落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
バーグの手下たちは、二人が動かなくなったことを確かめると、散らばっていた武器や荷物を漁りつつ包囲を狭めていく。
「バーグの旦那。そのガキはどうする?」
周囲を囲む手下の問いかけに、バーグはミリーへ目を向けた。
褐色の肌と肩まで伸びた白銀の髪、涙にぬれた琥珀色の瞳は恐怖と怒りの狭間で揺れている。
ミリーの全身を眺めたバーグは、にやけるように口を歪めた。
「見たことねえタイプの上玉だ。ちょっと楽しむか……」
その言葉で、涙に揺れていたミリーの瞳に憎悪の色が混じる。
地面に落ちていた弓を拾う。
ミリーの手元に青白い燐光が集まり始める。
瞬きの間に、ミリーの手元には薄く発光する魔力矢が握られており、バーグへ向けて番われていた。
「よくも……」
震える指で弦を引く。
「よくもパパとママを殺したな!」
魔力の矢が放たれた。
バーグは顔へ飛んできた矢に、赤い鎧の腕を乱暴に合わせる。
矢は鎧に弾かれ、青白い燐光となって散った。
「絶対に許さない!」
ミリーは涙を流しながら、次々と魔力の矢を放つ。
放たれた矢は空中でも形を崩さず、青白い輪郭を保ったままバーグたちへ襲いかかった。
バーグ以外の荒くれ者たちは、慌てて瓦礫や魔導車の陰へ逃げ込んだ。
多勢に無勢とはいえ、ミリーの矢を無防備に受けるつもりはないらしい。
バーグだけは魔力で鎧を強化し、飛来する矢を弾きながら前へ進んだ。
「珍しい力だな。飛ばしても魔力が散らねえのか」
「ッ……!」
ミリーは答えず、さらに矢を放った。
バーグは赤い鎧の腕でそれを弾き、凄惨な笑みを浮かべる。
「いくら撃てても、大したこたあねえな」
「絶対に許さない!」
「まあそう暴れるな。滾っちまうだろ」
ミリーは囲まれないよう、大きく後退した。
涙で滲む視界の向こうから、バーグが矢を弾きながら近づいてくる。
ミリーはさらに二本の魔力矢を続けて放った。
青白い燐光がバーグの顔付近で弾ける。 その一瞬、赤い鎧の陰にミリーの手元が隠れた。
ミリーは腰のポーチへ手を滑り込ませ、小さな瓶を握る。
琥珀色の瞳が、倒れた両親へ一瞬だけ向けられた。
唇を強く噛む。
次の矢を生成する動きに紛れ、ミリーは瓶の栓を指で弾いた。 そのまま手首だけを振り、少し離れた崩れた建物の奥へ瓶を投げ込む。
瓶は瓦礫の陰へ落ち、乾いた音を立てて砕けた。
中からこぼれた粉が、吹き抜ける風に巻かれながら建物の奥へ流れていく。
「何だ、クソガキ。狙いもつけられなくなったか?」
バーグはミリーの行動を嘲笑い、足を止めなかった。
粉には人間が気づくほどの匂いも色もない。
瓦礫の陰へ消えた後は、何かを投げたことすら意識から外れたようだった。
(何だあれ?)
双眼鏡越しに一部始終を見ていたサビには、ミリーの物陰に投げ込んだ小瓶が見えていた。
しかし、その瓶が何なのかは分からなかった。
魔物ではないが、魔力の強い気配を一瞬放つと、空気に乗って広がっていった。
(なんかの魔道具の不発か?……それよりも)
それ以外では、何が起きたのかは分かった。
強い魔力を持つ男女が、銀髪の少女の目の前で殺された。
二人を手にかけたのはバーグだ。
その二人が動かなくなった後も、少女だけは戦っている。
頬を濡らしながら弦を引き、青白い矢を放ち続けていた。
矢を弾かれるたびに後退し、それでも逃げようとはしない。
(……やっぱりバーグの奴は強えな)
倒れている黒装束が何者なのかは分からない。
だが、殺された男女も、サビの感覚では相当な魔力を持っていた。
周囲に転がる黒装束のほとんどを二人で倒したのだろう。
その二人でさえ、傷ついたところを狙われて殺された。
バーグはほぼ無傷。
さらに動ける手下が五人は残っている。
(俺が出たところで、何も変わらねえ)
サビは戦況をそう見切った。
正しい判断だった。
今の自分ではバーグに勝てない。
少女を連れて逃げられる保証もない。
ここで死ねば、アオを探す者はいなくなる。
それでも、双眼鏡を持つ手が離れなかった。
少女が矢を放つ。
バーグが腕で弾く。
散った青白い光が、少女の涙に重なった。
あの日のアオが、脳裏に浮かぶ。
泥の中へ蹴り倒された自分。
髪を掴まれ、泣きながら引き離されたアオ。
その腕を蹴り飛ばし、笑っていた大人達。
巨剣槍を握る手に、無意識のうちに力が入った。
今すぐ物陰から飛び出し、あの男へ叩きつけたい。
腹の底から湧き上がる衝動が、腕を動かそうとする。
サビは奥歯を噛み締めた。
(違う)
ここで死ぬわけにはいかない。
(まずはアオだ)
目の前の少女がどうなろうと、自分には関係がない。
そう言い聞かせながら、サビは双眼鏡を下ろした。
(アオを見つけ出す。それが先だ)
巨剣槍を持ち上げる。
念のため距離を少し離そうと、建造物の陰でゆっくりと身を引いていく。
その時だった。
靴底を通して、微かな振動が伝わってきた。
「……?」
一度ではない。
細かな揺れが、途切れることなく重なっている。
同時に、背後から複数の魔力反応が現れた。
1つ、2つではない。
数えることもできないほどの気配が、急速に近づいてくる。
(前に意識を向けすぎていた……!)
サビは反射的に振り返った。
崩れた建造物の隙間から、黒い影が次々とあふれ出している。
巨大なアリ型魔物——ファングアントだった。
発達した牙を打ち鳴らすし、触覚がしきりに動いていた。
瓦礫を乗り越え、互いの体へ乗り上げながら、群れとなって押し寄せてくる。
その一部が頭を巡らせ、建造物の陰にいたサビへ向きを変えた。
(まずい!)
隠れ直すには遅すぎる。
背後は魔物の群れ。正面にはバーグたち。
左右には崩れた建造物が連なり、逃げ込める道はない。
サビは一瞬だけ周囲を見渡した。
そして、魔獣の群れとバーグたちの距離を測る。
(……このまま押しつける!)
自分一人では群れを止められない。
だが、バーグたちへ押しつければ時間は稼げる。
問題は、その手前で追い詰められている少女と――。
サビの視線が、少女へ鋸刃剣を振り上げるバーグに止まった。
(あいつを先にどかす)
軽量化している巨剣槍の柄を握り込む。
鉄塊のような武器だが、今は嘘のように軽い。
サビは地面を蹴る。
瓦礫を飛び越え、バーグたちがいる戦場へ一直線に駆けた。
走りながら、胸の奥に押し込めていたものが再び燃え上がる。
合理的な判断だ。
まずは、一番強い敵を先に崩す。
それだけのはずだった。
だがサビは、バーグの背中を捉えた瞬間、一切の迷いなく巨剣槍を振りかぶっていた。
「――シィッ!」
少女へ気を取られていたバーグが、風切り音に反応して振り返る。
「!? なんだテメエ!」
軽くした巨剣槍が、唸りを上げて横薙ぎに迫る。
バーグは辛うじて鋸刃剣を構え、咄嗟に大量の魔力を流し込んだ。
衝突の直前、サビは巨剣槍の軽量化を切る。
加速した鉄塊へ、本来の質量が一気に戻った。
「ッおおおおお!」
巨剣槍と鋸刃剣が激突する。
爆発じみた音が響き、青白い燐光が弾け飛んだ。
「ぐッ……!」
呻いたバーグの足元が砕ける。
強化された鋸刃剣は折れず、赤い鎧も砕けなかった。
それでも、巨剣槍の勢いまでは殺しきれない。
バーグの体が地面から浮き、そのまま瓦礫の山へ吹き飛ばされた。
轟音とともに粉塵が舞い上がる。
「ぐぅッ……!」
だが、サビも無事ではなかった。
巨剣槍に引きずられて大きく体勢を崩し、痺れた両腕へ遅れて激痛が走る。
(クソッ、受け止められると、こんなに返ってくるのか……!)
魔物を叩き潰した時とは違う。
バーグの防御は一撃を受け止め、その反動をそのままサビへ返していた。
(なんて硬さだ)
それでも、狙いどおりバーグは少女から引き離した。
サビは流れた巨剣槍を再び軽くし、痛む腕で肩へ担ぎ直す。
粉塵の向こうから目を離さないまま、ミリーへ怒鳴った。
「おい、そこの女!」
ミリーは呆然とサビを見ている。
「魔物の群れが来る! ここにいたら全員食われるぞ!」
遠くから、硬いものが連続して地面を打つ音が近づいていた。
荒くれ者たちも、ようやく異変に気づき始める。
「逃げるなら協力しろ!」
その言葉の後、少し間をおいてミリーの顔が引き締まる。
涙にぬれた顔を一瞬拭うと周囲を見渡し、サビより先に一台の魔導車を指差す。
「一番奥の車へ! 私が動かすわ!」
「分かった!」
ミリーは即座に駆け出した。
だが、その足取りは僅かにふらついている。
近くの荒くれ者がミリーを捕まえようと手を伸ばした。
みりーは走りながら片手を振る。
青白い魔力が短剣の形を取り、そのまま男の太腿へ突き刺さった。
「ぐあッ!」
男がうずくまる。
その横から、別の荒くれ者が回り込もうとした。
「どけ!」
サビは肩へ担いでいた軽量化した巨剣槍を、そのまま横薙ぎに振り抜いた。
巨大な鉄塊が嘘のような速度で迫る。
男は咄嗟に剣を構え、刃へ魔力を集中させた。
命中する直前、サビが巨剣槍の重さを戻す。
青白い魔力防護が一瞬だけ閃いた。
次の瞬間、それを食い破った巨剣槍が剣ごと男の胴へ叩き込まれる。
「オゴォッ!」
剣が砕け、破片が周囲へ弾け飛ぶ。
男の身体はそのまま足を浮かせて横へ吹き飛び、崩れた瓦礫の壁へ背中から叩きつけられた。
石片が散り、男はその場へ崩れ落ちる。
しかし、重さを戻した巨剣槍の勢いは、そのままサビの身体まで引きずり込んだ。
「チィ……!」
凄まじい反動が両腕を襲う。
サビはすぐに巨剣槍を軽量化した。
地面の瓦礫をえぐり飛ばしていた巨剣槍が、ピタリと止まる。
すぐさま担ぎ直した時には、すでに少女は魔導車へ乗り込んでいた。
「外の手すりにつかまって!」
「ああ!」
サビも魔導車へ駆け寄り、側面に取りつけられた見張り用の足場へ飛び乗った。
片手で手すりを掴み、もう片方の手で軽くした巨剣槍を支える。
ほぼ同時に、魔導車が凄まじい勢いで発進した。
「……ッ!」
急加速に身体を持っていかれそうになり、サビは歯を食いしばった。
その時、背後で瓦礫が大きく爆ぜた。
塵の中からバーグが立ち上がる。
赤い鎧には擦れた跡が残っていた。
だが、目立った傷はない。
血走った目で周囲を見渡し、走り去る魔導車の外側にしがみつくサビを見つけた。
二人の目が合う。
「……テメエ!」
バーグの顔が怒りに歪んだ。
「このクソガキぃ!」
バーグが地面を蹴ろうとした、その直後だった。
崩れた建造物の間から、アリ型魔獣の群れが雪崩れ込む。
「何だこいつら! ……まさか!?」
魔物寄せ。
バーグがミリーの投げた瓶の正体を理解した時には、すでに群れが目前まで迫っていた。
荒くれ者たちの悲鳴が上がる。
群れの先頭が魔導車へぶつかり、何頭ものファングアントがバーグへ襲いかかった。
迫る魔物達に鋸刃剣が振るわれ、数頭がまとめて吹き飛ぶ。
それでも群れは止まらない。
次から次へと、建造物の隙間を埋め尽くすように押し寄せていた。
遠ざかる戦場を見ながら、サビは手すりを強く握った。
(これで、アオの手掛かりはなくなった)
バーグたちを追えば、アオの居場所へ辿り着けるかもしれなかった。
その可能性は、今や魔獣の群れに埋もれている。
腹の奥に、重いものが沈んだ。
それでもサビは、追跡を続けられなくなったことに、ほんの僅かだけ安堵している自分にも気づいていた。
あのままなら、自分は少女を見捨てていた。
助けたわけではない。
魔物に追われたから、逃げ道として利用しただけだ。
そう言い聞かせながら、サビはもう一度後ろを振り返った。
バーグがいた場所では、今も魔物たちが次々と宙へ吹き飛ばされていた。