落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
その後、二人は周囲の安全を確認し、倒したグレイウルフから魔石や素材を採取した。
サビが解体した死骸から魔石を取り出している間、ミリーは毛皮や牙の状態を確かめ、使えそうなものだけを選別していく。
作業を終えると、二人は魔導車の前へ戻った。
ミリーは瓶から魔物除けの液体を周囲へ振りまいている。
グレイウルフの死体があった場所には、匂いを消すための白い粉も撒かれていた。
この休息が終われば、次はいよいよエクスランドに着く。
そのためか、ミリーもここでは持ち物を惜しまず使うつもりのようだった。
周囲の見張りを続けていたサビは、液体の独特な匂いに鼻をひくつかせた。
「そういえば、バーグ……赤い鎧の男が魔物寄せについてどうとか言ってたな。あれは何なんだ?」
ミリーの手がわずかに止まった。
「あれは、本来なら厄介な魔物が出た時に、別の魔物と争わせるために使うものよ。魔導車から少しずつ流して、群れを別の場所へ誘導することもあるわ」
「あの魔物どもが来たのも、それが原因か」
「そうだと思う。……運が良かったわ。あいつら私を生け捕りにしようとしてたから時間が稼げた」
ミリーは再び瓶を傾けたが、すぐに動きを止めた。
「……あの時は、あなたまで巻き込んだことになるわね」
「気にするな。俺も途中から見てたが、あの人数を相手に勝てるとは思わなかった」
「途中から?」
ミリーが顔を上げる。
サビはその視線を受け止めた。
「バーグがお前に近づいていた頃には、少し離れた所から見ていた」
「……そう」
ミリーは短く答えた。
瓶を握る指に、少しだけ力が入る。
「最初は、隠れたまま出るつもりはなかった」
「……そこまで正直に言うのね」
「嘘をついても仕方ないだろ」
ミリーは答えなかった。
瓶を握ったまま俯き、しばらく動かなかった。
やがて、押し殺すように息を吐く。
「……助けてもらったことは分かってる。あなたが出てきても、殺されてただけだったことも」
しばらくして、ミリーが口を開いた。
「……でも、今はそれで納得できるほど、整理できないの」
「……分かった」
サビは、それ以上何も言わなかった。
謝罪を求められたわけではない。
自分の判断が間違っていたとも思っていない。
ただ、ミリーがそう感じていることだけは受け入れた。
しばらく、二人の間に言葉はなかった。
ミリーは小さく息を吐くと、止めていた手を動かし、再び瓶の中身を周囲へ振りまき始めた。
独特な青臭さが、風に乗ってサビの鼻へ届く。
サビは周囲の建造物へ目を配りながら、その手元を見た。
「それが効いている間は、休んでも大丈夫なのか?」
「……絶対とは言えないけど、数時間は近寄りにくくなるはずよ。匂いが薄くなれば、効果もなくなるけど」
「エクスランドでも買えるのか?」
「薬師の店で売ってるわ。壁の外へ出る傭兵なら、何本か持っておくものよ」
ミリーは最後に魔導車の周囲へ液体を撒くと、瓶の蓋を閉めた。
「ただし、これだけで全部の魔物を追い払えるわけじゃないから、過信しないでね」
「効かない奴もいるのか」
「強い魔物には、ほとんど気休めよ。終末の獣と呼ばれるような連中には、たぶん何の意味もないでしょうね」
「終末の獣?」
聞き慣れない言葉に、サビはミリーへ目を向けた。
「二百年くらい前、この世界を滅茶苦茶にした魔物たちよ」
「二百年前って、どのくらい前だ?」
「サビが今まで生きてきた時間を、10回くらい重ねた長さね」
「そんなにか……」
サビは記憶を探るように眉を寄せた。
「そういえば、ガキの頃に似たような芝居を見たな。かいびゃくおう、か何かが倒したんだろ?」
「開闢王が倒したのは、ほんの一部らしいわ。世界中には今も残ってる」
サビは軽く眉を上げた。
「まだいるのか」
「エクスランドや周辺都市の近くにはいないわ。開闢軍が追い払って、今も生息域を監視してるから」
「そういうものか」
サビにとっては遠い話だった。
実際に見たこともない魔物や、会ったこともない軍隊に、ありがたみを感じることはできない。
ミリーは瓶をポーチへしまいながら、遠くへ目を向けていた。
休息を終えた二人は、日没前から再び魔導車を走らせた。
夜通し移動を続け、朝日が本格的に差し込み始めた頃。
進行方向に、巨大な防壁と、その周囲を埋める街並みが姿を現した。
「……見えてきた。エクスランドよ」
二人がいるのは、小高い丘の上だった。
その先には、緩やかな弧を描く巨大な防壁がそびえている。
防壁は半球状に都市を覆い、左右へ大きく広がっていた。
端まで見えないほどではない。
だが、遠く離れた外縁は朝靄にかすみ、全体の輪郭を一目で捉えるにはあまりにも大きかった。
朝日を受けた壁面には雲の影が落ち、鈍い光沢の模様を浮かべている。
防壁の上からは、内側に建つ塔や高層建造物の一部が突き出していた。
それだけでも、壁の向こうに広大な街が広がっていることが分かる。
さらに防壁の外側には、後から築かれた外壁都市が取り巻くように広がっていた。
防壁に近い区画には、背の高い建造物や工房、煙突が密集している。
外周へ行くほど建物は低くなり、錆びた金属や木材、石材を継ぎ合わせた街並みへ変わっていた。
その間を縫うように、何本もの大通りが防壁へ向かって伸びている。
道路の上では、魔導車が絶えず行き交っていた。
遠くからでは、一台一台が小さな点にしか見えない。
魔導車の上で朝の涼しい風に吹かれながら、サビはその光景をじっと見つめた。
「……でかいな」
「ええ。防壁の中だけでも、端から端まで歩けば一日近くかかるわ。まあ入った事無いけど」
「そんなにか」
「外側の街まで含めたら、もっと広いわよ」
サビは防壁の左右へ目を向けた。
全体は見えている。
だが、その中でどれほどの人間が暮らしているのかまでは想像できなかった。
「こんな場所だったんだな」
二人はしばらく無言で、魔導車に揺られながら街並みを眺める。
サビは目を細めたまま、自分が幼い頃に暮らしていた街のことを考えた。
(俺がアオと会った街は、多分ここだよな。ガキの頃は、自分がどこにいるのかも分からなかった)
アオを探すにしても、まずは街の中で生きる場所を確保しなければならない。
だが、サビには金もなければ、街での暮らし方も分からない。
奴隷になる前も、まともな仕事をしたことなどなかった。
サビが考え込んでいると、ミラー越しに様子を見ていたミリーが口を開く。
「サビは、人を探すために、傭兵になるの?」
「ああ」
サビは街並みから目を離さずに答えた。
「まずは傭兵になって金と情報を集める。それから、バーグを探す」
ミリーの表情がわずかに硬くなる。
「……どうしてバーグを?」
「あいつは、俺だけじゃなくアオもさらった奴だからな」
「アオって、あなたが探している人?」
「ああ。捕まってから別々の場所へ送られた。バーグなら、アオがどこに連れていかれたか知ってるかもしれない」
サビは巨剣槍の柄を強く握りながら続けた。
「少なくとも、あいつから辿れば、何か分かるはずだ」
「だから、あの時もバーグたちを追っていたのね」
「ああ」
そこで会話が途切れた。
ミリーは前方を見たまま、ハンドルを握る手に力を込めていた。
しばらくして、ミリーが低い声で言った。
「……私も、バーグを探す」
サビが運転席へ目を向ける。
「私は、あいつらにパパとママを殺された」
「……」
「見つけたら、私はバーグを殺す」
声は静かだった。
だが、その言葉には迷いがなかった。
サビは少しだけ考える。
「……殺すのは、アオの居場所を聞き出してからにしてくれ」
ミリーがミラー越しにサビを見た。
「俺もあいつには死んでほしい。ただ、先に聞きたいことがある」
ミリーは何も答えなかった。
バーグを見つけた瞬間に、自分が冷静でいられるかは分からない。
それでも、サビにとってバーグがただの仇ではなく、アオへ繋がる数少ない手掛かりであることは理解できた。
「……分かった」
やがてミリーが答える。
「まずは捕まえて、アオって子のことを聞く。その後は、私の好きにさせて」
「ああ。それでいい」
短い言葉で、二人の間に1つの合意ができた。
同じ男を追っている。
だが、その先で求めているものは違う。
サビはアオへ辿り着くため。
ミリーは両親の仇を討つため。
それでも、当面進む方向は同じだった。
ミリーは小さく息を吐く。
「……それなら、しばらく私と組まない?」
「俺と?」
「バーグを探すにしても、一人より二人の方がいいわ」
ミリーは前方を見たまま続ける。
「私は傭兵として登録してる。ギルドの使い方も、依頼の受け方も知ってるし、遺跡の探索や追跡についても……パパとママから教わってきた」
「それは助かるな」
「でも、近づかれた時に一人で戦うのは難しい」
今度はミラー越しに、サビの担ぐ巨剣槍を見る。
「あなたは戦える。それに、気配を探るのも得意でしょう」
「ああ」
「私が牽制と探索、あなたが前に出る。さっきみたいに動けば、少なくとも一人ずつよりは生き残れると思う」
サビは先ほどの戦いを思い返した。
ミリーの矢がなければ、巨剣槍を振った後の隙を狙われ、背後から喉を食い破られていたかもしれない。
一方、ミリーもサビがいなければ、グレイウルフの群れを正面から押し返すことはできなかっただろう。
「確かにそうだな」
「でも……」
ミリーの声がわずかに硬くなる。
「あなたのことを、もう全部信用したわけじゃない」
「俺も、お前のことはよく知らない」
「……そうね」
ミリーは小さく息を吐いた。
「だから、バーグとその組織を探す為、一緒に行動する。その間に、これからも組める相手かどうか考える。そういう形ならどう?」
サビは少し考えた。
アオを探すには、エクスランドでの足場が必要になる。
自分一人では、何から始めればいいのかさえ分からない。
ミリーは傭兵としての知識を持っている。
戦い方の相性も悪くない。
少なくとも、今のサビに断る理由はなかった。
「分かった」
「決まりね」
ミリーの肩から、わずかに力が抜けた。
「宿以外の住む場所についても、当てはあるわ」
「そうなのか?」
「……ええ」
ミリーはハンドルを握り直した。
「……私と両親が暮らしていた家。空いてる部屋もある」
その言葉を口にするだけでも、まだ抵抗があるようだった。
「宿にお金を使うよりはいいと思う。バーグを探すなら、別々に暮らすより動きやすいし」
「俺は助かる」
サビは余計なことを尋ねなかった。
両親の家へ一人で帰ることが、ミリーにとってどんなことなのか。
サビには正確に分からない。
だが、触れられたくないものがあるという感覚なら理解できた。
「じゃあ、エクスランドに着いたら、まずあなたの傭兵登録ね」
「ああ」
「その後、バーグたちの情報を集める」
「分かった」
二人の間に、まだ信頼があるわけではなかった。
相手が何を考えているのかも、どこまで信用できるのかも分からない。
互いに別の目的を抱え、そのために相手を必要としているだけだった。
それでも、戦いの中で互いの背後を守れることは確かめた。
追う相手も決まっている。
二人を乗せた魔導車は、巨大な防壁と、その周囲に広がるエクスランドへ向かって走り続けた。