ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
久しく感じなかった死の足音。【ロキ・ファミリア】が地獄と評する場所は、確かにその通りだった。この緊張感、まさしく今、ボンドルドたちは冒険している。敵の数、敵の質、多種多様な攻撃。
「
周囲に乱反射した紫の光線が、壁面や死角に隠れたモンスターを貫いていく。
タッカー親子の錬金術により、敵が業火に包まれ、爆散して一時的にその数を減らす。先頭で肉壁となったオッタルが倒したモンスターの数は、優に100を越えていた。本来、アリーゼたちがいたならば比較的スムーズに処理できていただろう敵の数だが、まるで狙い澄ましたかのように次々と敵が押し寄せてくる。
これこそが、ダンジョンに意思があると言われる証拠だ。弱い者から徹底的に潰そうとしてくる。
そのおかげもあって、【ロキ・ファミリア】の遠征部隊が対処する必要のあるモンスターは圧倒的に少なくなっていた。ボンドルドたちとしては、まるで
「予想通りだネ。遠征部隊が進んだ方角は敵が少ない。この先の通路に間違いなく『何か』がいるネ。なけなしのエネルギーで用意したんだろうが、隠すならもっと上手にやるんだネ」
涅マユリが持つ計測器は、”汚れた精霊”からのパイプラインを示していた。その反応が強くなる場所には、絶対に何かがある。何があるのかと言えば、決まっている。
53階層において、通常ルートから外れた場所。54階層へ下る分には通る必要がないどころか、遠回りとなる行き止まりの空間。そこに、気味の悪いモンスターが潜んでいた。下半身は植物のようだが、上半身は女性体をしている。
それは、先日ボンドルドたちがエネルギーを略奪して育てたデミ・スピリットと同じモンスターだった。
まともなモンスターではないと察したオッタルの行動は迅速だった。デミ・スピリットを守るように群がる多数のモンスターなど、彼には関係ない。即座に
一見無謀な突進だったが、オッタルは信じていた。これまでの連携から、ボンドルドたちなら付いてこられると。その信に応え、ボンドルドたちがオッタルの進路を阻むモンスター群を焼却し、錬金術で足場を作り出す。オッタルはモンスターの大群を力任せに無視し、デミ・スピリットへ最大火力をぶち込んだ。
「オッタルさん! ナイスプレイです!」
「一撃なんて凄い……!」
プルシュカとニーナがオッタルの圧倒的な殲滅力を手放しで褒めちぎる。デミ・スピリットのような正体不明の存在は、相手が行動を起こす前に最大火力を叩き込んで殺すのが最も確実だ。オッタル自身、相手が何かを仕掛ける前に殺し切ることでこれまで生き抜いてきたのだった。
プルシュカとニーナが笑顔でハイタッチを求めると、オッタルは無言のままそれに応じた。
この武骨な団長オッタルの様子はしっかりと記録されており、あのフレイヤでさえ「嘘でしょう」と目を疑うほどの、仲間との見事な連携プレイだった。
「次はいるのか?」
「いいや、もういないネ。馬鹿火力すぎて私の出番がないじゃないか。折角、色々試そうと思っていたのにネ」
だが、和気あいあいと油断している暇はない。すぐに次のモンスター軍団がボンドルドたちの行く手を阻む。58階層まで辿り着くにはまだ時間がかかるだろう。残りのポーションや食料を計算しながら、精神力を温存して進む必要があった。
ボンドルドは、オッタルが何故都市最強なのかを理解した。
「オッタルさんは、瞬間的に魔法やスキルを扱うのが非常に巧みですね。精神力の消費を最小限に抑えており、戦いにも無駄がない。恐らく本来のスタイルは、攻撃よりも防御主体なのでしょう」
「あぁ」
口数は少ないものの、一切の不満を漏らさずに戦ってくれる点も評価が高かった。子どもたちを守るように動く配慮もあり、給料以上の働きを見せている。【フレイヤ・ファミリア】ではオッタルの運用方法を正しく理解しておらず、派閥内で不毛な殺し合いなどをさせるから【ロキ・ファミリア】にダンジョン探索で遅れをとるのだ。
ボンドルドたちは58階層からの砲撃を警戒しながら、順調に階層を下っていく。
………
……
…
安全かつ確実に攻略を進めてきたボンドルドたちは、58階層へ足を踏み入れる前に小休止を取ることにした。58階層は巨大なドーム状の広場となっており、竜系モンスターが大量に徘徊している。ここを抜けて59階層へ向かうにしても、敵からの集中砲火や大群による襲撃は避けられない。
よって、休憩を挟み万全な状態で進むのが得策だ。
ボンドルドが壁に手を突っ込み、食料となるネリタンタンを引きずり出す。オッタルはそれを初めて目にしたため、壁の中に食べられる食料があるのかと真似をして壁に手を伸ばしてみたが、何も出てこない。
「残念でした、オッタルさん! これはパパとプルシュカだけのスキルなんだから。見ててね……はいっ! 捕まえた!」
「プルシュカちゃんの方が少し大きいね。太っている方が脂がのっていて美味しいよ」
ネリタンタンが手際よく三枚におろされ、香辛料をまぶして弱火でじっくりと焼き上げられていく。さらに鍋でお米を研ぎ、白米を炊くことも忘れない。香ばしいお肉と温かい白米の組み合わせは最高だ。
しばらく待つと、ふっくらと炊きあがった白米と、香ばしく焼き上がった肉の塊が用意された。子どもたちが全員に配膳し、オッタルの手にも渡される。キンキンに冷えた冷水も用意されており、極限の疲労が残る体に深く染み渡っていく。
周辺のモンスターはすべて殲滅し、ダンジョンの床や壁面を破壊してあるため、新しくモンスターがリスポーンすることもない。イレギュラーへの警戒も含め、ここで一息ついて野営しても問題ないと全員が判断した。
次の階層へ足を踏み入れれば、ボンドルドたちの到達記録は【フレイヤ・ファミリア】の持つ最高記録に並ぶ。遠征としては大成功と言えた。
「パパ、火炎砲撃がないってことは、あのモンスターも討伐されたのかな?」
「えぇ、そう思います。【ロキ・ファミリア】はここを通ったはずです。あれほどの脅威を取りこぼすはずがありません。砲撃を下の階層へ打ち込めれば危険ですからね。多少の犠牲を払ってでも、ここで仕留めているはずです」
「あれのインターバルは三日だ」
経験者オッタルのありがたい言葉だった。
ここに来るまでの道中で、オッタルとのコミュニケーションも少しずつ成立するようになっていた。主にプルシュカやニーナの仲介が必要ではあるが、それでも過酷な深層において意志の疎通ができることは極めて重要だ。
つまり、あの火球がないのならば、ここで一晩明かしても問題ないという事だ。
「では、本日の野営はここにしましょう。次の階層は大型の竜ばかりですので、この狭い通路までは追ってこられません。プルシュカ、野営の準備を始めましょう」
「遠征部隊の人を追いかけないでいいの?」
先行した遠征部隊と離れてから、すでに半日ほどが経過している。彼らも着実に先へ進んでいるはずだ。無理に追いかけるより、ここで一夜を明かして万全の状態で進む方が安全性は格段に上がる。
「えぇ、ダンジョンにおいて『まだいける』という過信は致命的です。遠征部隊と我々は別のチームですからね。オッタルさん、見張りの当番は私たちが引き受けます。あなたはこのパーティの主力ですから、しっかり食べ、体を休めて明日に備えてください。それがあなたの役割です」
「わかった。異変があればすぐに起こせ」
どんな環境であれ即座に体を休められるのも一種の才能だ。疲弊した体を一瞬で回復モードへと切り替える。これこそが、圧倒的な戦いの才能に恵まれたオッタルという傑物の強さだった。
◇◆◇◆
遠征部隊の様子を見ていた神々。
「なぁフレイヤ。この遠征が終わったら一発焼き入れようと思っとるんやが、一枚噛んでもええで。あの
「下手に障るとこっちみたいに、被害が出るわよ。【ロキ・ファミリア】だとファミリア全滅の覚悟がいるわね。それと、私の伴侶をアレ呼ばわりしないでちょうだい。ただの偶然よ。それより、早くリューを助けに行くよう指示しなさい」
神ロキは脳内で遠征部隊の戦力を素早く計算する。”汚れた精霊”が画策しているのは間違いない。あれほどの圧倒的な火力は、ロキが把握している情報から大きくかけ離れている。安易な戦力の分散は命取りだ。
「【アストレア・ファミリア】の連中が助けに行く言うとったから大丈夫や。あの院長たちもついておるんやろ」
「それもそうね。じゃあ、早く58階層に行くように指示して頂戴」
しかし、地上で映像を確認しているだけの神々は、遠征部隊側の視点でしか状況を把握できない。ボンドルドたちが縦穴へと誘い込む様子などは、神々の脳内で都合よく映像化された妄想に過ぎなかった。
遠征部隊は群がるモンスターを的確に処理しながら、最短ルートで深層へと突き進んでいた。その間、過酷な火炎砲撃が遠征部隊へ届かなかったことが、リュー・リオンたちが未だ健在である証拠となっていた。
数時間にわたり、襲い来る竜の群れに対処しつつ、
死闘を生き延びる代償として、手足の欠損や全身の重度の大火傷など、状況は絶望的だった。極めて効率は悪いものの、リュー・リオンの回復魔法がなければ全滅していただろう。それほどの死闘の果てに、ようやく『精霊の分身』を撃破したのだ。
撃破後は、遠征部隊が合流するまで陰に身を潜め、戦闘を最小限に抑えながら必死に生きていた。
「どういうことやフレイヤ! オッタルが58階層におらんやないか! 【アストレア・ファミリア】の連中が死にかけやぞ。アミッドがおらんかったら確実にあの世に行っとったわ!」
「私が知るわけないでしょう。それにオッタルは今回の遠征とは別行動なんだから、いなくても文句を言わないで。あなたのところだって遠征中でしょう」
ぐうの音も出ない正論だった。神ロキは今回、戦力を出してもっている立場であり、オッタルが不在であることに文句を言うのは筋違いだ。むしろ、遠征部隊の誰も58階層直通の穴へ飛び込もうとしなかったことこそが問題と言えた。
もちろん、助けに行くと言い出したアリーゼが戦犯でもある。
「わかった、わかった。今回はウチが悪かった……【アストレア・ファミリア】がこっちにおるっちゅーことは、オッタルたちはどうするんや。流石に火力不足やろ。
「普通なら深層まで来ないわよ。それで、遠征はどうするの?」
【ロキ・ファミリア】主体の遠征部隊としては、正直棚から牡丹餅の展開だった。【アストレア・ファミリア】のメンバーをこのまま戦力に組み込んで”汚れた精霊”に挑めるのであれば、勝率はさらに高くなる。
神ロキは遠征の続行を指示する。そして、その戦力として【アストレア・ファミリア】も取り込めと命じた。ボンドルドたちの戦力が削られることなど、彼女の知ったことではない。あちらが捨て置いた戦力をこちらで拾い上げるのだから、文句はあるまいという腹づもりだ。