ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
間もなく、学区が数年ぶりにオラリオにやってくる。
正式名称は『海上学術機関特区』。世界中から子供を募って優秀な人材を育てることを目的とした、世界を回る移動型教育機関だ。『学区』の校舎も兼ねた超巨大船『フリングホルニ』の中に複数の学術系ファミリアが存在し、ギルドからの援助を受けて運営されており、神々から恩恵を受けて眷族となった教師と学生が所属している。
そのギルドからの支援が一時打ち切りになった。その理由は、オラリオの冒険者達が起こした
だが、オラリオ側の反応は真逆だった。学区を歓迎するため、都市を挙げて準備を進めている。今や少しでも使い物になる冒険者は、どのファミリアでも大歓迎される状態だ。仮に
それほどまでに、深刻な人材不足に陥っていた。
一番の原因は、もちろん
そのような事態が重なり、現在のオラリオはまさに売り手市場。ファミリア加入時点で先輩冒険者が手取り足取り教える手厚い指導に加え、装備一式まで提供される。一度見学に来た未来の仲間を逃がさないため、娼館でおもてなしをしたり、あらゆる手段で抱え込もうとするファミリアも数多くあった。
この状況下で、学区の生徒たちがやってくるのだ。学区には
そんなオラリオの現状は、【アスクレピオス・ファミリア】の耳にも届いていた。
「つまり、プルシュカ達より年上で優秀な学区の人たちが来るということね。【アスクレピオス・ファミリア】もアピールして、ファミリアを盛り上げなきゃ! でも、他と同じアピールじゃ意味がないわ」
「おやおや、張り切っていますね。ですが、どこも人手不足で新人の獲得は激戦ですよ。【フレイヤ・ファミリア】も学区から
【フレイヤ・ファミリア】の
「う~ん、ニーナちゃんは何かアイデアある?」
「やっぱり、今までやってきたことでいいんじゃないかな。プルシュカちゃんとダンジョンでお店を出して、皆を助けるファミリアだって伝えるとか」
「それもそうね! でも、露店は禁止されているから無人店舗にしよう。深層1号店と深層2号店の商品補充をして、ラインナップも増やして皆に喜んでもらうの。優秀な学区の人たちなんだから、お店を見たら『このラインナップ、分かってるな~』って驚くに違いないわ。できる先輩冒険者が誰なのか、教えてあげるんだから」
そうと決まれば、子供たちの行動は早かった。早速、一流の冒険者たちへの聞き込みを開始する。聞き込み先は【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】。彼らほど経験豊富な冒険者は他にいない。
………
……
…
【ロキ・ファミリア】では、先日とても美味い汁を吸わせてもらったこともあり、主神自らがインタビューに応じる。その傍らでは、フィンやリヴェリアといった超一流の冒険者たちが実際の経験に基づき、あれば良かった物とその理由を丁寧に説明した。
自分たちのファミリアを盛り上げようと頑張る子供たちの姿は、見ていて気持ちが良いものだった。絶大な知名度と実力を誇る【ロキ・ファミリア】は、募集せずとも向こうから売り込みが来るため、こうした
「やはり、一番欲しいのは地上への連絡手段だな。あの
「
未来ある子供たちが生き残るために何が必要か、親身になって言葉を返す。彼らの経験談から導き出される必需品や便利な道具の情報は、本来なら金になる価値ある情報だった。
やがて、会話は徐々に雑談めいた内容にも広がっていく。
王族の出身である『九魔姫』リヴェリア。
「あまり贅沢は言わないのだが……遠征では固い床で寝るため、睡眠の質が少々悪い。暖かい湯につかり、体を綺麗にして、柔らかいベッドで寝られれば、気力も体力も格段に回復するのだがな」
それのどこが贅沢ではないのか。ダンジョンで湯浴みと寝心地の良い寝所を用意してほしいとのことだ。
酒のためなら命を賭ける『重傑』ガレス。
「やはり旨い飯と酒だろうな。ダンジョンにおいて食料は命繋ぎだ。だが、食わねば戦えぬ……あぁ、そうそう、お主たちの無人店舗だがね。この間、本当に50層で見かけたぞ。代金はしっかり集金箱に入れておいたからな。期待しておけ」
一に食料、二に食料。こういった豪快な意見をプルシュカたちは求めていた。
背中の開いた衣装が特徴的な『剣姫』アイズ。
「替えの服が欲しい。ダンジョンだと洗濯できないし、洗っても汚れが落ちない時があるから……」
その背中が全開になった特殊な衣装をダンジョンで販売して誰が購入するのだろうか。疑問は残りつつも、要望として書き留めておく。
大胆な衣装を身に纏うアマゾネスの姉、『怒蛇』ティオネ。
「予備の武器とポーションかな! 回復魔法はマインドを消費するでしょ? ダンジョンで武器を壊すなんてありえないけど、たまに変なモンスターが湧いて溶かされちゃうこともあるのよ。だから、予備があると本当に助かるわ」
ありきたりだが、非常に重要な指摘だった。ダンジョンで回復手段と武器を失えば死に直結する。その心配がなくなるだけで、救われる冒険者がどれほどいることか。
同じく露出度の高い衣装の妹、『大切断』ティオナ。
「お手洗いと紙かな。ダンジョンの葉っぱや水で洗い流した後に拭くものがないと困るじゃない」
これもまた、切実かつ非常に重要な問題だ。
以前、オッタルがお手洗いに向かっている最中に逃げ出した強化種のミノタウロスと遭遇し、プルシュカたちも大変な目に遭った経験があった。
遠征において、各々が様々な不満を抱えていることが明確になった。プルシュカとニーナはそれらをしっかりとメモに記録し、次のファミリアへ意見を聞きに向かう。
「みんな、貴重な意見をありがとう! 楽しみに待っててね~」
「ありがとうございました!」
元気なお礼を残して去っていく子供たちを、手を振って見送る【ロキ・ファミリア】の幹部たち。学区の学生よりも、あの子たちが体験入団に来てくれないものかと思わずにはいられなかった。
………
……
…
顔パスでどこにでも入れる【フレイヤ・ファミリア】のホーム内を、二人は幹部たちを探して何食わぬ顔で歩き回る。なぜか拠点内に用意されているプルシュカとニーナの部屋は綺麗に掃除されており、いつ来てもすぐに使えるよう整えられていた。
部屋に荷物を置いた二人は、団員が集まる談話室へインタビューに向かう。何ら疑われることもなく招き入れられ、まるで小動物のように可愛がられていた。
その筆頭が、最近第一級冒険者に駆け上がり、フェルズを除けば二人目の蘇生魔法の使い手として注目の的であるヘイズ・ベルベット。そして同じく都市最強のテイマーの座を手に入れてしまったメルーナ・スレアだ。二人とも
「今日は何をしに来たの?」
「それはまだ内緒だよ、ヘイズお姉ちゃん。でも特別に教えてあげる。今度、学区が来るってパパから聞いたの。すごく優秀な生徒を世界中から集めた凄い教育機関なんですって。
「お父さんは、フリングホルニを一度バラバラ分解してみたいってすごく評価していたよ。それでね、今はプルシュカちゃんと一緒に【アスクレピオス・ファミリア】の活動をもっと知ってもらって、新人を獲得してファミリアを盛り上げようとしてるの」
ヘイズは早くも嫌な予感がしていた。【アスクレピオス・ファミリア】の実態を知っているからこそ分かる。あれについていける存在など、早々いてたまるか。
「そ、そうなのね。でも、優秀と言ってもプルシュカやニーナほどじゃないと思うな。多分、きっと、絶対」
「お世辞なんていいのよ、ヘイズお姉ちゃん。プルシュカとニーナちゃんは同世代じゃ負けなしだと思うけど、世界は広いわ。世界中から集められた優秀な子供たちが学ぶ学区の生徒が、プルシュカたちに負けるはずがないもの。きっと勉強もできてレベルも高い……でも、プルシュカたちの方がダンジョンの経験値は上よ!」
「うんうん。そこでね、学区の生徒はオラリオでの実習でダンジョン探索を行うって聞いたの。プルシュカちゃんと一緒に無人露店を拡大して、『このラインナップ、分かってるな~』って言わせようっていう作戦なの」
プルシュカが腕を組み、ドヤ顔で胸を張る。
「その無人露店ではね、貴方も”困っているヒトを一緒に助けませんか”ってチラシも用意する予定よ。今なら、プルシュカとニーナがダンジョンでのイロハも教えてあげるんだから」
「だよね。新人が来たら、深層までのアイテム補充も許可貰えそうだもんね」
有人露店が禁止されたから無人露店でアレを続けるだなんて、どうしてこうなったのかとヘイズは頭を抱えたかった。しかし、子供たちのこの勢いを止められる保護者はいないのだろう。これだから親バカは、と叫びたい彼女だった。
深層は、子供の遠足先じゃない。あの親にしてこの子だから、色々とぶっとんでいるのだろう。深層探索は第一級冒険者でも油断すれば死ぬ場所だ。
だから、ヘイズは心を鬼にし、無理難題を突きつけて思いとどまらせようと試みる。しかし、彼女は知らなかった。大抵こういう悪あがきは、墓穴を掘る結果になるということを。
蘇生魔法の使い手であるヘイズ。
「フレイヤ様を崇める祭壇がないのよね」
壊れない魔剣の返却を拒否した自称テイマーのメルーナ。
「ゆっくり落ち着いて本を読める場所がないわ」
居候の身であり、フレイヤの親友でもある『疾風』リュー・リオン。
「ミア母さんの食事でしょうか……」
都市最強の冒険者オッタル。
「強敵」
最近
「情報だ」
同じく
「と、友達……」
トップ層の冒険者たちは、手加減なしで欲しいものを好き勝手に口にする。正直なところ、ダンジョン探索において【フレイヤ・ファミリア】の意見は参考にすらならないものばかりだとプルシュカでさえ感じていた。これが脳まで筋肉でできていると揶揄されるファミリアの実態だ。
その日から学区が到着するまでの僅かな期間、【アスクレピオス・ファミリア】による怒涛のアピール作戦が決行されることとなる。
1話で終わらす予定が分割する事になってしまった。