落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
大きな鈍い衝撃音が、荒野に響いた。
サビが見張り台の上から先頭の魔導車へ目を向けると、車体が大きく右へ傾いていた。
続いて強い減速がかかり、サビの身体が前方へ持っていかれる。
車輪の辺りから金属の擦れる音が響き、三台の魔導車はゆっくりと停車した。
中央の魔導車から、商人が慌ただしく飛び出してくる。
護衛の傭兵たちも、その後を追って走り出した。
「なんてこった! これじゃ積み荷の果実が傷んでしまう!」
商人のゴードンが声を上げると、そばへ来たガレスがなだめる。
「まあ、落ち着いてくれ。いきなり外へ飛び出されると守り切れないぞ」
傾いた魔導車の荷台では、天井近くまで積まれていた木箱が崩れていた。
荷台の隙間からは、青い果実がいくつか地面へ転がり落ちている。
先頭車両の様子を確かめていたバズが、車輪の下を覗き込みながら声を上げた。
「右の前輪が、崩れた穴に落ちてる。車軸までは沈んでないが、このままじゃ動かせねえぞ」
その報告を聞いたゴードンの額から、滝のように汗が流れ始めた。
首元にも大きな染みが広がっていく。
「積み荷のために、平坦な道へ変えたってのに!」
「落ち着けって。まずは荷台を確かめる。駄目になった分を降ろして、後ろの車で引き上げるしかねえ」
バズがそう言っても、ゴードンは車両と荷台の間をせわしなく行き来している。
ガレスは再びその肩を押し留めると、周囲に集まった傭兵や使用人へ指示を出していった。
その様子を見ながら、サビは進行方向から外れた遠方へ目を向けた。
砂塵の舞う黄色い靄の向こうに、黒い巨大な影が無数に並んでいる。
1つ1つが、ひび割れ、所々から植物を生やした旧時代の建築物だった。
大きく崩れたものも多いが、それでも近くまで行けば、見上げるほどの高さがあるのだろう。
建物の間には、折れた高架らしき構造物も残っていた。
崩壊した道路が宙へ伸び、途中で断ち切られている。
復路で使っている街道は、その廃都市の外縁を通る旧時代の道路だった。
往路で使った道より遠回りになるが、古い舗装が残っているため、荒野の街道よりも凹凸が少ない。
果実は揺れや衝撃で傷みやすい。
そのためゴードンが、帰りだけはこちらの道を通るよう提案していた。
表面は平らでも、その下まで無事とは限らなかったらしい。
「サビ! 手ぇ貸してくれ!」
呼ばれて視線を戻すと、レオルが後続車両の脇で太いワイヤーを引き出していた。
サビは見張り台から降りる。
全身を軽量化し巨剣槍を担いだまま音もなく地面へ着地すると、レオルのもとへ向かった。
サビは巨剣槍を近くの地面に横たえ、レオルと共に金属のワイヤーを持ち、先頭車両へ運んでいく。
バズは崩れた穴の縁へしゃがみ込み、長い棒を差し込んでいた。
何度か角度を変えながら、奥行きを確かめている。
棒の先が土へ触れる音に混じり、どこか硬いものへ当たる乾いた音が響いた。
「下に古い構造物が残ってるな。石か、道の土台か……穴も見えてるより横へ広がってる」
バズは穴の縁を棒で叩いた。
乾いた土が崩れ、内部から錆びた金属管のようなものが覗く。
「こっち側へ引けば、まだ崩れるかもしれねえ。後ろへ真っ直ぐ引き上げて、車輪が抜けたら左へ切れ。そうすりゃ穴を避けて進める」
御者が頷いた。
「車軸は?」
「今のところ無事だ。前輪さえ抜けりゃ走れる」
その返事を聞いたゴードンが、僅かに息を吐いた。
「なら、早く復旧をお願いします。このまま傾けていたら、下の箱まで潰れてしまう!」
「分かってる。だから作業の邪魔をするな」
ガレスに押し戻され、ゴードンは不満そうに口を閉じる。
使用人たちが荷台へ入り、崩れた木箱を確かめ始めた。
割れた箱や、既に果汁の染み出した荷物が順番に外へ運び出されていく。
橙色と青色の果実が地面へ転がった。
いくつかは木箱の下で潰れ、甘い匂いを漂わせている。
サビとレオルはワイヤーの先端を、先頭車両の牽引用金具へ掛けた。
レオルが留め具を締めながら口を開く。
「そういや、お前ら聖都で何してたんだ?」
「初日に色々見て回った。次の日はずっと宿にいたな」
「初めてなら、まあそんなもんか。聖堂も行ったのか?」
「ああ」
「どうだった?」
「綺麗だったぞ」
サビが答えると、レオルは何度か頷いた。
「あそこは凄いよな。俺も最初に見た時は、しばらく上ばっか見てた」
「見物した後は、果実酒を飲みすぎて翌日まで寝ていたけどね」
上からリナの声が降ってきた。
見張り台へ目を向けると、リナは魔導銃を手にしたまま、呆れた顔でレオルを見下ろしている。
その隣では、ミリーが弓を持ち、廃都市とは反対側の荒野へ目を向けていた。
「……あそこの酒が旨すぎるのが悪いんだ。それに、店の姉ちゃんも随分良くしてくれたし」
「あんたは本当に幸せ者ね」
リナはため息を吐くと、ミリーの方へ視線を移した。
「それで、ミリーも聖堂へ行ったの?」
呼ばれたミリーが僅かに顔を動かす。
「ええ」
「何度見ても、あそこだけ別の世界みたいでしょう?」
ミリーはすぐには答えなかった。
荒野へ向けていた視線を一度だけ伏せる。
それから、特に表情を変えずに口を開いた。
「……そうね。すごく綺麗だったわ」
サビは横からその顔を見たが、何も言わなかった。
「おい、話は後だ。ワイヤーを張るぞ!」
バズの声が飛ぶ。
サビとレオルは牽引用金具から離れた。
後続車両のウィンチが低い唸りを上げ、地面に垂れていたワイヤーが徐々に持ち上がる。
やがて、太い金属線が真っ直ぐに張り詰めた。
先頭車両の車体が微かに軋む。
だが、穴へ沈んだ前輪は動かない。
後続車両の機関音が大きくなり、ワイヤーが小刻みに震える。
それでも車体は傾いたままだった。
「まだ重すぎるな!」
バズが荷台へ向かって叫ぶ。
「傷んだ箱は全部降ろせ! 下側からだ!」
使用人たちが作業を速める。
サビも荷台へ向かおうとした時、見張り台の上でミリーが立ち上がった。
「……何か来る」
その声に、周囲の傭兵たちが動きを止める。
リナもすぐに荒野へ向き直り、片手を額の上へ当てた。
遠方で細い土煙が上がっていた。
その下を、黒い影が連なって進んでいる。
「ファングアントね」
リナが目を細める。
「二十……いえ、後ろにもまだいるわ」
レオルが顔をしかめた。
「またかよ。聖都を出てから四度目だぞ」
「多くねえか?」
近くにいた傭兵が、槍を手に取りながら呟いた。
「ああ。そのせいで進みも悪かった。ゴードンも予定より遅れてるって焦ってたな」
ガレスは近づいてくる群れと、動かない先頭車両を順番に見た。
腰の剣を抜き、周囲へ声を張る。
「牽引班は作業を続けろ! 戦える者だけで迎える!」
傭兵たちが武器を構え、街道の脇へ展開していく。
サビも地面へ置いていた巨剣槍を拾い上げ、群れの方向へと向かう。
遠くに見えていたファングアントの群れは、土煙を引きながら確実にこちらへ近づいている。
魔導車の復旧を続けるバズを残し、ガレスを含む大楯持ちの四人が前へ並んだ。
その両脇と後方を固めるように、レオルをはじめとした槍持ちの傭兵が続く。
陣形が整ったところへ、先頭のファングアントが飛びかかった。
人間とほとんど変わらない大きさの体が、次々と大楯へぶつかる。
硬い甲殻と金属が激しく擦れ、押し合うように前列が軋んだ。
ガレスたちは、大牙の生えた頭部を盾で下から押し上げる。
露出した胴体へ、後ろに控えていたレオルたちの槍が一斉に突き出された。
穂先が甲殻の継ぎ目を貫き、ファングアントがその場へ崩れ落ちる。
「上を通すわ!」
リナの声が響いた。
直後、前衛の頭上を魔力弾と魔力矢が通過する。
魔力弾が後続の甲殻を大きく砕き、魔力矢が別の個体の胴を地面へ縫い留めた。
前列では、倒れたファングアントの死体が積み重なっていく。
足元を塞がれないよう、ガレスたちは少しずつ陣形を下げながら、押し寄せる後続を迎え撃った。
やがて数体のファングアントが、前衛を大きく迂回して側面へ漏れ出す。
ミリーとリナがすぐさま狙いを変え、魔力矢と魔力弾を続けて放った。
二体が倒れたが、残った四体は勢いを落とさず、魔導車へ向かってくる。
そこへ、赤黒い鎧に身を包んだサビが飛び出す。
サビはガチリと黒兜のバイザーを叩き落としながら、群れの元へ駆けていった。
重装備とは思えない歩幅で荒野を駆け抜け、漏れ出したファングアントの正面へ回り込む。
サビは迫る四体へ向かって踏み込み、巨剣槍を大きく振りかぶった。
横並びに迫る群れとの距離が、あと数歩まで縮まる。
「ォォォォラァッ!」
巨剣槍が、鈍く低い風切り音を響かせながら横薙ぎに走る。
刃が端の一体を捉える寸前、サビは軽量化を解除した。
本来の質量を取り戻した巨剣槍が、先頭の甲殻を一撃で押し潰す。
その勢いは僅かにも止まらない。
二体目を砕き、三体目の胴を折り曲げ、そのまま最後の一体まで巻き込んで振り抜かれていく。
凄まじい慣性がサビの全身へ襲いかかった。
全身を強く固めてもなお、薙ぎ払いに身体を引かれ、両足が地面を削りながら横へ滑っていく。
四体目が潰れた肉塊へ変わった瞬間、サビは巨剣槍を再び軽量化した。
荒れ狂っていた慣性が消え、巨大な刃がぴたりと止まる。
残されたファングアントの死骸だけが勢いを失わず、荒野を大きく転がった。
砕けた甲殻と肉片が、遅れて地面へ散らばっていく。
巨剣槍を構え直したサビは、周囲へ目を向けた。
すでにファングアントの群れは壊滅していた。
ガレスたちも陣形を大きく崩さないまま、周囲の警戒へ移っている。
(……地上には、もういねえか)
サビも魔力を探ったが、近くに目立った反応はなかった。
そこで改めて、自分が叩き潰した四体へ目を向ける。
(ついこの前までは、こいつら相手にここまでやれるなんて、想像もつかなかったな)
バーグへ奇襲を仕掛けた時の光景が、脳裏をよぎった。
ミリーの撒いた魔物寄せへ、次々と集まってきたファングアントたち。
あの時は一振りごとに身体が流され、全身の至るところが千切れそうになっていた。
だが、能力の訓練を重ね、防具と武器を更新し、いくつもの魔物と戦ってきた。
自分は確かに、あの頃より強くなっている。
そう考えると、宿で聞いたミリーの言葉がよぎった。
(振り返ると、ちょうどいいタイミングってのは意外と多いんだっけか)
短い余韻を振り払い、サビは魔石を回収するため、ばらばらになったファングアントへ歩み寄った。
少し離れた場所では、レオルも倒した個体から魔石を取り出している。
サビの方を見たレオルが、声を上げた。
「相変わらず、とんでもねえ一撃だな! 全部ばらばらじゃねえか」
「そっちみたいに、真正面から群れを受け止めるのは無理だけどな」
サビは砕けた胴体へ巨剣槍の先を差し込み、魔石を切り出しながら答えた。
「まあ、魔力強化も防護も使えねえんだろうけどさ。それでもちょっと羨ましいぜ」
「……おすすめはしないな」
悪気もなく踏み込んでくるレオルへ、サビは僅かに呆れた息を吐いた。
そのまま魔石へ手を伸ばしたところで、動きが止まる。
(……なんだ?)
微かな魔力反応が、感覚の端に触れていた。
サビは顔を上げ、周囲を見渡す。
反応を感じた方角には、魔物の姿はない。
砂塵の向こうでは、廃都市の黒い建物群が蜃気楼に揺れているだけだった。
「……気のせいじゃねえ」
サビは立ち上がり、反応の位置を探るように視線を巡らせた。
バズたちは魔導車の復旧を続けている。
傷んだ積み荷の選別も、まもなく終わるところだった。
魔導車の脇には大量の木箱が捨てられ、ゴードンが悔しそうにその山を見つめている。
サビは、前輪が落ちた崩落跡へ目を向けた。
反応は廃都市の方角からではなかった。
もっと近い。
地面の下を、こちらへ向かって動いている。
(……地下から来てるのか!)
「おい! 地下から何か来てるぞ!」
サビが声を張った直後、視界の端で地面が大きく盛り上がった。
次の瞬間、積み上がった土が内側から吹き飛んだ。