落星の継承者  重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話   作:青井リンボ

45 / 51
45

 双星祭の本祭を迎えた商業区は、普段とは比べものにならないほど多くの人で埋め尽くされていた。

 通りの上には、金色の太陽と銀色の月を重ねた飾りが幾重にも吊るされている。

 

 露店から立ち昇る湯気。

 楽器を打ち鳴らす音。

 品物を売り込む商人たちの声。

 

 それらが混ざり合い、街の至るところから絶え間なく聞こえていた。

 サビとミリーは、人の流れを避けながら露店の間を歩いていた。

 

「普段より、ずいぶん多いな」

 

「今日で大市も終わりだからね。買い残した物を探してる人も多いんでしょう」

 

 ミリーはそう答えながら、並んだ店へ忙しなく視線を向けている。

 道具や衣服、食べ物だけではない。

 

 旧時代の食器。

 欠けた装飾品。

 修理された魔導機。

 頁の抜けた本や、表紙の色褪せたコミックも並べられていた。

 

 行き交う人びとの切れ間から、見覚えのある白髪が見えた。

 

「あの爺さんだ」

 

 コミック老人は、露店の脇に置かれた椅子へ腰掛け、膝の上に何冊ものコミックを積んでいた。

 だが、今日は読み聞かせをしている様子ではない。

 

 老人の前には、黒い修道服を着た老シスターが立っている。

 巨剣槍の改修を依頼した工房で、ベロニカと共にいた女だった。

 聖都でも、司教の姿をしたベロニカの傍らに立っているところを見ている。

 

 老シスターは、一冊の薄いコミックを手にしていた。

 

「これはどうでしょう。絵も多く、話もそれほど長くありません」

 

「やめとけ。最初の半分が説教じゃ」

 

「善い行いを学べる話ですよ」

 

「善い行いを学ぶ前に、子供が逃げ出すわい」

 

 老人は老シスターの手から冊子を取り上げると、脇の山へ戻した。

 代わりに、表紙へ大きな鳥が描かれた一冊を取り出す。

 

「こっちにしろ。字が読めん小さい子でも、絵を追えば話が分かる」

 

「最後に、鳥が町を燃やしていませんか?」

 

「悪い奴の町だけじゃ」

 

「孤児院で読む物を選んでいるんです」

 

「だから子供が面白がる物を選べと言っとるんじゃ。教えることばかり考えるな。まず続きを聞きたいと思わせんと、話は残らんぞ」

 

 老シスターは表紙を見つめ、僅かに眉を寄せた。

 

「では、町が燃えない話はありませんか?」

 

「注文が多いのう」

 

「あなたに尋ねたのは、そのためですよ」

 

 老人は不満そうに鼻を鳴らしながらも、積み上げたコミックを一冊ずつ探り始めた。

 口では文句を言っているが、選ぶ手つきは真剣だった。

 

 子供が見ても分かりやすい絵。

 声に出して読みやすい台詞。

 一度で終わらず、次の話を待ちたくなる物。

 

 文字を十分に読めない者が多いこの街でも、コミックなら絵と声を通じて物語を共有できる。

 サビ自身も、絵を追いながら少しずつ文字を覚えている。

 老人は何冊かを比較したあと、海を渡る兄妹が描かれた一冊を差し出した。

 

「これなら燃えるのは船だけじゃ」

 

「……最後まで読んでから決めます」

 

「信用がないのう」

 

 老シスターは冊子を受け取ったところで、近づいてきたサビたちに気づいた。

 その視線が、サビとミリーの顔を順に確認する。

 驚いた様子はなかった。

 老シスターは二人へ静かに目礼すると、老人へ向き直った。

 

「では、残りはまた後日に。祭事の手伝いへ戻らなければなりませんので」

 

「本祭の日まで働かされとるのか」

 

「あなたも、読み聞かせをするのでしょう」

 

「わしは好きでやっとる」

 

「私も同じですよ」

 

 老シスターはそれだけ言うと、コミックを胸元へ抱え、人混みの中へ入っていった。

 修道服の後ろ姿は、祭りを行き交う人々の間へするりと紛れていく。

 ミリーが、その姿を見送りながら口を開いた。

 

「あの人、ベロニカと一緒にいたシスターよね」

 

「ああ」

 

 サビは老人へ目を向けた。

 

「知り合いなのか?」

 

「昔の馴染みじゃよ」

 

「昔って、いつだ?」

 

「年寄りに昔の話をさせると長くなるぞ」

 

 老人はそれ以上説明するつもりがないらしく、膝の上のコミックを揃え始めた。

 サビも無理に聞くほどのことではないと思い、老シスターが消えた方向から目を戻す。

 すると、老人の視線がサビの胸元で止まった。

 

「星が1つ増えとるな」

 

 そこには、昨日更新されたばかりの傭兵証が下げられている。

 

「ああ。三ツ星になった」

 

「そうか」

 

 老人は傭兵証を眺めたあと、サビの顔を見上げた。

 目を細め、しばらく何かを確かめるように眺めている。

 

「何だ?」

 

「顔つきが変わったのう」

 

「そうか?」

 

「前は、噛みつく前の野犬みたいな顔をしとった」

 

「今も大して変わらねえだろ」

 

「少しは、周りを見るようになった」

 

 老人は満足そうに笑った。

 サビには、自分の顔がどう変わったのか分からない。

 だが、老人が馬鹿にしているわけではないことだけは分かった。

 

「それに、前より身体がぶれんようになった」

 

「歩いてるだけで分かるのか?」

 

「そのくらいならな」

 

 老人は肩を竦める。

 

「何を覚えたのかまでは知らん。見たところ、誰かに教わったような動きでもなさそうじゃ」

 

「戦いながら試しただけだ」

 

「どうりで、妙な育ち方をしとるわけじゃ」

 

 老人はそう言って笑うと、サビの持つ駆動軸へ目を向けた。

 街中で巨剣槍を持ち歩くわけにはいかないため、今日も以前から使っていた駆動軸を下げている。

 そして再び、サビの傭兵証へと目を向ける。

 

「三ツ星になったなら、これからもっと面倒な仕事が増えるぞ」

 

「大規模作戦にも呼ばれるかもしれないな」

 

「星が増えりゃ、遠くから見つける奴も増える。良い奴も、悪い奴もな」

 

「脅してんのか?」

 

「忠告じゃよ」

 

 老人は新しいコミックを一冊手に取った。

 

「まあ、お前さんは昔より多少まともな顔になった。今すぐ食われることもなかろう」

 

「多少か」

 

「褒めすぎると、若い奴はすぐ調子に乗るからのう」

 

 ミリーが隣で小さく笑った。

 老人はその声を聞くと、今度はミリーへ視線を向けた。

 

「そっちも、少し顔が軽くなったな」

 

 ミリーの笑みが僅かに止まった。

 

「……そう見える?」

 

「ああ。じゃが、何か1つ増えた顔でもある」

 

 老人はそれ以上踏み込まず、膝の上でコミックを開いた。

 

「まあ、年寄りの勘じゃ。外れることもある」

 

 ミリーは少しだけ黙ったあと、鞄の上から手を添えた。

 だが、何も答えなかった。

 老人も聞き返さず、集まり始めた子供たちへ顔を向ける。

 

「そろそろ始めるぞ。祭りの日まで、わしの所へ来るとは暇な連中じゃ」

 

「爺ちゃんも暇だろ!」

 

 子供の一人が声を上げる。

 

「わしは忙しいんじゃ。面白い話を選ぶのは大変なんじゃぞ」

 

 老人は文句を言いながらも、どこか嬉しそうに最初の頁を開いた。

 サビとミリーは、子供たちの輪から少し離れる。

 

「見ていかないの?」

 

 ミリーが尋ねる。

 

「たまたま目に入っただけだ。それより腹が減った」

 

「家を出てから、もう2つ食べてたでしょう」

 

「祭りは食う物が多いって、お前が言ったんだろ」

 

「全部食べろとは言ってないわよ」

 

 二人は言い合いながら、再び祭りの人波へ入っていった。

 

 

 

 それから二人は、大市に並ぶ店を見て回った。

 日が傾き始めた頃には、通りを埋めていた人の数が、昼間よりさらに増えていた。

 

 二人が歩いている通りの中央には、石造りの浅い水路が真っ直ぐに延びている。

 水路を挟んだ両側に石畳の道があり、その外側には露店や商店が隙間なく並んでいた。

 等間隔に架けられた小さな石橋を、人々が絶えず行き来している。

 

 水は街の外へ向かって緩やかに流れ、祭りで落ちた花びらや、小さな紙片を運んでいた。

 空は赤みを帯び、建物の隙間から差し込む光が、石造りの通りを長く照らしている。

 

 街路の上に吊るされた魔力灯も、1つずつ明かりを灯し始めていた。

 普段使われている白い灯りだけではない。

 双星祭に合わせて用意された金色と銀色の魔力灯が、水路の両側へ交互に並んでいる。

 

 まだ明るさの残る空の下で、それらは夜の訪れを待つように淡く輝いていた。

 灯りが水面で細長く揺れ、流れに合わせて形を変えている。

 

「昼より人が増えてないか?」

 

 サビは前から来た集団を避けながら言った。

 

「仕事を終えてから来た人もいるんでしょうね。これから本祭だもの」

 

 ミリーも人とぶつからないよう、サビの近くへ寄る。

 

 小さな橋のたもとでは、星神教の修道士や祭りを手伝う子供たちが、通りを歩く人々へ星灯を配っていた。

 

 薄い半透明の膜に、小粒の魔石を包んだものだった。

 今はまだ光を失ったまま萎んでいるが、本祭の合図に合わせて魔力を流せば、空へ昇るのだという。

 サビとミリーも1つずつ受け取った。

 

「何でこんなのを配るんだ?」

 

「見てのお楽しみね」

 

 ミリーは意味深な笑みを浮かべ、はぐらかす。

 サビは首を傾げたつつ、渡された物へ眼を落した。

 

 サビの星灯には金色の紐が結ばれ、ミリーのものには銀色の紐がついている。

 二人は本祭が始まるまで、それぞれ腰の革帯と鞄へ下げておくことにした。

 

 通りでは、昼間に見た品物に加えて、夜の祭事に使う灯籠や金銀の飾りを売る露店が増えていた。

 酒や焼いた料理の匂いも強くなっている。

 

 その中で、ひときわ大きな声を張り上げている店があった。

 

「聖都クエーサーから届いた双星樹の果実だ! 本祭に間に合った新物だよ!」

 

 店先には、見覚えのある印が焼きつけられた木箱が積まれていた。

 

「ゴードンの商会ね」

 

 ミリーが足を止める。

 箱の中には、橙色と青色の果実が分けて並べられていた。

 

 丸みを帯びた橙色の果実は、夕暮れと魔力灯の光を受けて艶やかに輝いている。

 青色の果実は、それよりも僅かに小さく、深い色の皮に細かな光沢が浮かんでいた。

 傷のない果実には、サビが予想していた以上の値段がつけられている。

 

「高いな」

 

「聖都から運んでるんだから、これくらいするんじゃない?」

 

 木箱の隣には、傷のついた果実を加工した品も並んでいた。

 

 果汁を混ぜた酒。

 砂糖と煮詰めた菓子。

 薄く切った果肉を乾かした保存食。

 

 崩れた街道で傷んだ果実も、捨てずに商品へ変えたらしい。

 

「残った物から利益を伸ばすのが、商人の腕だったか」

 

「本当に全部売るつもりみたいね」

 

 サビたちが眺めていると、店員が透明な器を持ち上げた。

 

「そこのお二人さん! 双星ゼリーはどうだい? 橙と青の果肉を一度に味わえるよ!」

 

 器の中には透明なゼリーが満たされ、その中央に二色の果肉が浮かんでいた。

 祭りに合わせ、2つの果実が太陽と月を模すように並べられている。

 ミリーが値段を確認し、二人分を買った。

 

「結局買うのか」

 

「命懸けで運んだんだから、どんな味かくらい知っておきたいでしょ」

 

「買うのに金は取られるけどな」

 

「まだ言ってる」

 

 二人は木匙を受け取り、再び通りを歩き始めた。

 サビは器を片手に、祭りを行き交う人々へ目を向けた。

 

 こんなふうに、大勢の中をのんびり歩いたことがあっただろうか。

 孤児だった頃は、人の顔も、店に並ぶ品もろくに見ていなかった。

 

 道端に食べ物が落ちていないか。

 店の裏へ、まだ食べられる物が捨てられていないか。

 目に入っていたのは、それくらいだった。

 

 今は自分の金で食べ物を買い、味の違いを確かめようとしている。

 妙な感じがした。

 

 サビは木匙で橙色の果肉をすくい、そのまま口へ入れた。

 柔らかな甘みのあとに、僅かな酸味が残る。

 酒場で飲んだ果実酒よりも、味がはっきりしていた。

 

「橙の方は甘いな」

 

「青は少し酸っぱいわよ」

 

 ミリーは青い果肉を半分ほど匙で削り取った。

 

「でも、こっちの方が私は好きかも」

 

「色もお前の矢みたいだな」

 

「食べ物を攻撃と比べないでくれる?」

 

「似てるだろ」

 

「なんかやだ」

 

 ミリーはそう言いながらも、残った青い果肉へ匙を伸ばした。

 その時、横から走ってきた子供を避けようとして、身体を僅かに捻る。

 器が傾いた。

 

「あっ」

 

 透明なゼリーの上を、青い果肉が滑った。

 器の縁を越え、石畳へ落ちる。

 青い塊は一度だけ跳ね、そのまま通りの端まで転がっていった。

 

「落ちたぞ」

 

「あー、もったいないなあ」

 

 ミリーが追おうとした時には、果肉は石組みの水路へ落ちていた。

 浅い水の中で一度だけ石へ引っかかり、その場をくるりと回る。

 

 魔力灯の金と銀の光が、水面と青い果肉の上で揺れていた。

 だが、すぐに後ろから流れてきた水へ押し出される。

 青い果肉は細い水路を流れ始めた。

 

 ミリーは器を持ったまま、その行方を目で追う。

 人々の足元を縫うように遠ざかり、やがて石造りの暗渠へ吸い込まれて見えなくなった。

 

「もう取れないわね」

 

「もう1つ買うか?」

 

「いいわよ。少しは食べられたし」

 

 ミリーはそう答え、器に残った橙色の果肉へ匙を入れた。

 

「それより、サビの方はもう空じゃない」

 

「少なかった」

 

「食べるのが早かっただけでしょ」

 

 二人は再び人の流れに混じり、明かりの増えていく通りを歩き始めた。

 

 背後の水路では、祭りの光だけが絶えず流れ続けていた。

 

 

 

 やがて空に残っていた赤みが消え、街の上を夜の闇が覆った。

 本祭の開始を告げる鐘が、エクスランドの中心部から鳴り響く。

 

 一度。

 二度。

 三度。

 

 その音が建物の間を抜け、遠くへ広がっていく。

 鐘の余韻が残る中、通りを照らしていた魔力灯が1つずつ光を弱め始めた。

 

「暗くなってるぞ」

 

「星登りが始まるからよ」

 

 ミリーは足を止め、周囲を見回した。

 

 金色と銀色に輝いていた街並みが、急速に暗くなっていく。

 露店の火も小さく絞られ、騒いでいた人々の声まで少しずつ静まった。

 

 その代わり、人々の手元で小さな光が灯り始める。

 薄い半透明の膜で作られた、丸い星灯だった。

 内部には小粒の魔石が浮かび、そこへ魔力を流すことで、金色や銀色の鋭い光を放っている。

 

 子供たちは両手で大切そうに抱え、大人たちは紐の部分を指へ掛けていた。

 サビとミリーも、通りの入口付近で1つずつ渡されている。

 

 サビの星灯は金色。

 ミリーの持つものは銀色だった。

 

「これを飛ばすのか?」

 

「合図があるまで離しちゃ駄目よ」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「ガキじゃねえんだぞ」

 

 周囲では、先に手を離しかけた子供が母親に慌てて止められていた。

 

 サビは自分の星灯を眺める。

 膜の内側で、小さな魔石が規則的に明滅している。

 手を強く引かれるほどではないが、星灯は既に上へ昇ろうとしていた。

 

 やがて、鐘がもう一度鳴る。

 今度は先ほどよりも高く、長い音だった。

 それを合図に、人々が一斉に手を開く。

 

 無数の星灯が、夜空へ向かって放たれた。

 金色と銀色の光が、建物の間からゆっくりと昇っていく。

 

 最初は人の頭より少し高い程度だった。

 それが屋根を越え、塔を越え、やがて街全体の上へ広がっていく。

 

「すげえな……」

 

 サビは思わず声を漏らした。

 

 暗くなった街の上を、無数の光が埋め尽くしていた。

 1つ1つは小さい。

 だが、それらが集まると、夜空に新しい星の群れが現れたように見える。

 

 地上から昇った光が、本物の星へ近づいていく。

 遠くへ行くほど見分けがつかなくなり、普段の何倍もの星が空に浮かんでいるようだった。

 

 周囲の人々から、感嘆の声が上がる。

 

 祈るように手を組む者。

 空を指差す子供。

 肩を寄せ合い、黙って眺める者もいる。

 

 サビも、自分の放した金色の光を探そうとした。

 だが、すぐにほかの光へ紛れ、どれだったのか分からなくなった。

 

「どれが自分のか分からねえな」

 

「それでいいんじゃない?」

 

 隣に立つミリーも、空を見上げている。

 

「全部一緒に昇るものだから」

 

 銀色の光が、ミリーの褐色の肌と白銀の髪を淡く照らしていた。

 二人はしばらく言葉を交わさず、昇っていく星を眺めた。

 

 やがて、ミリーが小さく口を開く。

 

「……サビは、アオを取り戻したらどうするの?」

 

 サビは空から視線を外し、ミリーを見る。

 

「バーグを倒した後か?」

 

「それもあるけど……全部終わった後」

 

「全部?」

 

「もしアオって子が戻ってきて、もうバーグを追わなくてもよくなったら」

 

 ミリーは空を見たまま続けた。

 

「その後、何をするつもりなのかなって」

 

 サビはすぐには答えられなかった。

 アオを取り戻す。

 

 そのためにバーグを探し、傭兵になり、戦い続けてきた。

 だが、その先についてはほとんど考えたことがない。

 

「分からねえ」

 

 サビは正直に答えた。

 

「終わってみないとな」

 

「そうよね」

 

 ミリーは小さく頷いた。

 それで話は終わるかと思った。

 だが、ミリーは何かを迷うように、何度か口を開きかけている。

 

「お前はどうするんだ?」

 

 サビが尋ねると、ミリーは僅かに目を見開いた。

 

「私?」

 

「ああ」

 

「私は……」

 

 ミリーは言葉を探すように、昇っていく星灯へ目を向けた。

 

「……その後も、あなたと傭兵を続けてもいいと思ってる」

 

「……俺と?」

 

「絶対にそうしたいってほどじゃないわよ」

 

 ミリーは少し早口になった。

 

「別のことを始めるかもしれないし、やりたいことが見つかるかもしれない。でも……」

 

 一度言葉を止める。

 

「そうなったらいいとは思ってる」

 

 サビは、ミリーの言葉を頭の中で確かめた。

 

 アオを取り戻した後。

 バーグとの戦いが終わった後。

 

 それでも、二人で傭兵を続ける。

 サビにとって、それは考えたこともない未来だった。

 だが、別に不自然なこととも思わなかった。

 

「アオが戻っても、お前がいなくなる理由にはならねえだろ」

 

 ミリーがこちらへ顔を向けた。

 

「そうなの?」

 

「お前が辞めたいなら別だけどな」

 

「……そういう考え方もあるわね」

 

 ミリーはそれだけ答え、再び空を見上げた。

 口元には、ごく僅かな笑みが浮かんでいる。

 

 サビも隣で空を見た。

 金色と銀色の光は、今も絶えず上昇していた。

 

 どれが自分たちの放した星なのかは、もう分からない。

 それでも、2つの光もあの群れのどこかで、同じ夜空へ昇り続けているのだろう。

 数週間にわたって続いた大市と、双星祭の本祭は、無数の星が空へ消えていく中で静かに終わりを迎えた。

 

 

 

 翌朝。

 

 祭りの余韻が残るエクスランドに、魔力拡声器を通した放送が鳴り響いた。

 

『廃都市地下におけるハイブクイーンの確認に伴い、大規模討伐作戦の実施が決定されました』

 

 通りを歩いていた人々が、頭上へ設置された拡声器を見上げる。

 

『傭兵各位は、自身が招集対象に指定されているか、各傭兵ギルドでご確認ください。繰り返します――』

 

 通りには、前夜の金と銀の飾りがまだ残されていた。

 露店を畳み始めた商人。飾りを取り外していた職人。

 祭りの後片づけをしていた住民たちも、作業の手を止めて放送へ耳を傾けている。

 

 廃都市地下へ派遣されていた調査隊が帰還した。

 巣が確認されたのは、エクスランドと聖都クエーサーを結ぶ交易路から東へ外れた廃都市ネブラ。

 地上の大半は崩壊しているが、地下には旧時代の排水路や輸送路が広範囲に残されている。

 

 ファングアントはその地下網を利用し、巨大な巣を形成していた。

 内部では複数の掘削種に加え、さらに別の上位種も確認されている。

 そして、その中心には、群れを生み続けるハイブクイーンが存在していた。

 

 傭兵ギルドだけでは対処できない規模と判断され、開闢軍主導による大規模討伐作戦が決定された。

 三ツ星以上の傭兵が、全員招集されるわけではない。

 これまでの実績や戦闘能力、装備、作戦内で求められる役割を基に、招集対象が選定される。

 

 朝食を食べていたサビとミリーは放送を聞き終えると、互いに短く顔を見合わせた。

 それから、三ツ星へ昇格したばかりの傭兵証を携え、傭兵ギルドへと向かっていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。