落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
その頃、エクスランドの傭兵ギルドは、不自然なほど静かだった。
普段なら、傭兵の笑い声や、依頼を吟味する声が絶えない。
受付の前には長い列ができ、掲示板の周囲には人だかりができる。
だが、その日の広間には空いた椅子が目立っていた。
残っているのは、まだ招集対象にならない低ランクの傭兵。
負傷によって作戦へ参加できなかった者。
通常業務を続ける職員。
そして、前線から送られてくる報告を待つ担当者たちだけだった。
掲示板に張られた依頼書も、ほとんど手をつけられていない。
傭兵の数が減ったことで、いつもなら聞こえない音まで耳に入る。
紙をめくる音。
ペン先が机を擦る音。
奥の部屋で、書類棚が閉じられる音。
時折、通信室から短い呼び出しが聞こえると、広間にいる職員たちが僅かに顔を上げる。
しかし、すぐに何事もなかったように自分の仕事へ戻っていた。
サラも受付の机で書類を整理していた。
手元にあるのは、前日までに処理できなかった依頼報告と、今回の大規模作戦へ参加した傭兵たちの記録だった。
一枚ずつ確認し、記載漏れがないかを確かめる。
その中に、見慣れた二人の名前があった。
サビ。ミリー。
二人の名前の横には、三ツ星への昇格を示す新しい記載が加えられている。
登録から1か月にも満たない。
通常なら、考えにくい速さだった。
だが、戦果だけを見れば不自然ではない。
クローエイプの討伐。
遺跡探索。
ゴアグリズリーとの交戦。
聖都への護衛任務。
復路でのファングアントと掘削種の撃破。
そのどれもが、二人の星の数に見合うだけの記録として残っている。
サラは、書類の端へ指を置いた。
評価に間違いはない。
昇格を止める理由もなかった。
むしろ、能力と実績を正しく認めなければ、ギルドの方が二人を不当に扱うことになる。
それでも、大規模作戦へ送り出した後になると、別の不安が残った。
サビは、危険な場面ほど前へ出る。
自分が止めなければならないと判断すれば、相手の強さや自分の傷を後回しにする。
無謀なだけではない。
勝てる可能性を考えた上で動いているのだろう。
だが、その計算の中に、自分が傷つくことを最初から含めているように見える時があった。
そしてミリーは、そんなサビを置いていかない。
止めることもある。文句も言う。
それでも最後には、サビが向かった場所へ自分も入っていく。
二人でいるから生き残ってきた。
同時に、二人しかいないから、どちらかが無理をすればもう一人も追うしかない。
サラは、そのことを以前から気にしていた。
鉄環のようなクランへ所属すれば、少しは違うのかもしれない。
そうした役割を分けられる仲間がいれば、二人だけで全部を背負わずに済む。
だが、それを決めるのはサラではない。
受付職員ができるのは、依頼の危険度を説明し、必要な情報を渡し、持ち帰られた記録を正当に評価することだけだった。
サラは書類を揃え、机の端へ置いた。
「大丈夫ですかね」
隣の受付にいた職員が、独り言のように呟いた。
視線は、通信室の方へ向いている。
「何がですか?」
「作戦ですよ。これだけ静かだと、余計に気になって」
「そうですね」
サラは短く答えた。
職員は少し迷った後、声を落とす。
「サラさんが担当してた、あの若い二人も参加してるんですよね」
「はい」
「三ツ星になったばかりなのに」
「三ツ星になったから参加しているわけではありません。実績と能力を見て選ばれています」
口にしてから、自分へ言い聞かせているようにも聞こえた。
サラは書類へ視線を戻す。
参加者は無作為に集められたわけではない。
開闢軍も傭兵ギルドも、記録を確認した上で配置を決めている。
ファングアントとの交戦経験がある二人を、外周の遊撃へ回す判断も理解できた。
主力部隊へ入るわけではない。
危険度の高いコロニー内部へ、直接踏み込むわけでもない。
それでも、胸の奥に残った不安は消えなかった。
「前へ出すぎなければいいんですけど」
サラは小さく呟いた。
「サビさんが?」
「二人ともです」
隣の職員は、それ以上何も言わなかった。
広間の奥で、通信魔導具が短く鳴った。
待機していた担当者がすぐに席を立ち、通信室へ入っていく。
サラを含め、何人かがその背中を目で追った。
扉が閉まる。
しばらくして担当者が出てきたが、特に説明はなかった。
表情にも、大きな変化はない。
ただの定時報告だったらしい。
広間は、再び紙とペンの音だけに戻った。
サラは息を吐き、次の書類へ手を伸ばした。
その時、ギルドの入口の扉が開いた。
静かな広間に、金属の蝶番が鳴る音が大きく響く。
入ってきたのは、数人の男たちだった。
開闢軍の軍服を身につけている。
だが、一般の兵士やギルドへ連絡に来る軍属とは、どこか様子が違った。
軍服には所属部隊を示す目立った紋章が少ない。
装備も簡素に見えるが、腰や袖口には複数の通信魔導具や小型の武器が隠されている。
彼らは広間を見回すこともなく、真っ直ぐ受付へ向かってきた。
先頭の男が、サラの前で足を止める。
「職員に確認したい」
「はい。どのようなご用件でしょうか」
「ミリーという傭兵はどこにいる」
サラは一瞬、返事が遅れた。
「……ミリーさんですか?」
「そうだ。白銀の髪をした女。サビという傭兵と二人で行動している」
人違いではない。
サラは相手の軍服と顔を見比べた。
「現在は、大規模討伐作戦へ参加しています」
男の表情が止まった。
「……参加している?」
「はい。今朝、作戦区域へ向かいました」
後ろにいた男たちが、僅かに視線を交わす。
それまで一定だった空気が、目に見えないところで変わった。
先頭の男が、低い声でもう一度尋ねる。
「招集対象になっていたのか」
「正式な名簿に記載されています。サビさんと二人で、独立部隊として」
「名簿を見せろ」
命令に近い口調だった。
サラは眉を僅かに寄せたが、相手が開闢軍の人間であることは間違いない。
「所属と確認権限をお願いします」
男は懐から金属製の身分証を取り出し、机の上へ置いた。
サラは、そこに刻まれた紋章と文字へ目を落とした。
元老院直属特務局。
開闢軍の一部隊ではない。
軍内部の不正や機密案件にも介入権限を持つ、元老院直属の特務機関だった。
特務官たちの後ろには、もう一人、広間へ入ってきた時から口を開いていない男が立っていた。
ほかの者たちと同じ軍服ではない。
長い外套の下に、身体へ沿うよう複数の魔導銃を装備している。
腰の左右。胸元。太腿。
背中にも、長銃らしき武器が固定されていた。
使う者の手が届く場所すべてへ、異なる形の魔導銃が配置されている。
装備の一つひとつは違う形をしているのに、全体として無駄なく収まっていた。
男は受付にも、広間の傭兵たちにも関心を向けていない。
入口近くから室内全体を見渡し、窓や奥の通路、通信室の扉へ順に視線を動かしている。
その姿に気づいた負傷中の傭兵が、椅子の上で身体を強張らせた。
「嘘だろ……」
小さな声が広間に落ちる。
「《ガンマン》だ」
別の傭兵が、さらに声を潜める。
「王の戦士、ジャック……」
サラも、その異名は知っていた。
開闢軍でも限られた者しか名乗れない、王の戦士。
その一人が、特務官たちと共にミリーを探している。
通常の記録確認ではない。
サラは机の下へ手を伸ばし、作戦参加者の名簿を収めた書類箱を開いた。
その間も、特務官たちはジャックへ命令を出さない。
説明を求めることも、立つ場所を指示することもない。
むしろ、彼が何をするかは本人に任せたまま、自分たちの確認作業を急いでいるようだった。
サラは該当する書類を取り出し、机の上へ置く。
「こちらが、今朝の最終名簿です」
先頭の特務官が書類を引き寄せる。
指が名前の列を追い、やがて一か所で止まった。
サビ。
ミリー。
二人の名前の横には、正式な招集対象であることを示す印が押されている。
特務官の顔から、僅かに血の気が引いた。
サラは、その変化を見逃さなかった。
「この名簿は、いつ受け取った」
「昨日の出発前です。前日までの更新内容を反映した、最終版として」
「その前の記録はあるか」
「保管されています」
「全部出してくれ」
先ほどまでの命令に近い口調ではなかった。
声は低いままだが、明らかに余裕が失われている。
サラは別の書類箱を開き、作戦参加者名簿の更新記録を取り出した。
大規模作戦の招集名簿は、一度作れば終わりではない。
様々な事情によって、作戦開始直前まで追加や除外が行われる。
更新されるたび、前の記録もギルドと開闢軍の双方へ残される決まりだった。
サラは日付順に書類を並べた。
「こちらが最初に届いた候補者名簿です」
そこには、サビとミリーの名前が並んでいる。
掘削種との交戦記録を持つ独立パーティとして、二人とも招集候補に選ばれていた。
「次が、二日前に届いた更新分です」
特務官が書類を引き寄せる。
その名簿では、サビの名前だけが残り、ミリーの名前には除外を示す線が引かれていた。
欄外には、開闢軍からの指示が記されている。
作戦期間中の市内待機。
別件による確認が完了するまで、招集を保留。
サラは記載を見て眉を寄せた。
「これは……」
「我々が出したものだ」
先頭の特務官が答えた。
「ミリーは今回の作戦から外す予定だった」
「では、なぜ最終名簿に戻っているんですか」
「それを調べている」
別の特務官が、さらに新しい書類を手に取った。
作戦前日の夜に届いた更新記録。
そこでは、ミリーの招集保留が解除されている。
サビとミリーの二名が、再び独立遊撃班として登録されていた。
理由の欄には、戦力評価の再確認と書かれている。
ファングアントとの交戦経験。
掘削種の撃破実績。
外周遊撃への適性。
どれも、二人が招集された理由として不自然ではない。
「この更新を受け取った時、確認はしなかったのか」
特務官が尋ねる。
「通常の手順どおり確認しています」
サラは書類の下部を指した。
「開闢軍の認証印。担当部署の識別番号。送信経路の記録。すべて一致していました」
軍から正式な更新が届けば、ギルド側に拒否する権限はない。
内容に明らかな矛盾がない限り、最新の名簿を正しいものとして扱う。
実際、ミリーを招集対象へ戻した理由も、彼女の実績を考えれば妥当だった。
特務官は書類を一枚ずつ確認する。
認証に使われた魔力紋。
通信を経由した中継所。
更新が行われた時刻。
担当部署を示す印。
どこにも、偽造と断定できる不備はなかった。
「通信局の記録と照合しろ」
先頭の特務官が部下へ言った。
部下は携帯用の通信魔導具を取り出し、側面の魔石へ魔力を流す。
短い雑音の後、開闢軍側の担当者とやり取りを始めた。
「更新番号、六一七二。二十三時四十分」
返答を待つ。
「……記録あり?」
部下の表情が険しくなる。
「送信元は作戦編成局。認証も有効。担当者番号は――」
そこで言葉が止まった。
「どうした」
「実在する番号です。現在も無効化されていません」
サラは机の上に並ぶ書類を見た。
最初の招集。
特務局による保留。
そして、正規の手続きを使った再登録。
誰かが粗雑な偽書類を送りつけたわけではない。
開闢軍の内部でしか使えない認証と経路を通し、ミリーの名前を作戦名簿へ戻している。
「担当者本人が更新した可能性は」
「確認させます」
別の特務官が答える。
その間も、《ガンマン》ジャックは何も言わず、机の上の記録を見ていた。
やがて、最終名簿を手に取る。
視線がミリーの名前で止まった。
「手違いじゃない」
短い言葉だった。
広間にいた特務官たちが、ジャックへ顔を向ける。
「ですが、まだ担当者の確認が――」
「保留を知ってる奴が、正規の理由をつけて戻してる」
ジャックは書類を机へ置いた。
「間違えたなら、前の指示を消す必要はない」
特務官は反論しなかった。
ミリーを招集対象へ戻した者は、彼女が一度外されたことを知っている。
そのうえで、不自然に見えない戦力評価を理由に使い、正規の認証を通して再登録していた。
外部から名簿を盗み見ただけではできない。
作戦編成の手続きと、特務局の動きを知る者がいる。
「……意図的という事ですか」
サラが言った。
先頭の特務官は、すぐには答えなかった。
「その可能性が高い」
認めた声は低かった。
「ミリーさんを、意図的に作戦へ参加させたということですか」
「まだ断定はできない」
「では、王の戦士まで連れて、何を確認しに来たんですか」
サラの声に、僅かな硬さが混じる。
特務官はサラを見た。
「ミリーは、作戦期間中に別件で身柄を確保する予定だった」
「身柄を?」
「保護と確認だ」
言い換えたことは、サラにも分かった。
「彼女が何かしたんですか」
「現時点では答えられない」
「作戦へ送り出したのは、こちらです」
「分かっている。ギルド側に責任はない」
そう言われても、不安が軽くなることはなかった。
自分たちが正しいと判断した名簿が、誰かの意図によって書き換えられていた。
しかも、その目的は分からない。
サラがさらに問いかけようとした時、広間の奥で警報音が鳴った。
先ほどまでの短い呼び出しとは違う。
鋭い音が、一定の間隔で繰り返される。
通信室の扉が開き、担当者が顔を出した。
「作戦区域から緊急通信です!」
広間にいた職員たちが、一斉に振り返る。
「廃都市上空に、飛行種の大群を確認! 複数の区画が攻撃を受けています!」
特務官たちの表情が変わった。
「種類は」
「ワイバーンです。正確な数は確認できていません!」
「被害状況」
「通信中継所が複数、沈黙。救護所と補給路にも襲撃が発生しています。現地との通信が不安定です!」
通信室の奥から、途切れた声と激しい雑音が漏れてくる。
『――西側中継――応答――』
『第二救護所、飛行種――』
『補給路が――』
断片的な報告しか聞き取れない。
先頭の特務官が、机の上の最終名簿へ視線を落とした。
ミリーが正規の手続きを使って作戦へ送り込まれた。
その作戦区域が、直後に統制されたワイバーンの群れから襲撃を受けている。
2つを無関係だと片づけるには、タイミングが合いすぎていた。
「ミリーの配置を確認しろ」
「通信網が混乱しています」
「ギルド側の記録では独立遊撃班です」
サラが名簿を示す。
「外周部へ配属される予定でした。正確な区画は、現地で決定されています」
特務官が通信魔導具を取る。
何度か呼び出しを試みるが、返ってくるのは雑音ばかりだった。
「現地指揮所へ繋がらない」
「別系統を使え」
「すでに試しています」
ジャックが入口から離れた。
外套の下で、複数の魔導銃が僅かに揺れる。
「飛行艇を回せ」
先頭の特務官が振り返った。
「ジャック殿、現地の状況がまだ――」
「だから行く」
「ですが、ここから作戦区域までは――」
「緊急展開用を使う。元老院へ俺の名前で申請しろ」
特務官は一瞬だけ黙った。
通常の輸送に使われる魔導車では、作戦区域まで一日近くかかる。
だが、開闢軍には別の移動手段も存在する。
高出力の魔石を大量に消費し、維持にも莫大な費用がかかるため、通常任務にはまず投入されない軍用高速飛行艇。
王の戦士や、部隊を緊急性の高い戦域へ送り込むための機体だった。
「……分かりました。飛行場へ回します」
「それに《リバイヴァー》にも緊急召集を。通信がこれだけ潰れている以上、確保対象が無傷とは限りません」
慌ただしく通信魔道具を使い始めた特務官がそう報告する。
「頼む」
ジャックはそれだけ答え、出口へ向かった。
特務官たちも、すぐに書類をまとめ始める。
「作戦編成局へ連絡。更新を行った端末と担当者を押さえろ」
「現地へ先行通信。ミリーを発見した部隊は、交戦区域から離脱させろ」
「理由を聞かれた場合は?」
「元老院直属特務局命令とだけ伝えろ」
指示を飛ばしながら、彼らはジャックの後を追う。
先頭の特務官が一度だけサラへ振り返った。
「この記録は預かる」
「複製を残してください」
「すぐに送る」
特務官たちはギルドを出ていった。
扉が閉じた後も、外から魔導車の始動音が聞こえる。
急激に高まった駆動音が遠ざかり、やがて街の雑音へ紛れた。
傭兵ギルドには、再び静けさが戻る。
だが、先ほどまでの静けさとは違っていた。
通信室からは、途切れた報告が流れ続けている。
職員たちは通常業務を止め、前線から届く情報の整理を始めていた。
サラの机には、特務官たちが急いで確認した書類が何枚か残されている。
一度消されたミリーの名前。
その後、正規の印によって再び加えられた名前。
サラは、開かれたままの名簿を見つめた。
自分が二人を作戦へ送り出した時には、何もおかしいとは思わなかった。
正規の招集。
実績に基づく配置。
適切な装備と役割。
すべてが、正しい手続きの中に収まっていた。
だが、その正しさ自体が利用されていた。
サラの視線が、並んだ2つの名前へ落ちる。
「……何が起きてるの」
微かに震える声が静寂に消えていく。通信室の奥では、再び警報音が鳴り響いていた。