落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
足元へ伝わる振動は、次第にはっきりとした地響きへ変わっていく。
遠くで鳴り続ける雷のような低い音。
それに重なる、無数の駆動音と車輪が地面を噛む音。
仮設拠点にいた者たちが、エクスランドへ続く幹線道路へ視線を向けた。
道路の先には、濃い砂煙が立ち上っている。
その中から、複数の大型魔導車が横一列に並んで姿を現した。
先頭を進むのは、分厚い装甲板で覆われた兵員輸送車だった。
正面は斜めに切り立ち、左右には小さな覗き窓と射撃口が並んでいる。
車体上部には開闢軍の旗が掲げられ、側面には所属部隊を示す番号が大きく描かれていた。
一台ごとの間隔は広い。
だが、複数の車列が並行して進んでも、前後の位置がほとんど乱れない。
先頭車両が速度を落とせば、後方の車両も間隔を保ったまま減速する。
隣の車列が進路を変えれば、空いた場所を後続が自然に埋めていく。
幹線道路の幅を使い切りながら、それでも互いの移動を妨げていなかった。
仮設拠点の入口では、先遣兵たちが色の異なる旗を掲げている。
「重装第一隊、赤の標識へ!」
「砲撃部隊は西側を通れ! 車間を維持しろ!」
「工兵車両は中央区画を避け、北側へ回せ!」
拡声器を通した指示が飛ぶ。
先頭の兵員輸送車が仮設拠点へ入ると、旗に従って複数の区画へ分かれていった。
所定の位置へ停止すると、車体後部の扉が一斉に開く。
最初に降りてきたのは、開闢軍の重装歩兵だった。
金属板を重ねた鎧で全身を覆い、大型盾と片手武器を携えている。
装備の形も色も揃い、降車した兵士たちは短い号令だけで隊列を組み直した。
その隣の車両からは、長槍を持った部隊が降りる。
車内へ収めるため分割されていた柄を素早く接続し、同じ角度で穂先を立てていった。
さらに後ろでは、長い魔導銃を携えた兵士たちが装甲車から降車している。
銃身と魔石部を確認し、弾薬箱を運び出す者と周囲を警戒する者へ、指示を待たず分かれていた。
傭兵たちの集団とは違っていた。
装備が揃っているだけではない。
一台が停止すれば、隣の車両がその分だけ位置をずらす。
降車に時間がかかっている部隊があれば、後続は別の誘導路へ回る。
人員と車両が同時に動きながら、どちらも互いの邪魔にならない。
仮設拠点の各所には、先遣部隊が設置した番号札と誘導標識が並んでいる。
重装歩兵は廃都市側の待機区画へ。
魔術部隊は、その後方へ。
兵員を降ろした輸送車はすぐに別の場所へ移動し、後続車両のために道を空けていく。
別の装甲車には砲弾と大型魔石が積み込まれ、さらに後ろには資材を運ぶ車両が続いていた。
所定の場所へ到着すると、戦闘工兵が魔導車から飛び降りる。
彼らは大型盾と工具を背負い、地面を調べ始めた。
杭を打つ者。
車輪止めを設置する者。
通信設備を繋ぐ回路を引く者。
通信を可能にするため、複数の役割が同時に動いている。
サビは、その様子を黙って見ていた。
仮設拠点が広すぎるとは、到着した時から感じていた。
中堅クランや少人数のパーティが集まっても、まだ空いた場所がいくつも残っていた。
だが、その空間は余っていたのではない。
これだけの車両と兵士を止めることなく受け入れ、到着した直後から動かすため、最初から残されていた。
通常部隊の後に、装甲形状の異なる兵員輸送車が入ってきた。
車体は他よりも小さい。
その代わり、厚い装甲と複数の魔力炉を備え、瓦礫や悪路を突破するための大きな車輪を持っている。
後部扉が開くと、中から少人数の兵士が降りてきた。
装備の基本的な意匠は開闢軍のものだったが、細部が一人ずつ異なっている。
長剣を二本持つ者。
大型の斧槍を背負う者。
盾と短槍を組み合わせた者。
腰や背中へ複数の魔導具を取りつけた者もいる。
全員が降車すると、互いの位置を僅かな視線だけで確認し、すぐに1つの隊形を作った。
「あれが精鋭隊か」
近くの傭兵が小声で言った。
「四ツ星や五ツ星の傭兵と比べても遜色ねえ連中だ。下手なクランなら、あの一隊だけで潰されるぞ」
精鋭部隊の兵士たちは、周囲の視線を気にした様子もなく、指示された待機場所へ進んでいく。
力を見せつけようとする者はいない。
それでも、彼らが通り過ぎる間だけ、周囲の傭兵たちの声が僅かに小さくなった。
続いて、窓の多い兵員輸送車が何台も入ってくる。
車体側面の紋章や番号は正規軍のものと同じだが、装甲にはまだ大きな傷が少ない。
扉が開き、中から若い兵士たちが降りてきた。
サビやミリーと、大きく年齢の変わらない者も多い。
先に降りた者が周囲を警戒し、後続が装備と荷物を受け取る。
最後に降りた部隊長が短く指示を出すと、若い兵士たちは素早く隊列を整えた。
「候補生部隊ね」
ミリーが言った。
「……アルバみたいなもんか?」
「それだけじゃないわ。選抜を受けて、軍の指揮官や精鋭になるための訓練を受けてる人たちよ」
候補生たちは前方に立つ部隊長に率いられ、第二線の待機区域へ移動していった。
サビは、同年代ほどの兵士たちを目で追った。
降車した後の動き。
装備の確認。
上官から指示を受けた後の反応。
どれも、最初から教わる場所があった者の動きだった。
だが、安全な場所から見物に来たような者はいない。
廃都市へ目を向ける表情には緊張があり、それでも誰一人として隊列から外れなかった。
候補生を運んできた車両が移動すると、その後方から白銀の装甲車が現れた。
車体には、金色の太陽と銀色の月を重ねた紋章が刻まれている。
星神教の星騎士たちを運ぶ車両だった。
扉が開き、大型盾と長槍を持った騎士が降りてくる。
続いて、杖や治療用の魔導具を携えた者。
防護術式の刻まれた箱を運ぶ従者も姿を見せた。
星騎士たちは1つの区画へ固まらず、降車後すぐに複数の集団へ分かれていった。
一部は戦闘工兵の待機場所へ。
一部は治療所へ。
残りは精鋭部隊の近くへ進んでいく。
前へ出て敵を倒すだけではなく、作戦全体の防護と治療を担う配置らしい。
サビは、鎧と車体に刻まれた紋章へ目を向けた。
以前会った、ベロニカの護衛シスターたちが身につけていたものと同じ意匠だった。
彼女たちが星騎士とどのような関係なのかまでは分からない。
だが、少なくとも、ただの旅の護衛ではなかったことを改めて思い出す。
戦闘部隊を運ぶ車列の後ろには、支援用の魔導車が続いていた。
魔石を積んだ装甲輸送車。
食料、水、治療薬を運ぶ大型魔導車。
予備の武器や装甲板を積んだ修理車両。
内部に寝台を備えた負傷者搬送車まで用意されている。
作戦開始前は、その多くが空のままだった。
帰還時には、負傷者を載せて戻ることを前提に作られている。
戦う兵士だけでなく、戦いを続けさせ、傷ついた者を連れ帰るための車両が、幹線道路を途切れることなく進んでくる。
それらも先遣部隊の誘導に従い、補給所や治療所の周囲へ次々と収まっていった。
人員と車両が増えるほど、仮設拠点は狭くなる。
それでも、進路が塞がることはなかった。
最初から決められていた溝へ水が流れ込むように、車両と兵士がそれぞれの場所へ配置されていく。
誰か一人が強いから、これほどの軍勢が動いているのではない。
それぞれが自分の仕事を止めないことで、大きな軍が1つの形を保っている。
先ほど見た紺碧の風や北壁崩しとも、また違う強さだった。
サビが到着する車列を見つめている間も、地響きは止まらなかった。
むしろ、それまでよりも低く、重くなっている。
最後尾に近づくほど、道路の向こうに立ち上る砂煙は濃くなっていた。
先遣兵たちが、仮設拠点中央の広い区画から人を遠ざけ始める。
「中央区画を空けろ!」
「車両と天幕を標識の外まで下げろ!」
これまで本隊を誘導していた時とは異なる、強い声が飛んだ。
道路の向こうで、通常の大型魔導車よりも遥かに高い影が、砂煙の中からゆっくりと姿を現し始めていた。
それを待つ間にも、幹線道路では複数の車列が途切れることなく進んでいる。
兵員輸送車。
砲撃車両。
補給用の大型魔導車。
そのいずれもが、道路の中央だけを一列で進んでいるわけではなかった。
複数の大型車両が横へ並び、それぞれの間隔を保ったまま走っている。
車列の一部が仮設拠点へ入るため速度を落としても、別の車列はその横を通過する。
後続車両が空いた場所へ入り、道路全体の流れが止まることはない。
サビは、その光景を見ながら、エクスランドで何度も歩いた幹線道路を思い出した。
商隊の荷車。
旅人を乗せた魔導車。
街へ荷を運ぶ商人たち。
普段は、それらが余裕を持って行き交っていた。
道路が広すぎると考えたことはあっても、深く気にしたことはない。
だが、今は違った。
兵士、魔石、弾薬、砲台、補給物資。
都市の中で集められた膨大な戦力が、何本もの車列となって荒野へ送り出されている。
これだけの大型魔導車が並んでも、まだ道路には移動する余地が残っていた。
あの道は、商隊や旅人のためだけに造られたものではない。
都市の内側に蓄えた人と物資と兵器を、必要な場所へ一気に送り出すための道だった。
サビが普段歩いていた幹線道路が、初めて本来の姿を見せていた。
やがて、道路の先に立ち上る砂煙が左右へ大きく割れた。
その奥から、巨大な履帯が姿を現す。
一枚一枚の金属板が人の背丈ほどもあり、それらを繋いだ履帯が道路へ深い跡を刻んでいた。
車体は、これまで到着した兵員輸送車を何台も積み重ねたほどの高さがある。
前方には、何層もの装甲板を組み合わせた鈍い灰色の外殻。
その上部からは、長大な魔導砲の砲身が廃都市の方角へ伸びていた。
車体の各所には、大型の魔石を収めた装甲槽や、通信魔導具の支柱が並んでいる。
側面へ目を移すと、さらに異様なものが見えた。
巨大な四本の脚が、関節を幾重にも折り曲げた状態で車体へ張りついている。
装甲板で覆われた太い脚。
先端には、地面を掴むための平らな爪と、杭のような突起が並んでいた。
遠目には、巨大な魔導車へ、さらに大きなゴーレムの手足を取りつけたようにも見える。
「なんだ、あれ」
サビは思わず口にした。
「開闢軍の大型作戦車両ね」
ミリーも、巨大な車体を見上げていた。
「私も、実物を見るのは初めてよ」
巨大重魔導車が幹線道路を進むたび、仮設拠点の地面まで低く揺れた。
荷車の上に積まれた工具が細かく音を立てる。
天幕を固定する縄が震え、地面に置かれた水桶の表面へ波紋が広がった。
周囲にいた傭兵たちも、声を失って車両を見ている。
あれほど多くの人員を率いていたアニラや、巨体と魔導義肢を持つリンデマンでさえ、その前では小さく見えた。
巨大重魔導車の側面には、いくつもの扉と開閉式の装甲板がある。
大型魔導砲の下には、砲撃用の魔石と弾薬を送り込む設備。
後部には、工兵用の資材や小型車両を収めるための格納区画。
車体上部には、周囲へ伸びる通信設備と、地下の振動を探るための長い探査柱が折り畳まれていた。
装甲の奥には、作戦指揮を行う区画や、負傷者へ応急処置を施す設備まで備えられているらしい。
単に敵へ砲撃を行うための兵器ではない。
戦場へ拠点そのものを運ぶための車両だった。
「中央区画、完全に空けろ!」
先遣兵の声が響く。
「誘導線より内側へ入るな! 車両の旋回を妨げるな!」
中央区画の周囲へ兵士が並び、傭兵や支援要員をさらに後ろへ下げていく。
巨大重魔導車は仮設拠点の入口で僅かに速度を落とした。
左右の履帯が別々に動き、巨大な車体がゆっくりと向きを変える。
あれほどの大きさにもかかわらず、先遣兵が打ち込んだ標識の間を外れることなく進んでいく。
中央の整地区画へ入ると、履帯が止まった。
地響きが消える。
その直後、車体の内部から、さらに低い駆動音が響き始めた。
側面へ密着していた四本の脚が動く。
最初に外側の装甲板が開き、折り畳まれていた関節がゆっくりと伸びていった。
巨大な脚が一本ずつ車体から離れる。
金属同士が擦れる重い音。
魔力が回路を巡る低い唸り。
関節の隙間から、青白い光が僅かに漏れた。
前方の二脚が地面へ下ろされる。
爪状の先端が整地された土へ食い込み、その中心から太い杭が打ち込まれた。
轟音と共に地面が震える。
続いて後方の二脚も展開され、同じように地面へ固定された。
四本の脚へ力が加わる。
巨大重魔導車の車体が、履帯から僅かに持ち上がった。
重量が四脚へ移るにつれ、周囲の地面が軋み、杭の周囲へ細かな亀裂が走る。
それでも脚が沈み込むことはない。
先遣部隊が何度も地面を固め、この広い区画を空けていた理由が、ようやく分かった。
ここは、ただ車両を止めるための場所ではない。
巨大重魔導車を地面へ固定し、前線拠点として展開するための場所だった。
車体の固定が終わると、側面の装甲扉が次々と開いた。
内部から開闢軍の通信兵と工兵が降りてくる。
すでに仮設拠点へ設置されていた通信設備から太い回路線が運ばれ、車体の接続口へ繋がれていく。
別の場所では、地下探査用の柱が車体上部から立ち上がった。
折り畳まれていた支柱が伸び、その先端に取りつけられた複数の魔石が淡く光る。
補給員たちは、巨大重魔導車の後部へ弾薬と予備魔石を運び始めた。
工兵は格納区画から地下封鎖用の杭や資材を降ろす。
治療担当者も内部の応急治療区画と、外に設置された治療所を繋ぐ搬送路を確認していた。
仮設拠点の各所へ置かれていた設備が、巨大重魔導車を中心に1つずつ結ばれていく。
それまで個別に動いていた施設が、中央へ繋がることで1つの形を作り始めた。
先遣部隊が造った仮設拠点へ、最後の中枢が据えられた。
サビには、そう見えた。
巨大重魔導車の内部で魔導炉の音が安定し、上部の通信灯が順番に点灯する。
その光を確認した兵士が、拡声器へ向かって声を上げた。
「中央指揮車、展開完了!」
「全通信区画、接続を確認しろ!」
周囲の兵士たちが一斉に動き出す。
仮設拠点は、ただ人と物資が集まる場所ではなくなっていた。
廃都市へ踏み込む軍勢を動かし、支え、連れ戻すための作戦本部が、目の前で完成していた。