落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
中央指揮車の展開が完了すると、巨大重魔導車の側面に設けられた装甲扉が開いた。
最初に降りてきたのは、濃紺の軍服を身につけた開闢軍の将校たちだった。
胸元や肩には複数の階級章が並び、手には書類や携帯用の通信魔導具を持っている。
続いて、記録板を抱えた参謀、通信担当者、各部隊との連絡役が地上へ降りてきた。
先遣部隊の兵士たちが姿勢を正し、到着した将校へ次々と報告を始める。
「周辺警戒線、異常ありません」
「地下探査設備は接続中。作戦開始までに全区画との同期を完了できます」
「傭兵側代表は、すでに会議区画へ集合しています」
短い報告が途切れることなく続く。
その中で、装甲扉の奥から一人の女が姿を現した。
短く切り揃えられた金髪。
開闢軍の意匠を残した装備は、周囲の兵士たちと比べても軽い。
身体の動きを妨げないよう最低限の装甲だけが配置され、その上から短い外套を纏っている。
そして、その背には一本の斧槍があった。
長い柄の先に、鋭い槍穂と分厚い斧刃。
柄には折り畳まれた旗が巻きつけられている。
儀礼用には見えなかった。
斧刃には細かな傷が残り、柄にも何度も握られてきた痕がある。
女が地上へ降りた。
それだけだった。
声を上げたわけでも、魔力を放ったわけでもない。
だが、周囲から僅かに音が減った。
報告を続けていた将校が一度言葉を切る。
候補生たちは、示し合わせたわけでもなく姿勢を正した。
星騎士の何人かも作業の手を止める。
そして。
少し離れた場所にいたアニラとリンデマンまで、会話を止めていた。
二人とも、それまで周囲から見られる側だった。
その二人が、同じ方向を見ている。
「《ヴァンガード》……」
近くにいた傭兵が、声を潜めた。
「王の戦士、ヴィルナだ」
サビは女を見る。
大柄ではない。
リンデマンのような重装もない。
アニラのように、何人もの傭兵を従えているわけでもない。
ただ、背負った巨大な斧槍だけが、その細身には不釣り合いなほど大きかった。
サビは無意識に、ヴィルナの魔力を探った。
そして、僅かに眉を寄せる。
(……なんだ、これ)
強い魔力の反応はある。
だが、掴めない。
身体の内側を巡る魔力に、ほとんど乱れがなかった。
呼吸に合わせた揺らぎすら小さい。
魔力の大きさを探ろうとしても、どこまでが余力なのか分からない。
見えているものが全部なのか、その奥にまだ何かあるのかさえ判断できなかった。
これまで感じた強者とは違う。
リンデマンを見れば、巨大な身体と装備から力の大きさを想像できる。
アニラを見れば、その立ち姿や周囲の動きから技量の高さを想像できる。
だが、ヴィルナには、それがない。
どれほど強いのかを測るための基準そのものが、サビには見つからなかった。
背筋を、冷たいものが走った。
「……五ツ星より強いのか」
サビが小さく呟く。
「比べる相手が違うわ」
ミリーもヴィルナから目を離していなかった。
「王の戦士よ」
一度、言葉を切る。
「開闢軍が、終末級の災害を止めるために送り込む側の人間」
ヴィルナは周囲から向けられる視線など気づいていないように、作戦指揮官の隣を歩いていく。
誰も道を空けろとは言わなかった。
それでも、その進路から自然と人が退いていった。
巨大な斧槍と、その柄に巻かれた旗だけが、彼女の背で静かに揺れていた。
間もなく、仮設拠点の拡声器から新たな通達が響く。
『各部隊代表へ通達する。中央指揮車の展開完了に伴い、作戦会議を開始する』
『傭兵側代表者、星騎士代表、各支援部門責任者は、中央会議区画へ入れ』
会議が行われるのは、巨大重魔導車の脇へ展開された大型天幕だった。
厚い布と金属製の支柱で作られ、入口では兵士たちが代表者の部隊番号と所属を確認している。
「独立遊撃部隊、第七班。サビ、ミリー」
兵士が記録板と番号札を見比べる。
「二名とも入れ」
中へ入ったサビは、正面へ目を向けた。
天幕の奥には、大型の掲示板が三枚並べられていた。
中央にあるのは、廃都市全体を上から描いた地上図。
その左には、調査隊が確認した地下輸送路や排水路、坑道を描いた地下構造図。
右側には、仮設拠点から廃都市までの補給路や各部隊の配置を示す作戦図が掲げられている。
どれも人の背丈を大きく越える。
赤、黄、青に塗られた札が各所へ貼りつけられ、その横には部隊番号や記号が書き込まれていた。
サビには文字の大半が読めない。
それでも、赤い範囲が地下の奥に集中し、そこから外へ向かって黄色、青と色が広がっていることは分かった。
「赤いところが巣みたいね」
隣に立つミリーが小声で言った。
会議区画には数十人の代表者が集まっていたが、誰かの肩越しに地図を覗き込む必要はない。
それぞれが正面の掲示板を見ながら、説明を待っている。
最前列には開闢軍の作戦指揮官と参謀。
その脇にヴィルナ。
少し離れて、アニラやリンデマン、星騎士の指揮官たちが立っている。
サビとミリーは後方へ回った。
周囲には四ツ星や五ツ星の傭兵、長年軍務についてきた将校ばかりが並んでいる。
三ツ星の二人へ視線を向ける者もいたが、声を掛けてくる者はいない。
やがて、参謀の一人が長い指示棒を手に取った。
「現時点で確認されているコロニーは、三か所です」
棒の先が、地下構造図に描かれた3つの赤い範囲を順番に示す。
「第一コロニーは旧地下輸送施設を中心に拡大。第二コロニーは排水処理施設周辺。第三コロニーは、複数の建造物の基礎を繋いで形成されていると推定されています」
参謀が合図すると、横に控えていた軍属が3つの赤い札を掲示板へ貼りつけた。
「各コロニーは独立していません。調査隊は、地下輸送路と排水路を利用して相互に接続されている可能性が高いと報告しています」
リンデマンが腕を組む。
「1つを叩けば、残りから増援が来るか」
「その可能性が高い」
作戦指揮官が答える。
「したがって今回は、一か所ずつ潰さない。三か所へ同時に圧力をかける」
参謀が右側の作戦図へ移動する。
「部隊は、大きく三層に分ける」
参謀が、赤い円の内側へ三本の黒い札を置いた。
「第一層。コロニーへ直接突入する部隊です」
第一コロニーには、紺碧の風主力。
第二コロニーには、北壁崩し主力。
第三コロニーには、開闢軍精鋭部隊と星騎士の地下戦闘隊。
それぞれに、戦闘工兵、通信兵、探査要員が同行する。
「第一層の目的は、女王の捜索だけではない」
作戦指揮官が続ける。
「掘削種等の上位種の排除。卵と幼体の処分。主要坑道の破壊。コロニー同士を繋ぐ経路の特定と封鎖。これらを同時に進める」
アニラが地図へ目を落とす。
「第三コロニーは、まだ地下構造がほとんど分かっていませんね」
「そのため、開闢軍精鋭と探査部隊を優先して配置する」
「地上から直接穴を開けることは?」
リンデマンが尋ねる。
「地下空間の正確な位置が分からない。崩落させれば、別の坑道へ群れを押し出す可能性がある」
「分かった。なら、入口から押す」
参謀は、赤い円の外側へ黄色の札を並べた。
「第二層。コロニー周辺の封鎖部隊です」
四ツ星級の傭兵と開闢軍正規部隊を中心に編成される。
第一層が地下へ入った後、入口と周辺坑道を確保する。
別の出口から現れる群れを止め、突入部隊の退路を維持する役目。
開闢軍候補生や、各クランの中堅部隊も、この第二層へ組み込まれる。
「第二層が崩れれば、第一層は地下で孤立する」
作戦指揮官の言葉に、会議区画の空気が僅かに引き締まる。
「数を倒すことより、位置を維持することを優先しろ。敵を追って持ち場を離れるな」
ガレスがサビへ向けていた忠告と、ほとんど同じ内容だった。
次に、参謀が黄色の札よりさらに外側へ、青い札を置いていく。
「第三層。廃都市外周と補給路を担当する迎撃部隊です」
三ツ星を中心とした傭兵と、開闢軍の予備分隊。
「独立遊撃部隊は、外周の割り当てられた各区画を巡回しろ。通常種の小集団は、現場判断で排除して構わない」
参謀は、廃都市外周に沿って青い札を並べた。
「掘削種、または確認されていない巣穴を発見した場合は、周囲の安全を確保した上で中央へ報告。処理可能な規模なら、その場で対処しろ」
「地下へ逃げた個体を追うな。新たな坑道を確認した場合は標識を設置し、第二層か工兵へ引き継げ」
複数の遊撃班が、それぞれ異なる外周区画へ割り当てられていく。
サビとミリーの部隊番号も、その中の1つとして東側外周へ記されていた。
名前を呼ばれることはない。
ほかの三ツ星部隊と同じように、指定された場所を巡回し、抜けてきた敵を処理する役割だった。
参謀の指が、作戦台中央の大きな白い札へ移る。
「中央予備」
そこには、巨大重魔導車とヴィルナが配置されていた。
「ハイブクイーンの正確な位置は確認できていない。王の戦士《ヴァンガード》ヴィルナは、女王の位置が確定するまで中央で待機する」
会議に集まった者たちの視線が、ヴィルナへ向く。
彼女は地図を見たまま、何も言わなかった。
「女王を確認した部隊は、通信魔導具を使用して位置を報告。地下で通信が通じない場合は、最寄りの中継地点へ伝令を出せ」
参謀が作戦台の複数地点へ、小さな金銀の札を置いた。
「同時に、専用の信号弾を使用する。金と銀の二連弾が、ハイブクイーン確認の合図だ」
赤い円の1つから信号が上がれば、ヴィルナがその地点へ向かう。
第一層は女王の護衛種を排除し、進路を確保する。
第二層は外から入る増援を止める。
第三層は、追い出された群れを廃都市の外へ逃がさない。
「女王を逃がせば、この作戦は失敗だ」
作戦指揮官が言った。
「だが、女王だけを追って包囲を崩しても同じことになる。全員、自分の位置と役割を忘れるな」
説明は、後方支援へ移る。
巨大重魔導車を中心とする通信網。
補給車の移動経路。
治療所への搬送順序。
撤退信号。
通信が途絶した場合の集合地点。
主力部隊が地下へ入った後も、地上では別の作戦が続く。
どこか1つが止まれば、地下の戦闘部隊まで動けなくなる構造だった。
説明の途中、地下探査を担当する将校が口を開いた。
「掘削種だが、過去の交戦記録では、掘削種は地表へ出る直前まで反応が薄く、出現後は人間より先に魔導車の魔石槽等を狙っている」
リンデマンが地図を指した。
「なら、補給路の曲がり角と狭い場所には、高強度鉄網を死角方向に設置しておいたほうが良いな」
「第二層の車両は、進行方向を揃えない方がいいですね」
アニラも言葉を続ける。
「一台が狙われて行動不能になった際、後続まで同じ方向へ詰まります。退避方向を複数に分けましょう」
参謀が二人の意見を聞き、すぐに地図上の補給路を書き換えた。
「工兵へ通達。東側補給路へ追加の鉄網柵を設置。第二層の待機車両は、退避方向を二系統へ分ける」
通信担当者が、その場で外へ指示を送る。
サビが見たことを話しただけで、地図の上の配置が変わった。
リンデマンとアニラは、長く考え込むこともなく、その情報がどこへ影響するのかを判断していた。
サビは、書き換えられていく作戦図を見つめた。
自分が掘削種を倒した時は、目の前の魔導車と仲間を守ることしか考えていなかった。
ここでは、その一度の戦闘が、何十台もの車両と部隊の動きへ繋げられている。
参謀が最後の確認を終え、作戦指揮官へ頷いた。
作戦指揮官は、会議区画に集まった代表者たちを見回す。
「配置は以上だ」
「各代表は、自隊へ内容を伝達。準備完了後、第一層から順に廃都市へ進入する」
会議の終わりを告げる声が響く。
「作戦開始まで、残り一時間だ」