落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
しばらくして、胸元から聞こえていた泣き声が少しずつ小さくなっていった。
ミリーはサビからゆっくりと身体を離す。
俯いたまま目元を拭うと、僅かに赤くなった顔を隠すように、外していたフードを被り直した。
「……ごめんなさい」
消え入りそうな声だった。
サビはミリーへ目を向ける。
「何がだ?」
「急に泣いたりして。服も濡らしちゃったし」
サビは自分の胸元を見る。
赤黒い毛皮の一部が僅かに濡れていたが、それだけだった。
「気にするな」
「でも――」
「仲間だからな」
それ以上、サビは何も言わなかった。
ミリーも言葉を返さず、フードの奥からサビの横顔を見つめる。
やがて、小さく息を吐いた。
「……そうね」
二人は再び並び、聖堂の奥へ視線を向けた。
色とりどりの光は変わらず周囲を漂い、その中心では橙と青の2つの星が寄り添うように輝いていた。
その後、二人は入口に垂らされた白布を潜り、聖堂の外へ出た。
色と光に満ちた静寂から一転し、再び人々の話し声と足音が周囲へ戻ってくる。
サビは、まだ目元を僅かに赤くしているミリーを見た。
今日はもう戻るか。
そう声をかけようとした時だった。
「月の司教様!」
子供の無邪気にはしゃぐ声が、サビの耳へ飛び込んできた。
何気なくそちらへ目を向ける。
聖堂前の広場で、白い法衣のような服を着た子供たちが、一人の女性を取り囲んでいた。
その周囲には、仕立ての良い法衣を纏った聖職者たちが立ち、少し離れた場所では二人の聖騎士が辺りへ目を配っている。
女性は、整えられた紫黒色の髪の上に、白と青の装飾が施された帽子を被っていた。
身に纏うのも、白を基調に青い刺繍を重ねた、ゆったりとした法衣だった。
胸元には銀色の三日月を象った首飾りが下がっている。
背後には、サビたちが工房で見かけた若いシスターと老シスターも控えており、二人の胸元にも同じ月の印があった。
子供たちは女性の袖を引きながら、口々に何かを話していた。
女性は一人ずつへ視線を合わせ、穏やかな笑みを浮かべながら応じている。
やがて楽しそうに笑うと、口元へ片手を添えた。
その見覚えのある顔に、サビは目を大きく見開いた。
(ベロニカか……)
ベロニカらしき女性が、ふとサビの方へ目を向ける。
視線が重なった一瞬だけ、目元に企みを含んだような笑みが浮かんだ。
見間違いではない。
工房で見せるのと同じ、何かを思いついた時の顔だった。
「今度また孤児院に来てくださいね!」
「ええ、もちろん。それまでティナも、星の示すままの良い子でいてくださいね」
子供へ答える頃には、先ほどと同じ柔らかな表情へ戻っていた。
見間違いではない。
工房で巨剣槍へ食いつき、危険な装甲の話を楽しそうにしていたベロニカ本人だった。
だが、サビはすぐに声をかけることができなかった。
ベロニカの後方に控える二人の聖騎士へ意識を向けたためだ。
二人とも白銀の鎧を纏い、腰へ剣を下げている。
周囲を見回す姿には力みがなく、子供たちが近くではしゃいでいても、僅かに視線を動かすだけだった。
サビの事もそれとなく視界にとらえている。
サビは背筋へ薄い緊張を覚えた。
魔力の気配が、ほとんど外へ漏れていない。
門や聖堂の入口にいた騎士たちも強かった。だが、目の前の二人はさらに違う。
力を隠しているというより、必要な分だけ完全に制御している。
どこまでの力を持っているのか、サビには読み取れなかった。
ただ一つ分かることがある。
不用意に近づけば、相手は迷わず動ける。
「……もしかしてあれってベロニカ?」
隣でミリーが小声を落とす。
その声でサビも我に返る。
「……ああ」
「信じられない……」
ミリーはベロニカと、その周囲に控える聖職者や騎士を見比べた。
「月の司教って、確か星神教でもかなり高い地位の人よ」
「司教……」
サビには、その地位がどれほどのものかまでは分からない。
だが、周囲の人間の態度と、護衛に立つ聖騎士を見れば、ただの技師でないことは十分に伝わった。
「……あいつ、何者なんだ」
「私に聞かれても分からないわよ」
ベロニカは既に子供たちとの会話へ戻っている。
もう一度こちらを見る様子はなかった。
「今日は戻りましょうか」
ミリーがフードの位置を整えながら言った。
「ああ」
二人はその場を離れ、人の流れに沿って内壁の門へ向かった。
サビは途中で一度だけ振り返る。
白い法衣を纏ったベロニカは、子供たちに囲まれたまま、穏やかな笑みを浮かべていた。
聖堂を後にした二人は、商人が手配した宿の部屋へ戻っていた。
二人部屋だったが、特に気にする様子もなく、二人は机を挟んで隣り合うように座っている。
机の上には、露店の老人から譲り受けたコミックが広げられていた。
「これって……たしか、剣で……こっちは、折れたって意味か」
サビは紙面を指でなぞりながら、覚えたばかりの文字を1つずつ確認していく。
「そうね。結構読めるようになってきたじゃない」
読めない文字があればミリーへ尋ねる。
ミリーは書かれている内容を教えるだけで、自分の解釈や感想を付け加えることはしなかった。
サビ自身が、この物語をどう受け取るのかを大切にしているようだった。
内容は、魔物との戦闘中に愛用していた剣を失った主人公が、偶然迷い込んだ洞窟で伝説の聖剣を手に入れる物語だった。
明るく前向きな主人公は、無謀とも思える冒険の中で何度も危機に陥りながら、そのたびに新しい可能性を掴んでいく。
「こんな都合良くいくか?」
サビは少し眉を寄せながら呟いた。
「そうね。でも……」
ミリーは少し考えてから、笑みを浮かべる。
「サビも私も、振り返るとちょうどいいタイミングってのは意外と多いと思うわ」
「……まあ、そうか」
(確かに、あの遺跡出て来たゴーレムが、もし違う奴だったら。ゴアグリズリーの一撃で折れていたら……)
サビは机の端へ視線を落とした。
確かに、あの武器がなければ今の戦い方はできなかった。
だが。
「でも、あいつはまだ戻ってきてねえ」
小さな呟きに、ミリーはすぐに誰のことか理解したようだった。
アオ。
そして、まだ終わっていないバーグとの因縁。
「……そうね」
ミリーも視線を紙面へ戻す。
物語の中では、失ったものの代わりに新しい力を手に入れた主人公が、次の冒険へ進んでいた。
だが現実では、手に入れた力だけで全てが解決するわけではない。
それでも。
以前のサビなら、そんなことを考えることすらなかった。
目の前を生き延びることで精一杯だった。
今は違う。
失ったものを取り戻すために、自分で進む理由がある
二人はしばらく、紙面へ視線を落としていた。
「……この護衛依頼が無事に終わったら、私たち三ツ星にあがるのよね」
コミックを読み進める中で、ミリーが静かに口を開いた。
サビはギルドで、サラから言われた事を思い出していた。
「らしいな」
「受けられる依頼や、確認できる情報も増えるわ」
サビも一度コミックから目を離し、宙へ視線を向ける。
サビは少し考える。
「……三ツ星になると、そんなに変わるもんなんだな」
「信用が変わるわ。受けられる仕事の幅も広がるし、大きな案件にも関われるようになる」
「大きな案件?」
聞き返したサビに、ミリーは頷いた。
「例えば、今回みたいな比較的短距離の護衛依頼より、さらに規模の大きい依頼とかね」
「規模の大きい依頼か……想像出来ねえな」
サビにとって今回の依頼はかなりの規模に感じていた。
遠目でしか見たことがない大型魔導車が3台も並び、多くの傭兵が護衛についている。
襲撃してくる魔物の数も、桁違いだった。
その様子を見ていたミリーが、何かを考え込む。
「例えば……」
ミリーは思い出したように続けた。
「最近、ファングアントがよくあらわれてるけど、その内巣が見つかって、大掛かりな討伐作戦が始まると思うわ」
「確かに、聖都に着くちょっと前にもいたな」
「ええ。鉄環の人たちも、少し前にかなりの規模の群れと戦ったらしいわ」
サビは眉を寄せる。
以前戦った群れも、ただ数が多いだけではなかった。
統率された動きと、明確な目的を持っていた。
「ファングアントは厄介なの。数が増えるほど危険になるし、巣を完全に潰さない限り何度でも発生するから」
「一匹倒して終わりじゃねえってことか」
「そういうことね」
ミリーは頷いた。
「大規模な巣が見つかれば、開闢軍と傭兵ギルドが合同で討伐することもあるわ」
「そこに三ツ星以上も呼ばれるのか」
「ええ」
ミリーは少し間を置いた。
「三ツ星以上になると、そういう大規模作戦への招集対象になる。その代わり、普通では手に入らない情報も扱えるようになるの」
「情報?」
「危険指定された魔物の生息情報や遺跡の場所、賞金首になっている犯罪者の情報。そういう二ツ星以下には公開されていない資料も、一部確認できるようになるわ」
サビは少し考える。
(確かに、バーグについて、サラもこれ以上は権限がないから見せられないって言ってたな)
「……バーグを探すには必要ってことか」
「そういうことね」
サビは黙って頷いた。
聖堂で見た2つの星。
ミリーが失ったもの。
サビにとっての、帰らないアオ。
同じではない。
それでも、失ったものを取り戻したいという気持ちは、少しだけ分かるようになっていた。
「必ず掴んでやる」
サビは静かに言った。
以前のような怒りだけではない。ただ、取り戻すために必要な力を得る。
そのために進む。
「そうね」
ミリーは小さく頷いた。
その表情には、いつもの柔らかな笑みではなく、静かな決意が浮かんでいた。