落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
サビとミリーを乗せた魔導車の前に、エクスランド外縁の街並みが迫っていた。
まだ日が昇ったばかりで、涼しげな風が吹いている。
周囲はまばらに生えた背の低い草木と、瓦礫の混ざった地面を魔導車が駆けてゆく。
ミリーは道路脇の標識を確認すると、フードを引き寄せるように被り、ハンドルを右へ緩く切った。
荒れた道を抜けた車体が、幅広い幹線道路へ滑り込む。
「広いな……」
サビは荷室の窓から外を、感心した様子で覗いていた。
エクスランドへ入る前に、ミリーからそうしておくよう言われていた。
武装したまま車体の脇にしがみついていれば、いらぬ警戒を招くからだ。
視界の先に、巨大な道が広がる。
魔導車が十台は並走できそうな幅だった。
ミリーが運転席と貨物室を繋ぐ窓越しに声をかけてくる。
「ここはエクスランドの幹線道路ね。丘から見えた中央の防壁まで、まっすぐ伸びてるのよ」
「そうみたいだな」
ミリーの解説に生返事を返しつつ、サビは道路の中央へ目を向けた。
中央だけは魔導車四台分ほどの幅にわたって、より黒々とした材質で舗装されている。
ミリーが走らせている両脇の道とは違い、砂利もほとんど浮いておらず、滑らかな路面が薄く朝日を反射していた。
その中央帯の向こう側では、数台の魔導車が街の外へ向かって走っている。
「中央はなんで走ってないんだ?」
サビの呟きを聞き、ミリーも一瞬だけ窓越しに中央帯へ目をやった。
「あー、あそこは開闢軍の車両専用なのよ。……噂をすれば」
その声につられ、サビも前方へ目を向ける。
白い大型魔導車が、中央帯を真っ直ぐこちらへ向かってきていた。
サビたちの車より2回りは大きい。8つの車輪を軋ませながら進む車体の各部には、開闢軍の紋章が取り付けられている。
鋸歯のように角張った大地を、中央から一本の裂け目が切り開く意匠だった。
屋根には手すりが設けられ、その内側に制服と制帽を身につけた兵士が三人立っていた。全員が腰に武器を下げ、鋭い目で周囲を睥睨している。
「あれが開闢軍か。ガキの頃に見たことはある」
「そう。あれは防壁の外へ出る巡回車両よ。邪魔したら面倒なことになるわ」
「確かにヤバそうだな……」
見張りの兵士達から漂う魔力の気配に、サビは顔を引き締めた。
ただ立っているだけなのに、ならず者達と比べて全く隙が無い。
「まあ、よっぽどのことをしなければ、基本的には私たちの味方だから大丈夫よ」
そんなサビの様子に、ミリーは何でもないように付け加えた。
開闢軍の車両がはるか後方へ流れていく中、サビは道路の脇へ目を向けた。
そこには、錆びた鉄骨や土と木と石で組まれた、傾いたりして今にも崩れそうな家々が並んでいる。
その隙間には、色あせた継ぎはぎだらけの服に身を包んだ人々の暮らしが覗いていた。
家の前で店のようなものを広げ、道行く人に声をかける者。
両端に水桶を吊るした棒を肩に担ぎ、重そうに歩く者。
何かの植物を山ほど詰めた籠を背負い、黙々と運んでいく者。
サビには何をしているのかよく分からない。
だが、懐かしさを覚える光景だった。
そんな家並みが、不意に途切れる。
そこには柵が巡らされ、その奥ではびっしりと茂った緑の葉と、朝日に照らされた黄色い穀物が揺れていた。
その傍らには、柵に寄りかかって談笑する者達がいる。
農場の見張りなのだろう。
皮鎧に身を包み、腰の剣を揺らしながら、気楽そうに言葉を交わしていた。
(そういやガキの頃、腹が減って忍び込もうとして、ボコボコにされたな……)
サビは風に揺れる穀物を見つめながら、昔のことを思い出していた。
「もうすぐで到着ね。車を停めましょうか」
「どこに停めるんだ?」
サビは不思議そうに道路脇を見渡した。
先ほどまでの雑多な土と木の家々とは違い、周囲には光沢のある石のような外壁の建物や、軽く見上げるほどの数階建ての建物が並んでいる。
だが、広く空いた場所は見当たらない。
道路脇に停まっている魔導車もところどころに見える。
空いた場所に適当に停めるつもりなのだろうか。
そう思いながら、サビは運転席のミリーへ視線を戻した。
「あー、あの……いつもパパが車を停めてた建物があるのよ。駐車場っていうんだけど」
ミリーは少し言葉に詰まりながら答えた。
サビは声のした運転席へ目をやる。
旅の途中でも、仮眠の後に目元を赤くしたまま車から出てくることがあった。
両親が関わる話になる時だけ、ミリーはこうして少し間を置く。
「そうか」
そんなミリーの様子に、サビは何を言えばいいのか分からず、何でもないように返した。
(親ってのは、俺にとっちゃアオが近いのか?……いや、なんか違うな)
運転席から目をそらしたサビの視界に、前方の巨大な建物が入った。
「駐車場ってあれか? デカいな」
七階建ての吹き抜けだった。
見える範囲だけでも、車が上から下までびっしりと並んでいる。
道路に面した出入口では、数台の車がひっきりなしに出入りしていた。
「そうよ。ここに車を停めたら、まずは傭兵ギルドに行きましょうか」
ミリーがハンドルを切る。
魔導車は緩やかに減速しながら、駐車場の入口へ向かっていった。
車を停めた後、サビとミリーはエクスランドの傭兵ギルドへ向かって歩いていた。
二人は、幹線道路に沿って中央へ向かって歩みを進めている。
道路から伸びる脇道の先では、建物の密度がさらに増していた。
その脇道から出入りする人々が、慌ただしく行き交っている。
薄汚れた作業着の男たち、籠を抱えた女、腰に剣を差した傭兵らしき者。
誰もが目的地へ急いでいるようで、それでいてすれ違う者への警戒は緩めていなかった。
その中を歩くサビの巨剣槍は、どうしても目立つ。
刀身だけで人の背丈に迫る異形の武器が、人混みの中をゆっくり進むたび、道行く者たちの視線がちらちらと向けられた。
ある子供が足を止め、ぽかんと口を開けて巨剣槍を見上げる。
だが、すぐに隣の女に腕を引かれた。
「見るんじゃないよ」
小さな声だったが、サビの耳には届いた。
サビはそちらへ目を向けることなく、周囲の気配だけを探った。
視線はある。
だが、すぐに襲いかかってくるような気配はない。
それだけ分かれば、今は十分だった。
「やっぱり目立つわね」
隣を歩くミリーが、少し困ったように呟いた。
その頭には深くフードが被せられており、そこから覗く口元は苦い笑みの形だった。
白銀の髪も、褐色の肌も、琥珀色の瞳も、できるだけ人目につかないように隠されている。
「だが置いてくにもな……」
サビは周囲の視線に、疲れたように肩をすくめた。
今まで、こんなに注目されたことはない。
落ち着かない感覚に、どうにも慣れなかった。
「まあ、そうよね……」
ミリーも同情するように頷く。
サビは、ミリーのフードへ一度だけ目を向けた。
目立つのは自分の武器だけではない。
だが、それを口に出していいのかは分からなかった。
ミリーはサビの視線を見返すと、自身のフードを指さす。
「まあ、目立つのは、サビだけじゃないけどね」
「みたいだな」
「ママには、外ではなるべく被っておけって言われてたの」
ミリーはそう言って、自分のフードを軽く指でつまんだ。
「そうか」
サビは短く返した。
ミリーの白銀の髪と琥珀色の瞳の様な特徴は他に見たことがない。
そのことについて詳しく聞けば、ミリーが話すかもしれない。
だが、今は道の真ん中だった。
それに、聞いたところで何ができるわけでもない。
そう考えているうちに、ミリーが前方を指した。
「着いたわ。あそこが傭兵ギルドよ」
ミリーが指す先へ視線を動かすと、そこには周囲の建物とは明らかに造りの違う大きな建物があった。
周囲の家屋は、旧時代の建物を継ぎ足したり、壊れた壁に木材を打ちつけたりして使っているものが多い。
だが、目の前の建物は違った。
分厚い灰色の石材を積み上げ、要所を金属で補強した、真新しい造りだった。
窓は小さく、入口には分厚い金属の扉が開かれている。
出入りする人々へ、入口の左右に立つ槍を持った屈強な男たちが視線を光らせていた。
酒場や店というより、砦に近い。
「傭兵は、まずここを通るの」
ミリーが小さく言った。
「……随分、頑丈そうだな」
「外から魔石や素材、遺物が集まる場所だからね。お金や情報も集まる。だから、変な連中も集まるの」
「なるほどな」
サビは入口の見張りへ目を向けた。
見張りの一人も、サビの巨剣槍を一瞥する。
その目は驚きよりも先に、武器と持ち主の危険度を測るものだった。
ミリーが軽く会釈して何かの札を見せると、見張りは短く頷き、二人から視線を外した。
サビは巨剣槍の先端が入口の上部へぶつからないように傾け、分厚い扉の下を潜る。
その先にはもう1つ小さな広間があり、正面に門番と受付用のカウンターが設けられていた。
壁際には、槍や剣を預けている傭兵たちが数人並んでいる。
「ここで、武器の類は一度預けることになってるの。引き換えの札は無くさないようにね」
ミリーはサビへ顔を向け、入口のすぐ隣にあるカウンターを指した。
「そういうことか」
サビは頷くと、巨剣槍を担いだままカウンターへ歩み寄った。
その巨体に合わせて長大な刀身が動くたび、周囲にいた傭兵たちが邪魔にならないようわずかに距離を取る。
「随分でかい得物だな」
順番を待っていた傭兵の一人が、小さく呟いた。
厚い革鎧を着た中年の男だった。
サビの巨剣槍を眺めながら、半ば呆れたように鼻を鳴らす。
「見た目だけだろ。あんなもん、本当に鉄でできてたら持って歩けるわけがねえ」
隣にいた若い傭兵がそう返した。
サビは二人の会話に反応せず、そのままカウンターの前へ立つ。
受付にいた三人の職員は、揃って引きつった顔で巨剣槍を見上げていた。
「では、得物を預かりたいんだが……」
中央にいた職員が言葉を止める。
「このまま渡すと、かなり重いぞ。大丈夫か?」
「あんたは普通に担いでいるように見えるが、やっぱり見た目どおりの重さなのか?」
サビは一瞬だけ視線を宙へ彷徨わせ、どう説明するか考えた。
「俺なら重さを変えられる。だから今は普通に担げてるが、手放すと馬鹿みてえに重くなるな」
「重さを……?」
職員だけでなく、近くにいた傭兵たちもサビへ視線を向けた。
先ほど見かけ倒しだと言った若い傭兵も、眉を寄せて巨剣槍を見直している。
「だったら、保管用の台車へ直接置いてくれないか。少し待っていてくれ」
職員の一人がカウンターの裏へ消えた。
しばらくすると、鉄製の大きな台車を押して戻ってくる。
荷台は分厚い板と金属で補強され、車輪も人の腕ほどの太さがあった。
「大所帯の装備を一括で預かる時に使う物だ。これなら多分、載せられるはずだ」
「分かった」
サビは腰のナイフや剣を先に台車へ並べた。
最後に巨剣槍を両手で持ち上げ、刀身が荷台からはみ出さないよう慎重に載せる。
それから柄から手を離した。
軽量化が解除される。
次の瞬間、台車の車輪が低く沈み込んだ。
ギギィッ、と金属が悲鳴を上げる。
太いフレームがわずかに撓み、床石との間で車輪が鈍い音を立てた。
「……まじかよ」
職員の口から、思わず声が漏れた。
周囲にいた傭兵たちの雑談も止まっていた。
「本当に、その重さで担いでたのか……」
先ほどの若い傭兵が、信じられないものを見るように呟く。
その隣にいた中年の傭兵は、台車ではなくサビの腕や肩へ目を向けていた。
「重さを消して運ぶだけなら分かるが」
中年の傭兵は低い声で言う。
「だが、あれを武器として持ち込んだってことは、振る時には重さを戻すんだろ」
その言葉に、近くの傭兵たちの表情が変わった。
ただ巨大な武器を持ち歩く奇人を見る目ではない。
その鉄塊が、自分たちへ向かって振り抜かれた時のことを想像する目だった。
「……冗談じゃねえな」
誰かが小さく漏らした。
サビは周囲の反応に居心地の悪さを感じつつ、軋み続ける台車へ視線を落とした。
「壊れないか?」
「多分な……うん、大丈夫なはず」
職員は不安そうに答えると、別の者を呼んだ。
二人がかりで車輪の状態を確かめ、ゆっくりと台車を動かしていく。
最初の一押しでは動かなかった。
「せーの……!」
二人が揃って力を込める。
ようやく車輪が回り始め、台車は軋みながら保管庫へ運ばれていった。
それを見送った最後の職員が、サビへ番号の刻まれた木札を差し出す。
「出る時に、これを渡してくれ。……絶対に無くすなよ」
「ああ」
サビは木札を受け取り、腰の袋へしまった。
横ではミリーも弓やナイフを預け終えている。
こちらは手慣れた様子で札を受け取ると、サビへ振り返った。
「じゃあ、中に入ろうか」
「ああ」
サビはミリーに続いて奥の扉を潜る。
その背後では、先ほどの傭兵たちがまだ小声で言葉を交わしていた。
「新人じゃねえのか、あいつ。防具も随分ちぐはぐだったが」
「見たことはないな」
「あの格好だけなら、駆け出しにしか見えねえけどな」
中年の傭兵は、巨剣槍が運ばれていった保管庫の方角へ目を向けた。
「だから気味が悪いんだよ」
「何がだ?」
「駆け出しが、あんなもんを武器に選ぶか?」
答える者はいなかった。
担げるだけなら、奇妙な能力を得た新人で済む。
だが、あれを敵へ向けて振り抜くつもりで、この街まで持ち込んだのだ。
「……得体が知れねえな」
その声を背後に残し、サビはギルドの中へ足を踏み入れた。
中へ入ると、サビはわずかに目を細めた。
そこは、サビが想像していたような騒がしさではなかった。
広い石造りの空間に、いくつもの窓口が並んでいる。
壁際には長椅子が置かれ、入口で武装を預けた男女が雑談を交わしながら順番を待っていた。
奥の方では、獣の角や皮、薄青く光る魔石が台の上に並べられ、職員らしき者が1つずつ状態を確かめている。
ギルド内には、大小さまざまな装備に身を包んだ傭兵たちが行き交っていた。
顔や腕に傷を持つ者も珍しくない。
片目を覆った男や、肘から先を無骨な金属の義手へ置き換えた者もいる。
義手の男が窓口から革袋を受け取ると、金属の指がそれを包み込み、関節の隙間に淡い魔力光が走った。
一方で、失った腕の袖口を結んだだけの傭兵も、長椅子に沈んだ顔で座っていた。
別の窓口では、紙束を手にした男が職員と話し込んでいる。
その背後には、木札や紙の並んだ大きな掲示板があった。
だが、それを勝手に剥がしていく者はいない。
傭兵らしき者たちは職員に呼ばれるのを待ち、順番に窓口へ向かっていた。
荒っぽい連中は多い。
それでも、この建物の中では勝手に動けないのだと、サビにも分かった。