落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
自身と巨剣槍の重量を落としたまま、ひび割れた街道を駆ける。
赤黒い毛皮の裾が大きく後方へなびき、数歩でワイルドボアとの距離が縮まった。
ワイルドボアもサビへ気づき、車列から標的を変える。
頭を低く沈め、二本の牙を突き出したまま突進してきた。
かつては、同じ突進を前に逃げることしかできなかった。
だが今度は、サビの方から真正面へ向かっていく。
「ふっ!」
衝突の直前、サビは左足を踏み込み、腰を捻った。
軽量化された巨剣槍が、地面すれすれを走る。
刀身の表面に刻まれた隆起が風を切り分ける。
以前より1回り厚くなった刃が、ほとんど揺れることなく横へ加速していった。
黒い刃がワイルドボアの首元へ触れる。
その瞬間、サビは巨剣槍の重量を戻した。
鈍い衝突音が、荒野へ響き渡る。
刃は分厚い皮膚と肉を押し潰しながら食い込み、ワイルドボアの巨体を真横へ弾き飛ばした。
同時に、巨剣槍の質量がサビの両腕を引き千切ろうとする。
掌と柄を繋ぐ留め具が強く噛み合い、腕に沿って伸びた革帯が一斉に張った。
手首と肘へ集中しかけた負荷が、肩から胸、背中へと広がっていく。
上半身全体を、一瞬だけ強く締めつけられた。
それでも、以前のように腕や肩だけを持っていかれる感覚はない。
サビはすかさず巨剣槍を軽量化した。
なおも残る勢いに合わせて身体を回し、足を滑らせながら踏み止まる。
吹き飛ばされたワイルドボアが、街道の上を何度も転がった。
その身体は、もう動かない。
サビは軽くなった巨剣槍を持ち上げながら、兜の奥で僅かに口元を吊り上げた。
ゲッテルの爺さん、いい仕事しやがる。
だが、立ち止まっている暇はない。
周囲はワイルドボアの群れが巻き上げた土煙によって、視界が悪くなっていた。
兜の狭い隙間から、魔力の矢がワイルドボアの背を貫き、そのまま地面へ縫い留めるのが見えた。
盾陣へまっすぐ向かう個体は無視し、外側へ抜けようとするものだけに集中する。
視界の外であっても、魔力の気配ならば十分に捉えられた。
盾壁の外側へ、さらにもう一頭が抜け出している。
サビは地面を蹴り抜いた。
自身と巨剣槍を軽量化し、一気に距離を詰める。
突進するワイルドボアへ追いつくと、巨剣槍を大きく振りかぶった。
黒い鉄塊が魔物の胴体へ迫る。
その瞬間、重量を戻して叩きつけた。
鈍い衝突音が響く。
原形を失うほどひしゃげたワイルドボアが、巨剣槍の勢いに乗ったまま吹き飛んでいった。
革帯と装甲が軋む。
サビは即座に巨剣槍を軽量化し、残った勢いに合わせて滑るように体勢を整えた。
改めて周囲へ目を向ける。
盾陣へ向かったワイルドボアも、すでにその多くが討伐されていた。
戦いは終わりかけている。
そう思った直後、サビは新たな魔力の気配を捉えた。
これまでの個体とは、明らかに大きさが違う。
「おい! 次はデカいのが来るぞ!」
ワイルドボアの群れが巻き上げた土煙に遮られ、まだ誰の目にも姿は映っていない。
だが、サビの魔力感知には、巨大な反応がこちらへ迫ってくるのが分かった。
土煙の奥から、巨大な影が姿を現した。
通常のワイルドボアを何倍にも膨らませたような巨体だった。
頭部から肩にかけて、岩盤のように厚く硬化した外皮が覆っている。左右へ伸びた牙も、獲物を突き刺すというより、巨大な障害物を打ち砕くための衝角に近い。
「シージボアだ!」
ガレスの声が響いた。
シージボアは前方に立つ傭兵たちへ目も向けていなかった。
頭を低く沈めたまま、その奥に並ぶ三台の魔導車へ真っすぐ向かっている。
「魔石槽を狙ってる! 車体へ近づけるな!」
魔物の多くは、他の生物の魔石や空中から得た魔力を取り込み、自らの力へ変える。
大量の動力用魔石を蓄えた大型魔導車は、あの魔物にとって巨大な餌と変わらなかった。
「リナ! 止めろ!」
「やってる!」
見張り台の上で、リナが長い魔導銃を両手で構えていた。 銃床を肩へ押し当て、照準をシージボアの額へ合わせる。
銃身に刻まれた細かな溝へ魔力の光が走った。 送り込まれた魔力が内部で細長く圧縮され、密度を高めていく。
「ニードル!」
引き金が引かれた。
鋭い発射音とともに、高密度の魔導弾が銃口から撃ち出される。 細く伸びた一撃はシージボアの額へ突き刺さり、岩のような外皮を一点から大きく砕いた。
続けて、幾本もの青白い矢が降り注ぐ。 ミリーの矢が傷ついた外皮へ集中し、亀裂をさらに広げていく。 そのうち一本が眼の近くへ突き刺さり、シージボアの頭が僅かに揺れた。
それでも、脚は止まらない。 砕けた外皮と血を撒き散らしながら、巨大な魔導車へ向かって速度を上げていく。
「盾役、前へ!」
ガレスが叫び、自ら先頭へ走った。
バズと三人の盾持ちが続く。
五人は横一列ではなく、ガレスを先端とする浅い弧を描くように並んだ。
大盾の縁が隣の盾へ重なり、その表面を強い魔力の光が覆っていく。
「腰を落とせ! 正面から止めようとするな! 少しでも右へ流すぞ!」
五人が大盾を地面へ食い込ませる。
直後、シージボアが激突した。
轟音が荒野を揺らした。
五枚の盾から魔力の光が弾け、衝撃が砂と瓦礫を円状に吹き飛ばす。
「ぐっ……!」
ガレスたちの足元で、ひび割れた路面が砕けた。
五人の身体が盾ごと後方へ押し流されていく。
踏み締めた踵が路面へ深い溝を刻み、腕と肩を覆う装甲が悲鳴のような軋みを上げた。
完全には止まっていない。
それでも、シージボアの速度は目に見えて落ちていた。
「押し返そうとするな! 耐えろ!」
ガレスは盾越しに押し込まれながらも、周囲へ指示を飛ばし続ける。
「前脚を狙え! ありったけを撃ち込め!」
リナはすぐに銃口を下げ、シージボアの前脚へ照準を移した。 再び銃身へ魔力が流れ込み、圧縮された魔導弾が立て続けに撃ち出される。
一本が肩口へ突き刺さり、硬化した外皮を穿つ。 さらにもう一発が、その近くへ新たな亀裂を刻んだ。
ミリーの矢も、盾役を避けながら前脚の付け根へ集中する。
横へ回った傭兵たちが槍を突き込み、斧やメイスを硬い脚へ叩きつけた。
だが、シージボアは止まらない。
大盾を押し潰すように頭を振り、五人を魔導車の方向へ押し込んでいく。
ガレスの盾が、大きな軋みをあげる。
「こいつが倒れる前に、魔導車に到達しちまうぞ!」
バズが歯を食いしばりながら叫ぶ。
慌てて使用人が、魔導車を動かそうとするが巨大な魔導車は動き出しが遅く、シージボアの押し込みの方が早い。
その光景を、サビは少し離れた位置から見ていた。
頭部の外皮は砕けている。
前脚にも傷が集まり、最初より踏み込みが鈍い。
(あれだけの攻撃にさらされても、死なねえのか)
恐らく、このままでもシージボアは倒れる。
傷は増え、動きも鈍っている。ガレス達の攻撃は確実に効いていた。
だが、倒れる前に魔導車へ届く。
サビは巨剣槍を握り直す。
おそらく、通常の重量へ戻しただけの一撃では足りない。
だが、さらに重くすれば。
「俺が仕留める!」
ガレスは、一瞬だけサビを見る。
その目には疑いではなく、判断する者の冷静さがあった。
「やれるのか!」
「ああ!」
短い返答を聞き、ガレスはすぐに叫んだ。
「全員、合図で右へ抜けろ! サビの道を空ける!」
サビは自身と巨剣槍を軽量化した。
赤黒い毛皮の裾を翻しながら、押し合う巨体へ向けて走り出す。
見上げるほどのシージボアが、急速に迫ってくる。
サビは走りながら巨剣槍を両手で握り直し、大きく振りかぶった。
全身を軽量化したまま地面を蹴る。
身体が浮かび上がろうとした、その瞬間。
青白い魔力の矢がシージボアの片目へ突き立った。
シージボアが苦鳴を上げ、巨大な頭を仰け反らせる。
「今だ!」
サビが合図を出すと、その隙を逃さず、《鉄環》の盾持ちたちは盾を引き、左右へ一斉に飛び退いた。
その頭上へ、サビが飛び込む。
身体を反らし、両手で握った巨剣槍を、脳天目掛けて振り下ろした。
振り下ろしの途中、サビはいつもより早く軽量化を解除する。
本来の質量を取り戻した巨剣槍が、サビの身体ごと地面へ引き込むように加速した。
そして、刃が頭部へ触れる直前。
サビは巨剣槍へ、さらに魔力を流し込む。
身体の内側から、一気に力を持っていかれた。
黒い刀身から、赤黒い煙のようなものが滲みだす。
巨剣槍の質量が、さらに跳ね上がる。
直後、鉄塊がシージボアの脳天へ叩きつけられた。
爆発にも似た衝撃が走った。
岩のような頭部が大きく潰れ、シージボアの巨体が地面へ沈み込む。
それでも一撃の勢いは止まらない。
ひび割れた街道が巨体の下から崩れ落ち、土砂と瓦礫が爆発的に飛散した。
凄まじい轟音が荒野を揺らす。
サビの腕から胸、背中へ繋がる革帯が一斉に張り、装甲の各部が悲鳴のような軋みを上げた。
サビはすかさず巨剣槍を軽量化する。
身体ごと地面へ引きずり込まれる寸前で、柄の先から重さが抜けた。
巨剣槍を握ったまま、どうにか両足を地面へ着く。
土煙の中、シージボアの巨体は、陥没した街道の底へ頭から沈んでいた。
轟音が消えた後も、土砂の降り注ぐ音だけが周囲に続いていた。
砕けた街道の破片が、赤黒い毛皮と兜へ細かくぶつかる。
サビは軽量化した巨剣槍を握ったまま、大きく息を吸った。
そしてシージボアの頭蓋に、深くめり込んだ巨剣槍を引き抜いた。
重量化へ注ぎ込んだ魔力と共に、身体の内側にあった力まで一息に抜き取られたような感覚が残っている。
さらに短時間で、巨剣槍と身体の複数箇所へ別々の重量変化を重ねた。
こめかみの奥が鈍く脈打ち、土煙の向こうが僅かに滲んで見える。
(まだ、慣れねえな)
膝が僅かに揺れた。
それでも柄を支え、陥没した街道の底へ油断なく目を向ける。
シージボアの頭部は、岩のような外皮ごと大きく潰れていた。
巨体は土砂の中へ沈み、もう動かない。
少し遅れて、ガレス達が盾を構えたまま陣形を維持して近づいてきた。
倒れたシージボアを確認し、次に陥没した街道を見る。
最後に、その中心に立つサビへ目を向けた。
「……本当に仕留めやがったのか」
声には、隠しきれない驚きが混じっていた。
だが、それも一瞬だった。
ガレスはすぐに周囲へ向き直る。
「全員、気を抜くな! 周辺の魔力反応を確認! 負傷者と装備の損傷も報告しろ!」
傭兵たちがそれぞれ動き出す。
サビも周囲へ意識を広げたが、新たに接近する魔力の気配は感じられなかった。
「今のところ、他にはいない」
「そうか」
陣形を解いたガレスは短く答えると、もう一度シージボアの死骸を見下ろした。
「助かった、サビ」
「ああ」
ガレスは頷き返し、周囲に集まりつつある傭兵たちへ声を上げる。
「シージボアは共同討伐扱いだ。魔石と使える素材は積んで、依頼が終わってから清算する」
それから、陥没した街道の中心に立つサビへ視線を戻した。
「ただし、決定打の分はこいつに上乗せする。異論のある奴はいるか?」
返事はなかった。
傭兵たちは周囲への警戒を続けながらも、頭部を潰され、街道の底に沈んだシージボアへ、驚いたような視線を向けている。
「よし!じゃあ素材を回収したら移動を再開するぞ!」
ガレスの声を受け、傭兵たちがそれぞれ動き始めた。
サビも、それ以上は何も言わなかった。
巨剣槍を肩へ担ごうとして、途中で腕に力が入りきらないことに気づく。
仕方なく深く息を吐きつつ、巨大な石突きを地面へ突いた。
見上げれば、魔導車の屋根に立つミリーが弓を下ろしていた。
視線が合う。
ミリーは何も言わず、僅かに口元を緩めた。