落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
真上から照りつける日差しの下、三台の大型魔導車が、荒野を貫く旧時代の幹線道路を走っていた。
ひび割れた路面を踏むたび、太い車輪が細かな瓦礫を弾き、黄色い砂埃を後方へ巻き上げていく。
どの車両も、数十人は乗れそうな大型のものだった。
後部には加工された金属材や魔導具の部品、木箱へ詰められた魔物素材が積み重ねられ、太い縄と金属製の固定具によって厳重に留められている。
その屋根には、低い手すりに囲まれた見張り台とベンチが設けられていた。
複数の傭兵がそれぞれの車両上へ立ち、荒野の各方向へ警戒の目を向けている。
街道の周囲には、葉を失った枯れ木がまばらに残っていた。
黄色い砂と崩れた瓦礫が地表を覆い、その先には、陽炎に揺れる地平線だけが広がっている。
三台目の魔導車、その見張り台にも一人の傭兵が立っていた。
少女は片手で、風に大きくなびく白銀の髪を押さえる。
以前なら深く被っていたフードは、今は背中へ下ろされていた。
僅かに細められた琥珀色の瞳が、街道の脇から遠くの地平までをゆっくりとなぞっていく。
もう片方の手に握られているのは、以前より1回り太くなった金属製の弓だった。
弓幹には強い張力へ耐えるための補強が施され、張られた弦も、複数の繊維を幾重にも束ねて作られている。
少女――ミリーが扱う魔力の出力に合わせ、新たに仕立て直されたものだった。
身につけている防具も、以前とは大きく異なっている。
胸部や肩、前腕などの要所は、白銀色の高純度強化銀によって保護されていた。
その下を覆うのは、薄く鞣され、丁寧に磨かれ白染めされたゴアグリズリーの革を重ねたインナーだ。
身体の動きを妨げない程度に柔らかく、それでいて、並の革よりも刃や衝撃へ強い。
以前より傭兵らしくなった姿と、日差しを受けて輝く白銀の髪は、荒野の中でもひどく目立っていた。
近くの見張り台に立つ若い傭兵が、時折そちらへ視線を向けている。
ミリーも気づいているようだったが、特に咎めることはない。
視線を遮るフードを被るより、周囲の異変を早く見つける方が重要だった。
先頭の魔導車では、大盾を背負った男が、手すりに片手を置いて前方を見つめている。
太い槍を脇へ立て掛け、その近くでは同じように盾を持つ傭兵たちが、左右へ分かれて警戒していた。
彼らの装備には、輪のように繋がった金属片を模した共通の紋章が刻まれている。
中堅クラン《鉄環》。
今回の護衛隊の中核を担う、十人ほどの傭兵たちだった。
前方だけでなく、二台目と三台目の車両にも数人ずつ分かれ、魔導車の左右や後方を監視している。
その多くが盾を携えていた。
魔物を追って仕留めることよりも、車列へ近づけず、積荷と依頼人を守ることを優先する装備だった。
彼らとは別に、今回の依頼へ参加したフリーの傭兵たちも、各車両へ分散していた。
その中でも、ミリーの傍らに控えている傭兵は、遠目からでも異様な存在感を放っている。
男の手には、人間が扱うことを想定しているとは思えない、長大な巨剣槍が握られていた。
光沢を抑えた黒い刀身は、持ち主の身長より半身ほど長い。
以前より1回り分厚くなった刃の表面には、緩やかな隆起と浅い溝が複雑に走り、真上からの日差しを受けても、僅かな鈍い光を返すだけだった。
本来なら、魔導車の屋根へ置くだけでも負担になりかねない鉄塊である。
だが今は、持ち主の能力によって重量を失い、その片手の中へ収まっていた。
もっとも、軽くなったのは重さだけだ。
長大な刀身が受ける風まで消えるわけではない。
不用意に立てれば、走行中の風に煽られ、巨剣槍ごと腕を持っていかれる。
そのため男は、刃を魔導車の進行方向へ沿わせるように低く寝かせ、柄から片手を離さないまま、見張り台のベンチへ腰掛けていた。
巨剣槍の先端は車体の前方へ伸び、柄の末端に備えられた、男の頭ほどもある菱形の石突が反対側へ突き出している。
周囲の傭兵も、自然とその間合いを避けている。
そんな異形の武器を握る傭兵自身も、以前とは大きく姿を変えていた。
大柄な肉体を包むのは、ゴアグリズリーの毛皮を使って仕立てられた、赤黒い防具だった。
厚く丈夫な毛皮が、首元から肩、胸、腕、脚までを覆っている。
特に腰回りは、長く残された毛皮が大きく外側へ広がり、膝近くまで垂れるコートのような形に仕立てられていた。
前後だけでなく左右にも厚みを持たせた造りで、歩くたびに重い裾が揺れ、大柄なサビの輪郭をさらに大きく見せている。
赤黒い毛並みの上から、貧者の暗銀で作られた装甲が要所へ取りつけられていた。
胸部、腹部、肩、前腕、脛。
致命傷へ繋がりやすい箇所を、黒灰色の金属板が外側から覆っている。
金属板には装飾らしい装飾はない。
槌で打ち延ばした痕と、表面へ残された細かな傷が鈍い日差しを返し、ただ攻撃を受け止めるためだけに作られたことが見て取れた。
一方、肘や膝、脇腹、肩の付け根には金属を重ねすぎず、厚い毛皮の柔軟さを残している。
関節の動きを妨げず、それでいて、装甲の隙間へ牙や刃が滑り込むことを防ぐ構造だった。
両手を包む分厚い手袋からは複数の革帯が伸び、手首から腕、肩を通って胸元と背中の装甲へ繋がっていた。
掌には巨剣槍の柄と噛み合う留め具が備えられ、強く握れば武器を保持する力を補助する。同時に、重量を戻した巨剣槍へ腕を引かれた際の負荷を、上半身全体へ分散する仕組みだった。
手首を捻れば固定は外れ、柄の持ち替えや武器を手放すこともできる。防具でありながら、巨剣槍を扱うための補助装具でもあった。
通常の傭兵が身につければ、歩くだけでも体力を奪われかねない。
魔力との馴染みや軽快さよりも、強度と生存、そして巨剣槍を振るうことだけを優先した、サビのための防具である。
その頭部を、角張った黒い兜が覆っていた。
余計な装飾も、獣を模した角もない。
顔全体を覆う無骨な形状で、今は開かれているバイザーの奥から、赤錆色の瞳だけが荒野へ向けられていた。
男――サビは、片手で巨剣槍を押さえたまま、身じろぎもせず周囲を見渡している。
白銀の装備を纏い、風の中へ髪をなびかせるミリー。
赤黒い毛皮と黒い鉄塊に身を固めたサビ。
二人は同じ見張り台へ並んでいながら、まるで正反対の姿をしていた。
装備を更新した二人が最初に受けたのは、三台の大型魔導車を聖都クエーサーまで送り届ける護衛依頼だった。
中堅傭兵クラン《鉄環》を中心に、複数の傭兵が護衛隊を組み、長い街道を進んでいる。
しばらく周囲を見渡していたサビが、不意に口を開く。
「腹減った」
「……このままいけば、あと一時間くらいで休憩になるはずよ」
ミリーは荒野を見たまま、少し呆れたように笑い、一瞬だけ隣へ視線を向けた。
「でも、出発前にあんなに食べてたのにね」
サビは荒野へ視線を向けたまま、僅かに顔をしかめる。
「……最近、よく腹が減るんだよ」
「まだまだ成長期ってやつなのかしらね」
二人の雑談に、近くの傭兵も軽口を挟んだ。
「その体と武器じゃ、腹も減るだろうな」
近くにいた二人組の傭兵が笑った。
「放っておくと、魔物まで食べ始めるわよ」
ミリーも軽い調子で、答える。
サビは空いている手で、腹をさすった。
「食える奴ならな」
傭兵たちは、サビが冗談を言ったと思ったらしい。
再び笑い声が上がる中、三台の魔導車は荒野を進んでいった。
荒野の移動を続ける中、サビはふと眉を寄せた。
風や車輪の振動とは別に、遠方で複数の魔力が揺れた気がした。
サビは顔を上げ、その気配を追うように街道の左前方へ目を向ける。
陽炎の向こうで、黄色い土煙が膨らんでいた。
「左前。何か来るぞ!」
サビの声を聞き、先頭の魔導車に立つ男が即座に視線を動かした。
大型の盾と片手槍を携えた、クラン《鉄環》のリーダー――ガレスだった。
土煙の中から、低い姿勢で街道を駆けてくる獣の群れが姿を現す。
「魔物だ! ワイルドボア、二十頭以上!多いぞ!」
ガレスは槍を持ち上げ、車列全体へ届く声を張り上げた。
「減速して停車! 各員、予定どおりの陣形を作れ!」
速度を落とし始めた魔導車の上で、それぞれの傭兵が動き出す。
見張りを交代し、車内で待機していた傭兵たちも、武器と盾を手に屋根や乗降口へ向かっていた。
三台の魔導車は速度を合わせながら左右へ広がり、街道を塞ぐように横一列へ並んでいく。
やがて、互いの車体を魔物が通り抜けられないほど近くまで寄せた状態で、一斉に停車した。
サビは巨剣槍を握ったまま、自分の身体と装備をまとめて軽量化し、見張り台から飛び降りた。
他の傭兵たちが重い着地音と砂埃を上げる中、赤黒い巨体だけが異様なほど静かに地面へ降り立つ。
「……音がしねえ」
近くに着地した傭兵が、得体の知れないものを見るように一瞬だけサビへ目を向けた。
だが、すぐに視線を切り、自分の持ち場へ走っていく。
見張り台には、ミリーと《鉄環》の魔導銃手であるリナが残っていた。
リナの装備は、地上へ降りた盾持ちたちと比べてひどく軽い。
身体へ沿う濃紺の上衣と薄い革の防具。その上から胸元と前腕だけを、軽量な金属板が覆っている。
腰に下げているのも、予備の魔石や工具を収めた小さなポーチが2つだけだった。
その両手には、細長い魔導銃が握られている。
黒ずんだ金属製の銃身は、リナの腕よりも長い。
装飾らしいものはなく、銃身の側面には細かな溝と魔力回路が走っていた。
リナは銃床を肩へ押し当て、迫る群れへ銃口を向ける。
引き金へ指を掛けると、銃身に刻まれた溝へ淡い光が走った。
内部へ流れ込んだ魔力が収束し、銃口の奥で小さな光点となって揺らめく。
その隣では、ミリーが金属製の弓を構え、弦へ指を掛ける。
サビも巨剣槍を肩へ担ぎ直し、決められていた持ち場へ向かった。
先頭車両の前方では、《鉄環》の傭兵たちがすでに陣形を整えていた。
ガレスを中心に、盾を持った五人が横一列へ並んでいる。
全員が隙間なく密集しているわけではない。
互いの盾が干渉せず、それでいて魔物が間を抜けられない程度の間隔を空け、その後方へ槍を持った傭兵たちが控えていた。
大盾とメイスを持つバズは、ガレスの隣に立っている。
それぞれの盾持ち達は盾を構えると、浅く腰を落としていた。
サビに割り当てられたのは、陣形の左端。
正面を守る《鉄環》の壁を抜け、車列の側面へ回ろうとする魔物を処理する役目である。
「追うなよ」
サビが位置につくと、ガレスが前を向いたまま声を掛けてきた。
「陣形から外れた奴だけを止めろ。倒し切れなくても、車列から追い払えればいい」
「ああ」
サビは巨剣槍を肩から下ろした。
柄を両手で握り込み、手袋の掌に備えられた留め具を噛み合わせる。
小さな金属音とともに、手首から肩へ伸びる革帯が僅かに張った。
前方の土煙は、すでに魔物の姿を隠せなくなっていた。
太い牙。
黒褐色の体毛。
地面を抉る四肢。
十頭を超えるワイルドボアが、ひび割れた街道を横一杯に使って走ってくる。
どの個体も、サビが奴隷から逃げ出した直後に戦ったものと大きさは変わらない。
あの時は、一頭を前に逃げ回ることしかできなかった。
手にしていた剣は皮膚に弾かれ、牙を避けるだけで精一杯だった。
だが今、目の前には十頭以上いる。
それでも、以前のように足が竦むことはなかった。
「盾、構えろ!」
ガレスの声に合わせ、《鉄環》の前衛が一斉に腰を落とした。
盾の表面へ魔力が広がり、薄い光の膜が金属板を覆っていく。
ガレスだけは盾を真正面へ向けず、僅かに外側へ傾けていた。
他の盾役も同じだった。
突進を止めるのではない。
受け流し、車列の外側へ逃がすための角度だった。
「リナ!」
「できてる!」
見張り台の上から声が返る。
サビが一瞬だけ視線を上げると、リナは長い魔導銃を両手で構えていた。
銃床を肩へ押し当て、銃口をワイルドボアの群れの手前へ向けている。
銃身に刻まれた細かな溝を、淡い魔力の光が満たしていた。
リナが送り込んだ魔力は銃身内部で圧縮され、撃ち出される直前まで密度を高め続けている。
「前列中央! キャノン撃つわ!」
周囲へ警告を飛ばし、リナが引き金を引いた。
重い発射音とともに、大型の魔導弾が銃口から撃ち出される。
魔導弾はワイルドボアの群れの手前へ突き刺さり、次の瞬間、蓄えられていた魔力を一気に解放した。
轟音とともに砂と瓦礫が吹き上がる。
爆発に巻き込まれた一頭が横倒しになり、後続の二頭がそれを避けるために大きく進路を変えた。
群れの隊列が僅かに乱れる。
そこへ《鉄環》の盾壁が待ち構えていた。
先頭のワイルドボアがガレスへ激突する。
重い衝突音が響いた。
だが、ガレスは正面から押し返そうとはしなかった。
踏み込んだ足を軸に盾を傾け、突進の勢いを横へ流す。
牙が盾の表面を滑り、ワイルドボアの巨体が大きく傾いた。
その瞬間、ガレスの槍の穂先へ魔力が集まる。
光は広がらず、刃先の一点だけへ鋭く凝縮されていた。
「ふっ!」
短く息を吐き、首の付け根へ槍を突き込む。
穂先が分厚い皮膚を貫き、ワイルドボアの身体が地面へ崩れた。
その横では、別の個体をバズが受け流している。
斜めに構えた大盾で牙の向きをずらし、露出した前脚へメイスを振り下ろす。
打撃部へ集められた魔力が弾け、太い骨が鈍い音を立てて折れた。
倒れ込んだ魔物へ、後方から二本の槍が突き込まれる。
一人で仕留めようとしていない。
誰かが止め、誰かが崩し、別の誰かが急所を突く。
サビがこれまで見てきた戦いとは違った。
強い者が前へ出るのではなく、全員が決められた位置で役割を果たしている。
その時、一頭のワイルドボアが盾壁との衝突を避け、大きく左へ進路を変えた。
車列の側面へ回り込もうとしている。
「左へ一頭!」
ガレスの声が飛ぶ。
「俺が行く!」
サビはバイザーをガチリと叩き下ろし、巨剣槍を低く構えると、一気に踏み込んでいった。