落星の継承者  重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話   作:青井リンボ

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8/14 内容を変更。
影響がある話は3.4.5.6.24話です。


4

 (無理だ)

 

 突如現れた、ファングアントの群れを前に、サビは踵を返した。

 巨剣槍を軽量化したまま肩へ担ぎ、全力で走り出す。

 直後、背後から無数の脚が地面を叩く音が響いた。

 

「クソッ!」

 

 サビは瓦礫を飛び越え、崩れた道路を駆ける。

 振り返る余裕はない。

 魔力の気配だけで、群れが離れていないことは分かった。

 むしろ、少しずつ近づいている。

 

(何でこっちに来てやがる!)

 

 先ほど風に混じって流れてきた、濃い魔力の気配が頭をよぎった。

 だが、今は原因を考えている場合ではない。

 サビは前方を見る。轍が続いていた。

 バーグたちが進んだ方向だった。

 

 一瞬、別の方角へ逃げることも考える。

 だが、この辺りの地形は分からない。森へ飛び込めば、行き止まりや崩落した建物へ追い込まれる可能性もある。

 

 それに対して、前には魔導車に乗った人間がいる。

 サビは歯を食いしばった。

 

(……こうなったら)

 

 背後から迫る魔力の群れを感じながら、轍の先へ目を向ける。

 

(あいつらに押しつけるしかねえ!)

 

 サビは進路を変えなかった。

 むしろ速度を上げ、バーグたちが消えていった廃墟の奥へ向かって走った。

 

 

 

 サビは崩れた建造物の間を駆け抜けた。

 背後では、無数の脚が地面を叩く音が途切れない。

 瓦礫を踏み崩す音まで混じり、ファングアントの群れがすぐ後ろまで迫っている。

 

(もう少しで追いつく……!)

 

 地面に残された轍は、前方の開けた場所へ続いていた。

 サビは巨剣槍を担ぎ直す。

 

(あいつらに押しつけて、その間に——)

 

 建物の角を曲がった。

 

「……なんだ、これ」

 

 思わず速度が落ちる。

 崩れた建物に囲まれた広場には、何人もの人間が倒れていた。

 黒い外套。揃いの紋章が入った防具。折れた武器と、石畳へ広がる血。

 

 その奥で、一人の少女が壁際へ追い詰められていた。

 銀色の髪は血と埃に汚れ、褐色の肌にも傷が走っている。片膝をつきながら、淡い光で形作られた短剣を握っていた。

 

 その前に立っているのは、赤い鎧の男。

 

(バーグ……!)

 

 サビは反射的に身体を低くした。

 バーグの鋸刃剣は血に濡れていた。

 

 鎧にも傷はある。だが、動きにはほとんど衰えがない。

 

「まだやるのか?」

 

 バーグが笑いながら一歩踏み出した。

 少女は壁へ手をつき、無理やり身体を起こす。

 

「……殺す」

 

 掠れた声だった。

 琥珀色の瞳から涙が流れている。

 

「お前だけは……絶対に……」

 

 光の刃を構えようとする。

 だが、腕が震え、切っ先が下がった。

 

「いいねえ。その目だよ」

 

 バーグが鋸刃剣を引きずりながら近づく。

 

「親父とお袋が死んでも、まだ噛みついてくるか」

 

 少女の視線が、倒れている二人へ動いた。

 その瞬間、バーグが踏み込む。

 少女も短剣を振った。

 だが、鋸刃剣が軽く触れただけで、淡い刃は砕け散った。

 

「ッ……!」

 

 少女の身体が壁へ叩きつけられる。

 バーグが、その前へ立った。

 鋸刃剣が持ち上がる。

 

 サビの背後では、ファングアントの足音がさらに大きくなっていた。

 

 だが、壁際の少女を見た瞬間。

 男たちに囲まれたアオの姿が、記憶の底から蘇った。

 泥の中に倒れたまま、連れていかれるアオを見ていることしかできなかった。

 

(……クソッ)

 

 そのまま、横を抜けて逃げるつもりだった。

 しかし、サビは鈍っていた足を再び加速させ、そのままバーグへ向かって踏み込んだ。

 

 バーグはまだ、こちらへ気づいていない。

 

(気づいてねえ……!)

 

 サビは軽量化した巨剣槍を、大きく振りかぶっていた。

 

 壁際の少女へ鋸刃剣を振り上げた、その横腹へ向かって巨剣槍を振り抜く。

 軽くなった長大な刀身が、鈍い風切り音を立てて加速した。

 

 刃が赤い鎧へ触れる直前、サビは軽量化を解除する。

 

「な——」

 

 バーグが振り向くより早く、巨剣槍を脇腹へ叩き込もうとした。

 しかし、巨剣槍の迫る脇腹へ、サビがこれまで見たこともないほど濃い魔力が集中した。

 

 鉄塊を叩きつける瞬間、凄まじい反動が両腕から肩へ突き抜ける。

 

(硬え……!)

 

 痛みに顔をしかめるサビの身体まで横へ引かれる。

 だが、バーグの巨体はそれ以上の勢いで吹き飛んだ。

 赤い鎧が崩れかけた壁へ激突し、そのまま大量の瓦礫に飲み込まれる。

 

 周囲にいた男たちが、一斉に動きを止めた。

 

「バーグさん!?」

 

「誰だ、てめえ!」

 

 何人かが武器へ手を掛ける。

 だが、サビは相手にしなかった。

 巨剣槍を再び軽くすると、壁際に倒れかけている少女へ駆け寄る。

 

「立てるか!」

 

 少女は荒い呼吸を繰り返しながら、突然現れたサビを見上げた。

 

「……誰?」

 

「後だ。逃げるぞ!」

 

 腕を掴んで引き起こそうとしたが、少女の脚にはほとんど力が入っていない。

 サビは一瞬だけ顔をしかめると、そのまま少女の身体を肩へ担ぎ上げた。

 

「ちょ……」

 

「我慢しろ」

 

 背後から男たちが何かを叫びながら、近づいてくる。

 その声へ重なるように、無数の魔力の気配が広場へ近づいていた。

 

(もう来やがった)

 

 少女を担いだサビは男達から離れるように、走り出すと周囲へ目を走らせる。

 このまま走って逃げても、少女を担いだ状態では群れに追いつかれる。

 その時、肩の上から掠れた声がした。

 

「あそこ……」

 

「何だ」

 

「魔導車……」

 

 少女が震える腕を伸ばした。

 広場の端、崩れた建物の脇に一台の魔導車が停まっている。戦闘に巻き込まれたのか、車体にはいくつか傷が入っているものの、大きく壊れているようには見えなかった。

 

「乗せて」

 

 サビはすぐにそちらへ走り出した。

 数歩進んだところで、背後から大量の瓦礫が弾き飛ばされた。

 

「……!」

 

 サビが振り返る。

 崩れた壁の下から、赤い鎧が立ち上がっていた。

 バーグは口元から血を流し、脇腹の装甲も大きくへこんでいる。それでも、鋸刃剣を握る腕にはまだ力が残っていた。

 

 血走った目が、真っ直ぐサビへ向けられる。

 

「てめえ……」

 

(もう動けるのかよ)

 

 サビの背筋が強張る。

 あれだけまともに巨剣槍を叩き込んだ。

 

 それでも倒れていない。

 バーグが瓦礫を踏み越え、こちらへ向かって踏み出した。

 

 だが、その横から巨大な影が飛び込んだ。

 ファングアントだった。

 大きく開いた牙がバーグへ迫る。

 

「邪魔だ!」

 

 鋸刃剣が振り抜かれ、ファングアントの身体が地面から浮き上がった。硬い外殻が砕け、巨体が近くの瓦礫へ叩きつけられる。

 

 しかし、その後ろから二匹、三匹と新たな個体が広場へ流れ込んでくる。

 別のファングアントは、周囲で混乱していた男たちへ襲いかかった。

 

「なんだこの数は!」

 

「囲まれるぞ!」

 

 雪崩れ込んでくるファングアントを叩き潰しながら、何かに気付いたようにバーグの表情が変わった。

 

「……あの瓶か」

 

 バーグはサビに担がれた少女を睨みつけた。

 

「てめえ、魔物寄せを使いやがったな!」

 

 男たちがサビから視線を外し、次々と武器を構える。

 さらに後方からも、黒褐色の巨体が崩れた建造物の間を埋めるように現れた。

 

(来た)

 

 サビが狙っていた通りだった。

 だが、安心する暇はない。

 

 バーグは飛びかかってくるファングアントを一匹ずつ叩き潰しながら、それでもこちらへ進もうとしている。

 

「クソがぁぁ!」

 

(あの群れ相手に押し返してやがる……)

 

 長くは持たない。

 群れがバーグを倒すより先に、こちらまで追いついてくる可能性の方が高かった。

 サビは魔導車まで走り、扉を開けると肩に担いでいた少女を下ろした。

 

「運転、できる?」

 

 少女が苦しそうに尋ねる。

 

「できねえ」

 

「……じゃあ、運転席に乗せて」

 

「お前がやるのか?」

 

「早く……」

 

 サビは迷わず、少女を運転席へ座らせた。

 少女は背もたれへ身体を預けたまま、震える手を腰へ伸ばす。

 小さな鞄から瓶を取り出すと、栓を外して中身を一気に飲み干した。

 

 直後、苦しそうに目を閉じる。

 

「おい」

 

「少し……待って」

 

 少女は口元を押さえながら、何度か深く呼吸した。

 青ざめていた顔に僅かに血の気が戻る。傷が消えたわけではないが、先ほどまで震えていた指が少しずつ動き始めた。

 

 少女は身体を起こし、運転席の前に並ぶ操作具へ手を伸ばした。

 サビには何をしているのか分からない。

 

 背後を振り返る。

 バーグがまた一匹、ファングアントを鋸刃剣で吹き飛ばした。

 

 別の個体が横から噛みつこうとするが、肩からぶつかるだけで弾き返される。

 そのままバーグがこちらへ顔を向けた。

 離れていても、視線が合ったのが分かった。

 

「まだか!」

 

「今やってる!」

 

 少女が操作具をいくつか動かす。

 魔導車の内部で僅かな振動が生まれたが、すぐに止まった。

 

「動かねえぞ」

 

「分かってる!」

 

 少女は苛立たしげに答えると、別の操作具へ手を伸ばした。

 サビは巨剣槍を握ったまま、魔導車の横に立つ。

 

 必要なら、自分が時間を稼ぐしかない。

 だがバーグの周囲では、既に何匹ものファングアントが倒れていた。

 群れの奥からさらに新しい個体が押し寄せているとはいえ、あの男をいつまで止めていられるか分からない。

 

「……動いて」

 

 少女が小さく呟き、最後の操作具を押し込んだ。

 今度は車体全体に震えが広がった。

 魔石を収めた機関部から淡い光が漏れ、止まっていた車輪へゆっくりと力が伝わっていく。

 

「手すりにつかまって!」

 

「ああ!」

 

 サビは急いで魔導車へ駆け寄り、側面に取りつけられた見張り用の足場へ飛び乗った。

 片手で手すりを掴み、もう片方の手で軽くした巨剣槍を支える。

 

 ほぼ同時に、魔導車が凄まじい勢いで発進した。

 

「……ッ!」

 

 急加速に身体を持っていかれそうになり、サビは歯を食いしばった。

 

 荒れた道路へ乗り上げ、車体が大きく揺れる。

 サビは片手で巨剣槍を押さえながら後ろを振り返った。

 

 広場では、バーグたちがファングアントの群れに囲まれている。

 それでも赤い鎧だけは、次々と群れを吹き飛ばしながらこちらを追おうとしていた。

 

 だが、間へ新たなファングアントが殺到し、その姿が黒褐色の巨体に埋もれていく。

 

「クソがぁぁぁぁ!」

 

 バーグの叫びを背後に、魔導車はそのまま速度を上げた。

 崩れた建造物と血に濡れた広場が、少しずつ遠ざかっていく。

 

 サビはしばらく背後を見続けていたが、ようやくバーグの魔力の気配が遠ざかり始めたところで、深く息を吐いた。

 

(これで、アオの手掛かりはなくなった……)

 

 バーグたちを追えば、アオの居場所へ辿り着けるかもしれなかった。

 その可能性は、今や魔物の群れに埋もれている。

 腹の奥に、重いものが沈んだ。

 

 それでもサビは、追跡を続けられなくなったことに、ほんの僅かだけ安堵している自分にも気づいていた。

 そのことが、妙に腹立たしかった。

 

(仕方ねえか……)

 

 サビはもう一度後ろを振り返った。

 バーグがいた場所では、今も魔物たちが次々と宙へ吹き飛ばされていた。

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