを一度見渡すと、厚い手袋を外した。
「随分と使い込んでるな」
欠けた刃へ指を近づけ、走っている罅を目で追っていく。
「どこで手に入れた?」
「遺跡のゴーレムが持っていた」
トレックの手が止まった。
「……ゴーレムの武装か」
先ほどまでとは違う目で、もう一度巨剣槍全体を見直した。
刀身の先端と柄尻は大きく欠け、刃にも幾つもの刃こぼれが生じていた。
その中でも最も大きな欠損から、細い罅が刀身の内側へ向かって伸びている。
柄は人間が両手で握れる限界に近い太さだった。よく見れば、度重なる衝撃によって僅かに歪んでいる。
全体は黒く、光沢のない金属で形作られていた。
トレックは表面を指先で軽く撫で、露出した断面へ目を凝らす。
「貧者の暗銀か……それも、かなり高密度に加工されてる」
「分かるのか?」
「ああ。ここじゃ梁や魔導車の骨組みにも使うからな。ただし、同じ暗銀でもこいつは別格だ。今の工房で同じ密度に仕上げようとすれば、手間も金も相当かかる」
トレックは欠けた柄尻の断面を覗き込むと、眉をしかめた。
黒い金属の内部に、細い線が幾重にも走っている。
「……何らかの魔導回路が組み込まれてるな」
「魔力を通すためのものか?」
「おそらくな。暗銀そのものは魔力の馴染みが悪い。だから別の金属を細く埋め込んで、回路にしてあるらしい」
トレックは作業台の脇から細い金属棒を取り、断面に露出した線を指し示す。
「刀身の中だけじゃない。欠損した柄尻の方にも、先まで回路が続いてる」
「何のためだ?」
「そこまでは分からん」
トレックは柄から刀身へ視線を移し、腕を組んだ。
「武器を強化するだけなら、回路を全体へ均等に通せばいい。だが、こいつは柄尻の方へ何本も集まってる。何か別の仕掛けが付いていた可能性が高いな」
サビは折れた柄の先へ目を向けた。
これまで、そこに何かがあったとは考えたこともなかった。
「直せるのか?」
「罅を塞いで、外側を補強するだけならできる」
トレックは大きく欠けた刀身を指で叩いた。
「だが、炉へ入れて鍛え直せば、埋め込まれた回路はまず潰れる。欠けた部分へ別の金属を継ぎ足すにしても、回路まで元どおり繋げられる保証はない」
「武器として使えるなら、それでいい」
「今はな」
トレックはそう答えると、もう一度柄尻の断面を覗き込んだ。
「だが、何の仕掛けかも分からんまま潰すには、少し惜しい代物だ」
トレックがそう呟いた時、加工場の入口から複数の足音が近づいてきた。
「トレック加工主任。先ほどの魔導車フレームについて、正式に発注をいただきました」
工房の紋章を胸につけた男が、書類を抱えて入ってくる。
その隣には、長い髪の女が歩いていた。
髪は黒に近い紫色で、腰の辺りまで伸びている。丁寧に整えている様子はなく、幾つかの毛束が肩や背中でばらばらに跳ねていた。
細い金属縁の眼鏡をかけ、その奥の目元には薄く隈が浮かんでいる。
身につけている服は高価そうだったが、袖を無造作に捲り、腰には工具や小型の魔道具を詰め込んだベルトを下げていた。
その後ろには、二人の女が一定の距離を保って続いている。
二人とも黒い頭巾と、身体の線を隠すゆったりとした黒衣を身につけていた。胸元には、月を模した銀色のペンダントが垂れている。
若い女の方は、細い剣を腰に差しており、無表情でついて来ている。
もう一人は白髪の混じった老女だった。
黒衣から覗く手足には、指先まで布が何重にもまかれており、腕裾には僅かなふくらみがあった。
深く刻まれた皺と穏やかな表情だけを見れば、教会にいる年老いたシスターにしか見えない。
だが、その背筋は真っ直ぐに伸び、歩く足取りにも僅かな揺らぎもなかった。
「詳細な寸法については、後日こちらの技師から改めて――」
「なかなか面白そうなことになってるじゃないか!」
女が営業担当の説明を遮り、声を上げた。
トレックは女へ目を向けると、火傷痕の残る顔を露骨にしかめる。
「商談は終わったんじゃなかった――」
「終わったね! 確認したいことも済んだところだ!」
トレックが言い終わる前に、女が勢いよく言葉を被せた。
トレックの顔がさらに険しくなる。
「……なら、さっさと帰ってくれ……」
女はすでにトレックを見ておらず、加工台の巨剣槍を見つめていた。
そして、その近くに立っているサビへ目を留める。
「……ほほう!」
眼鏡の奥の目が、僅かに見開かれた。
次の瞬間、その口元に面白そうな笑みが浮かぶ。
トレックはその表情を見ると、さらに眉間の皺を深くした。
「おい。余計なことを考えるなよ」
「まだ何も言っていないではないか」
「その顔をした時のお前は、碌なことを考えとらん」
女はトレックの言葉を聞き流し、サビへ近づいてくる。
「前に話した件なら、もう断ったはずだぞ」
「今日はキミに用があるわけじゃない!」
「……客に絡まないでくれ」
二人のやり取りに、サビとミリーは顔を見合わせた。
女はサビたちのすぐ近くまで来ると、加工台の上に置かれた巨剣槍を覗き込んだ。
「これは遺跡から持ち出したものか?」
「ああ。ゴーレムが使っていた」
サビが答えると、女の視線が巨剣槍からサビへ移った。
赤錆色の髪と傷だらけの顔を一度見た後、肩や腕、掌へ順に目を走らせる。
「キミが使っているのか?」
「ああ」
女はもう一度、巨剣槍を見た。
その笑みが、先ほどより少しだけ深くなった。