「だから、私の固有魔法はこうなったのよ。他人の魔縫戦衣を模倣して、他人の唯一無二を貶める二番煎じの既製品に」
キルティの魔縫戦衣『半人前の淑女』が有する固有魔法は『換装』。
他人の魔縫戦衣をコピーして、固有魔法も形状も何もかもそっくりそのまま写しとる猿真似能力。
模倣の条件は、対象の魔縫戦衣に触れる事。
接触時間に比例した時間だけ、他の魔縫戦衣に変身する事ができる。
最初の三着は事前に『魔女の型録』で、マイン=グレネードの『食わず機雷』は戦闘中に条件を達成した。
模倣できる魔縫戦衣は最大三着までストックできる。
しかし、三着を使い切れば終わりではなく、キルティは戦闘中にストック数を増やす事もできたのだ。
「そん、な……魔縫戦衣がっ、」
無論、模倣に特化した魔縫戦衣を扱い切れる者はそう多くない。
一目見ただけで魔縫戦衣に込められた意図を汲み取り、初見の固有魔法を扱うことの出来るキルティ=パッチワークだからこそ成し遂げられた芸当だった。
呆然と佇むアルルーナに杖が突き刺さる。
形成は逆転した。キルティの攻撃魔法が、アルルーナの防御魔法を削り殺す。
(さっきのは、時間制限による換装失敗じゃなかった。『食わず機雷』の模倣した事で、ストック数の問題から『凍てついた帷』はそもそも使えなくなっていた。あえて使えない魔縫戦衣に換装して失敗する事で、ウチの攻撃を誘ったってワケ⁉︎)
ギリィッ! とアルルーナは歯を食いしばる。
爆発で森は一掃された。ここに少女の優勢は崩された。
けれど、そんなのどうでもいい。アルルーナはそれ以上の憎しみを込めてキルティを睨む。
「ふざッ、けるなァ! 他人の唯一無二を貶める固有魔法⁉︎ アンタら平民はいつだってそうだ! ウチらの大切なモノを簡単に奪い去る‼︎」
「…………は?」
アルルーナは吠える。
それは強者が弱者を痛ぶる目ではない。
弱者が震えながら、強者に不満を叫ぶ卑屈な瞳だった。
「平民! 蒸気機関っ! 産業革命ッ‼︎ この世界に魔法使いの居場所はない! 特別な魔法は平民の機械に置き換えられてっ、この国の議会にも平民が出入りするようになった! 蒸気機関の黒い煤煙がウチらの街を汚してッ、黄ばんだ空が当たり前になった‼︎ 白霧樹海メナイでさえ鉄道のために切り拓かれたッ‼︎」
瞬間。
がくん、と。
キルティの足が地中に埋まる。
突如、足元に落とし穴が出現する。
それはアルルーナの固有魔法によるもの。
アルルーナの魔縫戦衣『イタズラ好きの妖精』は森を具現化する。
突然生み出された木々は地面に根を張り、地面が根っこによって盛り上がる。
ならば、逆に具現化された木を消去すればどうなるか。
木々があったはずの地下は空洞となり、瞬間的に落とし穴を生み出す事ができる。
「ここは……ヴァルキリア魔縫女学院は、ウチらの最後の楽園なの。ここまで、汚すな。出ていけよッ、平民がァ!」
迫る杖を見ながらキルティは笑う。
場違いな笑みは強がりではない。
ただ呆れたのだ。あの女も意外に過保護な所があるではないか、と。
『君は僕の獲物だ。僕以外に負けるのは許さないよ?』
頭に触れた糸を通じて声が響く。
糸電話。即ち、それはナクア=アラクネーの助力。
「────換装:『束縛的な恋』‼︎」
ズバン‼︎ と射出された粘着質な糸が、アルルーナの体を絡め取る。
爆風で霧が晴れ、杖を振りかぶった無防備な姿。そこに攻撃を当てるなど容易い。
ナクア=アラクネーは一対一を好むが、それでも集団戦の戦い方を考慮していた。
キルティの模倣のストックが切れた場合に備え、森の隅々に糸を張り巡らせていたのだ。
もしもの時に、糸に触れて模倣のストックを増やせるように。
「……知らないわよ、そんなこと」
それが自分の言葉に対する返答だという事に、アルルーナは数秒気づけなかった。
糸で縛られたアルルーナは首も動かせず、キルティの顔を見る事もできない。だけど、その声からは確かな怒りを感じた。
「不幸自慢なら私だって言えるわよ。スラム生まれの私は何もかも奪われてきたし……産業革命に仕事を奪われたのは貴族だけじゃない」
「…………ッ」
「スラムにいた私の育ての親は、元々は服を裁縫する針子だったそうよ。唯一無二の腕を持ったヒトだった。私の裁縫技術だってあのヒトから学んだ。……けれど、機械はそんなもの簡単に置き換える。産業革命の後で、ヒトの手で服を作る仕事なんて──それこそ魔縫使いしか残っていないわ」
キルティがヴァルキリア魔縫女学院に転入したのはお金を稼ぐためだ。
──逆に言えば、彼女の裁縫の腕はそこ以外では活かせないモノなのだ。
産業革命は絶対的な善じゃない。
功罪の功は大きくても、罪もまた大きい。
『継ぎ接ぎの街』には職人技が機械に置き換えられた事で仕事を失ったヒトが多くいた。
キルティの育ての親だけではない。産業革命によって代替されたのは貴族や魔法だけじゃあない。
「でも、それがどうしたのよ。この世には唯一無二のモノなんてない。そんなの当たり前じゃない。誰だってそう。何だってそうでしょう?」
「……だから、諦めろってワケ? ウチらにはどうしようもない事だから、認めろって言いたいの?」
「諦めろって言ってるんじゃないわよ。力を抜けって言ってんの」
「………………は?」
キルティの瞳は揺らがない。
そこには善意も悪意も映らない。
ただ、あるがままに曝け出された生の感情。
「私を退学にさせたいのか何なのかしらないけれど、それは別にアナタだけしか出来ない事じゃない。勝手に責任を背負い込んで、自分一人で何とかしなくちゃって焦って、そういう態度が気に食わない。アナタが失敗したって他の誰かでも同じ事ができるのだから、アナタはもっと自由にすればいいのに」
何処までも無責任。
何処までも自分勝手。
けれど、それがキルティ=パッチワーク。
かつて、魔法は唯一無二の特権だった。
代わりに、魔法は世界を救う義務があった。
しかし、今は違う。魔法は機械に置き換えられ、唯一無二の特権ではなくなった。
──だから、今の魔法使いに義務なんて存在しない。
少女達は純粋なモラトリアムを過ごす事ができる。それが、産業革命の功罪における功の部分。
「責任感で私を退学させようとするのは辞めなさい。……あの女みたいに、それが趣味って言うのなら止めないけれど」
「いやあ……退学に追い込むのが趣味ってのは、流石にないっしょ」
アルルーナは泣きそうな顔で苦笑した。
公爵令嬢だから、理事長の孫だから……そんな責任感で奮い立たせていた心が折れる。
まだ決闘は続いている。けれど、少女にはもう立ち上がれる気力はなかった。
「……降参。もーホント、アンタらには勝てる気がしないっての」
「そ。…………そう言えば、私が勝った場合の要求を決めていなかったわね」
「あっ」
アルルーナ達が勝てばキルティは退学する。
ならば、キルティが勝利すれば同じだけの対価を要求できる。当然、退学を要求されても文句は言えない。
しかし、キルティは小さく笑みを浮かべるとあっさり告げる。
「私に魔縫戦衣について教えなさい。……あの女の教育は実用的すぎるから、もっと教養とか成績に反映しそうな事を中心にね」
パチパチパチ、と。
決闘の一部始終を視ていた女性は、手を叩いて乾いた音を響かせる。
(妾の見込んだ通り。其方のお陰で女学院に変化が起きた)
ペネロペ=ローズ=テウルギア。
黒い喪服を纏ったヴァルキリア魔縫女学院の理事長は、思った通りの結末に少女のような笑みを浮かべる。
彼女が見つめるはアルルーナとキルティの間に生まれた、貴族と平民の垣根を超えた絆────などではなく。
「弱くなったわねぇ、ナクア=アラクネー」
ミッツ=ホーネット程度に苦戦をするナクア=アラクネーの姿だった。
ミッツ=ホーネットは強い。
少なくとも学年最強の風属性魔縫使いと謳われるほどに。
しかし、それを加味しても──ナクアは明らかに以前よりも弱体化していた。
(仲間のせいねぇ。絆を知ったせいで、其方の力は半減した。キルティ=パッチワークを心配する余り、自らの戦いより彼女の援護を優先した。『至高の魔縫』に最も近いと謳われた其方はもういないわぁ。残念な話よねぇ?)
ペネロペは思い通りの結末に嗤う。
キルティを初めて見た時に直感した。
この少女はきっとナクア=アラクネーに気に入られ、ナクア=アラクネーを絆し、ナクア=アラクネーを弱くすると。
そのための転入。
そのための特別扱い。
そのための運命的な出会い。
(運命とは、古来から糸に喩えられる。ヒトの寿命は切られた糸の長さであり、運命を示す星空は女神が編んだ織物。即ち、糸を紡ぐとは運命を紡ぐ事。妾の魔縫戦衣『糸車の呪い』もまた運命を操るわぁ)
魔縫戦衣『糸車の呪い』。
蜘蛛の網のような刺繍が施された黒の喪服。
有する固有魔法は──未来の決定。糸を編んで作った織物の光景が実現するように運命力が働くという法外なモノ。
過程全てを操れる訳ではない。
例えばこの決闘の勝敗に魔法は関係ない。
けれど、キルティとナクアが仲を深めるという一点においては、『糸車の呪い』で決められた未来だった。
全てはペネロペの掌の上。
裏で糸を引く本当の黒幕。
少女達は一人の女に支配された操り人形だ。
「ありがとう、キルティ=パッチワーク。其方こそがきっと────ナクア=アラクネーにとっての破滅の女だったわぁ」
パチン、と。
手が響かせる乾いた音は、ハサミが糸を切り落としたかのよう。
これにて終演。
キルティ=パッチワークとナクア=アラクネーが出会い、絆を深める物語はこれにて終い。
あとは転げ落ちるだけ。糸を切られた操り人形は倒れ伏して動かない。
この先はない。続編はない。
だって、残酷な物語なんて誰も見たくないでしょう?
◇◇◇◇◇
『糸車の呪い』
属性:闇
メインカラー:黒
ペネロペ=ローズ=テウルギアの魔縫戦衣。蜘蛛の網のような刺繍を施された喪服。
未来を決定する固有魔法を有する。過程にこそ揺らぎはあるが、ペネロペが描いた結末からは絶対に逃げられない。絶対に。