落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
飛び出してきたのは、ファングアントだった。
一体だけではない。
続けて同じ穴から、次々と同じ姿が這い出してくる。
サビの警告に身を強張らせていた者たちも、すぐに武器を取り直した。
傭兵たちは、ファングアントが噴き出す穴へ向かって駆けていく。
先頭を走るガレスが近づく間にも、穴から現れる群れは途切れなかった。
「抑え込むぞ!」
一気に十頭ほどが地上へ姿を現す。
そこへ踏み込んだ大楯持ちたちが、正面から激突した。
ファングアントの頭部が大楯へぶつかり、硬い甲殻と金属が激しい音を立てる。
すぐさま後ろからレオルたちが槍を突き出し、押し留められた個体を仕留めていく。
だが、その間にも穴から新たなファングアントが這い出していた。
サビも前衛の横から飛び出す。
広がろうとする群れへ踏み込み、巨剣槍を横薙ぎに振り抜いた。
加速した巨大な刃が数体をまとめて吹き飛ばし、前線に一瞬だけ隙間が生まれる。
しかし、その隙間はすぐに新たなファングアントで埋められた。
「チッ!」
サビは返す刃でもう一度群れを薙ぎ払いながら、地下の魔力を探った。
感覚の底を、無数の反応が蠢いている。
減るどころか、さらに多くの気配がこちらへ集まり続けていた。
「地下の気配が増えてるぞ!」
その叫びを聞き、大楯を支えるガレスの表情が険しくなる。
前衛の頭上を、ミリーの魔力矢とリナの魔力弾が次々と通過した。
穴から這い出すファングアントを撃ち倒していくが、それでも湧き出す数は減らない。
「……地下に、どれだけいやがるんだ」
ガレスは低く吐き捨てた。
だが、考える暇すら与えられない。
大楯へ新たなファングアントが食らいつき、鋭い大牙が金属の表面を激しく削った。
ガレスたちは押し寄せる群れを食い止め、サビも前衛の脇から巨剣槍を振るい続ける。
その最中、魔導車の方からバズの声が響いた。
「あと少しで前輪を戻せる! もう少し持たせろ!」
その報告を聞いたガレスは、盾を押し返しながら声を張り上げた。
「聞いたな! もうすぐ魔導車が動く! 合図が出たら一気に撤退するぞ!」
「おう!」
傭兵たちが応じる。
あと少し。
そう思った直後、サビの感覚に、これまでより大きな魔力反応が触れた。
(……なんだ?)
反応は前方の穴へ向かっていない。
地下を移動しながら、ガレスたちの横を通り過ぎていく。
そのまま前線の後方、魔導車との間にある地面の下で止まった。
サビは勢いよく振り返った。
硬い地面の表面に、細い亀裂が走る。
「……おい! 後ろからも来るぞ!」
警告とほとんど同時に、土と旧時代の瓦礫が内側から吹き飛ばされた。
地面から這い出してきたのは、これまでのファングアントとは大きく姿の異なる個体だった。
体躯は通常種より2回り以上大きい。
肥大化した頭部には、太く短い大牙が一対突き出していた。
牙の表面には大量の土と瓦礫がこびりつき、先端は長く地面を削り続けたためか、平たく摩耗している。
頭部を覆う甲殻も異様に分厚い。
何層にも重なった黒い外殻が、首元まで一体となって盛り上がっていた。
「あいつが穴を掘ってきたのか……」
掘削種は地上へ全身を押し出すと、頭部を左右に振った。
付着していた土と瓦礫が飛び散り、復旧作業をしていた使用人たちが悲鳴を上げて後ずさる。
そして、掘削種は傾いた魔導車へ顔を向けた。
魔導車はゆっくりと後続車に引き上げられている途中だった。
作業を進めるバズが、掘削種を見て叫ぶ。
「おい、リナ!あいつを近づけるな、一瞬で魔導車の魔石槽が食い破られるぞ!」
「分かってる!」
そう言ってミリーとリナが掘削種へと向けて、攻撃を行う。
しかし、頭部に着弾したニードルや魔力矢は、甲殻の表面を僅かに凹ませる程度だった。
(まずい)
その光景を見ていたサビは、黒兜のバイザーの下で、顔をしかめていた。
あの巨体に突っ込まれれば、戻しかけている前輪が再び穴へ落ちる。
車軸まで壊されれば、今度こそ動かせなくなる。
そうすれば、自分たちはこの群れに飲み込まれてしまうかもしれない。
(あいつを何とかしねえと全滅だ)
サビは巨剣槍を握り直し、掘削種と魔導車の間へ走った。
掘削種の黒い頭部が低く沈む。
六本の太い脚が地面を掴み、掘削種が一気に踏み込んだ。
正面から見えるのは、岩盤を削り進むための分厚い甲殻だった。
(頭を叩いても止まらねえ)
重量を増やせば、外殻ごと潰せるかもしれない。
だが、地下にはまだ無数の気配が残っている。
ここで大量の魔力を使えば、その後に何が出てきても動けなくなる。
サビは掘削種の頭部ではなく、その下で開閉する口へ目を向けた。
短い牙の奥。
外殻に覆われていない、僅かな隙間が見える。
(あそこへ突き込むしかねえ)
サビは巨剣槍を軽量化した。
穂先を掘削種の口へ向け、柄の根元を握り込む。
このまま強く握ったまま発動すれば、巨剣槍の加速に身体ごと引きずられる。
訓練で初めて使った時もそうだった。
握りを緩めるのが一瞬遅れ、肩が外れかけた。 巨剣槍を手放していなければ、そのまま腕まで持っていかれていたかもしれない。
サビは前に添えた手の指を僅かに開いた。
握るのではなく、柄を通す。
籠手に覆われた掌を、巨剣槍の進む向きへ真っ直ぐに揃える。
距離が急速に縮まっていく。
掘削種に打ち込まれていた、魔力攻撃がやんだ。
ミリーの叫び声が届く。
「サビッ!」
太い牙が開き、内側に並ぶ細かな突起が見えた。
サビは柄の根元を捻った。
内部で魔力回路が繋がる。
次の瞬間、石突から爆発的な魔力の噴流が吐き出された。
轟音とともに、軽量化された巨剣槍だけが前方へ射出される。
柄が、サビの掌の中を凄まじい速度で滑った。
浅い溝が籠手の内側を擦り、火花を散らす。
サビは柄を握り込まず、穂先の向きだけを両手で制御した。
軽いままでは、速度だけが出て威力が足りない。
早く重さを戻せば、質量が推進の勢いを殺す。
切り替えられる時間は、ほんの一瞬だった。
(まだだ)
噴射に押し出された巨剣槍の穂先が、開いた大牙の間へ滑り込む。
(ここだ!)
サビは軽量化を解除した。
本来の質量を取り戻した巨剣槍が、爆発的な速度を保ったまま掘削種の口内へ突き刺さる。
穂先が柔らかな肉を貫き、そのまま肥大化した頭部の奥まで突き抜けた。
直後、柄の末端に設けられた止め環が籠手へ激突する。
「ぐッ……!」
そこで初めて、巨剣槍の反動がサビの全身へ伝わった。
両腕が軋み、両足が地面を抉る。
それでも、穂先に乗った勢いは止まらない。
突進していた掘削種の巨体が大きく仰け反り、六本の脚が宙を掻く。
直後、頭部の内側から鈍い破砕音が響いた。
掘削種は巨剣槍を口へ突き立てられたまま横倒しになり、地面を大きく揺らした。
「まじか……」
その一撃を見ていたリナが、大きく目を見開いた。
ミリーも驚いた表情のまま、倒れた掘削種とサビを交互に見ている。
そこへ、魔導車の方からバズの声が響き渡った。
「前輪が戻った! 魔導車を発進させる! 全員乗り込めえ!」
サビはその声を聞くと、掘削種へ深く突き刺さった巨剣槍を軽量化した。
両足を踏ん張り、柄を強く引く。
穂先が、掘削種の大きく裂けた口から、濡れた音を立てて引き抜かれた。
だが、サビの魔力感知は、今も地下で蠢き続ける無数の気配を捉えていた。
(まずは、ここから離れねえとな)
勝利の余韻へ浸る間もなく、サビは振り返った。
最後尾の魔導車が、低い機関音を響かせながら動き始めている。
だが、前方の穴を塞いでいるガレスたちは、まだ陣形を崩していなかった。
大盾を並べ、その隙間から槍持ちたちが追いすがるファングアントを突き返している。
「車両が動いた! 撤退するぞ!」
ガレスが盾越しに叫んだ。
「槍隊、ここで一発吐き出せ! 前を空ける!」
レオルたちが一斉に槍を引いた。
穂先へ魔力が集まり、鋭く圧縮されていく。
槍の延長線上へ、細長い魔力の穂先が重なるように伸びた。
「撃て!」
数人が同時に踏み込む。
突き出された槍の先から、高密度の魔力が一直線に撃ち出された。
幾筋もの刺突がファングアントの群れへ食い込む。
先頭の甲殻を穿ち、その背後にいた個体までまとめて貫いた。
ファングアントの前列が一斉に崩れる。
「盾、押し返せ!」
今度はガレスたちの大盾が強く光った。
蓄えられていた魔力が盾面から一気に弾ける。
衝撃を受けたファングアントが何体も後方へ吹き飛び、後続まで巻き込んで転がった。
群れとの間に、僅かな空白が生まれる。
「今だ! 陣形を解け! 全員、車両へ!」
ガレスの号令と同時に、傭兵たちが一斉に背を向けた。
ほんの数秒あればいい。
最後尾の魔導車はすでに速度を上げ始めている。
傭兵たちは走る車両へ次々と飛びつき、荷台から伸ばされた腕に引き上げられていった。
ガレスが最後まで大盾を支え、レオルと共に後退する。
崩れた群れの向こうでは、早くも新たなファングアントが乗り越えて迫っていた。
サビも二人の脇へ入り込み、追いついた一体を巨剣槍で薙ぎ払う。
「行け!」
ガレスの声に合わせ、三人が一斉に地面を蹴った。
レオルが先に魔導車へ飛びつき、続いてガレスが荷台へ引き上げられる。
サビも荷台から伸ばされた手を掴み、走行中の魔導車へ飛び乗った。
直後、車両が大きく速度を上げる。
土煙を巻き上げながら、三台の魔導車は崩落箇所から一気に離れていった。
だが、追跡は終わっていなかった。
地下から這い出したファングアントたちが、黒い波のように街道へ広がっていく。
先頭の個体は六本の脚を激しく動かし、加速しきっていない最後尾の魔導車へ迫っていた。
「まだ来るぞ!」
レオルが荷台から槍を突き出した。
車体へ飛びつこうとした一体の頭部を突き返す。
しかし、転がった個体を踏み越えて、その後ろから別のファングアントが迫ってきた。
見張り台の上から、ミリーとリナが攻撃を放つ。
魔力矢が一体の胴を貫き、続いて飛んだ魔力弾が別の個体の前脚を吹き飛ばした。
それでも群れの勢いは衰えない。
倒れた仲間を踏み越え、黒い群れが最後尾の魔導車へ押し寄せてくる。
車体は徐々に加速しているが、果実を満載した魔導車はまだ十分な速度に達していなかった。
「このままじゃ取りつかれるぞ!」
荷台の縁から後方を見ていた傭兵が叫ぶ。
ガレスは群れとの距離を確認すると、すぐに腰の鞄へ手を伸ばした。
「魔物寄せを持ってる奴は出せ! 左右へ散らして投げるぞ!」
その指示に、ミリーだけでなく、リナや数人の傭兵が鞄を探った。
取り出されたのは、手のひらほどの厚い瓶だった。
中には黒みがかった粉が詰められている。
「車列の近くへ落とすなよ! 街道の外へ投げろ!」
ガレスは自分の瓶を握り、進行方向の右側へ身体を向けた。
「三つ数える! 一、二――今だ!」
複数の瓶が、走る魔導車から一斉に投げ放たれた。
瓶はそれぞれ異なる軌道を描き、街道の左右へ飛んでいく。
地面へ落ちた容器が次々と砕けた。
黒い粉が土煙の中へ舞い上がり、荒野へ広がっていく。
直後、サビの魔力感知へ、いくつもの濃い反応が現れた。
本物の魔物とは僅かに違う。
だが、離れた位置から感じれば、高濃度の魔力を蓄えた何かが潜んでいるように思えるほど強い。
先頭を走るファングアントは、目の前の魔導車を追い続けていた。
しかし、後方の群れに乱れが生じる。
一体が突然進路を変え、街道の右側へ逸れた。
続いて、その後ろを走っていた数体も黒い粉の方へ向かう。
反対側へ投げられた魔物寄せにも、別の群れが引き寄せられていった。
左右へ進路を変えた個体と、そのまま魔導車を追う個体がぶつかり合う。
黒い波のようだった群れが、いくつもの塊へ割れていった。
「効いてるわ!」
リナが杖を構え直す。
「前だけ潰すわよ!」
魔力球が連続して放たれた。
ミリーも弓を引き、魔導車を追い続ける先頭の個体へ魔力矢を撃ち込んでいく。
矢に頭部を貫かれたファングアントが倒れ、その後ろの個体を巻き込んだ。
それでも数体が群れから抜け出し、最後尾へ迫る。
一体が跳び上がり、荷台の縁へ大牙を掛けた。
「させるか!」
レオルが槍を振り下ろし、頭部を強く打ち据える。
大牙が外れ、ファングアントの身体が街道へ転がった。
別の一体が車輪の脇へ取りつこうとする。
サビは荷台から身を乗り出し、軽量化した巨剣槍を振り下ろした。
刃の腹が甲殻を捉え、走行する魔導車から大きく弾き飛ばす。
その間にも、三台の魔導車は速度を上げ続けていた。
古い舗装の上を車輪が激しく叩き、車体が大きく揺れる。
荷室では木箱が軋み、果実の潰れる音も聞こえた。
それでも今は、速度を落とす余裕などない。
やがて、追いすがるファングアントとの距離が僅かに開き始めた。
魔物寄せへ向かった群れは街道から逸れ、黒い粉の周囲へ集まっている。
残った個体も、加速した魔導車へ次第について来られなくなった。
一体、また一体と速度を落とし、土煙の向こうへ取り残されていく。
それでも傭兵たちは武器を下ろさなかった。
遠ざかる黒い影を見つめ、再び追ってこないか確かめ続ける。
しばらくして、ガレスが大きく息を吐いた。
「……抜けたな」
その言葉を聞き、荷台のあちこちから安堵の息が漏れた。
サビも長く息を吐く。
すると、隣にいたレオルが勢いよく肩を組んできた。
「それにしても、すげえ一撃だったな! あんな大物を一発だぞ!」
レオルは屈託のない笑みを浮かべている。
サビは右手を僅かに握り直した。
射出された柄の止め環を受け止めた掌には、まだ鈍い痛みが残っていた。
「……まあ、そうだな」
「涼しい顔しやがって。でも、本当に助かったぜ」
「ああ。あれが車に突っ込んでたら、今頃どうなってたか分からねえ」
茶化すレオルに続き、バズも深く頷いた。
そこへ、ゴードンへの報告を終えたガレスが戻ってくる。
ガレスはサビの肩を軽く叩いた。
その顔には、からかいのない穏やかな笑みが浮かんでいる。
「ああ。俺からも礼を言わせてくれ。助かった」
「……全員無事でよかったな」
サビがそう返すと、レオルが再び割り込んできた。
「ほんと、いい性格してるぜ!」
「あんたにだけは言われたくないわよ」
見張り台の上から、リナの声が飛んでくる。
周囲に笑いが起きた。
ほかの傭兵たちも、ようやく緊張が解けたのか、笑みを浮かべながら互いの肩や背中を叩いている。
輪の中へ置かれるのは、どこか居心地が悪かった。
それでも、嫌な気分ではなかった。
ひとしきり生還を喜び合ったあと、一団はガレスの指示でそれぞれの持ち場へ戻っていった。
エクスランドまでは、まだ距離がある。
危機を抜けたとはいえ、最後まで油断はできなかった。
見張り台へ上がったサビを、どこか不満そうなミリーが出迎えた。
「掘削種の前へ飛び出すなんて、さすがに心臓に悪いわ」
「行けると思ったから行った」
「そういう意味じゃないんだけど!」
珍しく声を荒らげるミリーを前に、サビは僅かに戸惑った。
「そんなにまずかったか?」
「……」
ミリーは何かを言い返そうとして、口を閉じた。
やがて、耐えきれなくなったように大きく息を吐く。
それから顔を上げ、気を取り直したようにサビを見た。
「まあ……危なかったって意味だけでもないんだけど。無事でよかったわ」
「ああ。あとは何事もなければいいけどな」
「そういうこと言わないで!」
ミリーは呆れたように言いながら、最後には僅かに笑った。
サビも小さく頷き、遠ざかっていく廃都市へ目を向ける。
無数に並んでいた黒い建物の影は、濃くなっていく砂塵の向こうで輪郭を失い、やがてほとんど見えなくなった。