落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
サビとミリーの出会い方を変えました。
影響がある話は3.4.5.6.24話です。
ここまで読んでいただいた方には、申し訳ございません。
大きく本筋が変わるわけではないです。
店を出た後、サビとミリーはベロニカたちの魔導車を見送った。
通りは昼を少し過ぎた頃で、まだ強い日差しが落ちている。
食事を終えた客たちが店から出てくる一方で、荷運びの作業員たちは休む間もなく街を行き交っていた。
若いシスターが運転席に座り、老いたシスターは最後までベロニカの隣に控えていた。
黒い車体はほとんど音を立てずに走り出し、幹線道路を行き交う車両の中へ紛れていく。
サビはその姿を見送ると、店の脇へ立てかけてあった長い鉄の棒を持ち上げた。
巨剣槍を預けた後、トレックの工房にある廃棄予定の鉄屑置き場から借りてきたものだった。
元は大型魔導車の駆動軸らしく、サビの身長を大きく超える長さがある。
一端には錆びついた大きな歯車が残り、欠けた歯が不揃いに並んでいた。
両手で何とか握れる太さの軸には、持ち手として使う部分だけ、滑り止めの布が応急的に巻かれている。
工房から店までは、ベロニカの魔導車の荷室へ積んでもらっていた。
サビは駆動軸を軽くして肩へ担ぐ。
「……何だったんだ、あいつ」
「こっちが聞きたいわよ」
サビとミリーは疲れたように息を吐き、歩き始めた。
宿に戻るため大通りへ出ると、来た時よりも人通りが増えていた。
道の脇では、大工たちが長い木材を組み、幾つもの露店用の屋根を作っている。建物の間には色の違う布が渡され、その下では商人らしき男たちが場所を巡って言い争っていた。
荷車には酒樽や穀物の袋が山積みにされ、別の一角では薄い金属板を三日月や星の形へ切り抜き、紐へ通して飾りを作っている。
幹線道路の方へ目を向ければ、見慣れない紋章をつけた魔導車や荷車が列を作っていた。
埃にまみれた車体。
檻に入れられた大人しそうな魔物。
布に包まれた長大な荷物。
荷台の上から周囲を見回す、武装した護衛たち。
エクスランドへ入ってきたばかりなのか、御者たちはエクスランドの巨大な防壁を見上げながら、作業員の誘導に従っている。
「何かあるのか?」
サビが尋ねると、ミリーが通りの上に張られた飾り布を見上げた。
「もうすぐ大市の時期なのよ」
「大市?」
「各地の防壁都市や集落、魔都の攻略拠点から商人が集まってくるの。普段は手に入らない物も大量に並ぶし、夜には酒や食べ物の屋台も出るわ」
「祭りか」
「半分はね。残り半分は商売よ」
ミリーは街道から入ってきた隊商へ目を向ける。
「ここで荷物を売った商人が、今度はエクスランドの武器や部品を積んで別の街へ向かう。その時期は護衛も大量に必要になるから、傭兵ギルドも依頼でいっぱいになるわ」
「護衛か」
サビは遠ざかる隊商の荷台を目で追った。
これまで、エクスランドの外へ出る理由は魔物の討伐か遺跡の探索くらいしか考えていなかった。
だが、街と街の間には、人や荷物を運びながら生活している者たちもいるらしい。
「武器が戻るのは五日後だったな」
「防具は七日後よ。護衛を受けるにしても、それからね」
「ああ」
サビは短く答えた後、再び大市の準備が進む通りを見渡した。
まだ祭りは始まっていない。
それでも街の至る所で、人と物が集まり始めていた。
「完成するまで、あのベロニカって女も工房にいるのよね」
「最初の二日は、トレックと設計を詰めるらしい」
「……大丈夫かしら」
「腕は確かだって言ってただろ」
「技術の話じゃないわよ」
ミリーは呆れたように息を吐いた。
「いきなり背骨に魔導具を埋めようとしてくるような相手よ。警戒するに決まってるでしょ」
「断ったら引いたぞ」
「事故を装って手足を欠けさせる話までした後でね」
サビは返す言葉がなく、口を閉じた。
少しの間、二人は通りを進んでいく。
やがてミリーは、幹線道路の先へ消えていった黒い魔導車の方角へ目を向けた。
「でも、普通の外壁の技師じゃないでしょうね」
「何で分かる」
「あの魔導車よ。あれだけ大型なのに、走っている時の音も揺れもほとんどなかった。外装だけ高価な車じゃないわ」
ミリーは指を折りながら続ける。
「規模の大きい魔導機械を持ってる工房の職人が認める技術を持っていて、あれだけの額をその場で上乗せできる。それに武装した護衛まで二人連れてる」
「変な格好だったな」
「シスターって言うのよ。それに二人とも隙がなかったわね」
特に年老いた方は、ベロニカがどれだけ騒いでもほとんど表情を変えていなかった。
ただ静かに隣へ控えているだけだったが、サビにも若い護衛以上に近寄りがたいものが感じられた。
「内壁の関係者かもしれないわね」
「内壁?」
「研究所や大きな商会と関わっていたとか。何か事情があって、外壁へ出てきた技師なのかもしれない」
「追い出されたのか」
「本人を見てると、ありそうなのが困るわね……」
ミリーはそう言ってから、僅かに声を落とした。
「ただ、あれだけの技術と金があれば、外壁へ出ても困らないでしょうね。むしろ好き勝手に研究するために、自分から出てきた可能性もあるわ」
「どっちでもいい」
「よくないわよ」
ミリーがサビを睨む。
「巨剣槍を預けてる間くらい、何をされるか確認しておきなさい」
「トレックはまともそうに見えたが」
「あの人が止めても、聞かないでしょうが」
サビは、工房で目を輝かせていたベロニカの姿を思い出した。
確かに、止められた程度で興味を失うようには見えない。
「……五日後、受け取る時に確認する」
「そうして」
ミリーはようやく頷いた。
「それまでは依頼は無しね。巨剣槍も防具もないし」
「なら、魔力の訓練をするか」
サビが答えると、ミリーは肩に担がれた魔導車の駆動軸へ目を向けた。
先端に残った錆びた歯車を眺め、呆れたように大きく息を吐く。
「巨剣槍がなくても、それで大人しくする気はないのね」
「訓練には使える。試したいことが何個かある」
「でしょうね」
ミリーは諦めたように答えた後、僅かに表情を引き締めた。
「……ちょうどいいわ。私も確認しておきたいことがあるの」
「じゃあ決まりだな」
サビはそう言うと、駆動軸を肩へ担ぎ直した。
その日の午後、二人は街の外れにある傭兵向けの訓練場を訪れた。
硬く踏み固められた地面には、武器を振るうための広い空間が取られ、端には傷だらけの木製標的が幾つも並んでいる。
サビは駆動軸を地面へ下ろすと、持ち手に巻かれた布の位置を確かめた。
「まず、重くできるか試す」
「今までは、軽くした物を元の重さへ戻していたのよね」
「ああ。それより重くできるかは、まともに試してねえ」
「ケガしないでね」
ミリーに釘を刺されながら、サビは錆びた歯車のついた先端を地面へ置いた。
軽くしたままの駆動軸を斜めに立て、反対側を両手で握る。
元の重さへ戻してしまえば、持ち上げたまま支えることはできない。だが、片端を地面につけた状態なら、手元へ掛かる負荷を確かめられる。
サビは駆動軸へ向けていた力を、少しずつ弱めていった。
軽くしていた鉄の軸へ、本来の重量が戻っていく。
手に掛かる重みが増し、巻かれた布が掌へ食い込んだ。腕から肩へ負荷が伝わり、軸を支える両足にも自然と力が入る。
「もう元の重さに近い?」
「ああ」
「持ち上げられそう?」
「無理だな」
先端を地面へ置いているからこそ、辛うじて斜めに立てていられる。
(感覚的には、対象から何かを入れ替えるように流すと軽くなる。じゃあ押し込む様に流せばいいのか)
サビは一度呼吸を整えると、今度はこれまでとは違う魔力の流し方を試した。
「……」
しかし、特に変化は発生しない。
(何となく、やれそうな気はするんだが)
サビは、改めて自分の魔力に集中し、何度か繰り返す。
「あ」
何度目か試していると、突然、駆動軸の重さが増したのを感じた。
更に魔力を込めると本来の重さを越えて、さらに重量を加えていく。
手元へ掛かる負荷が急激に増した。
駆動軸から微かに、赤黒い煙のようなものが上がる。
「ぐっ……」
サビの肘が僅かに沈む。
同時に、地面へ置かれた歯車の先端から石の砕ける鈍い音が響いた。
錆びた歯が硬い地面へ食い込み、周囲の土に細い亀裂が走る。
「大丈夫?」
ミリーが心配げにその様子を見ていた。
「ッチ!」
サビは耐えられなくなる前に魔力の向きを切り替え、駆動軸を再び軽くした。
腕へ掛かっていた重圧が消え、地面へ沈みかけていた歯車が僅かに浮き上がる。
サビはそのまま駆動軸を引き抜いた。
歯車の下には、砕けた石と不揃いな歯の形に沿って浅い穴ができていた。
サビは全身にかかる大きな疲労感を追い出すように息を吐く。
「……できるな」
「できるけど、凄い汗よ?」
「魔力をかなり使う……連続で出来る気がしねえ」
「そうなの?普段の時はそこまで疲れてる感じしないけど」
ミリーはそう言いつつ首を傾げた。
「それに、今までどうして試さなかったの?」
サビは軽くなった駆動軸を持ち上げ、肩へ担いだ。
「軽くして振って、当たる前に元へ戻せば、それで魔物は潰せた」
巨剣槍は、本来の重さへ戻しただけでも十分すぎる威力を持っていた。
それどころか、振り抜いた後の勢いと反動に引きずられ、何度も隙を晒している。
「元の重さに戻すだけで、腕ごと持っていかれてたからな。さらに重くする意味なんて考えなかった」
「ゴアグリズリーと戦うまでは、それで足りていたものね」
「ああ」
だが、あの巨体を相手にした時、軽さと速さだけでは押し切れなかった。
より重い一撃を作れるのなら、試さない理由はない。
「次は、どこまで増やせるかだ。」
「まずは今の重さを測る方法を考えてからよ」
サビは軽く空を見上げると、唸った。
「……どうしようか」
「うーん。そうねえ……——」
そうして、その後は検証方法を変えてみて、様々な角度から検証を繰り返した。
どこまで重くできるのか。
どれだけの時間、維持できるのか。
武器と身体の重さを、同時に別々に変えられるか。
そして、振り抜く一瞬だけ重量を増せるのか。
確認することはいくらでもあった。
検証を繰り返した後、魔力が尽きかけたサビは休憩をすることにした。
今度はミリーが標的の前へ立った。
左手を掲げ、掌の上へ魔力を集めていく。
「私も、矢の固定がどこまで安定してるか確かめるわ」
集められた魔力が細長く伸び、一本の矢へ形を変えた。
その様子を眺めていたサビが、僅かに眉を寄せる。
「……ミリー」
「何?」
「お前、こんなに魔力が濃かったか?」
ミリーの手元へ集まった魔力は、ゴアグリズリーと戦った時よりも明らかに強く見えた。
毎日一緒にいたため、変化そのものには気づかなかった。
だが、こうして一か所へ集中させると分かる。
以前よりも、ミリーの全身から感じる魔力の気配が大きくなっていた。
「やっぱり、そう見える?」
「自分でも分かってたのか」
「少しだけね。矢を作るのも早くなったし、形も崩れにくくなってる」
ミリーは困惑したように、掌の上で固定された矢を見つめた。
「でも、おかしいのよ。魔力の扱いは、普通なら訓練して少しずつ上達するものなの。何もしていないのに、短い間で急に変わったりはしない」
そう言いつつ、魔力矢を弓につがえると、的へ向かって放った。
狙ったのは、枯れ木へつけられた目印だった。
銀白色の矢はその中心を射抜き、幹を貫通すると、その後ろに積まれた瓦礫へ半ばまで突き刺さった。
二人はしばらく、その光景を見つめた。
「……ゴアグリズリーの時より強いわ」
「……まあ、強くなる分には好都合だろ」
サビが突き立った魔力矢に目を向けたまま、答える。
ミリーは顔を向けた。
「理由が分からないのよ」
「弱くなったわけじゃねえ」
「そういう問題じゃ――」
「バーグを追うんだろ」
サビの言葉に、ミリーは口を閉じた。
「使えるものなら、使ったほうが良いだろう」
ミリーは納得しきれない表情のまま、瓦礫へ突き刺さった矢を見つめる。
やがて小さく息を吐くと、再び掌へ魔力を集め始めた。
「……そうね。まずは、バーグを何とかできるようにならないと」
「ああ」
「それに、あなただけ先へ行かせるつもりもないから」
ミリーはサビへ一瞬だけ目を向けると、すぐに標的へ視線を戻した。
掌に浮かんだ矢が、先ほどよりも細く絞られていく。
「あなたの方もよ。無茶をして腕が抜けても、脊椎に変な物はつけさせないからね」
「分かってる」
「本当に?」
サビは答えず、魔力が回復したので、再び錆びた駆動軸を構えた。
隣では、ミリーが次の矢を弓へつがえていた。
その後も二人は、休憩を挟みながら訓練を続けた。
サビが駆動軸を振るい、ミリーがその動きを見て気づいたことを伝える。今度はミリーが矢を放ち、サビが魔力の濃さや軌道の変化を答えた。
互いに意見を言い合い、何度も同じ動作を繰り返していくうちに、空は次第に赤みを帯びていった。
訓練場の先には、外壁の外へ続く広い平野が見える。
一面に広がっているのは、乾いた土と砕けた瓦礫だった。その隙間から、背の低い草や細い木がまばらに生えている。
遠くには、途中で折れた柱や、地面から僅かに突き出した壁の残骸が黒い影となって並んでいた。土に埋もれかけた舗装路も、夕日を受けて所々だけ白く浮かび上がっている。
日が傾くにつれ、外壁都市の長い影が瓦礫の上へ伸びていく。
それでも二人は手を止めず、辺りが暗くなるまで、それぞれの力を確かめ続けた。