落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
サビとミリーは広場を離れ、人の流れに沿って商業区画へと歩き出した。
荷下ろし場の周辺には大きな倉庫が並び、その先へ進むにつれて、宿や飲食店、商店などが目立つようになっていく。
通りの一角には傭兵ギルドもあった。
入口へ武器を預けに来る傭兵の姿が見えるが、エクスランドにあったギルドと比べれば建物はかなり小さい。
出入りする者の数も少なく、街の中心というよりは、訪れた傭兵や商隊へ必要な仕事を割り振るための施設に見えた。
その周囲にも、武具を扱う店や宿泊施設が幾つか並んでいる。
どの建物も用途がはっきりとしており、空いた場所へ無理に何かを継ぎ足したような造りは少ない。
通りも綺麗に整えられていた。
エクスランドであれば、大通りから少し外れただけで、崩れた建物や継ぎ接ぎの小屋が現れる。
建物同士の僅かな隙間へ布を張り、そこで暮らしている人間も珍しくなかった。
だが、この街には、そうした場所そのものが見当たらない。
道端に座り込む者もいなければ、行き先もなく辺りをうろつく者もいない。
行き交う人々は、荷物を抱えた商人や使用人、揃いの衣服を着た巡礼者、土や葉の付いた作業着姿の者たちが多かった。
皆が何かを運び、あるいはどこかへ向かっている。
「随分、すっきりしてるな」
サビが辺りを見回しながら呟く。
「……エクスランドとは違うわね」
ミリーもフードの奥から街並みへ視線を巡らせた。
通りの脇には、白い石を組んだ水路が続いている。
澄んだ水が流れる音を聞きながら、ミリーはしばらく足を止めた。
「……」
「どうした?」
サビが尋ねると、ミリーは少し遅れて振り返る。
「ううん……なんでもないわ」
そう答えたが、その声にはいつもの軽さがなかった。
ミリーはもう一度だけ街並みへ視線を向ける。
何かを思い出しているようにも見えた。
「……行きましょう」
そう言って歩き出したミリーの後ろ姿を、サビは少しだけ不思議そうに見つめた。
何かを思い出していたようにも見えたが、話したくないのなら聞くつもりはなかった。
サビもその後を追い、再び通りへ目を向ける。
脇を流れる水路は、底に敷かれた小石まで見えるほど澄んでいた。
陽の光を受けた水面が細かく輝き、交差路のたびに細く枝分かれして、建物の裏手やさらに遠くの農地へ向かって流れている。
ところどころには小さな水門が設けられ、作業員が流れる量を確かめながら開き具合を調整していた。
荒野で見つける水は、まず臭いを確かめなければならない。
泥や魔物の血が混じっていないか。
近くに死骸が沈んでいないか。
飲めると分かるまで、気を抜くことなどできなかった。
それがここでは、街の中を当たり前のように流れている。
「これ、飲めるのか?」
「たぶん飲めると思うけど、勝手に汲んだら怒られるんじゃない?」
「そうか」
サビは水面を少し眺めた後、そのまま歩き続けた。
二人の横を、果実を山のように積んだ荷車が通り過ぎる。
赤や黄色の丸い実に混じり、サビが見たことのない細長い果実も載せられていた。
その中でも特に目を引くのは、街の至るところに並べられた二種類の果実だった。
1つは、陽の光を閉じ込めたような鮮やかな橙色。
もう1つは、深い夜空を思わせる青色の果皮を持っている。
「新鮮な双星樹の果実だよ! 早い者勝ちだ!」
威勢の良い店主の声が通りに響く。
果実は店先を埋め尽くすほど積まれ、商人たちは1つずつ手に取りながら、色艶や硬さを確かめていた。
「この2つだけ、随分多いな」
サビが並ぶ果実を見ながら呟く。
「双星祭で出される祝いの果実よ。一緒に食べるものだったと思うわ」
「味も似てるのか?」
「どうだったかしら……」
ミリーはそこで少し言葉を止めた。
「昔、食べたことはあるけど……」
そう言いながら、果実の山へ視線を向ける。
だが、その瞳は目の前の商品ではなく、もっと遠くの何かを見ているようだった。
サビは僅かに気になった。
しかし、体調が悪いようにも見えない。
何かを考えているのだろうと、それ以上は聞かなかった。
その後ろからは、新鮮な葉野菜を積んだ別の荷車が続いていく。
少し先の店では、大きな桶へ水を張り、運ばれてきたばかりの果実を次々と洗っていた。
別の店先には、乾燥させた果実や瓶詰めの蜜、果汁を使った酒が並んでいる。
街の外で見た畑や果樹園から、収穫された作物が絶えず運び込まれているのだろう。
「ここは、食べ物を作ってる人が多いんだな」
「……ええ。それに、住む場所も水も、全部管理されているんでしょうね」
ミリーの言葉を聞き、サビはもう一度通りを見渡した。
綺麗だから人がいないのではない。
誰がどこに住み、何を使うのかまで決められているから、余分な場所が残っていない。
そんな街なのかもしれなかった。
ふと、サビの視線が行き交う人々の中にいる子供たちへ向いた。
親に手を引かれて歩く者。
揃いの服を着た大人たちに連れられている者。
だが、一人で道端に座り込み、通り過ぎる人間を眺めている子供の姿はなかった。
サビは無意識に足を緩める。
「どうしたの?」
ミリーが首を傾げる。
「……親のいない子供が見当たらない」
ミリーも周囲へ視線を巡らせた。
「ここでは、身寄りのない子供もすぐに保護されるのかもしれないわね」
「……そうか」
サビはしばらく通りを眺める。
「本当なら、良いことなんだろうな」
そう呟いた視線の先で、両親に手を引かれた子供が楽しそうに笑っていた。
ミリーもまた、その姿を静かに見つめていた。
やがて通り沿いの倉庫や宿が少なくなり、代わりに小さな商店が並ぶ区画へ差しかかる。
双星の紋章を掲げた店先には、祭りを前にした色鮮やかな品々が並べられていた。
サビとミリーが商品を眺めながら歩いていると、不意にミリーが足を止めた。
視線の先に置かれた木箱には、淡い黄色や薄緑色をした四角い石鹸が整然と並べられている。
その隣には、木製の櫛や小さな鏡、香油を入れた細い瓶なども置かれていた。
ミリーは石鹸を1つ手に取り、鼻先へ近づける。
「果物の匂いがするわ」
「食えるのか?」
「石鹸よ」
ミリーは笑みを少し深くすると、今度は石鹸をサビの鼻先へ差し出した。
果実と香草の混じった慣れない匂いに、サビは鼻をひくつかせる。
「果物で作る意味があるのか」
「少なくとも、いつも使ってるものよりは良い匂いがするでしょうね」
そう言いながら、ミリーは石鹸を裏返して値札を確認した。
だが、すぐに元の場所へ戻す。
「買わないのか?」
「まだ残ってるもの。それに、荷物は増やしたくないわ」
サビには、今使っているものが残っているなら、それで十分に思えた。
それでもミリーは、隣に並ぶ櫛や布地へ目を向けながら、少しだけ歩調を緩めていた。
サビも急かすことはせず、ミリーが店先を見終えるまで、その隣に立っていた。
「……そういえば」
しばらく店先を見て回っていたミリーが、ふと足を止めた。
サビもその隣で立ち止まり、手にしていた駆動軸の先を地面へつく。
いつの間にか二人は商業区画の外れまで来ていた。
先ほどまでの賑わいは少し遠ざかり、人の行き来も減っている。
「どうした?」
ミリーはすぐには答えず、通りの向こうにそびえる白亜の防壁へ視線を向けた。
しばらくしてから、指を向ける。
「……聖堂、見に行ってみる?」
「せいどう?」
聞き慣れない言葉に、サビは僅かに眉を寄せた。
「防壁の中にある、星神教の建物よ。双星祭の時期だから、一般にも開放されているの」
ミリーは説明しながら、少しだけ視線を逸らした。
「すごく綺麗なの。一面に色々な色のガラスが嵌められていて……」
そこで言葉が止まる。
何かを思い出したようにも見えたが、サビにはそれ以上は分からなかった。
「……まあ、実際に見た方が早いわね」
ミリーは小さく笑う。
「せっかくここまで来たんだし、行ってみましょう」
「ああ。ここらじゃ訓練もできそうにねえからな」
「……聖堂に行く理由がそれなの?」
ミリーは少し呆れたように言うと、白亜の内壁へ向かって歩き始めた。
通りの先には、巨大な門扉が左右へ開かれていた。
分厚い扉の表面には双星の紋章が刻まれ、その向こうを巡礼者や観光客らしき人々が絶えず行き来している。
サビは普段なら閉ざされているであろう門を一度見上げると、駆動軸を担ぎ直し、ミリーの後へ続いた。
開放された巨大な門扉を潜る。
その直後、サビの足が僅かに止まった。
「……でけえな」
思わず、そんな言葉が口をついた。
視線の先には、巨大な白亜の塔が幾重にも重なり合い、天を突かんばかりに伸びている。
一本の塔ではない。
大小いくつもの塔が寄り集まり、互いに重なり合うように聳えていた。
その広がりは、防壁の内側に残された街道ほどの空間を除けば、視界のほとんどを埋め尽くしている。
自分が何百倍も小さくなってしまったような威容だった。
あまりに巨大すぎて、門の外から見えていた時には、それが1つの建築物の集まりだとは思わなかったほどだ。
「……ほんとね。防壁の中、ほとんど塔で埋まってるみたい」
同じように見上げていたミリーも、ぽつりと零した。
周囲の巡礼者や観光客たちも、門を潜るたびに足を緩め、その姿を見上げている。
サビはしばらく塔群を見つめた後、ようやく視線を下ろした。
「ここが、防壁の内側か……」
塔の足元に広がる街並みも、防壁の外とはまるで違っていた。
防壁外の建物には、欠けや歪みが当然のように残っている。
壊れた壁を別の石材で埋め、傾いた柱へ金属を打ちつけながら使い続けている。
聖都の外壁区画はエクスランドよりも整っていたが、それでも崩壊後に補修された街であることは分かった。
だが、内壁の中は違う。
足元の舗装はどこまでも平らに続き、道を囲む塀や階段も、刃物で切り出したように真っ直ぐだった。
石材の継ぎ目は細く揃い、白い表面には目立った欠けも染みも見当たらない。
建物には大きな窓が幾つも並び、その全てに歪みの少ない透明なガラスが嵌められている。
サビは遺跡で、似た造りの建物を見たことがあった。
だが、遺跡は壁が崩れ、床には瓦礫が積もり、内部に何が残っているかも分からない場所だった。
ここでは、同じような建物の扉を人々が当たり前のように開き、窓の内側で仕事をしている。
壊れたものを拾って使っているのではない。
壊さずに残し続けている。
通りを行き交う人々の姿も、防壁の外とは大きく異なっていた。
商人や傭兵、聖堂を目指す巡礼者らしき者は、身なりや持ち物からすぐに分かる。
その間を、見たこともないほど滑らかな光沢を持つ衣服に身を包んだ集団が歩いていた。
全員が似た形の上着と細身のズボンを身につけ、襟元まで隙なく整えている。傍らには書類の束を抱えた従者や、武装した護衛も付き従っていた。
別の場所では、両腕を金属の義肢へ換えた男が、指先を滑らかに動かしながら同行者と話している。
外壁で見かける義肢よりも継ぎ目が細かく、金属の指は生身と変わらないほど自然に動いていた。
そのすぐ横を、土の付いた作業着姿の男たちが荷車を押して通り過ぎていく。
高価そうな服を着た者。
聖職者。
技師や兵士。
祭りのために訪れた一般の人々。
様々な立場の人間が同じ通りを行き交っていたが、それでも防壁外の雑踏とは違い、周囲には崩れた印象がなかった。
周囲の異質さに圧倒されつつも、サビは人の流れに合わせて足を動かし、前方へ目を向ける。
視線の先には、塔群の手前に設けられたひときわ異質な建物がそびえ立っていた。
ミリーも歩みを再開し、その建物を指さす。
「あれが聖堂よ」
背後にそびえる塔と比べれば、確かに大きさでは劣る。
だが、外観の異様さはむしろそちらの方が際立っていた。
周囲の建物が、鋭い直線と平坦な壁面で統一されているのに対して、聖堂は違う。
壁も柱も、白亜の彫刻で埋め尽くされていた。
花とも星ともつかない文様が幾重にも重なり、近づくほどに全体の形が分からなくなっていく。
入口には、白い布が幾重にも垂らされていた。
刺繍の施された布が風に揺れ、外からは内部の様子を窺えない。
周囲の観光客たちは、思い思いの場所で足を止め、それぞれ彫刻へ見入っていた。
ミリーも一度立ち止まり、しばらく壁面を眺めていたが、やがてそのまま入口へ向かっていく。
サビには、複雑な彫刻の意味までは分からない。
ただ、その場だけが他の建物とはまるで違う空気をまとっていることだけは分かった。
揺れる布をかき分け、一歩、二歩と中へ進む。
その瞬間、不意に視界が開けた。
「……綺麗」
ミリーが思わず、そう呟いた。
サビも息を止める。
高い天井一面に、無数の色ガラスが嵌め込まれていた。
橙と青。2つの大きな光を中心に、星を模したガラスが幾重にも散りばめられている。
そこへ差し込んだ光が、床にも、柱にも、壁にも砕けて降り注いでいた。
赤、青、紫、金。
幾つもの色が淡く重なり合い、白い聖堂の内側を別の世界へ塗り替えている。
夜空を見上げているのではない。
星々に包まれ、その内側へ迷い込んだような感覚だった。
遠くで溶け合う光の霞は、薄い雲のようにも見える。
その中心には、寄り添うように2つの光が浮かんでいた。
星雲の中で、連星を見上げている。
そんな錯覚すら覚える空間だった。
サビは、その不思議な光景を黙って見上げていた。
やがて、ふと隣へ目を向ける。
僅かに目を見開いた。
ミリーはフードを外し、天井を見上げていた。
琥珀色の瞳から流れた涙が、褐色の頬を伝っている。
拭おうともせず、ただ二つの星を見つめていた。
サビは声をかけなかった。
何を言えばいいのか分からなかったし、今は何も言わない方がいいようにも思えた。
「私ね」
ミリーが、独り言のように呟いた。
「昔、パパとママに連れてきてもらったことがあるの」
見上げた瞳の中に、橙と青の光が映っていた。
「五年前に拾われたんだけど、その前の記憶がなくて」
ミリーは一度、息を吸った。
「最初は、私もどう接したらいいか分からなかった。二人のことを、パパとママって呼ぶのも……なかなかできなくて」
声が僅かに震える。
「それでも、ここへ連れてきてくれたの」
ミリーは2つの星を見つめたまま、泣きながら笑おうとした。
「この星が、パパとママみたいだって……二人で、ずっと一緒にいるんだって」
最後まで言い切る前に、声が崩れた。
ミリーは俯くと、そのままサビの胸へ顔を埋めた。
サビの身体が僅かに固まる。
抱き返し方など知らなかった。
ただ、離れることもせず、ミリーが額を押しつけたままでいられるように立ち続けた。
胸元から、押し殺しきれない泣き声が聞こえる。
サビは再び、天井の2つの星を見上げた。
サビは、そのうちの青い光をじっと見つめた。
(俺にとっての、アオみたいなもんか)
少し違うのかもしれない。
親というものを知らないサビには、まだよく分からなかった。
ただ、アオが二度と帰ってこないと考えれば、ミリーが泣いている理由も、少しだけ分かる気がした。
以前なら、誰かが泣いていても、それ以上のことは考えなかった。
今は違った。
ミリーの両親は、もう戻らない。アオもどこにいるのか、分からない。
だが、バーグはまだ生きている。
なら、取り戻すしかない。
サビは駆動軸を握る手へ、ゆっくりと力を込める。
何もできないまま、ミリーの悲しみが静まるまで、その場で受け止め続けた。
周囲では色とりどりの光がゆっくりと揺れ、その中心に浮かぶ2つの星だけが、いつまでも二人を照らしていた。