落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
二日後。
傭兵ギルドで招集対象に指定されていることを確認したサビとミリーは、自分たちの魔導車で作戦区域へ向かっていた。
エクスランドを出てから一日と少し。
運転席のミリーが速度を落とす。
助手席から前方を見ていたサビの視界に、荒野の向こうへ灰色の建物群が現れた。
上部を失った高層建造物。途中から折れ、斜めに傾いた塔。
交易路から外れた場所に残る廃都市が、遠く地平線に沿って連なっている。
そして、その手前。
旧時代の幹線道路と周囲の平地を利用して、巨大な仮設拠点が築かれていた。
拠点へ続く車線には、傭兵や物資を乗せた魔導車が何台も列を作っていた。
「ここに並ぶみたいね」
「ああ」
ミリーが前を走る車両に続く。
道路の左右には開闢軍の兵士が立ち、手にした誘導板を使って車列を振り分けていた。
大型車両は右。少人数の傭兵が使う小型車両は左。
物資を積んだ車両は、さらに別の車線へ送られている。
列は長い。だが、ほとんど止まることなく進んでいた。
「次!」
前の魔導車が送り出され、ミリーが車体を進める。
簡易的な検問所の前で停車すると、若い兵士が運転席の横へ寄ってきた。
「招集状と傭兵証を確認する」
ミリーが二人分の書類を渡す。
兵士は名前と印章を素早く確認すると、助手席のサビへ一度視線を向けた。
次に車体の大きさと積載物を確認し、手元の記録板へ書き込んでいく。
「サビ、ミリー。二名パーティ。持ち込み車両一台」
「ああ」
「車両は独立班待機区画へ入れ。第七列、十二番」
番号の刻まれた金属札が返された。
兵士が前方へ向かって腕を上げる。
「青杭に沿って進め! 途中の誘導兵の指示に従え!」
ミリーが魔導車を再び走らせた。
拠点内部にも、色の塗られた杭と縄によっていくつもの通路が作られている。
交差する場所には必ず兵士が立ち、到着する車両を次々と別の方向へ振り分けていた。
右手には、十数人規模の傭兵クランが大型魔導車を何台も並べている。
反対側では、荷台いっぱいに木箱を積んだ補給車が兵士の誘導を受けていた。
「七列はこっちだ! そのまま進め!」
誘導兵が青い板を振る。
ミリーは指示に従ってハンドルを切った。
しばらく進むと、縄で区切られた広い駐車区域へ出る。
地面には一定の間隔で番号札が立てられ、すでに何台もの魔導車が指定された位置へ停車していた。
「十二番……あそこね」
ミリーが魔導車をゆっくりと寄せる。
車体が目印の間へ収まると、近くにいた兵士が手を上げた。
「そこで停止!」
駆動音が弱まり、やがて完全に止まった。
サビが扉を開けて地面へ降りる。
改めて周囲を見渡した。
すでに多くの傭兵が集まっている。
同じ紋章をつけた十数人規模のクラン。
何台もの大型魔導車を持ち込んでいる一団。
数人だけで行動する小さなパーティ。
装備の手入れをする者もいれば、地面へ広げた地図を囲み、低い声で話している者もいた。
「もう、かなり集まってるわね」
運転席から降りたミリーが呟く。
「ああ」
サビは短く答えた。
今ここにいる人間は、全員が同じ作戦のために集められている。
もっとも、まだ到着しているのは中規模以下のクランや、少人数で動く傭兵が中心だった。
縄で囲われた広い区画のいくつかは空いたままになっており、さらに大きな部隊や車両が到着することを前提に、場所が確保されているようだった。
特に拠点の中央には、周囲の天幕や車両から大きく離された空間がある。
整地された地面には目印となる杭だけが打たれ、兵士たちは傭兵が近づかないよう見張っていた。
「到着した傭兵は部隊登録を済ませろ! 独立班は南側受付だ!」
兵士の声が拡声器を通して拠点へ響く。
サビ達もその指示に従い、受付へと向かう。
向かった先では、傭兵達の列が作られていたが、ほとんど止まることなく前へ進んでいた。
列の先では、机を並べた兵士と軍属の職員が、傭兵から招集状を受け取っている。
サビたちの順番が来ると、若い兵士が二人の書類と傭兵証を確認した。
「サビ、ミリー。二名で独立行動を行うパーティだな」
「ああ」
「独立班として登録する。正式な配置は、本隊到着後の作戦会議で決定される」
兵士は番号の刻まれた金属札を二枚取り出し、書類の上へ置いた。
「それまでは、この番号を使用しろ」
続いて、別の職員が二人の装備へ視線を向ける。
「主武装は大型長柄武器。魔力変質による重量操作」
「そうだ」
サビが頷くと、職員は顔を上げることなく書き加えた。
「遠距離担当は、固定化した魔力による射撃。間違いないか」
「ええ」
「対大型個体との交戦経験あり。掘削種の撃破記録あり」
質問は短く、必要な事項だけが次々と確認されていった。
そのまま二人は、掌ほどの通信魔導具を1つずつ渡される。
黒い金属の箱に、短い紐と小さな魔石が取りつけられた簡素なものだった。
「作戦中は必ず装備しておけ。番号を呼ばれた場合は、側面の魔石へ魔力を流して応答しろ」
兵士は基本的な操作を説明すると、今度は別の机を指した。
「食料と予備魔石を受け取った後、独立班の待機区域へ移動。作戦説明が始まるまでは、勝手に拠点を離れるな」
サビたちは指示された場所へ向かった。
次の机では、硬い保存食と水筒、通信魔導具に使う予備の小型魔石が手渡される。
その隣では、持ち込まれた装備や設備を修理工たちが確認していた。
傷の入った剣を調べる者。
魔導車の動力部を分解し、部品を拭いている者。
装甲板へ補強金具を打ちつけている者もいる。
さらに奥には、大きな布で区切られた治療所が設けられていた。
まだ負傷者はいない。
それでも寝台と担架が並べられ、薬品や包帯を積んだ箱が運び込まれている。
その周囲では、治療担当者と負傷者搬送班が、廃都市から拠点までの経路を確認していた。
通信兵は大型の魔導具を組み立て、工兵は杭や縄、巣穴を塞ぐための資材を車両から降ろしている。
補給員たちは食料、魔石、矢弾を部隊ごとに仕分けていた。
戦いが始まる前から、すでに多くの人間が動いている。
一人の兵士が机へ置かれた札を確認し、別の兵士へ番号を伝える。
その番号に合わせて物資が運ばれ、新たに到着した傭兵たちが、それぞれの待機区域へ送られていく。
誰かが大声で怒鳴り散らしているわけではない。
それでも、人と物が絶えず流れ続けていた。
サビは周囲を見ながら、腰に通信魔導具を取りつけた。
これだけの人数が集まっていながら、何をすればいいのか分からず立ち尽くしている者はほとんどいない。
戦う前に、戦える形へ並べられている。
それが、サビには妙に印象に残った。
「私たちの待機場所は、あっちみたい」
ミリーが番号札と案内板を見比べ、幹線道路の脇を指した。
二人が指定された区域へ向かうと、複数の魔導車が並ぶ中に、見覚えのある車両があった。
その傍らで、大柄な男が積み荷を確かめている。
サビたちへ気づくと、男は手を止めた。
「やっぱりお前らも招集されたか」
鉄環のガレスだった。
その声を聞き、車両の反対側からバズとレオル、リナも顔を出す。
「おお、本当に三ツ星になってるじゃねえか」
レオルはサビの胸元に下がった傭兵証を見ると、笑いながら近づいてきた。
「登録してから、まだ1か月も経ってねえんだろ?」
「ぎりぎり1か月には届いてないわね」
ミリーが答える。
「早すぎるだろ。俺が三ツ星になった時なんて――」
「その話、長いから今はいいわ」
リナが途中で遮った。
「とにかく、おめでとう。今回の作戦で星を減らさないようにしなさいよ」
「星って減るのか?」
「証ごとなくせば、見た目は減るわね」
「縁起でもねえこと言うなよ」
レオルが顔をしかめる。
バズもサビの傭兵証を確かめると、満足そうに頷いた。
「護衛の時の働きを考えりゃ、遅かれ早かれ上がってた」
「ありがとう」
ミリーが答え、サビも小さく頷いた。
その時、レオルが何かを思い出したように、サビへ顔を向ける。
「そうだ。貸したやつ、読んだか?」
コミックの話だった。
「ああ」
「最後まで?」
「読んだ」
文字の分からない部分は多かった。
それでも、絵を追い、同じ頁を何度か読み返しているうちに、話の流れは理解できた。
村を出た少年が仲間と出会い、師匠から剣を教わり、火を吐く魔物と戦う。
傷だらけになりながらも、最後には皆で故郷へ帰る話だった。
「どうだった?」
「悪くなかった」
サビは少し考えたあと、続けた。
「続きはねえのか?」
レオルの顔が、目に見えて明るくなった。
「あるぞ。まだ何冊も続いてる」
「持ってるのか?」
「ああ。これが終わったら貸してやるよ」
「そうか」
サビは短く答えた。
レオルはそれだけで満足したらしく、何度も頷いている。
「お前、最初は絵しか見ねえって言ってたのにな。ちゃんと面白さが分かってんじゃねえか」
「分からねえところは、今も絵で見てる」
「それでいいんだよ。読んでりゃ、そのうち文字も分かるようになる」
「作戦前に、帰った後の貸し借りを決めるなんて余裕ね」
リナが呆れたように言った。
「帰るつもりがなきゃ、こんな仕事やってられねえだろ」
レオルは当然のように答えた。
その背後では、補給車へ新しい木箱が積み込まれている。
受付を終えた傭兵たちが次々と待機区域へ入り、鉄環の周囲にも少しずつ人と車両が増えていた。
レオルとの話が途切れると、ガレスがサビが肩に担ぐ巨剣槍へ視線を向けた。
ぶ厚く黒く鈍い刃。人が持てるギリギリの太い柄。
石突の周囲には、推進機構へ魔力を送るための溝が刻まれていた。
「掘削種に使った一撃も、それの機構か」
「そうだ」
ガレスは巨剣槍をしばらく眺めた後、サビの顔へ視線を戻した。
「あの一撃だけなら、五ツ星すら超えるかもしれん」
レオルたちが僅かに黙る。
サビも何も答えず、次の言葉を待った。
「別に説教をするつもりじゃない、ただ、勘違いはするなよ」
ガレスは続ける。
「五ツ星ってのは、一発が強いだけの奴じゃない。外した後も、囲まれた後も、生きて戦い続ける連中だ」
サビは巨剣槍の柄へ触れた。
掘削種を倒した一撃は、狙い通りに決まった。
だが、外していれば、次の攻撃まで同じ動きはできなかった。
体力も大きく削られ、姿勢を崩したまま群れへ囲まれていた可能性がある。
「今回は、一匹倒せば終わりじゃない」
ガレスは仮設拠点の向こうに見える廃都市を顎で示した。
「前へ出すぎて、自分の持ち場を空けるな。お前が動けば、ミリーも動く。空いた場所へ敵が抜ければ、隣の連中がその分まで受け持つことになる」
「分かってる」
「分かってても、いざとなったら突っ込む顔をしてる」
リナが横から口を挟む。
「そうね」
ミリーまで同意した。
サビは二人へ視線を向けたが、否定する言葉は出てこなかった。
「補給路と退路に穴を開ければ、一人で何体倒しても帳消しだ」
ガレスの声は強くなかった。
それでも、普段の雑談とは違う重さがあった。
「自分だけで戦ってると思うな。今回は、周りがいる」
サビは少し間を置いてから頷いた。
「ああ」
「ならいい」
ガレスはそこで話を切ると、積み荷の確認へ戻りかけた。
だが、すぐに思い出したように足を止める。
「それと、鉄環への誘いはまだ取り消してないぞ」
サビはガレスを見た。
「覚えてる」
「作戦が終わったら、また聞く」
ガレスはそれ以上の返事を求めなかった。
バズが補給車の荷台から呼びかけ、鉄環の面々は再び荷物の確認へ戻っていく。
サビとミリーも、自分たちに割り当てられた待機区域へ向かおうとした。
その途中で、サビは少し離れた場所に見覚えのある姿を見つけた。
青を基調とした装備を身につけた四人組。
アルバたちだった。
同じ意匠の装備をまとった傭兵たちと共に、幹線道路の反対側で待機している。
アルバの胸元に下がる傭兵証には、4つの星が刻まれていた。
以前会った時から、さらに1つランクを上げている。
残る三人はまだ三ツ星のようだったが、四人の間に目立った隔たりはなく、出発前の装備を確認しながら談笑していた。
周囲には、紺碧の風の紋章をつけた中堅の傭兵が十数人ほど集まっている。
武器の留め具を確かめる者。
通信魔導具の周波数を合わせる者。
幹線道路に広げた地図を囲み、進路を確認する者。
アルバたちも勝手に動いているわけではなかった。
先輩にあたる傭兵から指示を受け、決められた場所で主力部隊の到着を待っている。
アルバもサビへ気づいた。
二人の視線が交わる。
アルバの目が、サビの胸元へ僅かに落ちた。
三ツ星の傭兵証。
次いで、担いだ巨剣槍。
最後に、赤黒い毛皮と暗銀を組み合わせた防具へ視線を移す。
以前、ギルドで顔を合わせた時のような、最初から相手にしていない目ではなかった。
サビも、アルバの四ツ星証へもう一度目を向けた。
アルバが先へ進んでいることは変わらない。
だが、以前ほど遠くは感じなかった。
アルバは自分の待機区域を離れなかった。
サビも足を止めただけで、近づこうとはしない。
短い沈黙の後、アルバは仲間の一人から呼ばれ、そちらへ顔を戻した。
サビも歩みを再開する。
「話さなくてよかったの?」
隣へ並んだミリーが尋ねる。
「話すことがねえ」
「そう」
ミリーはそれ以上尋ねなかった。
アルバたちは、巨大なクランの一部としてそこにいた。
周囲には経験のある傭兵がいて、装備を確認する者がいて、受け取った命令を整理して伝える者がいる。
作戦が始まれば、上位の傭兵が進路を決め、その指示に従って四人で動くのだろう。
サビは前方にある自分たちの待機区域へ目を向けた。
ここでは二人を待つ仲間はいない。
進む場所を決めるのも二人。
何かが起きた時、引き返すかどうかを決めるのも二人だった。
「行きましょう」
「ああ」
サビとミリーは、紺碧の風の集団から離れていった。
その時、仮設拠点の外側から声が上がる。
サビは声を上げる傭兵の視線を追うと、旧時代の幹線道路の先に、複数の魔導車と旗が見え始めていた。