ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
眠りし黒竜。ボンドルドが開けた穴から内部が覗けるようになったが、大精霊の風印内部の中央にデカい何かがいる。圧倒的な威圧感と生存本能からの忌避感から、あれが『隻眼の黒竜』で間違いないと確信が得られた。
その内部には、この過酷な環境で生き抜いた深層でも滅多にお目にかかれないクラスのモンスター達が命の削り合いをしている。彼等は生きるため他のモンスターを捕食しなければならないが、相手も同じく生きるか死ぬかの極限の日々を送っている。
しかし、それも今日までだった。
ボンドルドが開けた穴は5m程のものであり、よほどの大型モンスターでない限りそこから抜け出せる。「明るい外の世界で好きなだけ餌にありつける」という衝動が、モンスター達を一斉に狭い出入り口へと集めてしまった。
我先にと飛び出そうとするモンスター達は、その脱出口を殺し合いという形で奪い取ろうとしていた。いち早く外の世界に飛び出そうとしたモンスター……だが、出た先が天国とは限らない。風印の中で殺し合いの末、出口を勝ち取り眩しい太陽の日差しを浴びると同時に、分解され、溶解され、焼かれ、爆破され、切られ、刺され、撃ち抜かれていく。
これを繰り返すことで、内部圧とモンスターを減らし山ほどもあった巨大な風印が少しずつ縮小されていく。
「出口がモンスターの死体で塞がってしまいました。分解と溶解をお願いします。しかし、ダンジョンと違い死体が残るとドロップをはぎ取り放題ですが、死体が邪魔です」
「そうだね。でも、どこかの国じゃそれ目当てでモンスターを養殖しているらしい。ヒトの業とは恐ろしいものだね」
流石「喋るモンスター」と揶揄される人の所業だ。
院長達が黒竜を目視で確認する。処女神の加護があろうとも、ヒトである限り抗えない恐怖心が心を貫く。だが、恐怖を感じるという事は生きている証拠だ。生きているなら、まだ動ける。
黒竜のサイズは推定330m。想定重量は200万トン。
「バカげているネ。あれほどの巨躯の生物が自重で崩壊しない!? 物理学的にあり得ないヨ。
「えぇ、その通りです、涅院長。竜種の特徴として、自力浮遊を持っている事は間違いないでしょう。そうでなければ、あれが生きられるはずもない。そして、この風印を活用する事で勝算は更に上がります」
この風印は大精霊謹製であるが、黒竜が内部で暴れたら持たないだろう。だからこそ黒竜を眠らせる事に特化している。黒竜を脅かす命の危険でもない限り、アレが無理に目覚めて行動を始める事はない。
「パパ。第三段階の準備は終わったわ。パパ担当の第二段階は順調?」
「えぇ、滞りなく順調です。あと2時間もすればチャージ完了です。オラリオの状況はどうなっていますか、プルシュカ?」
「えっとね……今50階層に到着したみたい。これから、あの『竜の壺』を攻略するって話よ。ウダイオスとバロールは救援部隊の人たちだけでは対処できなくて、結構死者が出たみたい。最終的オッタルさんがレベルブースト込みで斬り殺したって」
疑似的
「良い傾向です。それほどまでに深層にいるならば、こちらへの影響はほぼないでしょう。
「一緒にいるみたい。おかしいな~、ウィーネちゃんとアステリメスさんが食べると言っていたのにまだ無事なのね。プルシュカの占いじゃ、そろそろ食われているはずなんだけど」
この時、救出部隊の中にいる兎のような真っ白な少年を狙う2匹のメスがいた。彼女たちは唇を舌で舐めながら、獲物が一人になる瞬間を狙っている。その気配にはオッタルも野生の勘で気が付いていたが、見知った気配であるため放置していた。
そもそも、
それから、ボンドルド達は徐々に風印を縮めていった。内部で生き残っていたモンスター達も狭まる風印内部から逃げ出そうと外に繋がる唯一の穴を目指すが、出口で待ち構える者達により殺されていく。
その中には、【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】しか到達した事が無い階層に出現するヴェノムスカイ・センチピード・ドラゴンも含まれており、無傷とはいかなかった。瘴気に汚染され、アンブラハンズや人造
だが、ここが正念場だ。風印内部の掃除が終われば、この計画はほぼ終わったと言える段階に達する。
「釣った魚に餌をあげない彼がいけないのですから、それも運命です。それと、風印の観測結果はどうでしたか、涅院長。そろそろタッカーさんが準備に入る予定です」
「あぁ、全て想定通りだネ。やはり、この風印は物理法則が通じない。内部の重量と風印の重量は一致しないヨ。およそ1/30位にまで圧縮されている。これなら想定より小さい物で行けるネ」
その朗報に院長や子供達は喜んだ。
どこかの誰かがいないおかげで、全てが計画通りに進む。これが本来あるべき姿だ。十年以上に渡り計画してきたことが、たった一人の男のせいで台無しになってたまるものか。人類の英知が三大ミッションの最後を完遂するまでのカウントダウンが始まる。
◇◆◇◆
その頃、オラリオの中央にそびえるバベルでは、主神ロキが血管がブチ切れそうなほどの青筋を立てていた。
あり得ない事の連続だ。階層主のインターバルを無視した出現。無数の強化種の出現、
ここまでなら「偶然」と割り切ってまぁ許そう、とロキも思っていた。助けてもらっているのだからあまり文句は言えないが……それでも言わざるを得なかった。
「これはどういうことや。ダンジョンだけやなくて、オラリオで
「僕は関係ないじゃないか!!
現在、オラリオでは警備が手薄であり、戦力となる冒険者が【ロキ・ファミリア】の救出部隊として駆り出されている。即ち、今なら普段手が出せないファミリアだって好き放題できるということだ。
事実、【ロキ・ファミリア】のホーム『黄昏の館』は焼け落ちた。手薄どころかほぼ無人であり、
武神・戦神ならば第二級冒険者くらいまでなら対応できる神もいる。だが、そんな神は例外だ。眷属たちがダンジョンに居る状態で神が送還され『恩恵』を失えば、確実に死ぬ。それだけは確かだ。街の治安を守っている【ガネーシャ・ファミリア】が無事だったならば、ここまで酷い事にはなっていない。
だが、彼等の蘇生は意図的に後回しにされていた。【ヘスティア・ファミリア】より総合戦力が高いファミリアを簡単には蘇生させない、リリルカ・アーデの作戦だ。
神フレイヤは、神ヘスティアが関係ないとは言っているが、そうは思っていない。なぜなら、
【我らが盟主であるヘスティア様の為、今こそ地上を御身に捧げます! かつてないほどオラリオの治安を悪化させ、冒険者をダンジョンに送り込んだ手腕は、流石はゼウスの姉君です!】
【貴方の事は我々が一番分かっています! 今神を殺せば冒険者は皆ダンジョンで死ぬ。この身に代えても必ず悲願を達成してみせましょう!】
【貴方こそ、真に頂点に立つべき神です! オラリオでの苦渋の日々はもう終わりです。我々が天に立つのです。今までオラリオの住民や冒険者から冷たい視線があったでしょう。ですが、それも今日で終わりです!】
「ねぇ、ヘスティア。私は貴方の事が結構好きだったのよ。そのせいもあって、貴方と声が似ているプルシュカも大のお気に入り。酷いわね、こんな事をされたらプルシュカの事も嫌いになっちゃいそうじゃない。貴方を思い出して」
「信じてくれ、僕は無実なんだよフレイヤ! あんな奴らの事なんて全く知らないんだって……あれ? あそこで暴れているのってジャガ丸くん露店の店長!? あっちは良くおまけしてくれる八百屋のお姉さん!? あっちはお隣の大工さんじゃないか!?」
後ろ指を刺されていた【ヘスティア・ファミリア】を陰で支えていた闇派閥の者達が表舞台に立った。
ヘスティアたちがいるバベルの地下神殿。そこには、今回の救出作戦に参加させられている主要な神々が揃っている。勿論、彼女の神友であるヘファイストス、ミアハもいる。タケミカヅチが涙を流しながら、ヘスティアを羽交い絞めに拘束する。
「すまぬヘスティア。今はこうするほかない。抵抗はしないでくれ……『神威』を発動しようとしたら、友としてその首を折るほかなくなってしまう」
「た、タケミカヅチ!! ……みんな、僕の言葉を信じてくれないのか。本当に何の関係もないんだよ!」
確かに、状況証拠でしかない。
神ウラノスは、神ヘスティアの善性を信じてはいる。だが、あまりに全てが揃いすぎている。これを覆すのは非常に難しい。
その事実を隠し通すのは非常にまずいため、神ヘファイストスは正直に話す。
「ごめんなさい、皆。ベル・クラネルのナイフ……あれは、私が鍛えた神造武器。神を本当の意味で殺せるナイフよ。だから、必ず回収して、私が責任をもって破壊するわ。知らなかったとはいえ、ごめんなさい」
この状況では、笑えない冗談だ。例えるなら、テロリストが核武装しているといきなり宣言されるようなものだ。
事態は、更に混沌となる。一人の神が息を切らして地下神殿に駆け込んでくる。
「た、大変だ!! 空に『アルテミスの矢』が出現している! 既に発射できる状態だ! どういうことだヘスティア、お前と同じ処女神のアルテミスがどうして地上で『神威』を発動している!? 彼女は死んだんじゃなかったのか!?」
「ドちび!! これも全て作戦ちゅーわけか! 天界最強兵器をオラリオに撃たれたら、オラリオは消えてなくなるなぁ。それどころかダンジョンにまで被害が及ぶのは確実や。なるほど、アルテミスもグルってことか。……ここまで来たら、最後の処女神アテナも
神が死に、眷属がダンジョンで死ぬ。オラリオどころか『学区』の生徒も動員されたこの計画だ。もはや、三大ミッションの完遂など達成不可能となる。
「『アルテミスの矢』だって!? 嘘だぁ! 彼女は死んだんだぞ!」
「なにお前が驚いてんねん。悪いが、ドちびもココで道連れ確定やぞ。死んでも逃がさへんで」
流石に、神フレイヤもアルテミスの一件だけは冤罪である事は知っている。しかし、神ヘスティアを助ける事は無い。
救出作戦は、これで失敗となった。今までの会話は、決死隊や肉壁部隊にも聞こえている。地上にいる主神を守らねば、自分たちまで死ぬ状況。
こうして、オラリオで一番長い夜が始まった。
竜の谷が平和な事の引き換えに、オラリオは地獄と化す。