落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
その後も一団は、荒野を数日間進み続けた。
道中ではワイルドボアだけでなく、ファングアントの群れなどにも何度か襲われた。だが、シージボアのような大物が再び現れることはなく、護衛隊は大きな被害を出さずに街道を進んでいた。
魔導車の上で見張りを続けていたサビたちの前方に、ようやく聖都の姿が見え始めた。
砂と岩ばかりの荒野の中で、日の光を反射する白亜の防壁が輝いている。
その表面には、赤と青の2つの星を並べた大きな紋章が一定の間隔で描かれており、遠目からでもはっきりと目に入った。
エクスランドと比べれば、都市そのものの規模はかなり小さい。
それでも荒野の只中に立つ白い防壁は、周囲を圧するほどの荘厳さを保っていた。
さらに近づくにつれ、防壁の足元から緑が滲み出すように広がっているのが見えてくる。
その光景を確認したガレスが、先頭車両から声を張り上げた。
「よーし! もうすぐ到着だ! 最後まで気を抜かず、周囲への警戒を続けろ!」
その声へ応じ、《鉄環》の面々が各車両から返事を上げる。
サビも遠くに見える聖都から一度目を離し、荒野へ視線を巡らせた。
目的地が見えた時ほど、気が緩む。
それは遺跡でも街道でも変わらなかった。
さらに車列が進むと、聖都の壁外区画を囲む緑地の様子もはっきり見えるようになった。
果樹園や穀物畑、野菜を育てる菜園が幾つも並び、砂埃の舞う荒野とは別の土地を切り取ったように、青々とした作物が広がっている。
だが、その周囲を囲んでいるのは、素朴な木柵ではなかった。
人の背丈を大きく超える物々しい鉄柵が、農地を隙間なく取り囲んでいる。
柵の内側には監視台が設けられ、外側では武装した兵士たちが隊列を組んで巡回していた。
緑の豊かさに目を奪われかけたサビだったが、その光景を見てすぐに表情を戻す。
これだけのものを荒野で育て続けるには、守るための力が必要になる。
作物も水も、奪われれば簡単には取り戻せない。
聖都の緑は、放っておいて残っているものではなかった。
やがて車列は速度を落とし、聖都へ続く街道の列へ加わった。
白い防壁に開かれた門の前では、すでに幾つもの商隊や大型魔導車が順番を待っている。
車列は少しずつ進んでは止まり、そのたびに積荷を載せた車体が軋んだ。
サビは魔導車の上から、門前の様子を眺めた。
エクスランドでは、外縁部へ入るだけなら、いちいち厳しい検査を受けることはなかった。
開闢軍が管理する中央付近や、一部の高級区画では検査を求められるが、外壁区画を行き来する人間まで細かく調べられることは少ない。
ここでは違った。
まだ内壁へ入るわけでもないのに、壁外区画の入口で一台ずつ車両を止められている。
門の周囲では、何人もの兵士が役割を分けて動いていた。
商人から書類を受け取り、積荷の内容と照らし合わせる者。
荷台へ上がり、箱や樽の封を1つずつ確認する者。
魔導具へ魔力を流し、危険な遺物や魔石が隠されていないかを調べる者。
さらに車体の下へ潜り込み、足回りや底面まで確かめている兵士もいる。
車列を滞らせないよう手際よく動いていたが、検査そのものを省略する様子はなかった。
「随分と厳重ね」
隣で同じ光景を眺めていたミリーが呟いた。
「ああ。エクスランドとは違うな」
サビは答えながら、門を守る兵士たちへ目を向ける。
ただ武器を持って立っているだけの者はいなかった。
一人が商隊の人間と話している間も、その背後では別の兵士が周囲へ視線を走らせている。
誰かが車両へ近づけば、その分だけ他の者が位置をずらし、できた死角を自然に埋めていく。
兵士同士が声を掛け合うことは少ない。
それでも、全員が互いの役割を理解して動いていた。
荒野で魔物の気配を探す傭兵とは違う。
目の前の敵を警戒しているのではなく、何かが起こった瞬間に街全体を守れるよう、最初から配置されている。
傭兵として戦場へ立った今のサビには、その違いが僅かながら分かった。
隙がない。
「星騎士もいるわね」
ミリーの視線を追い、サビも門の脇を見る。
そこには、他の兵士とは異なる白銀の装備を纏った者たちが立っていた。
胸当てや外套には双星の意匠が刻まれているが、過剰な飾りはない。腰には長剣を帯び、数人は長い槍や魔導杖を手にしていた。
見栄えだけを考えた儀礼用の装備には見えなかった。
金属板には細かな傷や補修の跡があり、それでも手入れは隅々まで行き届いている。
サビは、その中の一人へ意識を向けた。
周囲の兵士よりも魔力の気配が強い。
特別に力を誇示しているわけではない。むしろ余計な魔力を漏らさず、静かに身体の内側へ留めている。
立つ位置も、武器へ手を伸ばすまでの距離も自然だった。
ガレスと似ている。
だが、同じような気配を持つ者が一人だけではない。
門の左右にも、農園側の巡回路にも、同程度の者が何人も配置されていた。
「……強いな」
サビが呟くと、ミリーが横目を向けた。
「分かるの?」
「詳しいことまでは分からない。魔力と動きだけだ」
そう答えながらも、サビは白銀の騎士たちから目を離さなかった。
護衛隊の中で、ガレスは明らかに他の傭兵よりも強かった。
四ツ星の傭兵。
サビが傭兵になってから、初めて間近で見た上位の戦士だった。
その程度の人間が、ここでは特別な客人でも隊長でもなく、街を守る戦力として何人も立っている。
サビは無意識に、駆動中の魔導車の屋根を踏み締め直した。
自分が以前より強くなったことは分かっている。
ゴアグリズリーを倒し、先日の戦いではシージボアにも決定打を与えた。
それでも、知らない場所にはまだ強い人間が幾らでもいる。
そして、白銀の騎士たちを眺めているうちに、サビの脳裏へ赤い鎧を纏った男の姿が浮かんだ。
巨剣槍の一撃を受け止め、ほとんど傷を負わないまま立ち上がったバーグ。
あの時よりも武器も防具も強くなった。
自分自身も、以前とは違う。
だが――。
(まだ、十分に殺せる気がしねえ)
サビは僅かに奥歯を噛み、門の向こうへ視線を戻した。
やがて順番が回り、一団の魔導車は門前の検査区画へと進んだ。
常設の石造りの詰め所の周囲には、白い天幕が幾つも増設されている。双星祭と大市を前に増えた商人や巡礼者を、兵士や書記官たちが列ごとに振り分けていた。
商人が積荷の目録を提出し、ガレスが護衛依頼の書類を見せる。
荷台の確認と並行して、傭兵たちも一人ずつ傭兵証と武器を調べられた。
剣や槍、弓などは簡単な確認だけで通されていく。
サビとミリーについても、傭兵証に記録された素性と魔力の性質を照合されるだけで、本人への聞き取りはすぐに終わった。
ただ、サビが巨剣槍を持って検査員の前へ立つと、その視線が武器へ集中した。
「こちらへ載せてください」
検査員が、隣に置かれた金属製の台を指す。
サビが巨剣槍を下ろそうとしたところで、別の職員が台の細い脚と武器の大きさを見比べ、慌てて手を上げた。
「待ってください。そのままで結構です」
「持ったままか?」
「重量変化の魔力をお持ちですね。軽量化を維持したまま、動かさないでください」
サビが頷くと、検査員は長い棒状の魔導具を巨剣槍へ近づけていった。
刃や柄では反応を示さなかった魔石が、柄の後方へ達したところで淡い光を放つ。
検査員が同じ場所をもう一度なぞると、今度は光が明滅した。
「内部に魔力経路があります。これは何の機構ですか?」
「推進機構だ」
サビは石突きの部分を職員に見せると、簡単に説明をする。
「……遺跡で発見した物ですか?」
「元はそうだが、工房で修復した時に着けた奴だ。多分元の機構に近いとは思う」
検査員は巨剣槍を見上げると、近くにいた上役を呼び寄せた。
二人で魔力反応を確認した後、年嵩の兵士がサビへ向き直る。
「通常の武器であれば、このまま持ち込みを許可できます。しかし、これは安全性を確認できません」
「べつに魔石を入れなきゃ動かないぞ」
「祭りの期間中は内壁の一部と大聖堂まで来訪者へ開放されます。得体に知れない魔導兵器を、内部へ持ち込ませることはできません」
職員も譲らない。
サビは眉間に皺を寄せた。
「どうするんだ」
「退去まで門の保管庫で、預かります。返却には傭兵証と預かり証の両方が必要です」
取り上げるのではなく、危険性を管理するための決まりらしい。
周囲を見れば、別の区画でも大振りな剣や、大型の魔導銃が保管庫へ運ばれていた。
「ここでは珍しいことじゃない」
ガレスの言葉を聞き、サビは巨剣槍を握り直した。
「……分かった」
「重量の問題がありますので、保管庫までは御自身で運んでください。兵士が同行します」
サビは巨剣槍を片手で担ぐと、案内役の兵士へ目を向けた。
「どこだ」
兵士が門の脇にある、分厚い石壁の建物を指す。
サビは前後を兵士に挟まれながら、自分の武器を預けるために歩き出した。
聖都へ入った一団は、門を抜けてすぐの広場で、今後の予定を確認していた。
広い敷地には大型魔導車が隙間なく停められ、各所で荷台から木箱や樽が運び出されている。商人や使用人たちの声が絶えず飛び交い、広場全体が慌ただしい空気に包まれていた。
サビは巨剣槍の代わりに、念のため持ってきていた駆動軸を手にしていた。
金属の表面を布で巻き、長い棒のようになったそれを杖代わりに地面へ立てながら、周囲へ視線を巡らせる。
広場の端には石造りの水路が通っており、荒野を越えてきた直後とは思えないほど澄んだ水が流れていた。その脇では、色鮮やかな果実を詰めた木箱が、別の魔導車へ次々と積み込まれている。
双星祭と大市を目前に控え、街全体が慌ただしく動いているようだった。
その中で、商人の男——ゴードンが額の汗を拭いながら口を開いた。
「まずは、往路を無事に終えられたことに感謝いたします。皆様のおかげです」
ゴードンは護衛を務めた傭兵たちへ、改めて頭を下げた。
「ですが、双星祭も迫っております。こちらも、うかうかしてはいられません!早速、商品の売却と仕入れの商談へ向かいますので、今後の予定についてはガレスさんからお願いいたします」
そう言って軽く会釈すると、使用人たちへ声を掛けながら、荷台から運び出された商品と共に広場の奥へ向かっていった。
道中では比較的穏やかだったゴードンも、商売となれば別人のようだった。
その背中を見送ったガレスは、一歩前へ出ると、残された傭兵たちを見回した。
「それじゃあ、今後の予定を伝える。帰りの出発は二日後の早朝だ。時間になったら、この広場へ集合しろ」
ガレスは、あらかじめゴードンたちと打ち合わせていた内容を順に伝えていく。
今日と明日は、魔導車と積荷の見張りを交代で行う。それ以外の時間は、原則として自由行動。
宿についてはゴードンが手配済みで、日が暮れる前には全員で移動する予定となっていた。
「祭り前で人も多い。飲むなとは言わねえが、問題だけは起こすなよ。牢屋に入っても、出発時間までは待たねえからな」
ガレスが最後に釘を刺すと、傭兵たちの間から小さな笑い声が上がった。
そうして一通りの確認が終わると、見張り当番となった者を残し、傭兵たちはそれぞれ街の中へと散っていった。
サビとミリーも、どちらからともなく歩き出そうとしたところで、レオルたちが声を掛けてきた。
「そういえば、ミリーたちはこれから予定あるのか?」
街中でもフードを被ったままのミリーは、周囲の店先を軽く見渡した。
それから隣に立つサビへ一瞬だけ視線を向け、答える。
「うーん。とりあえずは、ぶらぶらしながら色々なお店を見て回るくらいね」
「お、じゃあ俺が案内するぜ」
レオルがすぐさま名乗り出る。
ミリーはもう一度サビを見た後、僅かに首を横へ振った。
「今日はサビと見て回るわ。また今度ね」
「……まあ、そうだよなあ」
「ええ」
レオルは残念そうに頭を掻いた。
その様子を見ていたリナは呆れたように息を吐くと、立ち止まったままのレオルの尻を軽く蹴る。
「ほら、行くわよ」
「分かったって」
レオルは最後に二人へ手を振ると、リナたちに引きずられるように街の中へと繰り出していった。
その背中を、サビは黙って見送った。
「よかったのか?」
「何が?」
「案内してもらわなくて」
「あなたと見るって決めたから、いいのよ」
「そうか」
サビはそれ以上聞かなかった。
「じゃあ、行くか」
「ええ」
フードの奥で柔らかく琥珀色の瞳を細めたミリーも、それ以上は何も言わなかった。