落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
金属の杯がぶつかり合い、甲高い音が酒場に響いた。
「全員生きて帰ったことと、まだ売り物になる果実に!」
ゴードンが声を張り上げる。
鉄環の傭兵や商隊の使用人たちが、それぞれの杯を掲げた。
「乾杯!」
重なった声のあと、皆が一斉に酒をあおる。
サビも周囲に合わせて杯へ口をつけた。
酒には甘酸っぱい果汁が混ぜられていた。
道中で箱が壊れ、売り物にならなくなった双星樹の果実を潰して入れたものらしい。
酒場の奥では、背の低い箱型の魔導機が音楽を流している。
円盤を載せた台がゆっくりと回転し、その上を細い針が滑っていた。
雑音に混じって聞こえるのは、弦を弾く軽快な音と、聞き取りづらい女の歌声だった。
針が傷んだ部分を通るたび、歌声が僅かに引き伸ばされる。
それでも、酒場の客たちは気にした様子もなく、曲へ合わせて杯を叩いていた。
壁には、厚いガラスに覆われた旧時代のポスターが並んでいる。
夜の都市を走る流線形の乗り物。
色鮮やかな衣服を着た女。
巨大な塔を背に笑う家族。
書かれている文字を、サビはほとんど読めなかった。
傷や焼け跡のある紙を、ガラスと太い額縁が大切そうに守っている。
店に飾られた品の多くは、元の意味を知る者がほとんど残っていないのだろう。
それでも、失われた世界の絵と音楽は、荒っぽい傭兵たちの笑い声に混ざっていた。
「それにしても、あの一撃はすごかったな!」
向かいの席に座ったレオルが、両手を大きく広げた。
「掘削種がこう、口を開けて突っ込んできたところへ、サビが一歩も引かずにだな――」
「さっきより掘削種が大きくなってない?」
リナが冷めた目を向ける。
「細かいことはいいんだよ」
「そのうち魔導車より大きくなりそうね」
「実際でかかっただろ!」
レオルは立ち上がると、手にした除染されたホーンラビットの串焼きを巨剣槍に見立てて前へ突き出した。
「それで、ドンッ! 頭の後ろまで一発だ!あんなのコミックでしか見たことがねえ!」
「成功したから、そうやって笑っていられるのよ」
隣に座っていたミリーが、杯を置きながら口を挟む。
レオルは動きを止め、サビとミリーを交互に見た。
「まだ怒ってんのか?」
「怒ってないわ」
「怒ってる奴は大体そう言うぜ」
「もう一度言ってみなさい」
ミリーが弓の置かれた壁際へ視線を向ける。
レオルは何も言わずに座り直した。
周囲から笑いが起きる。
サビは串に刺さった肉を噛みながら、その様子を眺めていた。
自分の戦いについて、これほど大勢から好き勝手に語られるのは落ち着かなかった。
だが、立ち去りたいほどではない。
「ところでよ」
レオルが新しい酒を注ぎながら、ゴードンへ顔を向けた。
「あんた、道が崩れた時は世界の終わりみたいな顔してたよな」
「当然でしょう。大切な商品が穴へ落ちかけていたんですよ」
「でも、何箱か捨てただろ。あれで大赤字じゃねえのか?」
ゴードンは杯を揺らし、底に残った果肉を見た。
「赤字ではありません。利益がかなり減っただけです」
「似たようなもんじゃねえか」
「全く違います」
ゴードンは真剣な顔で否定した。
「損失を出しても黒字なら、商売は続けられます。続けられるなら、次で取り返せる」
そう言うと、酒を一息に飲み干した。
「実は今回の仕入れには、少々事情がありまして」
「また借金か?」
バズの言葉に、ゴードンの眉が僅かに動いた。
「また、という言い方は心外ですね」
「違うのか?」
「……高級区画に、新しい店を出しました」
数人の傭兵が感心したような声を上げた。
エクスランドの高級区画に店を構えるには、店舗の権利だけでも相当な金が必要になる。
内装や倉庫、商品の仕入れまで含めれば、小さな商隊では簡単に用意できる額ではない。
「商業組合と銀行から、少しばかり借りただけです」
「少しって、どのくらいだよ」
「それを聞いて、代わりに返してくれるんですか?」
「聞くだけだ」
「なら教えません」
ゴードンは素早く答えた。
「双星祭の前に果実を運び込めば、良い値がつきます。今回は、その利益で借金を一気に減らす予定だったんですよ」
「それで道が崩れた時に、あんな顔してたのね」
リナが納得したように言う。
「ですが、まだ十分に利益は出ます」
ゴードンは背筋を伸ばした。
「多少の果実が潰れた程度で、店まで潰すつもりはありません。残った商品から、どこまで利益を伸ばせるか。それが商人の腕です」
「さっきまで青い顔してたくせによ」
「過ぎた損失を数えて、荷物が戻ってくるなら一晩中でも数えますよ」
レオルは口を開きかけたが、返す言葉がなかったらしい。
黙って酒を飲んだ。
「それに、潰れた果実も無駄にはしていません」
ゴードンが、皆の杯を指した。
「今夜は私の商品の試飲会でもあります」
「ちゃっかりしてんなあ」
「商人ですから」
再び笑い声が上がった。
魔導機レコードから流れていた曲が終わる。
歌声と楽器の音が途切れ、回転する円盤を針が擦る音だけが残った。
店員が魔導機の蓋を開き、新しい円盤へ交換しようとしたところで、酒場の扉が開いた。
外の冷たい空気とともに、ガレスが店内へ入ってくる。
「おせえぞ、隊長!」
レオルが杯を掲げる。
「先に始めたのはお前らだろうが」
ガレスは呆れたように返しながら、空いていた席へ腰を下ろした。
バズが酒の入った杯を差し出す。
「報告は終わったのか?」
「ああ」
ガレスは酒を一口飲み、深く息を吐いた。
「俺たちが遭遇した件は、緊急報告として受理された」
騒いでいた傭兵たちの声が、少しずつ小さくなる。
「やっぱり、普通じゃなかったのか?」
レオルの問いに、ガレスが頷いた。
「ここ数週間、エクスランド周辺でファングアントの目撃が増えている。小さな群れだけじゃない。荷車が襲われたって報告も、既に何件か上がっていた」
「廃都市から出てきたって話は?」
「ほかにも二件あったそうだ」
ガレスは卓上に指を置き、目に見えない線を引くように動かした。
「俺たちが通った廃都市には、地下排水路や輸送路が残っている。崩れた建物の基礎も、地下で繋がっている可能性があるらしい」
「そこを巣穴に使ってるのね」
リナが眉を寄せる。
「ギルドは明日から調査隊を出す。今日出てきた掘削種が、地下道を広げているとすれば、巣の範囲はかなり大きいかもしれない」
酒場の一角に、僅かな沈黙が生まれた。
先ほどまで楽しそうに掘削種の大きさを語っていたレオルも、今度は笑っていなかった。
サビは杯を置き、ガレスの話を聞く。
地下で感じた無数の気配を思い出していた。
あれだけの数が、廃都市の一部に過ぎなかったとすれば、奥にはさらに多くのファングアントがいる。
「巣が1つに繋がっていたら、どうなる?」
サビが尋ねる。
「規模次第だが、傭兵ギルドだけでは処理できない」
ガレスは即答した。
「開闢軍が主導する大規模作戦になるだろうな」
「大規模作戦か」
バズが低く呟く。
「巣の外周を塞いで、地下道を1つずつ潰す。兵士だけでも相当な数が必要になるな」
「上位種が何匹もいるなら、普通の兵じゃ奥まで入れねえだろ」
別の傭兵が串焼きの骨を皿へ置いた。
「王の戦士が出るかもな」
その言葉に、若い傭兵たちが反応する。
開闢軍の中でも、特に強力な兵士たちへ与えられる称号だった。
軍の象徴であり、一人で戦況を変えると言われる者たち。
「巣1つで、そこまで出てくるか?」
「ただの巣ならな。ハイブクイーンでも育ってたら話は別だ」
「昔なら、《剣聖》が一人で巣の奥まで斬り進んだんじゃねえか?」
年嵩の傭兵が、酒を飲みながら言った。
「《剣聖》か。最近は名前も聞かなくなったな」
「王の戦士筆頭が何年も姿を見せねえんだ。軍も隠したがってるんだろ」
軽い噂話のような口調だった。
だが、周囲の傭兵の何人かは、それ以上触れることを避けるように杯へ口をつけた。
「傭兵側も集められるぞ」
バズが話を戻す。
「五ツ星を抱えてる大手クランは、ほとんど声が掛かるだろう。外周の封鎖だけでも、人手がいくらあっても足りん」
「六ツ星も来るか?」
レオルの声が少し弾む。
「《無道》キサラギとか」
「来ねえだろ」
年嵩の傭兵が笑った。
「あの女が興味を持つのは人間だけだ。蟻の大群を斬っても、つまらないって言いそうだ」
「でも、開闢軍の強い奴が来るなら、見物には来るかもしれないわよ」
リナの言葉に、何人かが嫌そうな顔をした。
「そっちの方が厄介だな」
「作戦中に喧嘩を売られたらたまらねえ」
先ほどまでの重い空気が僅かに和らぐ。
サビは聞いた名前を頭の中で繰り返した。
王の戦士。
五ツ星を抱える大手クラン。
六ツ星の傭兵。
今日倒した掘削種よりも、遥かに強い魔物を相手にする者たちが、この都市にはいる。
「大規模作戦になったら、俺たちも呼ばれるのか?」
レオルがガレスへ尋ねる。
「鉄環には声が掛かるだろうな。正面戦闘だけが作戦じゃない。輸送も、退路の確保も必要になる」
ガレスは答えたあと、サビとミリーへ視線を向けた。
「三ツ星以上なら、状況次第で招集対象に入る」
「俺たちは、まだ二ツ星だ」
サビが言う。
「今はな」
ガレスは短く答えた。
「今回の護衛と報告が正しく評価されるなら、昇格まですぐだろう」
サビは返事をせず、杯の中に残った果実酒を見た。
登録してから、まだそれほど時間は経っていない。
だが、二ツ星になった時よりも、三ツ星という言葉が近く感じられた。
その時、ゴードンが顎へ手を添えた。
「大規模作戦ですか」
「何だよ。その顔は」
レオルが警戒するように見る。
「人が大勢集まるなら、食料や武具、薬品が必要になりますね」
「お前、もう商売の話をしてるのか?」
「当然です」
ゴードンは胸を張った。
「危険な場所ほど、必要な物を運ぶ商人が要るんですよ」
「借金返したいだけだろ」
「それも重要な理由です」
酒場に笑いが広がった。
交換を終えた魔導機レコードから、新しい音楽が流れ始める。
先ほどよりも速い曲だった。
古い音楽に合わせ、誰かが杯を卓へ打ちつける。
それに続いて、別の傭兵も調子を合わせた。
サビは果実酒を飲み干し、空になった杯を置いた。
初めて飲んだ酒の心地よい酩酊感の中、周囲を見渡した。
隣では、ミリーがレオルたちのバカ騒ぎを見て、サビへと笑いかけてくる。
ガレスもバズと共に、大笑いしながらレオルたちを煽っていた。
リナは呆れつつも、穏やかな瞳でグラスを開けていた。
遠い昔の音楽と、傭兵たちの笑い声が混ざっている。
大勢で囲む卓には、まだ少し居心地の悪さがあった。
それでも、席を立とうとは思わなかった。