落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
台の前に立つベロニカは、満面の笑みを浮かべていた。
隣ではトレックが、火傷痕の残る顔を僅かに引きつらせている。
「んふふふ……とうとう、この日がやってきたねえ!」
ベロニカは紫がかった長い髪を振りながら、両腕を大きく広げた。
「この世界で、恐らく一振りしか存在しない設計思想の兵器が、今まさに産声を上げる時だ!」
「なんでベロニカが仕切ってるのよ……」
ミリーは疲れた顔で、溜息を吐いている。
工作場で作業していた職人たちは、手を止めて困惑した顔を向けていた。
その中で、ベロニカの護衛を務める若いシスターだけが、無表情のまま拍手している。
乾いた拍手の音が、広い工作場へ一定の間隔で響いた。
「やめろ。余計に寒くなる」
トレックが低い声で言った。
若いシスターの手が止まる。
「拍手の合図かと思いました」
「どこがだ」
「両腕を広げていたので」
若いシスターはベロニカへ向き直り、深く頭を下げた。
「申し訳ありません。合図を誤認しました」
「いや、私としては続けてもらっても構わないよ」
「やめろと言ってるだろ」
トレックが深く息を吐く。
少し離れた場所に立つ老シスターは、何も言わず台の上へ視線を向けていた。
ベロニカの大仰な振る舞いにも、若いシスターの拍手にも、慣れきっているようだった。
ベロニカは周囲の反応を気にした様子もなく、台へ掛けられた布の端を掴んだ。
「それでは御覧いただこう!」
ベロニカが勢いよく腕を振り上げる。
厚い布が大きく膨らみ、宙を舞った。
その下に隠されていた巨剣槍の全貌が露わになる。
「……これは……」
サビは目を見開いた。
光沢を抑えた黒色の巨剣槍が、長大な台をほとんど埋めるように横たわっている。
最初に目へ入ったのは、その異様な大きさだった。
全長のほぼ半分を、太い柄が占めている。
両手で握れる限界まで太く作られた柄の先には、それとほとんど同じ長さの巨大な刀身が伸びていた。
先端こそ突き込めるよう鋭く伸びているが、刃に当たる部分は鈍く厚い。
斬り裂くための剣というより、膨大な重量を叩き込み、肉も骨もまとめて断ち潰すための形だった。
剣にしてはぶ厚すぎる。
槍にしては幅が広すぎる。
槌にしては鋭すぎる。
元から大きかった刀身は、さらに1回り分厚くなっている。
欠けていた部分も補修され、工房裏で何度も試した、サビが実戦で振り回せる限界まで全長が延ばされていた。
立てれば、サビの身長を半身ほど上回る。
もはや普通の人間が手に持つことなど想定していない、超重量兵器だった。
ただし、大きくしただけではない。
黒い刀身の表面には、根元から先端へ向かって浅い溝と緩やかな隆起が走っている。
巨大な刀身が受ける空気を逃がし、軽量化した状態で少しでも速く振り抜くために、ベロニカが加えた形だった。
欠けていた柄尻には、サビの頭ほどもある菱形の石突が取りつけられている。
先端は四方へ絞られ、巨剣槍を振り切った後、そのまま柄側を返して敵へ打ち込める。
そして、刀身と柄の境目。
以前より大きく膨らんだ接続部には、分厚い金属の覆いが追加され、その側面には拳ほどの円形の窪みが開いていた。
見ただけで分かる。
それはもう、遺跡から持ち出したゴーレム用の武器ではなかった。
サビは台の前へ近づいた。
黒い刀身へ手を伸ばしかけ、一度止める。
触れれば、目の前にあるものが本当に自分の武器になる。
そう思うと、僅かに指が強張った。
「随分と大きくなっただろう?」
ベロニカが得意げに口元を吊り上げた。
「途中から暴走気味だったぞ」
トレックがすぐに口を挟む。
「元の武器を直すはずが、途中から新しい兵器を作り始めやがった」
「失礼だねえ。元の構造と素材は最大限に残しているとも」
「その結果が、この大きさか?」
「使い手が扱えるのに、小さく留める理由があるのかい?」
トレックは答えず、火傷痕の残る頬を引きつらせた。
ベロニカはそれを勝利と受け取ったらしく、満足そうに胸を張る。
「サビ君の能力なら、武器の重さは欠点にならない。ならば必要な厚みも、強度も、長さも削る必要はない。これは、君の重量変化を前提にして初めて成立する形だ!」
「……厚くして重くするだけなら、俺にも作れる」
トレックが黒い刀身へ目を向けた。
「だが、この大きさの物をまともに振れる武器にするのは別だ。厄介だったのは、こいつだ」
刀身の表面を走る隆起と溝を指でなぞる。
「最初は肉盛りを削り残したのかと思ったが、図面通り作ってみると分かった。盛り上がりは衝撃を逃がし、溝は振った時の空気を抜く」
「振りやすいのか?」
「この大きさでそう言っていいのかは知らん。だが、同じ形の平らな鉄板よりは遥かにましだ。途中で軌道を変えても、妙な方向へ持っていかれにくい」
トレックの声から、先ほどまでの呆れが少し消える。
「旧時代の兵器でも、こんな形は見——」
「当然さ!」
待っていたようにベロニカが割り込んだ。
「旧時代にも、戦いながら武器の重量を自由に変える人間はいなかったからねえ!」
刀身の隆起へ指を這わせる。
「軽い時には空気を逃がして速度を上げる。そして重量を戻した瞬間には、衝撃を刀身全体へ散らす」
ベロニカはサビへ顔を向けた。
「君がどの姿勢で振り、どの瞬間に重量を戻すのか。その動きを前提に、この形を作ってある!」
サビは改めて刀身を見た。
不規則な凹凸にしか見えなかったものが、自分のために配置された形だと分かる。
「よく、こんなの考えたな」
「もっと褒めても構わないよ」
「調子に乗らせるな」
トレックが低い声で遮ると、今度は刀身と柄の接続部を指した。
「ただし、壊れなくなったわけじゃない。一番負荷が集中するのはここだ」
サビはゴアグリズリーへ叩き込んだ時の、武器の奥から返ってきた嫌な震動を思い出した。
「外側から別の金属を通して、多層で補強してある。前よりは頑丈だ」
「なら、もっと重くしても――」
「やめろ」
トレックが即座に睨んだ。
「同じ使い方なら簡単には壊れん。それ以上は知らん。限界が上がったからって、その分だけ無茶をするな」
「ああ」
「……まあ、規格外すぎて、どこが本当の限界なのか試しようもないんだがな」
トレックが疲れたように息を吐く。
「そして、今回の目玉はここだ!」
ベロニカが拳ほどの円形の窪みを指先で叩いた。
「ここへ規格の合う魔石を嵌めれば、内部の回路へ魔力を充填できる。起動は柄の根元だ」
そこには、1回り太い環状の部品が取りつけられていた。
「それで何が起きる?」
「それは実際に使ってからのお楽しみさ」
「説明を省くな」
トレックの眉間に皺が寄る。
「武器全体を、爆発によって真っ直ぐ前へ押し出す補助機構だ」
「トレック君。そこを先に言ってしまっては――」
「武器の説明に驚きはいらん」
「兵器の初起動には必要だとも!」
ベロニカは不満そうに言いながらも、すぐに笑みを戻した。
「この巨剣槍は、振り回せる場所なら長さそのものが武器になる。だが、通路や建物の中では、その長さが邪魔になる」
片腕を大きく回し、続ける。
「ならば、振れない時は前へ飛ばせばいい!」
ベロニカが充填口を指先で叩いた。
「蓄えた魔力を一気に流し、構えた状態から刀身を前方へ加速させる。大きく振りかぶらずとも、最高速度に近い刺突を叩き込める!」
サビは長く伸びた穂先を見る。
「狭い場所でも使えるのか」
「横へ振り回すよりはね!」
ベロニカは楽しそうに答えた。
「君が刀身を軽くした状態で起動し、命中する直前に重量を戻す。それだけでも、普通の刺突とは比較にならない威力になる!」
さらに、長大な刀身を指先でなぞる。
「魔力防御は性質上、高速で低質量の攻撃に対しては流体抵抗が大きくかかる。しかし、この巨大な質量を推進機構で一気に加速させれば、そんな抵抗など一瞬で飽和するさ!」
「つまり、押し切れるのか」
「そういうことだとも! 一点へ、受け流せないほどの荷重を叩き込む!」
「理屈の上では、だ」
トレックが低い声で付け加えた。
「出力は充填量で変わる。連続して使えば回路も接続部も熱を持つ。何度まで使えるかは、実際に試さなきゃ分からん」
「まったく、夢のない説明だねえ」
「壊れてからじゃ遅いんだよ」
「だからこそ、試す価値があるのさ」
ベロニカは満面の笑みを浮かべた。
二人の言い合いを聞きながら、サビは巨剣槍から目を離せなかった。
以前の形も嫌いではなかった。
欠けた刀身も、歪んだ柄も、遺跡を抜け出した時から共にあったものだ。
だが、目の前の武器には、その痕跡が確かに残っている。
古い部分を捨て、新しいものへ取り替えたのではない。
傷つき、欠けた姿を芯にして、その先へ伸ばされている。
サビは今度こそ手を伸ばした。
黒い柄を掴む。
触れた場所から魔力を流し、巨剣槍の重さを軽くしていく。
(相当重くなってる……それでも、扱える)
以前より確かに魔力の消費量は増えていた。
しかし、サビもこの数日間繰り返し重量変化を使う事で、効率的な使い方を掴みつつあった。
台が僅かに軋んだ。
長大な刀身が、ゆっくりと持ち上がる。
両手へ伝わる握りの感触は、模型で確かめたものと同じだった。
だが、木で作られた形だけのものとは違う。
刃の先端まで、確かな重さが繋がっている。
サビは巨剣槍を胸の前へ構えた。
新しく伸びた穂先が、工作場の空気を押し退ける。
重心は以前より僅かに前へ移っている。
それでも、手の位置を変えるだけで自然に支えられた。
「どう?」
ミリーの声が聞こえた。
サビが目を向けると、ミリーは僅かに目を見開いたまま、巨剣槍の穂先から石突まで視線を動かしていた。
台の上へ置かれていた時よりも、サビが構えた今の方が遥かに大きく見える。
黒い刀身がサビの身体を越えて前後へ伸び、その周囲だけ工作場が狭くなったようだった。
ミリーは何かを言いかけて口を開き、結局そのまま閉じる。
サビは小さく頷くと、柄を握り直した。
軽くしたまま刀身を横へ振る。
黒い軌跡が、目の前を走った。
巨剣槍の表面を滑った風が、低い音を立てて溝の間を抜けていく。
大きさから想像していたほどの抵抗はない。
風が遅れて吹き抜け、台へ残っていた布を大きく揺らした。
今度は振り切らない。
途中で手首と腰を返し、刀身を止める。
そのまま石突を前へ向け、反対側へ短く突き出した。
以前より長い。
以前より分厚い。
それなのに、身体の動きへ馴染む。
前回の打ち合わせで、形そのものは見ていた。
図面も、木製の実寸模型も、直接握って何度も確認した。
それでも、実物はまるで違って見えた。
サビの腕の長さに合わせている。
サビの歩幅に合わせている。
サビが重量を変えることを前提に、重心も、握りも、強度も決められている。
自分のために作られた武器だった。
サビの口元が、僅かに緩んだ。
気が付けば震えるような興奮が背筋を駆けていた。
「……いい」
短い言葉だった。
ベロニカは満足そうに両腕を組んだ。
「そうだろうとも!」
トレックは何も言わなかった。
ただ、巨剣槍を構えるサビの姿を見て、張り詰めていた頬を僅かに緩めていた。
しばらくして、真面目な表情をするとその視線が長大な穂先から、反対側へ突き出た石突へ移った。
「だが、それを街中で持ち歩くなよ」
サビがトレックを見る。
「……確かに目立つな」
「後は、通りを曲がるだけで店を三軒は壊すぞ」
トレックはすこし大げさに、危惧を口にする。
サビは構えた巨剣槍を見上げた。
確かに、工作場の中ですら向きを変えるには周囲を確認しなければならない。
「それに、ギルドへ持ち込むたび、また入口で騒ぎになるわよ」
ミリーも巨剣槍を見上げながら言った。
「じゃあ、普段はどうする」
「駆動軸を使えばいいだろう」
トレックが即答した。
工房の壁際には、ここ数日使い続けていた魔導車の駆動軸が立て掛けられている。
サビは巨剣槍と駆動軸を交互に見た。
「まだ使うのか」
「街中じゃ、そっちの方が百倍まともな武器だ」
「武器じゃなくて部品だけどね」
ミリーが付け加える。
サビは手の中の巨剣槍と、壁際に立て掛けられた駆動軸を交互に見た。
自分のために作られた、他に一振りとない兵器。
だが、普段使いには向いていないらしい。
「それじゃあ、支払いは既に済ませてあるし、説明は終わりだ。持って帰る時に、壁や人間にぶつけるなよ」
「ああ。……いいものをありがとう」
「……こっちも、久しぶりにワクワクする仕事だった」
トレックは完成した巨剣槍へ目を向け、満足げに口元を緩めた。
サビは改めて別れを告げると、巨剣槍を軽くしたまま肩へ担いだ。
ミリーと共に工作場を出ようとしたところで、背後からベロニカの声が飛んでくる。
「ところで、サビ君」
振り返ると、ベロニカは先ほどまでの大仰な笑みを僅かに引っ込めていた。
「魔導核の話。考えは変わったかい?」
サビは一瞬、肩に担いだ巨剣槍へ視線をやってから、重々しく首を振った。
「……この武器については本当に助かった。だが、考えは変わらないな」
「そうかい」
ベロニカは残念そうに肩をすくめる。
だが、その顔は諦めた者のものには見えなかった。
「まあ、急ぐことはないさ!」
サビは何も返さず、今度こそ工作場を後にした。