ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか   作:新グロモント

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55:親友

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の終結後、各派閥は遺体の回収作業を進めていた。蘇生魔法の存在も考慮し、できる限り元の状態に復元できるよう、手足や指といった細かな部位の回収も怠らない。

 

 そして、リュー・リオンもまた、自らの手で仲間を爆砕してしまったその場所へと足を運んでいた。かつてジャガーノートを打倒するために戦った時とはわけが違う。戦争遊戯(ウォーゲーム)という、誰も命を落とす必要のなかったはずの戦いで、彼女は自らの手で仲間を殺めてしまったのだ。

 

 あの時の自分はどうかしていた、どうして仲間もろとも魔法で粉砕したのだと。改めて冷静に考えるとあり得ないことだ。かつての仲間を全く同じ方法で殺すなど、呪われていると思えるほどだった。

 

「なにも…ない」

 

 壊れた建造物や衣服の残骸、生々しい血痕といった戦闘の凄惨な痕跡は確かに残っている。間違いなくここで激戦が繰り広げられたのだ。そしてリューは広域魔法を行使し、【フレイヤ・ファミリア】の幹部もろとも仲間を吹き飛ばしたはずだった。

 

 リューは亡骸を集め、蘇生魔法にすがるつもりでいた。【ヘスティア・ファミリア】が提示した勝利報酬の権利行使である。実際、リュー自身がその目で蘇生の瞬間を見たわけではないが、神々が口を揃えて存在を認めるのだから間違いはないはずだ。そうでなければ、これほどの巨大派閥が動くはずもないのだから。

 

「そんなはずはない……確かにあの時まではここに……」

 

 リューは地面に這いつくばり、必死で仲間の遺体を探し回った。草むらをかき分け、樹上に引っかかっていないか見上げ、重い岩を持ち上げるなど、考えうる限りの手を取り尽くした。だが、肉片一つとして見つからない。そう、そこには何一つ残されていなかったのだ。

 

 すでに、動植物に食い荒らされたにしては、早すぎる。

 

 つまり、既に誰かによって回収された可能性が高かった。誰が回収したのかと考えれば、【フレイヤ・ファミリア】以外にはあり得ない。彼ら幹部の遺体も残っていないのだから、一緒に持ち去られたと見るのが自然だった。

 

 【フレイヤ・ファミリア】側としても、幹部を復活させるために蘇生魔法を必要としているはずだ。ならば、集められた遺体はどこかで厳重に保管されているに違いない。だが、リューは【フレイヤ・ファミリア】に対して、かつて大規模な破壊工作を行った過去がある。

 

 『魅了』事件の渦中だったとはいえ、損害の弁済もせぬまま逃亡した身だ。今さらどの面を下げて「回収した遺体を見せてほしい、その中に【アストレア・ファミリア】の仲間が混ざっているかもしれない」と申し出たところで、相手が聞き入れるはずもなかった。

 

 しかも、リューは……ヘグニとヘディンを殺した張本人だ。

 

 今このタイミングなら、敵陣営に兵力は少ない。今すぐに殴り込むかと本気で考えるリュー。発想が蛮族だった。エルフとしての知性などどこにも感じられない。

 

 そんな彼女の暴走を制したのは、主神であるアストレアだった。

 

「リオン、落ち着きなさい。彼女たちの『恩恵』が消えているのは事実です。また繰り返すのですか? 正義は捨てなさいと言いましたが、倫理観まで捨てなさいとは言いませんでしたよ」

 

「アストレア様……! 私は……私はまたしても、愚かな過ちを……!」

 

 地面に深く頭をこすりつけ、罪悪感に打ちひしがれるリュー。

 

 せっかくの再会を果たしたというのに、謝罪ばかりを繰り返す痛々しい眷属の姿に、主神アストレアは心を痛めた。アストレア自身も映像を通じて戦況を窺っていたが、仲間ごと敵幹部を爆砕したリューの決断には強い衝撃を受けた。しかし、土壇場の極限状態においては、あれが唯一の最善手であったのかもしれない。もし一瞬でも躊躇していれば、命を落としていたのはリュー自身だったのだから。

 

「リオン。私はずっと疑問に思っていたのです。一度途絶えたはずの『恩恵』の息吹が、なぜ突如として戻ってきたのか……。本来ならあり得ない現象です。蘇生魔法の存在も先日知ったばかりですが、彼女たちはそれより前に息を吹き返していました。何か心当たりはありませんか?」

 

「……アリーゼたちは、なぜか【アスクレピオス・ファミリア】と行動を共にすることが多かったと聞いております」

 

 戦場に居合わせたプルシュカとニーナ。彼女たちは【アスクレピオス・ファミリア】に所属しており、【フレイヤ・ファミリア】とも深い交流がある。となれば、遺体はすでに彼女たちの手によって回収されたと考えるのが最も自然であった。

 

「決まりですね。一緒に彼らの拠点へ向かいましょう。私からも直接お願いしてみます」

 

「アストレア様……感謝いたします」

 

 蛮族思考から解放されて文明人となったリュー・リオンは、主神アストレアと一緒にオラリオにある【アスクレピオス・ファミリア】を訪れることになった。

 

………

……

…

 

 他派閥の主神を迎えるとなれば、非礼な対応は許されない。応対にあたるのは当然、主神たるアスクレピオス自身であった。再建の途中である執務室ではあったが、相応の礼節を保てる程度には整えられている。

 

 【アスクレピオス・ファミリア】を訪問したのは、女神アストレアとその眷属リュー・リオンである。

 

「こうして直接顔を合わせるのは久しぶりですね、アスクレピオス。オラリオが暗黒期にあった頃の出来事が、今でも鮮明に思い出せます」

 

「そちらの勘違いの正義で邪険にされていた記憶しかないがね。剣製都市ゾーリゲンに帰るのだろう。ならば、早くオラリオを出た方がいい。ここは暗黒期並みに治安が悪くなっている。神相手でも不埒なことを考える馬鹿が増えるだろう」

 

 その治安悪化を象徴するように、街の影では小人族(パルゥム)狩りなる横暴まで横行していた。

 

 事態を引き起こした原因は、【ヘスティア・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】による激闘――戦争遊戯(ウォーゲーム)であった。ギルドはクエストという形で各派閥に警備を要請するなど手をつくしていたが、増大する混乱に対して圧倒的に人手が不足していたのである。

 

「どうか大目に見てもらえませんか。当時のアリーゼたちは、まだ幼い子供だったのですから」

 

「惜しい才能を失ったものだ。先日Lv.5(レベルファイブ)に昇格したばかりだったというのにな。順調にいけば、数年のうちにLv.6(レベルシックス)の域にまで達していたはずだ。それほどの逸材だった」

 

 Lv.4(レベルフォー)に達するだけでも一握りの存在。Lv.5(レベルファイブ)となれば全冒険者の中でも極わずかであり、ましてや女性冒険者がその高みに至るのは至難の業だ。だからこそ、アスクレピオスは偽らざる本心から、その早すぎる死を惜しんでいたのだった。

 

「そういえば、彼女たちはこちらの派閥でお世話になっていたと伺いました。どのような経緯で交友が始まったのですか? 神としての私の見立てに狂いがなければ、5年前に彼女たちは命を落としたはずです。それにもかかわらず、最近になってなぜか『恩恵』の気配が甦ったのです」

 

「眷属たちが、連れてきた。それ以上それ以下でもない。言いたいことがあるなら発言していいぞ、リュー・リオン。彼女たちの仲間であるお前にはその権利がある」

 

 アスクレピオス自身は、彼女たちがどういった過程を経て蘇生させられたのかなど詳しくは知らない。ただ、特級遺物の実験で蘇生させられたとだけ知っている。すでに十分な実験データがあり、深層での指導も終わったので、お役目御免となり復元された遺体は“不屈の花園”で保管中ということしか知らないのだった。

 

「発言を許可いただきありがとうございます、アスクレピオス様。まず、此度の戦争遊戯(ウォーゲーム)で派閥連合側として参戦いただきありがとうございます。……もし、【アストレア・ファミリア】メンバーの遺体を現場から持ち帰っていましたら、お返しいただけないでしょうか」

 

「参戦についてはこちらの都合によるものだ、気に病む必要はない。大した動きもしていないからな。遺体については、しかるべく埋葬するために回収してある。今すぐ引き渡しても構わんぞ。だが……どうやって持ち帰るつもりだ? 麻袋に詰め込んで運ぶのか? それではいささか目立ちすぎる。木棺でも用意した方がよいのではないか?」

 

 計5つもの遺体を、神と眷属の二人だけで運搬するのは容易ではない。棺を用意したとしても、街中を移動するには相応の苦労が伴うだろう。

 

 遺体がここにあるだろうと踏んで訪れた二人だったが、【アスクレピオス・ファミリア】側が何ら渋ることなく引き渡しに応じたため、拍子抜けすると同時に驚きを隠せずにいた。

 

 アスクレピオスが卓上のベルを鳴らすと、音に応じるように祈手(アンブラハンズ)が静かに姿を現した。

 

『お呼びでしょうか、アスクレピオス様』

 

「【アストレア・ファミリア】の者たちの遺体を引き渡す。手配しなさい」

 

『かしこまりました。10分ほどお時間を頂戴いたします』

 

 手際よく立ち去る祈手(アンブラハンズ)の後姿を見送りながら、アストレアとリューは「やはり計り知れない底不気味さを秘めたファミリアだ」と意を強くした。

 

「アストレア、お前は彼女たちの遺体を回収してどうするつもりだ。噂の蘇生魔法で復活でも試みるのか?剣製都市ゾーリゲンでは、リュー・リオンを含めて持て余す武力になるぞ。オラリオに拠点を移すつもりなら、 現団長との対立が起きるぞ」

 

「……ええ。リオン達と彼女たちでは、レベルの差が大きすぎる。主神としてどうにかしてあげたいけれど、こればかりは難しいわ」

 

 眷属間での上下関係には、色々な形がある。

 

 本来、他派閥の内部事情に口を挟むのは不躾な行為だ。しかし、これほど高ランクの冒険者を擁する派閥が内紛で瓦解するとなれば、都市全体の治安にも影響しかねない。

 

「いっそ【アストレア・ファミリア】のオラリオ支部を設立してはどうか。ステイタスの更新に支障が出るが、魔道具を用いれば処置は可能だ。神ヘスティアに頼めば一肌脱いでくれるだろう。お前たちはそれほどの貸しを彼女たちに作ったのだからな」

 

「神ヘスティア、ですか……天界にいた頃はほとんど交流がなかったのですよ。ですが、この半年間の活躍と噂はオラリオ外にまで届いています。当然、あなた方のところで起きた事件の顛末も知っていますよ。リオンの賞金首指定を解除するためとはいえ、関わりを持ったことを後悔しているのが本音です」

 

 あの戦争遊戯(ウォーゲーム)を見て後悔しない神はいないだろう。参加した神のほぼすべてが後悔している。唯一無傷だった【ヘスティア・ファミリア】ですら、一文の得にもならなかった戦いだ。

 

「根は善神なのだろうが、眷族すらまともに御せない神に派閥を率いる資格などない。……まだ時間はあるな。茶のおかわりを淹れよう。プルシュカが摘んできた『トコシエコウ』という花から抽出したものだ。なかなか風味豊かな味わいだろう」

 

「いただきます。そういえばプルシュカといえば、アリーゼたちと共にダンジョン深層の50階層まで到達したというのは事実ですか? かつて私たちが打ち立てた記録をあっさりと塗り替えられてしまって、少々驚きましたよ」

 

 そんな雑談をしながら神同士の会話で時間が過ぎ去る。

 

「もうすぐ時間か……リュー・リオン。お前に聞いておきたい。お前は……今後どうするつもりだ。いいや、聞き方が悪いな。改宗(コンバージョン)を考えているのかと聞いている。【アストレア・ファミリア】としても今後を左右する。当然、蘇生魔法で蘇ってきた者たちも同じだろうが、一度仲間内で本音で話し合うといい。一つ言えることは、【ヘスティア・ファミリア】は地獄だぞ」

 

 神アスクレピオスの言葉は、リュー・リオンに鋭く突き刺さる。

 

 アスクレピオスから投げかけられた峻烈な問いは、リュー・リオンの胸を深く抉った。

 

 仮に改宗(コンバージョン)を選んだ場合、主神アストレアへの恩義を盾にして仲間を戦争遊戯(ウォーゲーム)の渦中に巻き込んだ軽薄な者――そう罵られたとしても甘んじて受けるほかない。アスクレピオスは、リューが目を背け続けていた過酷な現実を容赦なく突きつけているのだ。

 

 彼女はその問いに応えることができなかった。

 

 神アストレアは「神ヘスティアの元へ遺体を運べば優先して蘇生を行ってもらえる」と考えているのかもしれないが、実際の現場は膨大な順番待ち状態だ。適切な処置も施さず遺体を放置するなど、愚の骨頂と言わざるを得ない。

 

 ましてや、幾つもの遺体を抱えたまま滞在できる宿など都市のどこにも存在しないのだ。

 

………

……

…

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)においては最大級の戦力として貢献したにもかかわらず、戦いが終われば恩を忘れられ、後回しにされる理不尽。神アストレアとリュー・リオンは、路上で途方に暮れてしまっていた。

 

 遺体袋を抱えた不審な冒険者と女神――路頭に迷う二人に声をかける者がいた。それは『豊穣の女主人』の給仕服に身を包んだ、銀髪の美しい女性だった。

 

「もう、やだな~リュー。そんな怖い顔をしないで仲直りしましょう。私もあの時は少し言い過ぎてしまったと反省しているの」

 

「シル……!? 一体どうしてあなたがこのような場所を出歩いているのですか」

 

 シル(フレイヤ)は、手にしていた一通の手紙を提示した。

 

 それは神アスクレピオスから神フレイヤへ宛てられた書状であった。プルシュカがフレイヤの元へ送り届けた、懇願の言葉が綴られた手紙だ。

 

「どうしてって……“困っている人は助けなさい”なんて変わった教えを掲げるファミリアから頼まれてしまったのよ。『親友が困っている時に、手を差し伸べてられるが真の友である』って。少なくとも、私は今でもリューのことを大切な親友だと思っているわ。ねぇ、リュー。私は考えを改めたの。もう一度、最初からやり直させてくれないかしら。酷いことをしてしまって、本当にごめんなさい」

 

「うぁ……っ、最初から素直に謝ってくれればよかったのです……! どれほど私が頭を悩ませたと思っているのですか……! シルは……シルは今でも私の大切な親友です……! だからお願いです、助けてくださいシル……! もう、どうすればいいのか分からないのです……!」

 

 涙を流して崩れ落ちるリューを、シルは優しく抱きしめた。

 

 その感動的な光景を、プルシュカは陰からしっかりと回想器(ミサグラファ)に記録していた。その場の映像のみならず、音声や匂いまでも克明に保存できる極めて有用な遺物である。

 

 捨てる神あれば拾う神あり。神アストレアとリュー・リオンは、5つの遺体袋と共に【フレイヤ・ファミリア】のもとへと身を寄せることとなった。

 




さて、これでリオンさんも何とかなった!!

リリルカ・アーデがここから入れる保険を探しています。
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