落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
作戦開始を告げる信号弾が上がった。
仮設拠点の各所で待機していた部隊が、事前に定められた順番で動き始める。
最初に廃都市へ向かったのは、コロニーへ直接踏み込む第一層の部隊だった。
開闢軍の精鋭部隊。
紺碧の風と北壁崩しの主力。
星騎士に護衛された戦闘工兵と探査要員。
それぞれが別の地下入口を目指し、装甲魔導車へ分乗して廃都市の中へ入っていく。
その後を、第二層の封鎖部隊が追った。
地下入口の周囲へ防衛線を築く部隊。
退路と補給路を維持する部隊。
別の出口から現れた群れを押さえるための予備戦力。
さらに外側へ、三ツ星を中心とした遊撃班が散っていった。
サビとミリーも、割り当てられた東側外周区画へ向かう。
廃都市へ入って間もなく、奥から最初の魔導砲撃音が響いた。
空気が震え、崩れかけた建物の窓から細かな瓦礫が落ちる。
少し遅れて、黒い煙が建物の隙間から立ち上った。
「始まったみたいね」
ミリーが廃都市の奥へ目を向ける。
「ああ」
サビは担いでいた巨剣槍の柄を握り直した。
支給された通信魔導具から、短い報告が次々と流れてくる。
『第一コロニー入口、確保』
『第二封鎖線、展開完了』
『第三コロニーより通常種多数。砲撃部隊、射線を確保』
続いて、再び轟音が響く。
サビたちのいる場所から戦闘の全体は見えない。
それでも、崩れた建物の間から、時折その一部を確認できた。
大通りの先へ現れたファングアントの群れを、魔導砲がまとめて吹き飛ばす。
爆発を逃れた個体へ、開闢軍の魔導銃部隊が一斉に射撃を浴びせる。
青白い光が何十本も重なり、甲殻を砕いていく。
倒れた個体を避け、別のファングアントが側面へ回ろうとする。
だが、その進路にはすでに長槍部隊が展開していた。
大型盾の間から穂先が突き出され、群れの勢いを正面から受け止める。
後列の魔導銃が射撃を続ける間も、前列は崩れない。
一人が弾き飛ばされれば、隣の兵士が即座に空いた場所へ入る。
倒れた者は後方へ引かれ、別の兵士がその位置を埋める。
敵を倒す速度よりも、陣形が崩れないことの方が目についた。
聖都からの帰路で、サビたちは数十体のファングアントを相手に追い詰められた。
一体の掘削種に魔導車を狙われただけで、護衛全体が崩れかけた。
今、廃都市の中で開闢軍が受け止めている群れは、それよりも圧倒的に多い。
それでも、戦線は少しずつ前へ進んでいた。
別の通りでは、紺碧の風が建物の間を抜けていく。
先頭の部隊が群れへ斬り込み、後続が開いた隙間へ入り込む。
誰かが突出して敵の中へ消えることはない。
前へ出た者が戻る時には、すでに次の者が同じ場所へ踏み込んでいる。
流れが途切れない。
さらに離れた場所では、北壁崩しの重装戦士たちが、瓦礫の積み重なった道路を正面から押し進んでいた。
大型盾が並び、その間から槌と斧が振り下ろされる。
ファングアントの群れが何度ぶつかっても、壁は後ろへ下がらない。
倒した個体をその場で踏み越え、少しずつ道を広げていく。
その中心にいるアニラやリンデマンの姿までは見えない。
だが、彼らが率いる部隊が前進するたび、周囲の戦線も形を変えていた。
突破された場所へ別の部隊が入る。
空いた道を工兵と補給車が進む。
負傷者が出れば、後方の搬送班がすぐに回収する。
1つの戦闘が、そこで終わらず次の動きへ繋がっている。
サビたちの担当する外周区画は、それに比べれば静かだった。
奥からは絶えず砲撃音や金属のぶつかる音が聞こえてくる。
だが、外周へ流れてくるのは、包囲線を抜けた少数の通常種だけだった。
崩れた建物の陰から、三体のファングアントが姿を現す。
サビは黒兜のバイザーを下ろして、地面を蹴った。
一体目が大顎を開く。
その横を抜けながら刃を振り抜き、命中する直前に重量を戻す。
甲殻が砕け、巨体が横へ吹き飛んだ。
その勢いのまま柄を返し、二体目の頭部を石突で打ち据える。
残った一体へ、ミリーの魔力矢が飛んだ。
青い光が脚の関節を貫き、体勢を崩したところへサビが刃を落とす。
三体が動かなくなるまで、それほど時間はかからなかった。
「終わりか」
サビは周囲へ魔力感知を広げた。
近くに、別の反応はない。
バイザーを上げつつ、息を細く吐いた。
「今のところはね」
ミリーは矢を放った指先を下ろす。
固定化した魔力を使ったのは一発だけだった。
サビも巨剣槍へ大きな重量を加えてはいない。
二人とも、ほとんど消耗していなかった。
通信魔導具から、別の遊撃班による報告が入る。
『東側第四区画、通常種五体を処理』
『南側外周、新規の地下反応なし』
『補給路第一線、異常なし』
外周では、似たような小規模戦闘が散発的に起きているらしい。
それでも、中央へ増援を求めるほどの事態は起きていない。
サビは巨剣槍の刃についた体液を払いうと、肩に担ぎなおす。
廃都市の奥では、また大きな爆発が起きた。
黒煙が上がり、少し遅れて空気と地面が震える。
「奥は随分やってるな」
「私たちまで忙しくなったら、包囲が崩れてるってことよ」
ミリーは近くの瓦礫へ腰を下ろした。
「何も起きないために、ここにいるの。休めるうちに休んでおいた方がいいわ」
サビは立ったまま、廃都市の奥を見た。
これまでの依頼では、敵が目の前に現れれば、自分たちで倒すしかなかった。
今回は違う。
自分たちの前へ届くより先に、何重もの部隊が群れを受け止めている。
第一層がコロニーを押す。
第二層が出口を塞ぐ。
抜けてきた個体を、自分たち第三層が処理する。
さらに後ろには、開闢軍の予備分隊や、まだ動いていない傭兵班も残されている。
補給路には鉄環クラン等の護衛部隊が付き、巨大重魔導車の周囲にも直衛が置かれていた。
ヴィルナも、ハイブクイーンの位置が分かるまでは中央から動かない。
目の前の敵へ、すべての戦力を叩き込んでいるわけではない。
どこかに穴が開いた時、その穴を埋めるための戦力が残されている。
サビは近くの崩れた壁へ背を預けた。
「確かに、焦ってもしょうがないか」
「そうよ」
ミリーは小さく息を吐き、通信魔導具へ視線を落とした。
奥から聞こえる戦闘音は途切れない。
それでも、報告される内容は予定の範囲内に収まっていた。
作戦は、順調に進んでいた。
廃都市の奥からは、絶えず砲撃音等の戦闘音が聞こえている。
通信魔導具から流れる報告も、多少の遅れや負傷者は出ているものの、どれも事前に想定された範囲に収まっていた。
サビはミリーと外周の担当区画を巡回しながら、廃都市の上空を見上げた。
灰色の空を、数羽の鳥が横切っていく。
魔物の多い荒野では珍しくもない、小さな影だった。
だが、その動きが途中で変わった。
一羽が急に高度を上げる。
続いて、残りも同じ方向へ向きを変えた。
廃都市から離れるように、羽ばたきを速めていく。
「なんだ?」
サビが見上げながら呟く。
ミリーも空へ顔を向けた。
「魔物が逃げてる」
廃都市の屋上や、崩れた建物の隙間にいた小型の飛行魔物も、次々と空へ舞い上がっていた。
争う様子もない。
どれも同じ方向へ逃げていく。
その反対から、別の影が近づいていた。
最初は、遠くを飛ぶ鳥の群れに見えた。
だが、距離が縮まるにつれて、一つひとつの影が急速に大きくなる。
長く伸びた翼。
後方へ流れる尾。
翼の根元に繋がる、太い胴体。
「ウソッ……ワイバーン……」
ミリーが立ち上がった。
一頭や二頭ではない。
廃都市の上空へ、何十もの影が迫っている。
サビは巨剣槍を軽く構える。
ワイバーンの群れは、広く散らばって飛んでいた。
だが、無秩序ではなかった。
高空を進む一団。
建物の高さまで降りる一団。
そのさらに下を、崩れた街路に沿って飛ぶ一団。
互いにぶつかることもなく、いくつかの群れへ分かれながら廃都市へ入っていく。
「ただ飛んできただけじゃないわね」
「ああ」
サビにも分かった。
獲物を見つけて一斉に襲いかかる動きではない。
最初から、それぞれが向かう場所を決めているように見えた。
通信魔導具から、鋭い声が響く。
『全区画へ通達! 廃都市上空に飛行種多数!』
直後に別の声が割り込んだ。
『対空部隊、射撃準備! 各班は現在地を維持しろ!』
廃都市の中央付近から、複数の光が上空へ放たれた。
魔導銃と対空砲の射撃。
青白い光が空を走り、先頭のワイバーンへ集中する。
一頭の翼が砕けた。
巨体が回転しながら建物の向こうへ落ちていく。
続いて二頭目にも光が命中する。
だが、残りは上昇しなかった。
高度を下げ、崩れた建物の間へ潜り込む。
壁や塔の影に翼爪で張り付き隠れながら、射線を切って進んでいた。
『飛行種、低空へ移行!』
『射線が通らん! 第三砲台、撃つな! 味方がいる!』
通信へ怒鳴り声が重なる。
廃都市の北側で爆発が起きた。
砲撃ではない。
何かが建物へ激突したような、重い破砕音だった。
少し遅れて、通信魔導具から雑音が流れる。
『北側中継所、応答せよ』
『――側中継所、被――』
声が途中で途切れた。
サビが空へ目を凝らす。
低空へ降りた数頭が、建物の屋上へ設置された通信柱へ向かっていた。
一頭が翼を畳み、身体ごと設備へ突っ込む。
金属の支柱が折れ、光っていた魔石が周囲へ飛び散った。
「通信を狙ってるぞ」
「ええ」
別の一団は、廃都市の外側へ大きく回り込んでいた。
その先には、補給用の魔導車が通る道路がある。
『補給路第二線、飛行種接近!』
『護衛班は車両を止めるな! 廃墟の陰へ退避させろ!』
『対空支援を寄越せ!』
通信が次々と入る。
1つの報告が終わる前に、別の声が割り込んでくる。
『第一救護所上空に三体!』
『負傷者を建物内へ移せ!』
『第二層西区画、上空警戒のため一個分隊を――』
その声も、別の通信に遮られた。
『地下入口から通常種が流出! 封鎖班だけでは止めきれん!』
ワイバーンへの対応に気を取られた隙を突くように、廃都市の奥からファングアントが溢れ始めていた。
遠方の大通りに、黒い甲殻が次々と現れる。
第二層の防衛線へ向かっていた一部の兵士は、すでに上空のワイバーンへ魔導銃を向けている。
その足元へ、別の群れが押し寄せる。
長槍部隊が急いで向きを変えた。
大型盾が並び直される。
その間にも、上空から一頭のワイバーンが降下してくる。
大顎が盾の縁へ食らいつき、兵士を一人、隊列の外へ引きずり出した。
『第二封鎖線、飛行種と地上種の同時攻撃!』
『予備分隊を回せ!』
『どの予備だ! 南側も増援要請中だ!』
一瞬の沈黙。
『中央予備第三班を第二封鎖線へ。外周待機班を南側へ送れ』
通信の声は、まだ落ち着いていた。
命令も順番に出されている。
準備されていた予備戦力が、それぞれの穴へ投入されていく。
廃都市外周で待機していた装甲車が動き始める。
傭兵班が通信を受け、別の区画へ移動していく。
重魔導車の周囲にいた直衛の一部も、救護所へ向かった。
開闢軍は、想定外の襲撃にも対応していた。
だが、ワイバーンの攻撃は一か所に集中しない。
通信所。救護所。補給路。地下入口。包囲線の薄い場所。
戦力が動くたび、その反対側へ別の群れが現れる。
『東側中継地点、飛行種二体!』
『第一補給路、車両一台横転!』
『第三コロニー入口より上位種!』
『外周第五班、応答せよ!』
『こちら第五班、現在交戦中!』
通信魔導具から流れる声が増えていく。
遠くの報告と、近くの命令。
怒鳴り声。途切れた音。
雑音の奥で、誰かが何度も同じ部隊番号を呼んでいる。
サビは立ち上がったまま、通信魔導具を見下ろした。
少し前まで、流れてくるのは短い状況報告だけだった。
今は違う。
誰がどこで戦っているのか、声を聞くだけでは追えなくなり始めている。
廃都市上空を、さらに大きな影が横切った。
ほかのワイバーンより1回り大きい。
翼を広げたまま高空を旋回し、その周囲を数頭が囲んでいる。
サビは目を細めた。
大きな個体の背に、何かが乗っている。
鞍のような装具。
その上に、人間らしき細い影があった。
「ミリー」
「見えてる」
大きなワイバーンが方向を変える。
それに合わせるように、低空を飛んでいた数頭も進路を変えた。
ばらばらの場所を襲っていたはずの群れが、合図を受けたように次の目標へ向かっていく。
手元から聞こえてくる通信魔道具から、切羽詰まった声が聞こえてくる。
『ただの、群れじゃない……』
兵士が、絞り出すように言った。
『指揮されている……!』
その直後、廃都市の西側から大きな爆発音が響いた。
地面が揺れ、黒煙が建物の上まで吹き上がる。
通信魔導具が一斉に鳴った。
『西側通信中継所、沈黙!』
『第二救護所への経路が塞がれた!』
『外周予備を回せ!』
『残っている外周予備は二班だけだ!』
『なら独立遊撃班を使え! 動ける部隊を全部拾え!』
それまで待機していた部隊まで、次々と持ち場を離れていく。
穴が開くたび、別の部隊がそこを埋める。
だが、埋めた場所から戦力が消えれば、その後ろが薄くなる。
用意されていた余力が、目に見えない速度で削られていた。
廃都市の奥から、再びファングアントの群れが現れる。
先ほどまでなら第二層で止まっていたはずの数が、今度は外周に近い街路まで流れてきた。
(何が起きてるんだ……)
二人は顔を見合わせた。
サビは巨剣槍を、強く握りしめ構え直した。
ミリーも弓を構え、不安げに周囲や上空へ視線を走らせる。
通信魔導具から、いくつもの声が重なった。
その中で、誰かが新しい命令を読み上げ始めていた。