落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
二人はそのまま、水路沿いの通りを進んでいく。
商業区の店先には、普段よりも多くの商品が並べられていた。
色鮮やかな布。
細かな模様を刻んだ食器。
遠方の集落で作られた籠や木彫りの人形。
磨かれた魔石を嵌め込んだ首飾り。
ミリーが、その中の1つへ目を留めた。
細い鎖の先に、淡い青色の石が下がっている。
宝石というほど上等な物ではないようだったが、朝の光を受けて、水面のように揺らめいていた。
「これ、綺麗じゃない?」
ミリーが首飾りを指差した。
サビも足を止め、店先へ目を向ける。
「ああ。良いんじゃないか」
「……それだけ?」
「他に何かあるのか?」
サビが首を傾げると、ミリーは数秒ほど黙った。
やがて堪えきれなくなったように、小さく笑う。
「別に。あなたに聞いた私が悪かったわ」
「気に入ったなら買えばいいだろ」
「今はいいわ。防具や道具にもお金がかかるし」
「そうか」
サビはそれ以上気にした様子もなく、歩き出した。
ミリーも首飾りをもう一度だけ眺めた後、その隣へ並ぶ。
「相変わらずだね」
「何がだ」
「何でもない」
ミリーは笑いながら答えた。
やがて、通りの様子が少しずつ変わり始める。
石造りの店舗が並ぶ区画を抜けると、建物同士の間隔が広くなり、その隙間を埋めるように簡素な露店が増えていった。
木材を組んだだけの屋台。
地面へ直接敷かれた布。
魔導車の荷台をそのまま店代わりにした商人。
屋根や看板も作らず、木箱の上へ商品を並べただけの店まである。
通路の幅や店の向きも統一されていない。
人が集まった場所に後から道ができたように、露店の間を細い通りが曲がりくねっていた。
「ここからが露店区画よ」
「随分と雑だな」
「自分の店を持てない商人や、街に来たばかりの行商が多いからね。祭りが近づくと、空いてる場所はほとんど埋まるわ」
サビは周囲へ目を向けた。
専門の店と比べれば、並べられている商品の質も種類もばらつきがある。
欠けた食器や使い古された工具。
何に使うのか分からない金属部品。
革袋に詰められた香辛料。
地方で作られた衣服。
古い武器や防具の一部。
別の露店では、黒い円盤が木箱へ立てかけられていた。
「あれは何だ?」
「前に言ってたレコードよ。音楽が記録されてるの」
サビは円盤の表面へ目を凝らした。
細かな傷が、街灯の光を受けて何本も浮かんでいる。
「これだけじゃ音は出ないわ。再生する道具が必要なの。それに、傷が多い物はまともに聞けないこともある」
その隣には、紙の束や薄い本が無造作に積まれていた。
表紙に人物の絵が描かれたものもある。
サビはその中から、自分の持つ本と似た形の一冊を見つけた。
「コミックもあるな」
「ええ。ただ、こういう露店に並ぶ物は、保存状態が悪かったり、途中の巻だけだったりすることが多いわ」
サビは木箱の中を覗き込んだ。
表紙の剥がれた本や、端が黒く焼けたものまで混じっている。
「中身も分からず売ってるのか」
「遺跡からまとめて持ち帰って、そのまま並べてることもあるから。専門店なら、ある程度は調べてから売るけどね」
サビは傷んだ本を一冊持ち上げ、値札を確かめた。
以前遺跡から持ち帰ったコミックを思えば、驚くほど安い。
「ギルドじゃ値がつかねえ物か」
「普通の娯楽作品なら、それほど高くは買わないわ。ギルドが重視するのは、今の研究や生活に使える資料だから」
ミリーは指を折りながら続けた。
「技術書、医療書、地図。あとは有名な歴史書や、保存する価値があると判断された本ね」
サビは手にしたコミックを木箱へ戻した。
「なら、こういう物は役に立たねえから安いのか」
「必ずしもそうじゃないわ」
ミリーは積まれた本の中から一冊を抜き、傷んだ表紙を確かめた。
「内壁の金持ちや収集家が探している作品なら、ギルドより民間で売った方が高くなることもある。欠けている巻や、保存状態のいいものを個別に集めてる人もいるから」
サビは並んだ本と、それぞれにつけられた値札を見比べた。
「役に立つかじゃなく、欲しい奴がいるかで値段が変わるのか」
「そういうこと」
サビは積まれた本へ、もう一度目を向けた。
使い道のない紙の束にしか見えない物でも、探している人間がいれば高値になる。
物の価値は、強さや役立つかどうかだけで決まるわけではないらしい。
さらに奥には、古びた魔道具や遺物らしき品も置かれていた。
片方だけの金属製の腕。
割れた透明な板。
錆びた小箱。
何本もの管が伸びた用途不明の器具。
中には、ただの鉄屑にしか見えない物もある。
「使えるのか?」
「使えない物の方が多いでしょうね」
「それでも店に並べるんだな」
「直せる技師、部品を探してる職人、珍しい物を集めてる人。あとは、本当に使える遺物が混ざってるかもしれないって賭ける人ね」
客の多くは、何かを買うというより、珍しい商品を眺めながら歩いていた。
露店の商人もそれを分かっているらしく、声を張り上げながら商品の由来を大げさに語っている。
「開闢王が使った杯だ!」
「魔境を越えた遺跡から持ち帰った魔導具だよ!」
「前時代の人気歌手、その本物のレコードだ!」
どれも本当かどうかは怪しい。
それでも人々は足を止め、商品を手に取り、商人と言葉を交わしていた。
雑多な品物が並ぶ露店区画は、市場であると同時に、各地から集まった珍品を見て回る場所にもなっているようだった。
サビは店先へ並ぶ品々を眺めながら、ミリーとともに人混みの奥へ進んでいった。
しばらく歩くうちに、露店の様子が少しずつ変わり始める。
通りの入口付近に並んでいた店は、屋根や棚を備え、それなりに商品も整理されていた。
だが奥へ進むほど、店構えは簡素になっていく。
木箱へ布を掛けただけの台。
壁へ商品を立てかけただけの店。
地面へ直接品物を並べ、客が来るまで横で眠っている商人。
祭りの飾りも減り、頭上へ渡された色布の代わりに、建物同士を繋ぐ洗濯物や古びた縄が増えていた。
石畳も途中で途切れている。
踏み固められた土の道には水溜まりやごみが残り、店と店の隙間には、薄暗い路地が何本も伸びていた。
その奥には、継ぎ足しを繰り返した小屋や、壁の一部を布と木板で塞いだ住居が見える。
客の姿も変わっていた。
祭り見物に来た家族連れや、着飾った商人は少ない。
代わりに、汚れた作業着の男や、痩せた子供、顔を隠した者たちが増えている。
商品の値段を尋ねるのではなく、店主へ小声で何かを伝え、そのまま路地裏へ案内される者もいた。
ミリーは周囲を見回しながら、僅かに歩調を落とした。
「この辺りから先は、あまり奥へ入らない方がいいわね」
「何でだ」
「露店区画と貧民街の境目よ。少し裏へ入れば、表で売れない物を扱ってる店もある」
ミリーの視線が、路地の入口に立つ二人組の男へ向く。
二人とも商品を売っているようには見えない。
通りを歩く人間の顔を確かめ、時折、近づいてきた者と短く言葉を交わしていた。
「地元のマフィアも、この辺りには多いわ。財布や荷物にも気をつけて」
「ああ」
サビは短く答え、駆動軸を持つ手の位置を少し変えた。
だが、警戒を強めるミリーとは違い、サビは周囲の景色に奇妙な懐かしさを覚えていた。
狭い路地。
崩れた壁。
建物の隙間へ張られた布。
道端へ座り込み、通行人の持ち物を眺めている子供たち。
鼻につく生ごみと煙の臭い。
どこかで煮込まれている、薄いスープの匂い。
バーグ達にさらわれる前に過ごしていた場所に似ている。
(この辺りで今夜寝るなら、どこにするか)
崩れた屋根の下。
雨を防げる壁際。
人通りが少なく、それでいて完全な袋小路ではない場所。
サビは無意識のうちに、夜を越せそうな場所を選びながら歩いていた。
「……サビ?」
ミリーの声に、サビは顔を向けた。
「何だ」
「いや。随分と慣れた様子で見てるから」
「昔いた場所と似てる」
サビが答えると、ミリーは周囲を改めて見回した。
「ここに住んでたの?」
サビは路地の奥へ目を向けた。
「ここだったかは分からない。ただ、似てる」
「そう……」
ミリーはそれ以上聞かなかった。
代わりに、サビとの距離を少しだけ縮める。
警戒するように路地の奥へ視線を送りながら、再び並んで歩き始めた。
しばらく歩いたその先には、古びた布屋根を張った小さな露店があった。
木箱や棚の上には、本が隙間なく並べられている。
色褪せた表紙。
紐で束ねられた冊子。
途中の頁が抜け落ち、背表紙だけが残っている物もあった。
その店の前に、数人の子供が座り込んでいた。
服は薄汚れ、どの子供も痩せている。
商品を買いに来たようには見えない。
露店の奥では、白髪を無造作に伸ばした老人が、一冊のコミックを開いていた。
「そこで騎士は言った。ここから先は、俺一人で行く――とな」
老人が台詞を読み上げると、子供たちが一斉に身を乗り出した。
「何で一人なんだよ」
「仲間はどうするの?」
「こいつ、さっきまで逃げようとしてたじゃん」
「黙っとれ。今から分かるところじゃ」
老人は面倒そうに答えながら、次の頁を捲った。
子供たちは口々に文句を言いつつも、視線だけは本から離していない。
サビは足を止めた。
読み上げられている言葉の意味を、すべて理解できたわけではない。
それでも、老人の手元にある本が、自分の持っている物と同じコミックだということは分かった。
サビが露店へ目を向けた、その時だった。
子供の一人がこちらに気づいた。
長大な駆動軸を持ったサビを見上げ、顔を強張らせる。
「……行こう」
誰かが小声で言った。
次の瞬間、子供たちは一斉に立ち上がった。
老人が止める間もなく、細い路地の奥へ散っていく。
「おい、待たんか。もうすぐ一番良いところだったんじゃぞ!」
老人が本を掲げて呼び止める。
だが子供たちは振り返らなかった。
「明日も同じ頃にやるから、続きを聞きたければ来いよ!」
老人は路地へ向かってそう叫んだ後、ゆっくりとサビたちへ顔を向けた。
皺の深い顔が、不満そうに歪んでいる。
「まったく。良いところじゃったのに」
「俺のせいか?」
「他に誰がおる。そんな物騒な鉄棒を持った大男が立っておれば、あの辺の子供は逃げるに決まっとるじゃろ」
サビは手にした駆動軸へ目を落とした。
「襲うつもりはねえ」
「それを見ただけで分かるほど、人間は親切にできとらん」
老人はそう吐き捨てると、読みかけのコミックへ栞代わりの紙を挟んだ。
「それで、何の用じゃ。まさか続きを聞きに来たわけでもあるまい」
サビは老人ではなく、その手元の本へ目を向けた。
「……売り物なのか?」
「ここに並べてある物はな」
老人はサビの視線を追い、僅かに眉を上げた。
「読めるのか?」
「少しだけだ」
「なら、買う前にもう少し覚えてこい。読めん本を増やしても、荷物になるだけじゃ」
「売る気があるのか?」
「金を払うなら売る。じゃが、読まずに腐らせる奴には高く売る」
「何でだ」
「気に入らんからじゃ」
老人は当然のように答えた。