落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
ワイルドボアの群れとシージボアを討伐した一団は、その後もしばらく街道を進み、最初の休憩を取ることにした。
三台の大型魔導車は、最も貴重な物資を積んだ車両を中央に置き、横並びに停車している。
襲撃時と比べて車両同士の間隔は広く取られ、その隙間には天幕が張られていた。
荷台から机や椅子、調理器具も運び出され、停車してから僅かな時間で簡易的な拠点が出来上がっている。
魔導車から少し離れた場所では、サビが鉄板の上でシージボアの塊肉を焼いていた。
回収された肉の一部を厚く切り、表面へ塩と乾燥させた香草を振りかけていく。
脂が鉄板からこぼれ落ちるたび、小さな炎とともに香ばしい匂いが立ち上った。
その横では、ミリーが野菜や豆、穀物の入ったスープを口へ運んでいる。
以前のように、乾燥した携帯食を湯へ溶かしただけの物ではない。
柔らかく煮込まれた野菜や豆にはそれぞれ異なる食感があり、香草などから溶け出した風味も加わっているらしい。
ミリーは時折、具材を確かめるように匙を動かしながら、ゆっくりと食べていた。
サビは野菜の多いスープをあまり好まなかった。
味見として分けてもらった小さな器だけが、肉の横で湯気を上げている。
兜だけを外して傍らへ置いたサビは、焼いている肉を眺めながつつ口を開いた。
「大体、聖都まであと3日位か。たしか星神教の都市だっけか?」
「……ええ。そうね」
やや間をおいて返事をしたミリーは食事の手を止め、少し遠くへ視線を向けた。
「聖都は、この辺りではかなり珍しい場所なの。荒野の中にあるのに、大きな農園や果樹園を維持している」
「砂漠みたいな場所なのにか」
「地下水や、旧時代の設備が残っているらしいわ。それを星神教が長い間管理してきたの」
ミリーは少し考えるように言葉を選ぶ。
「……それに水路や農地だけじゃなくて、星神教の建物とかも凄いのよ。古い建物なのに、まるで別の世界みたいに感じる場所があるの」
「詳しいんだな」
「……まあね」
そう曖昧に答えるとミリーは、手の持ったスープの中を匙でゆっくりとかき回す。
そんないつもと違う調子のミリーに、サビは話を変える為、気になっていた事を口にする。
「そういえば、今回の依頼って普段より報酬が良かったよな」
「……双星祭と大市の時期だからね」
ミリーも少し気を取り直すように答える。
「この時期は聖都へ向かう商隊が増える。護衛依頼も多いし、街道を使う人間が増える分、集まってくる魔物の討伐も重要になるのよ」
「確かに、いきなりあんな群れが来るとは思わなかった」
サビは焼けた肉を返しつつ、シージボアとワイルドボアの群れを思い出していた。
ミリーが頷き返す。
「だから危険な道中の安全を確保できる傭兵は、それだけ価値があるってことね」
「この依頼を達成すれば三ツ星だってサラも言ってたな」
そう言い兜だけを外して傍らへ置いたサビは、焼き上がった肉を大きく切り分け、そのまま一口で頬張る。
歯応えは強かった。
だが、噛めば噛むほど脂と肉の旨味が口の中へ広がっていく。
サビは満足そうに、無言で肉を食べ進めていた。
「ええ、だから頑張りましょう」
その姿を見たミリーも、食事へと戻っていった。
次の塊肉を鉄板の上で裏返していると、傭兵の一人が近づいてきた。
《鉄環》に所属する若い槍使い、レオルだった。
一度ミリーへ目を向けたものの、すぐに鉄板の上で焼ける肉へ視線を奪われる。
「それ、シージボアの肉だよな」
「ああ」
「除染なしで本当に食えるのか?」
サビは返事の代わりに、切り分けた肉をもう1つ口へ放り込んだ。
レオルはしばらくその様子を眺めていたが、やがて納得したように頷く。
「ああ、そうか。お前、魔力変質者だったな」
「そうだ」
「俺の知り合いにも一人いる。手から少し水を出したり、桶の中身を動かしたりできる奴だ」
「便利そうだな」
「出せるのは、一日に水筒一本分くらいだけどな。酒場じゃ、酔った奴の杯をひっくり返して遊んでる」
レオルはそう言って笑うと、焼けていく肉へもう一度目を向けた。
「そういや、あんたらはどうしてこの護衛を受けたんだ?」
レオルが肉から目を離し、サビへ顔を向ける。
「ランクを上げるためだ」
「それで長距離護衛か」
「ああ。手っ取り早いと聞いた」
大型魔導車を使った護衛依頼は、通常の討伐依頼よりも拘束される期間が長い。
そのうえ、大量に積まれた魔石の反応へ魔物が引き寄せられるため、道中で襲撃を受けることも少なくなかった。
無事に目的地まで送り届ければ、その分だけギルドからの評価も高くなる。
「確かにな。往復まで終われば、細かい依頼を何件も受けるより評価は稼げる」
レオルは頷いてから、シージボアの肉へ視線を戻した。
「ただ、初日からあんなのが来るとは思わなかったけどな」
「ランクは上がりそうだ」
「そこは前向きなんだな……」
サビは再び焼けた肉を口いっぱいに頬張った。
レオルは、その姿をじっと見つめる。
「それで、うまいのか?」
「硬い。でも、うまい」
レオルは唾を飲み込み、香ばしい匂いを放つ肉を見つめた。
「……そう聞くと食いたくなるな」
「やめとけ。腹を壊すぞ」
「だよな……除染肉は高いんだよなあ」
名残惜しそうに肉を眺めていたレオルが、不意に顔を上げた。
「って、そんなことを言いに来たんじゃなかった」
そう呟いてから、レオルはすぐ隣でスープを食べていたミリーへ目を向けた。
「さっきは助かった」
ミリーが匙を止める。
「え?何のこと?」
「俺の横からワイルドボアが来ただろ。お前の矢がなかったら、まともに牙を食らってた」
「ああ、あれね」
ミリーは思い出したように頷いた。
「見えたから撃っただけよ」
「それでも、助かったことに変わりはない。ありがとな」
「どういたしまして」
レオルは礼を言い終えると、少し離れた場所に置かれたミリーの弓へ視線を向けた。
「それにしても、凄い腕だな。あの距離から、動いてる魔物の目まで射抜くなんて」
「目に当たったのは、少し運もあったわ」
「運だけで、あんなに何本も当てられないだろ」
ミリーは僅かに肩をすくめ、再びスープへ匙を入れた。
レオルはその横顔を見ていたが、やがてサビとミリーを交互に見比べる。
「ところでさ」
「何?」
「あんたらって、どういう関係なんだ?」
ミリーの匙が止まった。
サビも肉を噛みながら、一瞬だけレオルへ目を向ける。
「どういうって?」
「いや、一緒に旅してるみたいだし……付き合ってるとか」
「違うわよ」
ミリーはあっさりと答えた。
「仲間よ。一緒に行動してるだけ」
「そうか!」
レオルの表情が目に見えて明るくなる。
「だったら、俺にもチャンスがあるな!」
「何の?」
「そこから説明しないと駄目なのか?」
ミリーが不思議そうに首を傾げる。
レオルは一瞬言葉に詰まったが、すぐに気を取り直した。
「聖都に着いたら、飯でもどうだ?」
「うーん……やるべきことが無事に終わったら、考えるわ」
サビの噛む動きが、僅かに止まった。
だが、レオルは気づかない。
「よし。可能性はあるな」
「随分と前向きね。いつになるか分からないわよ」
「傭兵は前向きじゃないと続かないからな」
レオルはそう言って笑った。
それから、黙々と肉を食べているサビへ視線を向ける。
「お前は、何とも思わないのか?」
「何がだ」
「……いや、何でもない」
サビは興味を失ったように、再び肉へ齧りついた。
「……もったいねえ」
その様子に呆れたレオルが、ミリーへ再び視線を向けたところで、別の声が会話へ割り込んだ。
「少しいいかしら」
振り向くと、《鉄環》の魔導銃手であるリナが立っていた。
「突然で悪いんだけど、さっき使ってた魔力矢について聞いてもいい?」
「魔力矢?」
「ええ。私も魔導弾を使うから、どうしても気になって。もちろん、個人の技術を全部教えろとは言わないわ。ただ、あれは普通の魔導弾とは少し違って見えたから」
ミリーは少し考えた後、スープの器を置いた。
「説明できる範囲ならね」
そう言うと、指先へ青白い魔力が集まる。
魔力は細長く圧縮され、やがて一本の矢へ形を変えた。
輪郭が整うと、表面が一度だけ強く光る。
ミリーは完成した矢を地面へ置いた。
手を離しても、青白い矢は崩れなかった。
「……もう触れてないわよね?」
「ええ」
リナがしゃがみ込み、地面に残った矢を覗き込む。
「それなのに、ここまで形が残るの?」
「しばらくはね。ずっとじゃないけど」
リナは腰の魔導銃へ一度目を向けた。
「私たちは銃身の中で魔力を圧縮して、撃ち出す直前まで形を安定させる。でも銃口を離れた後は、どうしたって少しずつ崩れていくわ」
再び、地面の矢を見る。
「それを銃も使わず、ここまで安定させてるのね」
「そうみたい」
「そうみたいって……」
リナは呆れたように息を吐いた。
その前で、矢の表面から青白い光の粒が少しずつ剥がれ始める。
「でも、永久に残るわけじゃない」
「当たるまで残れば十分よ」
リナは即座に答えた。
「しかも、作った矢を手放した時点でもう次を作れる。だからあれだけ連射できたのね」
ミリーが小さく頷く。
「私なんて、ニードルを安定させるだけでも何年も掛かったのに」
「そんなに難しいの?」
「細く圧縮しすぎれば途中で崩れるし、密度が足りなければ硬い外皮を抜けない。照準まで合わせて、ようやく一発よ」
リナは肩をすくめた。
「内壁出身の術士に散々叩き込まれたわ。銃身へ送る魔力が少し乱れただけでも最初からやり直し」
「ずいぶん厳しかったのね」
「杖でも叩かれたわよ。あの婆さん、口より先に手が出るの」
ミリーが僅かに笑った。
「でも、そのおかげでさっきシージボアの外皮を抜けたんでしょう?」
「……そう思わないと割に合わないわね」
リナも苦笑した。
「ただ、その後がね」
そう言って、今度はサビへ視線を向ける。
「あれだけ皆で削って、それでも止まらなかったシージボアを、一発で街道ごと叩き潰すとは思わなかったわ」
サビは焼いた肉を飲み込んだ。
「頭が下がったところを殴っただけだ」
「その殴った結果、街道に穴が開いたんでしょうが」
リナは呆れたように返す。
「シージボアの頭って、私のニードルでも外皮を砕くのが精一杯なのよ」
少し間を置き、サビの傍らに置かれた巨剣槍を見る。
「変質者だって聞いてたけど、重量を変えるだけであんなことになるのね」
「重くした」
「それは見れば分かるわよ」
リナは小さく息を吐いた。
「問題は、どれだけ重くしたらああなるのかって話」
サビは少し考えた。
「分からん」
「……分からないままやったの?」
「ああ」
「よく生きてるわね、あなた」
ミリーが横で小さく吹き出した。
サビはふと、リナの装備へ目を向けた。
身体へ沿う濃紺の上衣と薄い革の防具。その上から胸元と前腕だけを、軽量な金属板が覆っている。
「そういや、お前は随分と薄いな」
「防具のことよね?」
「他に何がある」
「……そう、そうよね」
リナは小さく息を吐き、自分の胸元を指で叩いた。
「……魔導銃は、自分の魔力を細かく銃身へ送りながら使うの。重い防具で身体を覆いすぎると、魔力の流れを邪魔することがあるわ」
「だからか」
「ええ。急所は守るけど、銃使いは軽装の方が多いわね。防御を固めすぎて、肝心の魔導弾が乱れたら意味がないもの」
そう答えてから、リナは改めてサビの装備へ目を向けた。
赤黒い毛皮に、暗銀の金属板。
身体を覆うぶ厚い防具と、その横に置かれた巨大な巨剣槍。
「それにしても、私からすればその装備も意味が分からないわ」
「何がだ」
「それだけ着込んで、あの武器まで持って、どうしてあんな速度で動けるの?」
「全部軽くしてる」
「……全部?」
「身体も、武器も、防具も」
リナは数秒黙った。
「それで、当たる直前だけ武器を戻す?」
「ああ」
「外したら?」
「腕を持っていかれる」
「でしょうね」
即答だった。
「シージボアの時は、それよりさらに重くしたわけね」
「ああ」
リナは巨剣槍と、サビの腕を交互に見る。
「能力そのものは単純なのに、使い方が無茶苦茶なのね」
「失敗すると死ぬからな」
「それで覚えたの?」
「ああ」
「覚え方だけなら、うちの婆さんより酷いわね」
今度はミリーが声を立てて笑った。
その後も、サビたちは食事を続けながら、しばらく他愛のない話を交わした。
やがて、天幕の向こうからガレスとバズが姿を現す。
二人の後ろには、上等な外套を着た中年の商人もついてきていた。
「随分と盛り上がってるな」
ガレスが声を掛けると、リナが地面に残った魔力の光へ目を向ける。
「少し珍しい物を見せてもらってたのよ」
「珍しい物なら、さっき嫌というほど見たがな」
ガレスはそう答えてから、サビたちを順に見た。
「そろそろ見張りを交代する。次はサビとミリー、それからレオルだ。食い終わったら準備してくれ」
「分かった」
サビが答えると、後ろにいた商人が一歩前へ出た。
「その前に、私からも礼を言わせてください」
商人はサビ達へ軽く頭を下げる。
「シージボアを止めてくれて助かりました。魔石槽まで破られていたら、積荷どころか車両そのものを失うところでした」
「仕事をしただけだ」
「仕事で命を救われたからといって、礼を言わなくていい理由にはなりません」
商人はそう言って笑った。
「聖都へ無事に着いたら、改めて何か振る舞わせてください」
「ああ」
サビが短く答える横で、商人の視線がミリーの持つスープの器へ移った。
中に入った豆や野菜を確認すると、僅かに目を細める。
「お嬢さんは、そちらの方が好みですか?」
「ええ」
「それなら、エクスランドに戻ったら私の店へ来てください。遺物や家具以外にも、乾燥野菜に豆、香草も、ここで使っている物より上等な品を揃えていますので!」
ミリーが匙を止め、商人を見る。
「今、お礼を言いに来たんじゃなかったの?」
「礼と商売は両立しますからね!」
商人は悪びれることなく答えた。
「護衛の礼に、多少は安くさせていただきますよ」
「多少なのね」
「無料にしていたら商人は続きません」
ミリーが呆れたように笑う。
「覚えておくわ」
「ええ、よろしくお願いいたします」
商人は満足そうに頷いた。
「相変わらずだな」
ガレスが小さく息を吐く。
「命を救われた直後ほど、店の名前を覚えてもらいやすい機会はないですから」
「まだ店の名前を言ってないぞ」
バズが低い声で指摘した。
商人は一瞬黙り、それから慌てて懐へ手を伸ばした。