落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
崩落口を覆うように、巨大な影が広がった。
雨粒が風に巻かれ、斜めに広場へ吹き込む。
上位種ワイバーン。
広げた翼は崩落口の大半を塞ぎ、その一度の羽ばたきだけで瓦礫の粉塵が舞い上がった。
その背から、人影が飛び降りる。
数階分の高さを落下しながら、僅かに膝を曲げる。
着地の直前、濃い魔力が脚へ集まった。
石床が砕ける。
水溜まりが円状に弾け、広場へ新たな亀裂が走った。
人影は、その中央で静かに立ち上がった。
青い髪。
頬から首元へ続く細かな鱗。
見覚えのない黒い装備。
だが、顔だけは間違えようがなかった。
「……アオ」
サビの口から、掠れた声が漏れた。
倒れていたバーグも、僅かに目を動かす。
アオはどちらにも答えなかった。
ただ周囲を一度見回し、何かを探すように視線を動かしている。
サビは巨剣槍から手を離した。
足を引きずりながら、一歩前へ出る。
「アオ」
もう一度、名前を呼ぶ。
青い瞳がサビへ向いた。
そこに懐かしさも驚きもない。
知らないものを見る目だった。
サビはさらに近づく。
「……どうした、俺だ——」
アオの右手が動いた。
指を揃え、刃のように立てる。
腕全体へ魔力が集まった。
サビの感知へ触れた瞬間、全身の毛が逆立つ。
バーグの攻撃とは比較にならない。
濃縮された魔力が、細い腕の中へ押し込まれている。
「――ッ!」
アオが手刀を横へ振った。
直接触れてはいない。
それでも、凝縮された魔力が刃となって空間を走った。
サビは咄嗟に身体を軽量化し、横へ逃れようとする。
傷ついた脚が動かない。
衝撃波がサビへ届く。
轟音。
左腕が肘の先から吹き飛んだ。
「がッ――!」
身体が回転し、泥水の中へ叩きつけられる。
遅れて血が噴き出した。
熱さより先に、腕が消えた空白だけが伝わってくる。
サビは右手で地面を掴んだ。
意識が飛びかける。
それでも顔を上げた。
衝撃波は、サビの背後にあった瓦礫の壁を深く切り裂いていた。
本来なら腕だけでは済まない威力だった。
だが、サビに届いた軌道だけが、僅かに外れていた。
アオは自分の右手を見た。
それから、泥水の中で身体を起こそうとするサビを見る。
僅かに首を傾げた。
「君は、誰?」
サビの動きが止まった。
痛みも、失った腕も、一瞬だけ遠のいた。
アオは返事を待たなかった。
興味を失ったように視線を外し、広場の奥へ目を向ける。
崩れた壁際。
斜めに倒れた床材の陰に、ミリーが横たわっている。
「いた」
アオがそちらへ歩き始める。
サビは右腕だけで地面を押した。
立てない。
膝をつくことすらできない。
それでも、泥の上を這うように前へ進む。
「待て……」
声が掠れる。
アオが足を止めた。倒れたままのバーグの方へ、眼を向ける。
「キミも用無し」
「……てめぇ」
バーグが鋸刃剣を持ち上げる。
「ふざ——」
アオの腕が横へ振られた。青白い魔力の刃が広場を走る。
バーグは咄嗟に魔力防御を、顔の前に差し込んだ。
直後、轟音。
魔力防御が食い破られ、赤い胸甲が大きく陥没し、バーグの巨体が瓦礫の壁まで吹き飛ぶ。
石壁へ叩きつけられ、そのまま泥水の中へ崩れ落ちた。
今度は、起き上がらなかった。
泥水と血煙が漂う中、アオは振り返り、地面を這うサビを見下ろす。
「邪魔だな」
再び右手へ魔力が集まる。今度は先ほどよりも濃い。
サビには避ける力が残っていなかった。
血を失い、視界の端が暗くなっている。
それでも、アオから目を逸らさなかった。
アオの手が持ち上がる。そのまま動きが止まった。
指先が僅かに震える。
集まっていた魔力が一度揺らぎ、輪郭を崩した。
アオは不思議そうに自分の手を見る。
次に、もう一度サビを見た。
首を傾げる。
「……まあ、いいか」
右手を下ろす。
サビはか細い呼吸を繰り返す。
だが、アオはすぐに手を上げ直した。
今度は余計な間を置かない。
感情を挟まず、処理を続けるように魔力を集める。
その時。
広場の奥で、青白い光が膨れ上がった。
アオが振り返る。
壁際に横たわっていたミリーの身体から、膨大な魔力が噴き出していた。
白銀の髪が浮き上がる。
周囲の雨水が震え、細かな水滴となって宙へ舞う。
瓦礫の欠片が僅かに浮き、地面の泥が波打った。
「……う……」
ミリーの瞼が開いた。
青白い魔力が、広場全体を覆う。
頭上の上位種ワイバーンが大きく身を震わせた。
翼を広げ、怯えたように首を反らす。
次の瞬間、耳をつんざく咆哮が降り注いだ。
広場の空気が震える。
崩落口の縁から、小さな瓦礫が次々と落ちた。
アオはミリーを見つめた。
表情は変わらない。
「失敗した……」
上空のワイバーンを見上げる。
「回収不能。撤退する」
アオは地面を蹴った。
脚へ集めた魔力が爆発し、一気に崩落口まで跳び上がる。
ワイバーンが身体を傾け、その背へアオを受け止めた。
「……アオッ」
サビが叫ぼうとするが、かすれた声しか出なかった。
声は泥水へ吸い込まれて行くだけだった。
アオは一度だけ下を見た。
その視線がサビを捉えたのかは分からない。
上位種ワイバーンが翼を打つ。
強風が広場へ吹き込み、粉塵と雨水を巻き上げた。
次の羽ばたきで、巨大な影は崩落口から離れていった。
サビはその姿を追おうとした。
右手を地面へつく。
だが、身体は動かなかった。
失った腕から血が流れ続けている。
視界の中で、灰色の空が遠ざかっていく。
「……サビ?」
背後から声がした。
ミリーだった。
自分の周囲に溢れる魔力を見て、戸惑ったように両手を見下ろす。
その視線が、倒れたバーグへ移る。
砕けた鎧。
水溜まりへ沈んだ鋸刃剣。
さらに、その先にいるサビを見る。
血と泥に塗れた身体。
大きく裂けた胸当て。
失われた左腕。
ミリーの顔から血の気が引いた。
「サビ!」
瓦礫につまずきながら駆け寄る。
膝をつき、倒れかけたサビの身体を抱き起こした。
「何が……何があったの?」
サビは答えようとした。
喉から息しか出ない。
ミリーは失われた腕の付け根へ両手を押し当てる。
血が指の間から溢れた。
「止まって……お願い、止まって!」
青い魔力が傷口を覆う。
固定化した魔力が膜のように広がり、噴き出す血を押さえ込もうとする。
だが、ミリーの手は震えていた。
魔力も安定しない。
「ごめん……私、何も分からなくて……」
涙が頬を伝う。
「サビっ、目を閉じないで」
サビは辛うじて瞼を開けた。
泣いているミリーの顔が、滲んで見える。
「……無事だったか」
「……私の心配してる場合じゃないでしょ!」
ミリーの声が裏返った。
青い魔力とサビの血が混ざり、両手を赤く染めている。
「いやっ!……おいて行かないで!」
叫びが崩れた広場へ響く。
サビはもう考える力もない。
曇りの空を微かに見上げるだけだった。
(あの時も、こんな……空だったか……)
頭上から魔導車の駆動音が聞こえた。
崩落口の近くで、重い物が引きずるような音がした。
複数の声。
上から照明が差し込んだ。
「下に人影あり!」
「確保対象と、負傷者を確認!」
「ロープを下ろせ!」
太いロープが数本、崩落口から投げ込まれた。
先端には滑車と固定具が取りつけられている。
開闢軍の兵士たちが、次々とロープを使って降下してきた。
最初に地面へ降りた男は、長い外套の下に二丁の魔導銃を下げていた。
その後ろから、長い緑髪を後ろで編み込んだ白衣の女と特務官と衛生兵が続く。
魔導銃を腰に下げた男——王の戦士《ガンマン》ジャックは広場を一目見た。
倒れているバーグ。
壊れた拘束箱。
異常な魔力を放つミリー。
そして、その腕の中で大量の血を流すサビ。
「腕の止血を最優先! 魔導薬を使え!」
白衣の女と衛生兵たちが駆け寄る。
ミリーの隣へ膝をつき、手際よく止血具と薬剤を取り出した。
「代わります」
「でも、わ、私が――」
「そのまま支えていてください。魔力は切らさないで」
別の兵士たちはバーグへ向かう。
「……こいつ、バーグか!?」
「……指名手配者の死亡確認」
特務官は、ミリーに着けられていた壊れた拘束具を確認していた。
「軍の備品番号がある」
「記録と照合しろ。何も動かすな」
ジャックが空を見上げる。
上位種ワイバーンはすでに雲の向こうへ消えていた。
「上空へ緊急通信。追跡可能な部隊を確認しろ」
「了解!」
指示と足音が飛び交う。
サビには、その声が次第に遠く聞こえ始めた。
白衣の女は、サビへ手をかざす。魔力がサビの体へ入り込んでいく。
衛生兵が傷口へ薬を注ぐ。
鋭い痛みが走ったはずなのに、ほとんど感じない。
視界の中には、ミリーだけが残っていた。
泣きながら、自分の名を呼んでいる。
「サビッ、聞こえる?」
返事をしようとした。
だが、口が動かなかった。
アオの青い髪が、脳裏に浮かぶ。
君は、誰。
その言葉だけが、何度も繰り返された。
灰色の空が滲む。
ミリーの声も、開闢軍の怒声も、すべて遠ざかっていく。
サビはとうとう意識を手放した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回で第一部は一区切りとなります。
サビたちの物語はまだ続きます。
第二部もすでに13万文字以上は執筆を進めており、現在は全体を見直しながら調整・加筆を行っています。
少し間が空くかもしれませんが、続きを投稿していく予定です。
ここまで付き合っていただけたこと、本当に嬉しく思います。
第二部でも、また読んでいただければ幸いです。