落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
「こっちよ」
ミリーは迷わず歩き出した。
サビはその後ろについていく。
途中、何人かの傭兵が二人へ目を向けたが、声をかけてくる者はいなかった。
二人が向かった先には札が並んでおり、その1つをミリーは手に取った。
「ここではやりたい事で、対応した受付表を取って順番待ちをするのよ」
札をしっかりと握り込むようにして、ミリーはサビへと向き直る。
「今回はちょっと特殊だから、私の……パパとママについての報告をまずさせて。その後にサビの傭兵登録を進めるわ」
サビは、微かに揺れるミリーの琥珀色の瞳と一瞬目を合わせる。
「……ああ、分かった」
やがて順番が来ると、サビたちは指定された窓口へ向かった。
窓口にいたのは、緩く波打つ茶髪の女職員だった。
女職員は手元の資料から顔を上げると、フードを被ったミリーへ視線を止めた。
「……ミリーさん?」
「サラさん、久しぶり。ちょっと普段とは違うお願いがあるの」
フードの奥から返された沈んだ声を聞き、サラは僅かに表情を変えた。
だが、驚いて声を上げることはなかった。すぐに職員らしい落ち着いた顔へ戻り、二人を窓口の前へ促す。
その短いやり取りだけで、サビにも少なくともミリーが素性を隠す必要のない相手なのだと分かった。
サラの視線がサビへ移る。
それから、体格に合っていない皮鎧や、左右で形の違う手甲へ自然に目を走らせた。
「この人を登録したいの。私は付き添い」
「こちらの方の傭兵登録ですか?」
サラは少し意外そうにサビへ目線を送るが、気を取り直したように書類へ手を伸ばす。
「承知しました。それでは――」
だが、ミリーは番号札を握ったまま、その場から動こうとしなかった。
何度か口を開くが、言葉にならない事を繰り返した後、絞り出すように切り出した。
「……あと、その前に……報告したいことがあるの」
「報告ですか?」
「……パパとママのこと」
サラの手が止まった。
わずかな沈黙の後、彼女はミリーの背後へ視線を向けた。
そこに両親の姿がないことを、今になって確かめるような目だった。
ミリーは番号札を強く握り締める。
「……依頼から戻る途中で襲われたの。パパも、ママも殺されたわ」
押し出すように告げられた言葉に、サラの表情が固まった。
「……分かりました」
すぐに声を落とす。
「こちらではなく、奥の相談室で伺います。詳しい状況を報告していただけますか?」
「……ええ」
サラが立ち上がり、二人を窓口横の扉へ案内する。
通された先は、机と数脚の椅子だけが置かれた小さな部屋だった。
石壁には細長い明かり取りの窓があり、外から差し込む光が机の半分を白く照らしている。
ミリーは椅子へ座ると、深く被っていたフードを外した。
白銀の髪が肩へ落ちる。
微かに震える体を抑えるように、ミリーは手を膝に強く押し付けていた。
向かいに座ったサラは一瞬だけ目を伏せたが、すぐに記録用の紙を取り出した。
「まず、ミリーさんたちのクランが最後に受けていた依頼を確認します」
ミリーは小さく頷いた。
サラの質問に従い、出発した日や目的地、立ち寄る予定だった場所を順番に答えていく。
最初は淡々としていた声も、帰路で起きたことへ話が移るにつれ、少しずつ詰まるようになった。
「帰る途中で、男たちに襲われたの」
「待ち伏せされていたのですか?」
「……そうみたい」
縮こまる様に、ミリーは頷く。
「……それにクランメンバーのルスカさんが、戦いの中で突然私を人質に……」
サラが書き記していた手を止める。
「ルスカさんが?」
「ええ。」
「という事は、ルスカさんは襲撃者達の仲間だったのですか?」
「……分からない」
ミリーは視線を落とした。
「パパとママが殺された後、ルスカもすぐに殺されたから」
「口封じ、ということでしょうか」
「……多分。最初から生かしておくつもりなんてなかったんだと思う」
部屋の中に短い沈黙が落ちた。
サビは何も言わず、隣でミリーの話を聞いていた。
「襲撃者の人数と、分かる範囲で特徴をお願いします」
「十人くらい。全員武装してたわ。その中心に、赤い鎧を着た大柄な男がいた」
「名前は分かりますか?」
「……バーグって呼ばれてた。鋸のような刃がついた、大きな剣を持ってたわ」
その名前を聞いた瞬間、サラの表情が変わった。
驚いたというより、聞きたくない名前を確認してしまったような顔だった。
「……バーグ?」
「知ってるの?」
「その男について、いくつか記録があります」
サラは紙の上へペンを置いた。
「少しお待ちください。資料を確認してきます」
そう告げて立ち上がると、足早に部屋の外へ出ていった。
残されたミリーは、机の上に置いた両手を見つめている。
サビも隣の椅子に座ったまま、何も言わなかった。
採光窓から差す日光と、天井にある魔石ランプの光が微かに揺らめき、二人の顔へ淡い影を落としていた。
やがてサラが戻ってくる。
その手には、何枚かの紙を束ねた薄い資料があった。
机へ置かれた一枚には、赤い鎧を身につけた大柄な男の似顔絵が描かれている。
顔つきまでは正確ではなかったが、肩の張り出した鎧と、大型の鋸刃剣は見覚えのあるものだった。
「こいつだ」
サビが言うと、ミリーも似顔絵を見据えたまま重々しく頷いた。
「間違いないわ」
「血浴びのバーグ。遺跡荒らしや傭兵への襲撃を繰り返している賞金首です」
サラは資料をめくった。
「主にエクスランドから北西の都市間で目撃されています。魔導車や物資を奪うほか、捕らえた人間を遺跡探索に使っているという報告もあります」
「俺も、こいつにさらわれた一人だ」
サビの言葉に、サラが顔を上げた。
「あなたもバーグに?」
「ああ。ガキを何人も捕まえて、遺跡の罠や魔物を調べるために先へ行かせてた」
「いつ頃までですか?」
「少し前までだ。遺跡でゴーレムが動き出して、あいつらの多くは死んだ。俺はそこから逃げた」
サラはサビの言葉を、新しい紙へ書き留めていく。
「分かりました。お二人の証言を被害報告として記録し、バーグの手配記録にも追記します」
「居場所は分からないの?」
ミリーが身を乗り出した。
「残念ですが、現在の拠点までは把握できていません」
「名前は知られているんでしょう?」
「はい。ですが、一定の場所には留まらず、目撃情報が届いた頃には、すでに別の場所へ移動しています」
サラは資料の別のページを開いた。
「これまでにも、賞金を狙った実績のある傭兵が何人も追っています。ですが、返り討ちに遭った者や、そのまま行方が分からなくなった者も少なくありません」
ミリーの表情が硬くなる。
「そんなに?」
「はい」
サラは少し間を置いてから続けた。
「それに、現在お二人に開示できる情報には限りがあります」
「限り?」
サビが聞き返す。
「傭兵ギルドでは、危険度の高い犯罪者や遺跡の捜査状況について、一定以上の実績を持つ傭兵以外には詳細を公開していません」
サラは資料を閉じた。
「情報そのものが、都市の安全に関わる場合があるためです」
「つまり、今は分からないってことか」
「正確には、確認できる範囲が限られているということです」
サラは頷く。
「お二人が実績のある傭兵として認められれば、現在より詳しい情報へアクセスできるようになります」
サビは黙って資料へ目を落とした。
バーグは強かった。
不意打ちを叩き込んだあの時でさえ、正面から戦ったわけではない。
ファングアントの群れを押しつけ、混乱したところを殴り飛ばしただけだ。
巨剣槍を打ち込んだ時の、岩でも殴ったような手応え。
崩れた瓦礫の中から、ほとんど傷もなく立ち上がったバーグの姿。
サビはその時の光景を思い出した。
もし何もない場所で、万全のバーグと向かい合っていたなら。
ましてや、危険な賞金首を何人も引き連れていたなら。
今の自分が勝てるとは、サビにも思えなかった。
サビはゆっくりと息を吐き、俯いた。
奥歯を強く噛み締める。
目を閉じると、あの日の光景が浮かんだ。
にやけた顔で、抵抗するアオの腕を掴み、引きずっていくバーグ。
追いすがろうとした自分を、地面へ叩き伏せた男たち。
今すぐ追いかけたい。
見つけ出して、あの顔へ巨剣槍を叩き込みたい。
胸の奥からせり上がってくる熱に合わせるように、こめかみの血管が脈打っていた。
サビは握り締めた拳をゆっくりと開き、深く息を吸う。
サビはもう一度長く息を吐き、顔を上げた。
「……バーグの賞金は?」
サビの様子をうかがっていたミリーが口を開いた。
「現在の賞金はこちらになります」
サラが差し出した手配書の記載内容を見て、ミリーは大きく白銀の眉を上げた。
「……凄い額ね」
大きな数字や金の単位に馴染みのないサビには、それがどれほどの額なのか分からなかった。
だが、傭兵として活動してきたミリーの反応を見れば、普通ではない額が懸けられていることだけは分かる。
「それだけ懸けられてるのに、まだ捕まってないのか」
「ええ。それが、この男の厄介さを示しています」
サラの言葉に、ミリーは唇を噛んだ。
目の前に名前も手配書もある。
だが、どこにいるのかは分からない。
見つけたとしても、多少戦いに自信がある程度では、同じように殺される可能性が高い。
「……もし今出会っても、返り討ちにされるだけね」
ミリーが低く呟いた。
悔しさを押し殺すような声だった。
「ああ」
サビも否定しなかった。
「俺はまだ武器をまともに使えてねえ。さっきの群れも、ミリーがいなければ危なかった」
「私も、サビがいなかったら囲まれてた」
二人は一度だけ顔を見合わせた。
バーグを追う目的は変わらない。
だが、探し出すことと、倒せることは別だった。
「まず要るのは、あいつを追えるだけの実績か……その為には、もっと上に行く必要がある」
サビは自身の真新しい傷だらけの掌を、じっと見つめながら呟いた。
「……そうね」
ミリーは資料に描かれたバーグを見下ろしたまま、ゆっくりと頷く。
「今は、そのための準備をするしかないわ」
それは諦めではなかった。
再びバーグと向き合った時、今度こそ逃がさず、自分たちも生き残る。
そのために必要な時間だと、二人は受け入れた。
サビは資料から顔を上げた。
「……もう一人、探してる奴がいる」
「お名前は分かりますか?」
「アオって名前なんだが」
サラが記録用紙へペンを走らせる。
「姓は?」
「知らない。俺と同じで、親もいなかった」
「年齢や出身地は?」
「年は俺と同じか、少し下くらいだった。多分、俺たちが捕まったのもエクスランドだ。ガキの頃だから、詳しい場所は分からない」
「バーグに捕らえられたのですか?」
「あの時にいた連中の中に、バーグもいた。俺とアオは別の場所へ連れていかれた。それから会ってない」
サラは頷き、さらに質問を続ける。
「外見的な特徴はありますか? 髪や瞳の色、傷、身体的な特徴など」
「ああ」
サビは少し考えた。
「鱗がある」
サラのペンが止まった。
「……鱗?」
「首から肩と、腕の一部に青い鱗があった。背中にも少し。目も普通とは違ってた」
サラが顔を上げる。
「それなら、おそらく魔人ですね」
「魔人?」
「旧時代に作られた人造人間の一種です。人間を基礎に、魔物や動物の特徴を持つよう作られた人たちだと言われています」
サラは記録用紙へ新しい項目を書き加える。
「普通の人との間にも子供を残せます。ただ、特徴がそのまま受け継がれるとは限らなくて、何代か後になって突然強く現れることもあるそうです」
「そんなこともあるのか」
「ええ。その姿を理由に捨てられる子供もいると聞きます」
サラは一度ペンを止めた。
「今ではかなり珍しいです。傭兵にも《獅子》アトラスのような有名な魔人はいますが、街中で頻繁に見かけるような存在ではありません」
「じゃあ、探しやすいのか?」
「……いえ」
サラは少し考えてから首を振った。
「特徴としては非常に強いです。もし目撃情報や記録が見つかれば、本人かどうかを絞り込む材料にはなります」
そこで一度、言葉を切る。
「ですが、今のところアオさんがどこにいるのか、どの都市へ連れていかれたのかも分かっていません。何年も前に連れ去られているなら、名前を変えられている可能性も高いです」
サビは黙って聞いている。
「この状態で、街ごとに魔人の目撃情報を探して回るのは現実的ではありません」
「……そうか」
「……むしろ重要なのは、バーグが当時の人さらいに関わっていたことです」
サラは記録用紙の別の箇所へ指を置いた。
「バーグ本人か、その仲間を辿れれば、アオさんがどこへ連れていかれたのか分かる可能性があります」
サビは静かに頷いた。
「……じゃあ、手掛かりは同じか」
「はい。少なくとも、今ある情報の中では一番可能性が高いと思います」
サビは掌を握りしめた。
ミリーの両親を殺した男。自分を奴隷として使い、アオを連れ去った男。
どちらを追うにしても、その先にはバーグがいる。
「なら、やることは変わらねえな」
まだ遠い。
だが、何をすればいいのかさえ分からなかった頃とは違う。
「報告は以上でよろしいですか?」
ミリーは少し迷った後、頷いた。
「ええ」
「ご両親を含めたミリーさん以外のメンバーについては死亡報告として受理します。進行中だった依頼についてはこちらで確認します」
サラは声音を柔らかくした。
「本日の登録は、日を改めますか?」
ミリーはサビへ視線を向けた。
「……いいえ。今日、済ませるわ」
「……分かりました」
サラはバーグの資料と報告書をまとめ、新しい用紙を取り出した。
「では、傭兵登録へ移ります」
サラは何も書かれていない登録用紙を手元に置くと、サビへと視線を向けた。