『僕』は、転生者である。前世は社会に出て数年の若造会社員。ただただ平凡な人生を送るだけの男だった。
転生を自覚したのは5歳くらいの頃。約20と数年分の記憶が一気に濁流のように流れ込んできて、僕は知恵熱で数日寝込む羽目になった。
そして熱が引き、記憶の整理が終わった時。自分の妹を見る目が、変わっていた。
前世、軽い気持ちでプレイし、かなり入り込むこととなったゲーム、『魔法少女ノ魔女裁判』。
その中に登場する少女のひとり、『夏目アンアン』。彼女がそうだと、不思議なことにすぐ察することができた。
彼女は僕が前世を知覚した時点で、既にかなりの無茶なおねだりを両親に行っていた。
だから僕は、アンアンに『節度』と『我慢』を覚えさせようとした。
しかしうまくいかない。アンアンには『おねだりすれば何でも買ってもらえる』という意識が既に根付き始めており、両親も両親でアンアンに死ぬほど甘かった。
アンアンへの対処だけでは駄目だと早々に判断した僕は、両親に対策を施す方向にシフトチェンジした。
僕の【魔法】も精神干渉系だったので、【魔法】の重ね掛けで効果を打ち消す、または上書きすることを狙ったが、これも駄目だった。
アンアンの【魔法】は、強力だった。
やがて両親もアンアンの【魔法】に気づき始め、互いを庇い合うようになっていったが、その頃にはもう遅かった。
――大丈夫! お父さんもお母さんも絶対壊させない! 僕が守るから、みんなで幸せになろう!
いつの日にか両親にした宣言は、守られなかった。
――ランランが危惧していたのは、このことだったのか……『私』は……『わがはい』は、なんてことを…
――わがはいはいつも、気付くのが遅いな……幸せを願って、ごめんなさい。
両親が壊れたその日、虚ろな目で涙を流すアンアンを『ワタシ』は黙って抱き締めることしかできなかった。
ベッドから飛び起き、真っ先に確認したのは懐のスマホだった。
レースのような意匠のデコカバーが取り付けられたスマホを起動し、囚人名簿を開く。
そこに並ぶのは、見覚えある顔写真と名前だった。
囚人番号658番の『桜羽エマ』をはじめに、ゲームと同じ並びで名前が記載されている。
しかし、3つ目の名前…わが妹、『夏目アンアン』の後からは変化が起こっていた。
――囚人番号661番『夏目ランラン』。
載っていたのはワタシの名前だった。本来『城ケ崎ノア』の名前が来るはずの場所に、ワタシの名前が来ている。
そしてその後ろにノアの名前が来て、それ以降の少女たちの囚人番号はひとつずつずれていた。
ワタシがこの世界に混ざった結果だろう。しかし、まさかアンアンと同室になれるとは思わなかった。黒幕には感謝したいところである。
……結果相部屋の人が大変なことになった『沢渡ココ』には内心謝罪しておこう。ワタシという異物が混ざったばかりに申し訳ない。どうか強く生きてくれ。
どうやらワタシはベッドの上段に居たようなので、踏み外さないように梯子を下りて石の床に降り立った。その際やっと意識を向けたが、ワタシに宛てがわれた服は裾のひらひらしたドレスらしい。アンアンのようなフリルの厚みがあるものではなく、どちらかといえば歌手などが舞台で着るような薄いもの。更に散りばめられた星のように、端々には真珠の装飾がされていた。
ベッドの下段を見ると、服と一緒に支給されたらしい抱き枕とスケッチブックを抱えて眠るアンアンがいた。可愛らしい寝顔だなとにやけるのも束の間、ワタシは意識を切り替え、いつもの叩き起こしモードに移行すると、アンアンの身体を揺さぶった。
「アンちゃん、アンちゃん。起きて」
「……ん…ぅ…?」
アンアンがぼんやりとした薄目でワタシを見た。珍しく一発で目を覚ましている。ベッドの寝心地に違和感を感じたのだろうか。それとも服か…どちらにせよ助かった。あまり起こすのに時間を掛け過ぎては、アンアンに状況説明をする時間が削がれてしまうからだ。
「おはようアンちゃん。…いきなりだけど、ここってどこか分かるかな」
まだ寝ぼけ眼のアンアンにそう訊く。当然彼女が知る由はないのだが、逆にワタシも今の段階で知っていてはおかしいので敢えての疑問形である。
アンアンはワタシの問いに初めて周囲を見回し……驚いたように目を見開いた。牢屋で眠っていたことに気が付いたか。
その後ワタシに視線を戻したアンアンは、首を傾げた。
――『その服はどうした? 買った覚えはないが』
……といったところか?
「ワタシにも分からないんだ。起きたら着せられてた」
そう返すと、アンアンはワタシの姿を頭からつま先までじっくりと眺め……満足げに頷きながら、萌え袖になった右腕を突き出した。
…袖で全く見えないが、おそらくサムズアップしているのだろう。
――『似合っている』
といった感じの意図と汲んだ。
「ありがとう、アンちゃんも似合ってるよ」
そう言ってあげると、アンアンは自分の服を見下ろした。
家で着ていた白基調のものとはガラリと色合いが変わっているが、服のタイプ自体にはそんなに変化はない。
アンアンの反応は、ワタシの服を見たときに比べて明らかに微妙だった。
その後、アンアンに現状の説明やスマホの存在などを教えていると、モニターが点灯し、牢屋敷の管理者『ゴクチョー』のアナウンスが流れた。鉄格子のオートロックが外れたのを見て、看守が来るより先に牢を出た。
いつもの朝のように、アンアンの手を引いて薄暗い廊下を歩く。途中看守とすれ違ったが、大人しく歩いていくワタシたちに対して何かすることは無く、ラウンジへと続く階段のある方向を顔を向けて示すと、他の囚人を迎えに行ってしまった。
「――次、そこの君たち! 自己紹介を頼めるかい?」
王子様のような中性的な風貌の少女『蓮見レイア』が、ワタシたちを見た。強制的に視線がレイアの方へ向けられる感覚に強烈な違和感を感じながら、ワタシはにこやかに自己紹介をした。
「ワタシは夏目ランランだよ。それで、こっちが双子の妹の……」
『夏目アンアンだ。話すことが苦手ゆえ、あまり話しかけないでくれるとありがたい』
ワタシの名乗りの間にスケッチブックにメッセージを書き上げたアンアンは、それを掲げる。…ゲーム本編よりも口調が柔らかいのは、ワタシが物腰の柔らかさを必死に教えたことが功を奏したのだろうか。
そんなほんの少しの変化を伴って、ワタシたちの牢屋敷生活は幕を開けた。
メインが死ぬほどgdってまして、早々に2話目投稿です。
今作はこんな感じで、過去回想と牢屋敷パートが1話内に収まる形が基本になる……かなぁと思ってます(見切り発車による無計画)
とりあえずまのさばにおいて少女がひどい目に遭わないなんてことは万に一つもあり得ないので、ランランちゃんも例に漏れずかわいそうなことになります。どうぞお楽しみに。