落星の継承者  重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話   作:青井リンボ

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 サビは遺跡の階段を上り、地上へ出た。

 すぐには動かず、巨剣槍を担いだまま周囲を見渡す。

 

 魔物や人間の気配はない。

 鬱蒼と茂る木々の中、地上へ突き出した遺跡の壁には、長い時間をかけて植物が絡みついていた。

 出口の周辺には、黒い車体を複数の車輪で支えた魔導車が数台停まっている。

 魔石を燃料に走る乗り物で、サビも遺跡荒らしの拠点から、これに乗せられて運ばれてきた。

 

 だが、動かし方は知らない。

 いつ仲間が戻ってくるかも分からなかった。

 

(歩くしかねえな)

 

 サビは道路へ直接出ず、道脇の茂みへ身を滑り込ませた。

 

 貧民街でのゴミ漁りと、遺跡での奴隷生活。

 サビが知っているのは、その程度だ。

 見知らぬ土地で何を信用してよいのかも分からない。

 

 それでも、森の中にじっと隠れ続けているわけにはいかなかった。

 

 身の丈近い茂みをかき分けながら、少し離れた旧時代の道路に沿って進む。

 路面はところどころ崩れ、亀裂から草木が伸びていたが、完全には埋もれていない。

 

(体まで軽くできりゃ、もっと速く動けるんだがな)

 

 サビは肩に担いだ巨剣槍へ意識を向けた。

 

 重量変化そのものに使う魔力は少ない。

 だが、巨剣槍と自分の体を同時に軽くしながら、周囲の気配まで探るのは難しかった。

 

 武器は今のサビにとって命綱だ。

 手放すという選択肢はない。

 

 サビは軽量化した巨剣槍を担ぎ直し、木々の奥へ警戒を向けながら、黙々と道路に沿って歩き続けた。

 

 

 

 しばらく進むと、サビは前方の道路に見覚えのある魔導車を見つけた。

 

(バーグか!)

 

 サビは道外れの茂みに身を潜め、息を殺す。

 

 遺跡荒らしの一団は、魔導車に乗って遺跡へ向かっていた。

 外側の足場に立った見張りが、周囲へ目を光らせながらこちらへ近づいてくる。

 

 その時だった。

 サビの反対側の森から、ワイルドボアが三頭飛び出した。

 そのまま一団へ襲い掛かる。

 

「ッチ!」

 

 男たちは魔導車から飛び降り、それぞれ剣や槌を構えた。

 だが、ワイルドボアの突進を避けるだけで手一杯で、反撃へ移れずにいる。

 

 そこへ、赤い防具に身を包んだバーグが魔導車から降りてきた。

 不機嫌さを隠そうともせず、周囲を睨みつけている。

 

「てめえら……こんな雑魚相手にちんたらしてんじゃねえぞ!」

 

 バーグへ向かって、ワイルドボアの一頭が突進した。

 バーグはギザギザの刃を持つ鋸刃剣を振りかぶる。

 そして、無造作に振り下ろした。

 

 魔力の込められた一撃だった。

 周囲の男たちとは比べものにならない圧が走る。

 剣を叩きつけられたワイルドボアは、引き千切られるように両断された。

 

 バーグは残り二頭も剣を雑に振るうだけで始末すると、気まずそうにしている部下たちを睨みつけた。

 

「どこまで役立たずなんだ! このクズどもが! この前のマヌケみてえなミンチにされてえのか!」

 

 バーグは周囲へ怒鳴りつけると、苛立たしげに肩を揺らしながら魔導車へ戻っていく。

 

(……かなり強いな)

 

 森の影から一部始終を見ていたサビは、顔をしかめた。

 

(あいつらを倒せるとは思えないな。……だが、後を追えば、アオがどこにいるか分かるかもしれない……)

 

 サビの脳裏に、青い髪と、体の一部に鱗を持つ少女の笑顔が浮かぶ。

 サビは大きく息を吐いてから顔を上げると、バーグたちの後を追う様に、慎重に動き出した。

 

 

 バーグたちは遺跡の惨状を確認すると、残っていた物資や魔導車を回収し、来た道を戻るように移動していた。

 木々の少ない開けた道路を、複数の魔導車が朝日に照らされながら進んでいる。

 

 丸一日、バーグ達の追跡を続けているサビは、一部が崩れた背の高い建造物の陰から身をわずかに乗り出した。

 懐から双眼鏡を取り出す。

 何度か見よう見まねで目に当てたが、向きが合わない。持ち替えを繰り返し、ようやく魔導車に焦点を合わせることができた。

 

 遠目からでも、バーグの機嫌の悪さは分かる。

 数時間前には、休憩中に食糧を渡す順番を間違えた部下の一人が、鋸刃剣で容赦なく切り刻まれていた。

 

 サビは追跡を続けながら、遺跡へ連れてこられるまでに見た風景を思い返していた。

 その記憶を頼りに、おおよその休憩場所と進行方向を予想する。

 

 魔導車が休むたびに距離を詰め、動き出せば見失わない程度に離れる。

 そうして、どうにか追跡を続けていた。

 

 魔導車の進行方向が予想から大きく外れていないことを確かめると、サビは遺跡で奪った水筒の水を飲んだ。

 ついでに、クッキー状の携帯食料を、味わうこともなく口へ放り込む。

 

 爽やかな風が頬を撫でる。

 だがサビはそんなことに構わず、じっとバーグたちを見つめていた。

 

 そうして瓦礫や建造物の影を伝いながら追い続けていると、先頭の魔導車が突然速度を落とした。

 続く車両も次々と向きを変え、本来進んでいた道路を外れていく。

 

 双眼鏡を覗いていたサビは、眉をひそめた。

 

(何で急に向きが変わったんだ?)

 

 バーグの魔導車へ、前方から別の一台が近づいていた。

 車体は所々が壊れており、運転していた男が、身を乗り出して何かを訴えた。

 声までは聞こえない。

 

 しかしバーグは話を聞くなり、苛立たしげに道路の外を指差した。

 その直後、一行は本来の道を外れ、崩れた建造物の並ぶ脇道へ入っていく。

 

(あいつが何か知らせに来たのか? どこへ向かってる?)

 

 警戒心が一気に高まった。

 罠かもしれない。

 だが、このまま見失えば、アオに繋がる唯一の手掛かりも失う。

 

 サビは魔導車の残した轍へ目を落とし、足早に追跡を再開した。

 

(ここで見失うわけにはいかねえ)

 

 

 

 進路を変えた一行を追ううちに、辺りから木々が減っていった。

 

 崩れた建造物と古い道路が複雑に交差し、周囲を高い瓦礫の壁が囲んでいる。

 人の目から隠れやすい一方で、逃げ道も限られる地形だった。

 やがてサビは、前方に停車しているバーグたちの魔導車を発見した。

 

 さらに奥には、別の魔導車が横倒しになっている。

 車輪は壊れ、逃走できる状態ではなかった。

 

(何が起きている?)

 

 サビは慎重に建造物の影へ身を伏せ、双眼鏡を覗き込んだ。

 

 道路の一角に、複数の人間が倒れている。

 

 少し離れた場所では、傭兵らしき男女が、互いに背中を預けるように立っていた。

 男は刃の広い剣を片手に握り、動かなくなったもう片方の腕から血を流している。

 女は血に濡れた短剣を両手に構え、荒い呼吸を繰り返していた。

 

 二人とも傷だらけだった。

 

 周囲に倒れている者の多くは、黒い外套と、顔を覆う仮面を身につけていた。

 バーグの手下とは装備の意匠が異なり、いずれも同じ組織に属する者たちのように見える。

 

 その間には、金属や革で作られた防具を身につけた傭兵たちも倒れていた。

 彼らの装備には同じ紋章が刻まれている。

 立っている男女と同じクランに所属しているようだった。

 

 黒装束の者たちは、胸元から防具ごと断ち割られ、あるいは喉や脇腹の僅かな隙間だけを正確に裂かれていた。

 一方、倒れた傭兵たちの多くは、背後や側面に傷を負っている。

 敵へ向かって倒れた者もいれば、何が起きたのか理解できないまま斬られたような者もいた。

 

 倒れ方を見るだけでも、先に黒装束の者たちが襲撃を仕掛け、混乱したクラン員たちを巻き込みながら戦闘が広がったことが窺える。

 倒れた者の中には、まだ僅かに動いている者もいた。

 しかし、どれも立ち上がれる状態には見えなかった。

 

 その近くには、銀色の髪を持つ褐色の肌の少女がいた。

 琥珀色の瞳を見開き、負傷した二人へ駆け寄ろうとしている。

 

 だが、その少女の腕を、一人の傭兵が掴んでいた。

 少女は何かを叫び、その男の腕を振りほどこうとしていた。

 だが男は顔をしかめつつも手を離さない。

 舌打ちをしつつ、少女をバーグたちのいる側へ押し出そうとしている。

 

「何をしている!」

 

 傷を負った男——クレイブが怒鳴った。

 

 少女を掴んでいた傭兵は、ゆっくりとクレイブへ顔を向ける。

 その目は、微かに揺れていた。

 傭兵は銀髪の少女を盾にするように抱え込み、首元へ短剣を当てた。

 

「……動くな」

 

 感情を押し殺したような低い声だった。

 

 クレイブ達は同時に足を止めた。

 二人とも、短剣がミリーの喉へ触れているのを見て動けない。

 

 そこへ、バーグが鋸刃剣を肩に担ぎながら歩いてきた。

 足元に転がる黒装束の死体を見下ろし、舌打ちする。

 

「おいおい。こいつら手練れだって話じゃなかったのか?」

 

 先にこの場所へ来ていた荒くれ者の一人が、顔を引きつらせながら答える。

 

「そのはずだったんだ! あの二人が思ってたよりずっと強くて……俺たちが着いた時には、連中はほとんどやられてた」

 

「どいつもこいつも役立たずだな」

 

 バーグは倒れた者たちを一瞥し、苛立たしげに唾を吐いた。

 短剣を持った女——ラナは肩で息をしながら、少女を拘束する傭兵を睨みつける。

 

「ルスカ!ミリーを放して! ずっと一緒にやってきたでしょう!」

 

 声に反応したルスカと呼ばれた傭兵の指が、僅かに震えた。

 

「聞こえているなら、ミリーを放して!」

 

 ラナがもう一度呼びかける。

 

 ルスカの顔が苦しげに歪む。

 だが、銀髪の少女——ミリーの首元に当てられた短剣は離れなかった。

 

「俺は……」

 

 掠れた声が漏れる。

 バーグはその様子を見て、面倒そうに鼻を鳴らした。

 

「そいつを押さえてろ」

 

 バーグはラナへ向かって地面を蹴った。

 そのまま、クレイブの攻撃線上にラナの体が重なる位置へ踏み込む。

 

 クレイブも剣を振るおうとした。

 だが、そのままではラナまで巻き込みかねない。

 

 生まれた一瞬の躊躇を縫うように、バーグの鋸刃剣がラナへ迫った。

 

 急速に迫る鋸刃剣へ、ラナも即座に反応する。

 短剣を掲げ、その軌道を逸らそうとした。

 

 だが、衝突と同時に短剣が砕けた。

 

 鋸刃剣はそのままラナの脇腹を深く引き裂く。

 煌めく魔力の燐光と金属片に遅れて、鮮血が宙へ広がった。

 

 ラナの体が大きく弾き飛ばされ、横倒しになった魔導車へ背中から叩きつけられる。

 

「ママ!」

 

 ミリーが駆け出そうとする。

 だがルスカがその腕を捻り上げ、首元へ短剣を強く押しつけた。

 

「放して! ママのところに行かせて!」

 

 ミリーは叫ぶが、さらに首に食い込む短剣の感触に顔を歪めると、身動きを止めた。

 そんな姿を見ていたクレイブは傷ついた体を無理やり動かし、何とか剣をバーグへ構える。

 

「おらあッ!」

 

 バーグはそんなクレイブへ向けて、容赦なく鋸刃剣を振り下ろす。

 刃同士が激突し、魔力の燐光が弾けた。

 

 クレイブは押し切られまいと歯を食いしばる。

 だが、すでに片腕はまともに動かず、足元には血溜まりが広がっていた。

 

 バーグはそんなクレイブを見て、凄惨な笑みを浮かべる。

 

「連中相手に消耗した後なら、俺でも簡単に殺せるってわけか」

 

「貴様……最初から……!」

 

「俺は呼ばれたから来ただけだ。恨むなら、のこのこ誘い込まれた自分を恨めよ」

 

 バーグは鋸刃剣を押し込みながら、クレイブの腹を蹴りつけた。

 

 傷口から血が噴き出す。

 クレイブの体勢が崩れた。

 

 その隙に、バーグは鋸刃剣を横薙ぎに振るう。

 

 鋸刃剣がクレイブの胸から肩口までを深く引き裂いた。

 クレイブは剣を取り落とし、そのまま血溜まりの中へ崩れ落ちる。

 

「パパッ!」

 

 ミリーは涙を流しながら、ルスカの腕の中でもがいた。

 だが、クレイブはもう動かなかった。

 

 バーグは先ほど吹き飛ばしたラナへ、鋸刃剣を揺らしながら歩いていく。

 

 ラナは魔導車を背に、虚ろな表情でもたれ掛かっていた。

 口元から血を流しながら、それでもミリーの方へ手を伸ばしている。

 

「逃げ……なさい……」

 

「嫌! ママも一緒に――」

 

 ミリーの声を遮るように、鋸刃剣が振り下ろされた。

 伸ばされた腕が地面に落ち、ラナの体が動かなくなる。

 

「ママ……?」

 

 ミリーの口から、力の抜けた声が漏れた。

 その時、ミリーを拘束していた腕から、僅かに力が抜けた。

 

 ルスカの手が震えている。

 泣きそうな瞳が、ほんの一瞬だけミリーへ向けられた。

 

「俺は……お前たちを……でも……」

 

 ミリーの首元から、短剣が離れていく。

 

「すま――」

 

 その言葉が終わるより早く、鋸刃剣がルスカの首へ叩き込まれた。

 肉と骨を引き裂きながら刃が食い込み、首を乱暴に削ぎ飛ばす。

 

「きゃっ!」

 

 解放されたミリーが地面へ転がった。

 バーグは剣についた血を振り払い、面倒そうに鼻を鳴らす。

 

「もう押さえておく必要もねえだろ。お前も用済みだとよ」

 

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