落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
通信魔導具から、いくつもの声が重なっていた。
『対空第三班、北側へ移動!』
『第二救護所へ直衛を回せ!』
『第五封鎖線に地下反応! 工兵班を寄越せ!』
『西側中継器が途絶した! 近隣班は伝令を出せ!』
少し前まで、通信は部隊ごとに整理されていた。
今は、1つの報告が終わる前に次の声が割り込んでくる。
救援を求める声。
命令を聞き返す声。
途切れた通信を何度も呼び直す声。
遠くでは、ワイバーンの影が崩れた建物の間を横切っていた。
対空魔導砲火が空へ伸び、その下では第二層を抜けたファングアントが街路へ流れ始めている。
サビは巨剣槍を振り抜き、瓦礫を越えてきた一体を横へ吹き飛ばした。
続く二体へ、ミリーの魔力矢が飛ぶ。
一本が脚の関節を貫き、もう一本が頭部へ突き刺さる。
体勢を崩した個体へサビが踏み込み、刃を振り下ろした。
三体が動かなくなる。
サビは周囲へ意識を向けた。
「近くには、もういないな」
「こっちへ抜けてくる数も増えてきたわね」
ミリーは指先に残った魔力を散らした。
二人の消耗はまだ少ない。
外周で相手にしたのは、散発的に流れてきた通常種だけだった。
サビは最大重量化も推進機構も使っていない。
ミリーも必要な分だけ魔力矢を放ち、大半の魔力を残していた。
その時、通信魔導具に呼出音が入った。
『外周遊撃第七班、応答せよ』
ミリーが装置を取る。
「こちら第七班」
『至急、南東第六区画へ向かえ。掘削種の出現により、封鎖班が分断された』
通信の向こうでも、別の声が飛び交っている。
『大型個体を含む可能性がある。対大型火力を優先し、第七班へ増援を要請する』
「現地の状況は?」
『通信中継器が破壊され、詳細は不明。生存者と合流し、現地指揮官の指示を受けろ』
ミリーが腰の簡易地図を開いた。
現在地から南東第六区画までは、それほど離れていない。
「ほかの部隊も向かっているの?」
『第二層から一個分隊を移動させている。南側の独立遊撃班にも応援を要請済みだ——』
雑音が混じる。
『第七班、復唱せよ』
「南東第六区画へ移動。現地の封鎖班と合流する。掘削種と大型個体に対応」
『了解。急げ』
通信が切れた。
ミリーは地図を畳む。
「近いし、ほかの部隊も来るみたいね」
「掘削種なら、前と同じ手は使える」
「ええ。それにいざという時は、すぐに引きましょう」
現在の担当区画に、差し迫った敵影はない。
別の遊撃班も周辺を巡回している。
今なら、持ち場を離れても問題はなさそうだった。
「行くか」
サビは巨剣槍を背負い直した。
二人は崩れた街路を南へ走り始めた。
頭上を大きな羽音が通り過ぎる。
◇
サビとミリーが第三層を離れた頃。
戦場の各所では、ファングアントのコロニー攻略が続いていた。
旧時代の巨大な建築物に囲まれた道路で、複数の魔導車が停車していた。
瓦礫を避けつつ、魔導車の周りには、油断なく周囲を見渡す魔導銃を持った兵士と、剣などを手にした傭兵が周囲の警戒を続ける。
各コロニーの攻略に合わせ、作戦本部から前線まで伸びる経路上に配置された支援部隊だった。
退路の確保や負傷者が発生した際の対応を担い、前線が伸びるにつれて、彼らも少しずつ配置を前へ移していく。
兵士の一人が持つ魔導通信機へ、通信が入る。
『こちら、第2コロニー攻略班の北壁崩しだ。コロニーへ続く地下道路への入り口付近まで到達した』
その通信を聞いた、兵士は眉を上げる。
「了解した。直ちに、支援部隊も前進を行う。以上」
そう返すと、近くにいた兵士へ、驚きを含んだ声で話しかけた。
「流石に前進速度は早いな。俺らも開闢軍の兵士だけど、トップ層の傭兵部隊もすげえな」
「確かにな。まあ、こういう作戦を組めるのが俺たちの強みってわけだが……なんだ?」
そうして雑談をしていた部隊の上空を、複数の影が横切る。
ワイバーンだった。
大きく広げた翼で旋回しながら、地上の部隊を見下ろしている。
その一頭が翼を畳み、急降下した。
「……来るぞ!」
怒鳴り声が飛ぶ。
第二層の外縁に並んでいた補給用の魔導車へ、ワイバーンが一直線に降りてきた。
荷台には魔石や治療道具、予備の武具が積まれている。
周囲にいた傭兵たちが一斉に武器を構えた。
「散開!」
号令とともに魔導銃の銃口が上を向く。
青白い魔力弾が連続して放たれた。
ワイバーンは数発を翼へ受けたところで、急激に身体を捻った。
地上へ届く寸前で軌道を変え、そのまま上空へ逃れていく。
「逃げたぞ!」
「追うな!」
別の声が飛ぶ。
射撃を続けようとした傭兵たちが、慌てて銃口を下げた。
直後。
地上を這うような音とともに、ファングアントの群れが押し寄せた。
「前だ! 蟻を止めろ!」
上空へ意識を向けていた者たちが、一斉に前へ向き直る。
その間にも、離脱したワイバーンは大きく旋回していた。
再び同じ場所へ来ることはない。
遥か離れた別の補給地点へ向かっていく。
別の個体は、通信中継用の魔導器へ降下していた。
そこへ迎撃部隊が集まると、攻撃もせずに高度を上げる。
「どうなってんだ!なんでワイバーンが!?」
追おうとすれば逃げる。
放置すれば、別の場所へ降りる。
戦場の至る所で、同じことが繰り返されていた。
ワイバーンの襲撃によって、第二層の戦線そのものが崩れているわけではない。
だが、確実に人員を奪われていた。
補給。通信。負傷者の搬送。
何か1つを守ろうとするたびに、本来ファングアントへ向けられるはずだった戦力が削られていく。
◇
第二層では、ファングアントとの戦闘が続く中、突如現れたワイバーンへの対応にも戦力を割かれていた。
ワイバーンは一ヶ所に留まらない。
補給用の魔導車へ降下したかと思えば、迎撃の魔導銃が向けられる前に翼を広げて上昇する。
通信中継へ向かった別の個体も、兵士が集まると攻撃を切り上げ、そのまま崩れた建造物の向こうへ姿を消した。
追えば逃げる。
放置すれば、別の場所へ現れる。
その間にも、地上からはファングアントの群れが迫ってくる。
「右! また一頭来るよ!」
弾むような女の声が飛んだ。
アルバが顔を上げる。
上空を旋回していたワイバーンの一頭が、大きく翼を傾けていた。
そのまま第二層の隊列へ向かって高度を落としてくる。
「散るな! 迎撃するぞ!」
アルバが剣を抜く。
周囲には、紺碧の風の仲間だけではなかった。
開闢軍の候補生や、有力クランから選ばれた若手。
将来を期待された者たちが、複数の組織を跨いで同じ班へ組み込まれている。
その中から、大盾を抱えた女が前へ出た。
長く伸ばした髪と、男勝りな顔には、大きな傷跡が走っている。
有力クラン《北壁崩し》の若手――グレタだった。
「ったく、次から次へと!」
グレタは吐き捨てながら、大盾を地面へ叩きつけた。
「後ろ入んな! 受けるよ!」
アルバたちが即座にその背後へ入る。
直後。低空まで降りたワイバーンが、巨大な爪を前へ突き出した。
衝突。
「ぐッ……!」
グレタの両足が地面を削る。
盾が大きく後方へ押し込まれた。
それでも倒れない。
「今だ!」
アルバの声と同時に、紺碧の風の魔導銃使いが盾の脇から銃口を出した。
青白い魔力弾が連続して飛ぶ。
一発。二発。
翼膜が破れ、ワイバーンの身体が大きく傾いた。
「ヨウメイ!」
「任せて!」
明るい声とともに、一人の女が走り出す。
2つの団子にまとめられた髪が、その動きに合わせて揺れた。
開闢軍候補生、《鉄拳》ミン・ヨウメイ。
軽装の身体には、武器らしいものを何も身につけていない。
傾きながら地上へ降りたワイバーンが、ヨウメイへ牙を向ける。
彼女はその正面へ踏み込みながら、身体を僅かに横へずらした。
牙が肩先を通過する。
「よっ――!」
腰を沈めた。
魔力が脚から腰、肩を通って一気に右腕へ集まる。
「せいッ!」
掌底がワイバーンの顎へ突き刺さった。
空気が弾けた。
巨体の頭部が跳ね上がる。
「やった! ウチ、初めて実戦で出せた!」
「喜ぶのは後にせよ!」
すぐ横を、もう1つの影が通り抜けた。
長い髪を浪人のように後ろへまとめた青年。
腰には一本の刀。
《疾風》サダツグ・サイモト。
ワイバーンへ向かいながら、その手はまだ柄に掛かっているだけだった。
「某の神速の太刀は――」
「それ今言わないとダメ!?」
ヨウメイが叫ぶ。
サダツグが腰を落とした。
「龍をも斬る……」
抜刀。刀身が見えた時には、すでに斬撃は終わっていた。
ワイバーンの翼の付け根から、真っ直ぐに血が噴き出す。
片翼が垂れ下がった。
「アルバ!」
「分かってる!」
アルバも駆けよりながら剣へ魔力を集中させ、そのまま飛び込む。
ヨウメイの一撃で跳ね上がり、サダツグに片翼を断たれて姿勢を崩したワイバーンの首筋へ、剣を叩き込む。
続けて仲間たちの攻撃が集中した。
ワイバーンの身体が大きく痙攣し、地面へ崩れ落ちる。
「よし!」
周囲から声が上がった。
混乱の続く第二層で、若手だけの混成班が一頭のワイバーンを仕留めた。
だが、余韻に浸る時間はなかった。
「ヨウメイ、後ろ!」
「分かってるって!」
ファングアントが飛びかかる。
ヨウメイは振り返りざまに身を沈めた。
突き出された牙の内側へ入り、前脚を取りながら身体を捻る。
巨体が横転した。
その頭部へ、魔力を集中させた拳を叩き込む。
外殻が鈍く陥没した。
「相変わらず、力任せであるな」
サダツグが刀についた血を振り払う。
「サダツグに言われたくないよ。それより、みんなこの人の喋り方は気にしなくていいからね」
「何の話だ」
「旧時代の時代小説にハマって、喋り方まで真似してるだけだから」
「ヨウメイ。余計なことを申すな」
「ほら、それ」
近くの兵士が僅かに笑う。
アルバは会話に加わらず、倒れたワイバーンを見ていた。
決して動けなかったわけではない。
自分も状況を読み、必要な指示を出した。
最後の攻撃にも遅れていない。
だが。
ワイバーンが降りてきた瞬間、グレタはアルバが指示する前に盾を構えていた。
ヨウメイも、自分の名前を呼ばれる頃には走り始めている。
そしてサダツグは、翼を失ったワイバーンがどちらへ崩れるのかまで読んでいた。
「……チッ」
小さく舌を鳴らす。
魔導銃を構えた女がアルバに心配そうな目を向ける。
「どうしたの?」
「……何でもない」
アルバは剣を握り直した。
前方。
崩れた建物の隙間から、再びファングアントの群れが姿を現す。
今度はアルバが真っ先に気づいた。
「前だ! 次が来るぞ!」
若い戦士たちが一斉に武器を構えた。
◇
第二層からさらにコロニーへ近づくと、戦場の様子は変わっていた。
夥しい数のファングアントが死んでいる。
その死骸だけを見ても、どの部隊が通ったのか分かる場所すらあった。
《紺碧の風》の主力が進んだ区域では、死骸の多くが切断されていた。
脚を失った個体や、頭部だけを切り飛ばされた個体、胴体を斜めに分断された個体が進路の至る所に転がっている。
中には、複数のファングアントがほとんど同じ角度で切断され、その場へ折り重なっている場所もあった。
群れが押し寄せる。
その先頭へ、幾つもの魔力刃が飛んだ。
青白い刃が地面すれすれを走り、外殻ごと脚を断つ。
続く刃が頭部を裂き、さらに後方の個体まで切り抜けた。
五ツ星《剣風》アニラを中心とした紺碧の風の主力は、ファングアントが十分な間合いへ入る前から群れを削り続けていた。
紺碧の風では、剣や槍を使う者の多くが、武器へ集中させた魔力を刃や刺突として前方へ放つ。
隊列の中で互いに立ち位置を入れ替えながら、途切れることなく遠距離から群れを削っていた。
それでも突破してきた個体だけを、前衛が魔力を纏わせた武器で直接仕留めていく。
進軍速度はほとんど落ちない。
そこへ、一頭のワイバーンが低空から近づいた。
隊列後方へ回り込もうと大きく翼を傾ける。
アニラが僅かに顔を上げた。
両手に持った双剣を流れるように振る。
次々と魔力刃が発生し、ワイバーンへ襲い掛かる。
魔力刃はワイバーンの翼や、胴体、首に深く刻まれた。
ワイバーンは声を上げる間もなく空中で身体を崩し、幾つもの肉塊となって地面へ降り注いだ。
「……ワイバーンまでいるんですね。不思議です」
そう言いつつ、アニラたちは足を止めない。
残ったワイバーンはそれ以上近づかなかった。
建造物の陰へ低く潜り、そのまま姿を消していく。
◇
別の進路では、《北壁崩し》の主力がコロニーへ向かっていた。
こちらの戦場に残されたものは、まるで違う。
ファングアントの頭部が潰れている。
腹部が大きく陥没している。
数体まとめて吹き飛ばされたのか、砕けた外殻と脚が広範囲へ散乱している。
そして、至る所で地面そのものが抉れていた。
「前、開けるぞ!」
巨大な槌を持ったリンデマンが前へ出る。
押し寄せるファングアントへ向かって、魔導義肢の片手で槌を振り上げると、槌頭へ魔力を集中させた。
一歩踏み込み、そのまま地面へ振り下ろす。
槌が地面へ叩きつけられた瞬間、集中していた魔力が爆発した。
轟音とともに土砂と外殻がまとめて宙へ舞い、正面にいたファングアント数体が弾け飛ぶ。
その後ろにいた個体まで巻き込まれ、地面を転がった。
「進め!」
爆煙が晴れるより先に、重装の傭兵たちが前進する。
倒れきっていない個体へ幅広の剣や槌を振り下ろしながら、そのまま隊列を押し進めていく。
そこへ、崩れた建造物を越えて一頭のワイバーンが姿を現した。
「上!」
声と同時に、後衛の魔導銃が一斉に上を向く。
銃口の前へ、大量の魔力が圧縮された。
「キャノン!」
閃光。
巨大な魔力弾がワイバーンの正面で炸裂した。
爆風をまともに受け、巨体が空中でよろめく。
翼の動きが止まった所へ、別の魔力弾が続けて突き刺さる。
さらに地上から投射された攻撃が胴体を捉えた。
ワイバーンが地面へ墜落すると、待ち構えていた重戦士が、巨大な槌を振り下ろす。
頭部が地面へめり込んだ。
それを見た別のワイバーンたちは、急激に高度を落とした。
戦うためではない。
崩れた建造物の間へ入り込み、射線から姿を隠すためだった。
時折、建物の隙間から顔を出す。
隊列の最後尾へ近づこうとしては、迎撃が向けばすぐに引く。
そのまま上空へ出ることなく、次の遮蔽物へ移っていく。
主力部隊は逃げていくワイバーンを追わず、そのままコロニーへ向けて進軍を続ける。
まともに戦えば倒せる相手でも、そのために足を止める理由はなかった。
ワイバーンもまた、それを理解しているかのように、正面からぶつかろうとはしなくなっていた。