落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
最初に見えたのは、青地に風を模した紋章だった。
「紺碧の風だ」
近くにいた傭兵の一人が呟く。
「魔都側に出てた主力が戻ってきたのか」
周囲で装備を確認していた傭兵たちも、次々と手を止めて幹線道路の先へ視線を向けた。
青い旗を掲げた魔導車が、列を作って仮設拠点へ入ってくる。
人員輸送用の大型車両。
長い武器や魔導具を積んだ小型車両。
後方には、魔石や食料を満載した補給車まで続いていた。
十台を超える車列は長く伸びていたが、間隔はほとんど乱れていない。
開闢軍の誘導兵が旗を振るたび、先頭の車両が指定された通路へ入り、後続も迷うことなく続いていく。
先ほどまで話していた傭兵たちが、自然と道路脇へ下がった。
やがて紺碧の風の車列は、先遣隊によって広く空けられていた待機区域へ入った。
最初の魔導車が停止する。
扉が開き、武装した傭兵たちが次々と地面へ降り立った。
その数は、先ほどまで到着していた中堅クランとは比べものにならない。
降車した者たちはその場で固まることもなく、車両の左右へ分かれていく。
荷台から武器を下ろす者。
積荷を確認する者。
周囲を警戒しながら、部隊ごとに集まる者。
サビは、その中にいくつもの四ツ星証と五ツ星証が混じっていることに気づいた。
ひときわ大型の魔導車から、最後に一人の女が降りてきた。
腰には、長い剣を二振り下げている。
周囲の者たちと比べて、特別に大柄なわけではない。
装備も、過剰に飾り立てられてはいなかった。
それでも、彼女が姿を現した途端、周囲の人間の動きが僅かに変わった。
「《剣風》アニラ……」
ミリーが小さく名前を口にする。
「知ってるのか」
「紺碧の風のクランリーダーよ。五ツ星の中でも、集団戦で有名な傭兵ね」
アニラは出迎えた開闢軍の兵士から短い説明を受けた。
兵士が仮設拠点の複数の区画を指し示す。
アニラは一度だけ全体へ視線を走らせると、近くに集まった幹部たちへ何かを告げた。
声は、サビたちの場所までは聞こえない。
だが、それだけで集まっていた人員が動き始めた。
前衛らしい者たちは廃都市側の待機区域へ。
魔導銃を持つ者たちは、その後方へ。
魔導具を積んだ車両は通信区画の近くへ移動し、補給を担当する者たちは開闢軍の兵士と物資の数を確認し始めた。
大声で怒鳴る者はいない。
何度も命令を繰り返す必要もなかった。
アニラが数人へ指示を出し、その指示がさらに下の部隊へ伝わっていく。
紺碧の風という大きな集団が、車両から降りた直後から、いくつもの部隊へ形を変えていった。
先ほど遠くに見えたアルバたちも、自分たちの荷物を持って移動を始めていた。
アルバたちの前には、四ツ星証を身につけた男が立っている。
その男の指示を受け、アルバたちは主力部隊の後方へ組み込まれていった。
装備の意匠も、肩に刻まれた紋章も同じだった。
だが、先ほどまで四人だけで立っていた時とは違う。
今のアルバたちは、紺碧の風という巨大な集団の一部になっていた。
サビは、主力部隊の中へ入っていく四人を目で追った。
あの集団の動きを覚え、いずれ同じように動くために、アルバたちは育てられているのだろう。
自分たちとは、強くなるための道筋から違っていた。
紺碧の風の展開が終わらないうちに、再び幹線道路の先から低い音が聞こえてきた。
重い金属同士がぶつかる音。太い車輪が路面を削る音。
何か巨大な物が、車体の上で揺れるたびに響く鈍い衝突音。
やがて、紺碧の風とは別の旗が見えてくる。
灰色の壁を、巨大な杭が突き破る紋章。
「北壁崩しか」
レオルが車両の陰から道路を覗き込んだ。
最初に姿を現したのは、分厚い装甲で覆われた大型魔導車だった。
紺碧の風が使っていた車両より1回り大きい。
太い車輪には泥と古い傷がこびりつき、車体へ幾重にも打ちつけられた装甲板も、ところどころ大きく凹んでいる。
その後ろにも、同じような大型車両が続いていた。
荷台から突き出しているのは、人間相手に使うとは思えない巨大な杭。
金属製の枠組み。
人の背丈を越える大盾。
最後尾には、車輪を取りつけた杭打ち装置まで牽引されている。
「相変わらず、とんでもねえ物を持ち込むな……」
ガレスが低く呟いた。
開闢軍の誘導兵が旗を振る。
北壁崩しの車列は指定された広い区画へ入り、低い駆動音を響かせながら次々と停車していった。
扉が開く。
最初に降りてきたのは、全身を分厚い装甲で覆った戦士たちだった。
人の身体が隠れるほど大きな盾を背負う者。
槌や斧を肩へ担ぐ者。
複数人で巨大な金属部品を荷台から引きずり下ろす者。
どの装備にも、多くの傷が残っていた。
兜の一部を別の金属で補っている者。
盾の中央へ、新しい装甲板を継ぎ足している者。
何度も柄を交換した跡の残る武器を持つ者もいる。
新品には見えない。
だが、壊れかけた物を無理に使っているわけでもなかった。
傷ついた場所を補い、不要な部分を削り、必要になった箇所へ新しい部品を足している。
長い実戦の中で、それぞれの使い手へ合わせて形を変えてきた装備だった。
やがて、先頭車両の分厚い扉が開いた。
そこから、一際大柄な男が地面へ降り立つ。
大柄なサビでも見上げるほどの高さだった。
分厚い金属鎧の上から、裾が大きく千切れた外套を纏っている。
その隙間から覗く左腕は、生身の腕とは比較にならないほど太い魔導義肢だった。
背には巨大な両手槌。
サビの巨剣槍ほどではない。
それでも、周囲の重装戦士たちが持つ武器より明らかに1回り大きかった。
「あれが《戦鬼》リンデマンだ」
ガレスが言った。
リンデマンは地面へ降りると、首を鳴らしながら仮設拠点を見回した。
その後ろからも、数人の傭兵が降りてくる。
巨大な盾を背負った女。
二本の槌を腰へ下げた男。
その胸元には五ツ星証が下がっていた。
星の数までは見えなくとも、立ち姿だけで周囲の傭兵とは違う者もいる。
リンデマン一人だけが強いわけではない。
その周りにいる者たちも、それぞれが大型魔物と正面から戦えそうな装備と気配を持っていた。
北壁崩しの部隊は、先遣隊が空けていた広い区域へ進んだ。
重装備を降ろし始めると、数人の工兵がすぐに開闢軍の担当者と話を始める。
外見だけを見れば、紺碧の風よりも荒々しい。
声も大きく、装備を地面へ置く音も重い。
それでも、荷車や人員が無秩序に広がることはなかった。
紺碧の風が1つの流れのように配置へ収まったのに対し、北壁崩しは巨大な壁を一枚ずつ組み立てるように、仮設拠点の一角を固めていく。
サビは2つのクランを見比べた。
アニラやリンデマンだけではない。
その周囲にも、四ツ星や五ツ星の傭兵が何人もいる。
一人で戦う者。
前へ進む部隊をまとめる者。
後方から魔導具を扱う者。
傷ついた装備を見ただけで、必要な部品を指示する者。
それぞれが、自分の役割を持って動いていた。
あれだけの人間を1つの戦力として動かすには、強い者が一人いるだけでは足りない。
サビが見ている間にも、仮設拠点の空気は変わっていった。
先ほどまで目立っていた中堅傭兵たちは、それぞれの待機区画へ戻っている。
笑い声は減り、武器や装備を確認する音が増えた。
紺碧の風と北壁崩しが到着したことで、まだ始まっていなかった作戦が、急に現実のものへ近づいたようだった。
紺碧の風と北壁崩しが、それぞれの待機区域へ収まり始めた頃だった。
仮設拠点の各所に設置されていた拡声器から、開闢軍兵士の声が響く。
『傭兵各隊へ通達する。クラン所属者は、各クランから代表者二名を中央会議区画へ派遣せよ』
拠点内にいた傭兵たちが、一斉に中央へ視線を向ける。
『独立パーティについても代表二名で参加すること。開闢軍本隊の到着後、直ちに作戦会議を開始する』
同じ内容が、少し間を空けて繰り返された。
「もう本隊も近いみたいね」
ミリーが、エクスランドへ続く幹線道路を見た。
まだ軍勢の姿は見えない。
だが、道路沿いに立つ先遣兵たちは、誘導用の旗や標識を確かめ始めていた。
「俺たちも行くのか」
「独立部隊は全員だって言ってたでしょ」
ミリーが答える。
鉄環では、ガレスがすぐにバズを指した。
「俺とバズで出る。レオルとリナは、ここに残って車両を見てろ」
「俺じゃなくていいのか?」
「お前を連れていって、何を聞かせるんだ」
「言い方ってもんがあるだろ」
レオルが不満そうに言う横で、バズはすでに手を止め、通信魔導具と番号札を確認していた。
「車両と補給線の話が出るなら、俺の方がいい」
「分かってるよ」
レオルは諦めたように肩を落とした。
ガレスとバズに続き、サビとミリーも中央区画へ向かう。
周囲のクランでも、部隊長や副官らしい者が二人ずつ集団を離れていた。
紺碧の風の待機区域から出てきたのは、アニラと、細身の槍を背負った男だった。
アルバたちは動かない。
中堅部隊の指揮官から何かを説明され、その場で装備の確認を続けている。
サビたちが会議区画へ向かう姿に、アルバが一度だけ目を向けた。
だが、すぐに指揮官へ視線を戻した。
中央には、支柱と厚い布で作られた大きな天幕が設けられていた。
その手前には複数の長机が並び、開闢軍の職員たちが、集まった代表者の部隊番号と所属を確認している。
ただし、天幕の中にはまだ入れない。
本隊から来る作戦指揮官と参謀を待つよう指示され、傭兵たちは周囲の空地へ分かれて待機した。
集まった者の多くは四ツ星以上だった。
中規模クランの長。
大型魔導車を運用する部隊の責任者。
少人数ながら上位種の討伐記録を持つパーティ。
その中に混ざると、三ツ星のサビとミリーは明らかに若い。
何人かが二人の傭兵証へ視線を向けたが、声をかけてくる者はいなかった。
少し離れた場所では、アニラが副官と短い言葉を交わしていた。
やがて話を終えると、ふとこちらへ視線を向ける。
サビと目が合った。
アニラは何かを思い出したように僅かに眉を上げると、副官へ一言告げてこちらへ歩いてきた。
「あなたたちが、サビとミリーですね?」
「ああ」
サビが答えると、アニラは二人を見比べた。
「ゴアグリズリーの件は聞いています」
ミリーの表情が僅かに硬くなる。
「ギルドからも?」
「ええ。それとは別に、こちらでも本人たちから事情を聞きました」
アニラは短く息を吐いた。
「故意にあなたたちへ押しつけたのかまでは、結局証明できなかったそうですが」
「そうみたいね」
「ですが、自分たちで仕留められない相手を引き連れたまま逃げ、他の傭兵を危険に巻き込んだ。その点は変わりません」
アニラの口調は淡々としていた。
「クランの中では、相応に処分しました。しばらく単独判断での討伐依頼にも出しません」
「そこまでしてるのか」
「所属させている以上、問題を起こした時まで知らないふりは出来ませんから」
アニラはそう答えてから、二人へ軽く頭を下げた。
「紺碧の風の人間がご迷惑をおかけしたことについては、私からも謝罪します」
ミリーが少し驚いたように瞬きをする。
「……分かったわ」
サビも短く頷いた。
「ああ」
アニラは顔を上げる。
「まあ、本人たちには私からも随分と言っておいたので」
そこで僅かに笑った。
「次に同じことをしたら、ゴアグリズリーより先に私が叩き潰すとも伝えてあります」
「……随分と直接的ね」
「分かりやすい方が、ああいう連中には効くので」
ミリーが引きつったように苦笑した。
アニラもそれ以上は引きずらず、踵を返そうとする。
その背後から、大きな姿が近づいてきた。
「おい、剣風」
リンデマンだった。
傍らには、巨大な盾を背負った女がいる。
北壁崩しから会議へ出る二人らしい。
アニラが振り返った。
「何ですか、戦鬼」
「お前の兄貴は来ねえのか」
「兄は招集されていません」
「ハイブクイーンだぞ。《剣嵐》なら、呼ばれなくても勝手に寄ってきそうなもんだが」
「兄を、戦場へ寄ってくる災害のように言わないでください」
「違うのか?」
アニラは一瞬だけ黙った。
「……大きくは違いませんね」
リンデマンが声を上げて笑う。
近くにいた傭兵たちが、二人の会話へ耳を向けていた。
「《剣嵐》……」
誰かが、小さく異名を口にする。
「六ツ星のガルダか」
その声が、サビの耳にも届いた。
サビはアニラを見る。
五ツ星の《剣風》にも、さらに上にいる兄がいるらしい。
「今はどこだ」
リンデマンが尋ねる。
「魔都北方の深域です。予定通りなら、まだ戻っていません」
「予定通りなら、か」
「兄の予定を正確に把握できる人間がいるなら、紹介してほしいくらいです」
「《日の灰塔》の連中は?」
「魔都周辺の防衛線で活動中らしいです」
「《玻璃の牙》も来てねえな」
「南側の魔境で、大型種の群れを抑えているそうです」
リンデマンは不満そうに鼻を鳴らした。
「《夜の渡り鳥》はどうした。あいつらなら五人もいりゃ、多少の穴は埋めるだろ」
「少人数だからといって、どこへでも出せるわけではありません。今頃はどこかの魔境を探索しているんじゃないですか」
「向こうには、まだ随分と戦力が残ってるじゃねえか」
「残っているのではなく、それぞれ別の場所を守っています」
アニラは廃都市の方へ視線を向けた。
「ここを守るために、魔都を空にするわけにはいきませんから」
「分かってる。言ってみただけだ」
リンデマンはそう答えたが、表情から不満は消えていなかった。
今回の作戦には、エクスランド周辺の有力な傭兵と、遠方から戻った主力部隊が集められている。
それでも、ここにいる者たちがすべてではない。
魔都や、その周囲に広がる魔境にも、名の知られたクランや少人数のパーティが残り、それぞれ別の戦場を支えている。
サビがその会話を聞いていると、足元の小石が僅かに震えた。
最初は、北壁崩しの重装備が立てた振動かと思った。
だが、揺れは止まらない。
一定の間隔を刻みながら、少しずつ大きくなっていく。
周囲の傭兵たちが、次々と幹線道路の方へ顔を向けた。
開闢軍の先遣兵が旗を掲げる。
「本隊が来るぞ」
誰かが呟いた。