落星の継承者  重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話   作:青井リンボ

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 サラの言葉を聞いたミリーは少しの間息を止めた。

 

「じゃあ、バーグの事ももっとわかるって事ですよね」

 

 ミリーの言葉を受けて、サラは周囲を確認してから、声を落とした。

 

「……現在の権限であれば、以前よりも詳しい情報を開示できます。確認されますか?」

 

「ああ」

 

 サビはすぐに答えた。

 隣に座るミリーも、真剣な表情で頷く。

 

「分かりました。ここではお話しできませんので、場所を移しましょう」

 

 サラは書類をまとめると、窓口の奥にいる職員へ声を掛けた。

 サビたちは新しい傭兵証を受け取り、その後に続く。

 広間を横切る間も、周囲の傭兵から視線を向けられていた。

 

 三ツ星への昇格が気になるのか、それとも別室へ案内されることが珍しいのかは分からない。

 以前にも通った廊下を進み、分厚い扉の前でサラが足を止める。

 

 中は、前に説明を受けた時と同じ部屋だった。

 窓はなく、中央に机と数脚の椅子だけが置かれている。

 サビとミリーが席へ着くと、サラは扉を閉めた。

 広間の喧騒が遠ざかり、部屋の中が静かになる。

 

「初めに、開示される情報の取り扱いについて説明します」

 

 サラは二人の向かいへ座り、持ってきた書類を机へ置いた。

 

「これからお伝えする内容には、開闢軍から提供された情報が含まれています。依頼や自衛のために利用することは認められていますが、無関係な第三者へ広めることは禁止されています」

 

「他の傭兵連中にも話せないのか?」

 

「既に公表されている内容であれば問題ありません。ただし、バーグの経歴や軍の捜索状況については、許可なく伝えないでください」

 

「分かった」

 

 サビが答えると、サラは一枚目の書類を開いた。

 

「先にお伝えしておきますが、バーグの現在の居場所は判明していません」

 

 期待していた言葉ではなかった。

 サビは僅かに眉を寄せた。

 

「ギルドでも分からねえのか」

 

「傭兵ギルドだけではありません。開闢軍も捜索を続けていますが、現在まで捕捉には至っていません」

 

「開闢軍も?」

 

 ミリーが聞き返す。

 サラは小さく頷いた。

 

「バーグは、開闢軍の出身者です」

 

「うそ……」

 

 ミリーは静かに息をのんだ。

 サビは黙ったまま書類を見つめ、サラの言葉を待った。

 

「本名はバーグ・クライゼン。開闢軍での所属は、外縁部の掃討や危険地域の先行調査を行う部隊に所属していました。魔物との戦闘だけでなく、遺跡や市街地での戦闘訓練も受けています」

 

 サビの脳裏に、バーグとの戦いが浮かぶ。

 感情のまま、巨体と怪力を振り回しているようで、その動きには妙な鋭さがあった。

 

「いつ軍を辞めたんだ?」

 

「辞めたのではありません。部隊から無断で離脱し、その後、正式に脱走兵として扱われています」

 

「脱走した理由は?」

 

「記録上は不明です」

 

 サラはそこで一度言葉を区切った。

 

「当時の任務内容についても、現在のお二人には開示できません」

 

 サビは納得していなかったが、それ以上は聞かなかった。

 軍から逃げ出しただけなら、これほど長く追跡を免れるのは難しい。

 まして、バーグは身を隠して暮らしているわけではない。

 多くの手下を従え、外壁部で堂々と人を襲っていた。

 

「軍にいた頃から、あの剣を使ってたんですか?」

 

 ミリーが尋ねる。

 

「いいえ。現在使用している鋸刃剣は、開闢軍の制式装備ではありません。脱走後の目撃記録から確認されるようになった武器です」

 

 サラは書類の一部を指先でなぞる。

 

「大きさと重量だけでも扱える者は限られますが、バーグは腕力に任せて振るっているわけではありません」

 

 そう言って、次のページをめくった。

 

「単純な魔力量と身体能力だけでも、通常の傭兵を大きく上回っています。しかし、本当に危険なのは、それだけではありません」

 

 サラは書類へ目を落とした。

 

「バーグは非常に短気で、感情的な人物だと記録されています。挑発や些細な衝突から殺傷事件へ発展した例もあり、行動そのものは決して慎重とは言えません」

 

「……それで、今まで捕まってないの?」

 

 ミリーが眉を寄せる。

 

「はい。それが、この人物の厄介なところです」

 

 サラは静かに答えた。

 

「平時の判断は衝動的です。ですが、戦闘が始まれば話が変わります」

 

 軍で身につけた白兵戦技術。

 相手の癖や間合いを読む観察力。

 地形や人数差を利用する判断。

 市街地や遺跡での戦闘経験。

 

「追い詰められるほど、軍人として叩き込まれた技術を迷いなく使います。怒りに任せて武器を振り回しているように見えても、相手の退路を塞ぎ、攻撃の癖を読み、確実に殺せる位置へ追い込んでくる」

 

 サビの脳裏に、バーグの普段の振舞いが蘇った。

 荒々しく笑い、巨大な鋸刃剣を振り回していたが、その軌道は確かに合理的な気配があった。

 

「勝てないと判断すれば逃げます。追えば待ち伏せる。必要なら罠も、人質も使う。逆に自分が優位だと判断すれば、相手を嬲るためだけに危険を冒すこともあります」

 

「狡猾なのか、馬鹿なのか分からないわね」

 

「どちらか一方なら、まだ対処しやすいんです」

 

 サラの声が僅かに硬くなった。

 

「感情的で予測しにくい。それでいて、戦闘になれば高度な訓練を受けた兵士として動ける。開闢軍では、そこを特に危険視しています」

 

 サラは一枚の書類を二人の前へ出した。

 

「現在、バーグには複数の事件について懸賞金が設定されています。ただし、発見したからといって一般の傭兵が追跡することは推奨されていません」

 

「どのくらいの奴なら追っていいんだ?」

 

 サラはサビを正面から見た。

 

「身柄の確保、あるいは討伐を目的として接触する場合、ギルドが推奨している戦力基準は――五ツ星以上です」

 

 ミリーの表情が固まった。

 

「……五ツ星?」

 

「単独で、という意味ではありません。五ツ星を中核とした十分な戦力を整え、事前に情報を集めた上での作戦行動が推奨されています」

 

 サラは続ける。

 

「バーグ・クライゼンは、現在確認されている賞金首の中でも有数の凶悪犯です。三ツ星となったお二人でも、発見した場合は交戦せず、まずギルドか開闢軍へ報告してください」

 

 サビは答えなかった。

 あれが単に、自分より少し強い男だったわけではない。

 五ツ星以上の戦力を整えて、ようやく追うことを許される相手だった。

 

「それだけ分かって、軍でも見つけれないんですか?」

 

 ミリーが問うと、サラは次の書類へ手を伸ばした。

 

「ここから先は、確認された事実と、開闢軍の推測を分けてお話しします」

 

 机の上へ、複数の記録が並べられる。

 

「バーグは脱走後、何度も拠点を移しています。軍が所在を把握した時には、既に放棄されたあとだった例も少なくありません」

 

「軍が来ることを、先に知ってたってことですか?」

 

「その可能性があります」

 

 ミリーの問いに、サラは慎重に答えた。

 

「また、長期間逃亡を続けているにもかかわらず、武器や食料、魔石などの補給が途切れていません」

 

「手下が集めてたんじゃねえのか?」

 

「それだけでは説明できない物資も確認されています。軍や大手商会が管理する流通経路を通った品が、バーグの拠点跡から見つかったこともあります」

 

 サビは机の上の書類を見る。

 書かれている文字は読めなかった。

 だが、押された印や、何度も書き足された線から、長い間追跡が続いていることは分かった。

 

「偽造された通行証を使用した形跡もあります。検問の位置や、巡回部隊の移動を事前に把握していたと思われる行動も確認されています」

 

「軍の中に、手を貸してる奴がいるのか?」

 

 サラはすぐには答えなかった。

 

「……その可能性も否定されていません。しかし、現時点で証拠はありません」

 

 室内が静かになる。

 

「開闢軍は、バーグが単独で逃亡を続けている可能性は低いと判断しています」

 

「手下どもの話じゃないわよね」

 

「はい」

 

 サラはミリーへ頷いた。

 

「バーグの背後には、物資や情報を提供できる組織に所属している可能性があります」

 

「どこの組織だ?」

 

「分かっていません」

 

 サラは首を横へ振る。

 

「壁外部の犯罪組織、都市外の武装集団、あるいは別の勢力。複数の可能性が調査されています」

 

「バーグは、そいつらに匿われてるだけなのか?」

 

「それも不明です」

 

 サラは一枚の書類を取り上げた。

 

「ただし、バーグが関与した事件の中には、金銭や物資を奪うことだけでは目的を説明できないものがあります」

 

「どういうこと?」

 

 ミリーはサラが示す書類を見つつ首は傾げる。

 

「特定の人物を連れ去る。決められた遺物だけを奪う。ほかの物には手をつけず、施設の一部だけを破壊する」

 

 サビはバーグの笑った顔を思い出した。

 アオを連れ去った時も、怒りや衝動だけで動いていたわけではない。

 

(俺たちが狙われていたのも理由があるのか?)

 

 サビは頭を悩ませるが、アオが珍しい外見をしていること以外思いつかなかった。

 

「偶然や衝動ではなく、何らかの目的に従って動いている可能性があります」

 

 サビは無意識に拳を握っていた。

 

「つまり、バーグを見つけるには、その後ろにいる奴らまで探らなきゃならねえってことか」

 

「可能性としては、そうなります」

 

 サラは正面からサビを見る。

 

「ですが、開闢軍でも全容を掴めていない相手です。お二人だけで調査を進めることは勧められません」

 

「それでも探す」

 

 サビは迷わず答えた。

 

「居場所が分からねえなら、見つかるまで手掛かりを集めるしかない」

 

 サラはしばらく何も言わなかった。

 やがて、小さく息を吐く。

 机の上の書類を閉じながら、静かに続ける。

 

「バーグに関係する新たな情報が入り、お二人に開示できる内容であれば、ギルドからお知らせします」

 

「ああ。頼む」

 

「ですが、最後にもう一度だけ」

 

 サラの声が僅かに硬くなった。

 

「バーグの背後にいる組織は、規模も目的も分かっていません。本人も、開闢軍で実戦経験を積んだ極めて危険な戦闘員です」

 

 サラは二人を順に見た。

 

「手掛かりを見つけても、決してお二人だけで接触しようとはしないでください」

 

 それまで事務的だった表情が、僅かに曇る。

 

「……早まらないでくださいね」

 

「……考えておく」

 

 サビはぎこちなく頷くと、新しくなった傭兵証へ触れた。

 3つの星を得たことで、バーグへ一歩近づいた。

 だが、その先にあるものは、以前よりも遥かに大きく見えていた。

 

 

 

 傭兵ギルドを出ると、昼を少し過ぎた街には多くの人が行き交っていた。

 

 依頼へ向かう傭兵。

 荷車を引く商人。

 双星祭に向けて、建物の軒先へ飾りを取りつけている職人たち。

 

 金色の円と銀色の月を組み合わせた飾りが、通りの上で風に揺れていた。

 サビは人混みの中を歩きながら、腰に下げた傭兵証へ手を触れた。

 薄い金属板の表面に、3つの星が刻まれている。

 

「三ツ星になったな」

 

 隣を歩くミリーが、僅かに遅れて頷いた。

 

「そうね」

 

「嬉しくねえのか?」

 

「嬉しいわよ。ただ、早すぎてあまり実感がないだけ」

 

 ミリーも自分の傭兵証を取り出し、3つの星を確かめる。

 

「サビはギルドに入ったのはついこの前なのにね」

 

「そうだな」

 

 ミリーは傭兵証を鞄へ戻した。

 サビも前方へ視線を戻す。

 

 バーグ。

 これまでは、そう呼ぶだけだった。

 だが、あの男にも正式な名前があった。

 

「バーグ・クライゼンか」

 

 サビが呟くと、ミリーの表情が僅かに引き締まった。

 

「元開闢軍。五ツ星を中心に戦力を集めないと、追うことすら勧められない賞金首……」

 

「ああ」

 

「それなのに、軍でも居場所を掴めてない」

 

 さらに、その背後には別の組織がいる可能性まである。

 分かったことが増えた。

 同時に、自分たちが追っていた相手が、ただ外壁を荒らして回る凶悪犯ではなかったことも分かった。

 サビは腰の傭兵証へ触れた。

 

「三ツ星になったくらいじゃ、まだ足りねえな」

 

 ミリーが少し意外そうにサビを見る。

 

「サラさんの話、ちゃんと聞いてたのね」

 

「聞いてる」

 

「なら、見つけてもいきなり殴りかからないでよ」

 

「……考えておく」

 

「それ、さっきも言ってたわよ」

 

 ミリーは呆れたように息を吐いた。

 サビは前を向いたまま続ける。

 

「でも、何も分からなかった時よりはマシだ」

 

「そうね」

 

「今すぐ勝てねえなら、勝てるようになる。その間に手掛かりを集める」

 

 ミリーは少しだけ黙ったあと、頷いた。

 

「……それなら、私も賛成」

 

 二人が商業区へ入ると、通りの人通りはさらに増していった。

 露店の数も普段より多い。

 双星祭を控え、色鮮やかな布や菓子、酒、果物などが店先へ並べられている。

 

 通りの両側では、双星祭の飾りつけが続いている。

 

 金色の太陽を模した円盤。

 銀色の月を象った細い板。

 

 それらが重なるように吊るされ、風を受けるたびに小さな音を立てていた。

 ミリーはその1つを見上げたまま、歩みを僅かに遅くした。

 

「どうした?」

 

「別に」

 

 そう答えたあとも、ミリーは飾りから目を離さなかった。

 聖都で見た大聖堂を思い出しているのだろうか。

 サビは理由を聞こうとしたが、ミリーの方から先に口を開いた。

 

「帰ったら、少し片づけをしようと思って」

 

「何をだ?」

 

「養父さんと養母さんの部屋」

 

 ミリーは前を向いた。

 

「あのままにしておいても、どうにもならないから」

 

「手伝うか?」

 

「一人でいいわ」

 

「そうか」

 

 サビはそれ以上何も言わなかった。

 二人の住む家がある通りへ近づくにつれ、街の喧騒は少しずつ遠ざかっていく。

 それでも、風に揺れる星の飾りは、古びた家々の軒先にも取りつけられている。

 

 聖都へ出発した時と同じ道だった。

 だが、サビの腰には三ツ星の傭兵証がある。

 そして今は、自分が追っている相手の輪郭も、以前よりはっきりと見えていた。

 

 元開闢軍。

 五ツ星級の戦力を揃えて追うべき賞金首。

 その背後には、正体の分からない何かがいる。

 見えるようになった分だけ、その遠さも分かった。

 

 何も終わってはいない。

 それでも、出発した時と同じ場所に立っているわけでもなかった。

 やがて二人は、見慣れた家の前へ辿り着いた。

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