怪談語 作:おしまい。
ときに。あなたは、落し物を拾われたことはありますか? ふむ。ならば、落し物をしたことは。
なるほど。随分と、しっかりしていられるのですね。
わたしですか? そうですね。手袋を片方だけ、拾ったことがありますね。
ええ、手袋です。よく、道に落ちていますよね。片方だけが、ぽつんと。
ふふっ。想像してみてください。あなたが道を一人で歩いていると、前方に真っ赤な手袋が片方だけ落ちているのです。
あなたは、善意からその手袋を拾ってあげることとしました。屈んで、手袋をつまみ上げようとした時、ふと、あなたは気がつくのです。
おや、手袋の中に、何かが入っているぞ、と。手袋を掴み、恐る恐る中を覗いてみると⋯⋯。
ふふっ。そんなに、顔を顰めなくてもよいではありませんか。
ええ。今のお話は、手袋に「中身」が入っていた、というお話ですね。
ええ、ええ。まず、あり得ないお話です。でも、想像してみてください。もし、拾った手袋に「中身」が入っていたとしたら。⋯⋯いったい、どうなってしまうのでしょうね?
今からするお話は、そんな、落し物にまつわるお話です。
では。
ある日の夕暮れ時。女性は、帰路を急いでいました。いつも通りの町並み。いつも通りの商店街。いつも通りの帰り道。
ですが、いつも通りの景色の中に、一つ。いつも通りでない物がありました。
熊のぬいぐるみ。それも、赤茶けて汚れている。あぁ嫌なものを見たな、と彼女は漠然と思ったそうです。そして彼女はそれを無視して、帰りました。
次の日の夕暮れ。
彼女は、またも帰路を急いでいました。
昨日と同じ道です。昨日と同じ商店街を抜け、昨日と同じ角を曲がる。
そこで彼女は足を止めました。
熊のぬいぐるみがあったのです。
しかし、昨日とは違う場所。
昨日見かけたのは、商店街を抜ける少し前。今日はそこから百メートルほど先。
彼女の家に近い場所でした。
ですが、別におかしなことではありません。
誰かが拾って、移動させたのかもしれません。 もしかしたら、子供が遊んだのかもしれません。
それに、同じようなぬいぐるみなど、いくらでも売っています。そう考えて、また無視しました。
三日目。
熊は、公園のベンチに座っていました。
四日目。
熊は、彼女の住むマンションの前にありました。
五日目。
熊は、マンションのエントランスにありました。
さすがに、気味が悪くなったそうです。
同じ物なのかどうかは、わかりませんが、同じにしか見えない。
右耳が少し破れている。
片方の目が取れかかっている。
そして何より。赤茶けた汚れが、いつも同じ場所についていました。
彼女は、管理人に聞きました。これは、誰かの落とし物ですか、と。
管理人は、首を傾げ答えます。
「さあ。朝にはありませんでしたけどねえ」
彼女はなおも続けます。
捨てていただけませんか?
管理人も答えます。
「まあ、何日か置いて、持ち主が現れなければ」
彼女はそれ以上、何も言いませんでした。
翌朝。
出勤するため部屋を出ると、熊はありませんでした。
彼女はほっとしました。
誰かが回収したのだろう。管理人が処分したのかもしれない。何にせよ、これで終わった。そう思ったそうです。
その日の夕方。
仕事を終えた彼女が帰宅すると、熊は、自分の部屋の前に座っていました。
彼女は声を上げました。
廊下の真ん中。自分の部屋の扉にもたれかかるようにして、熊が座っている。
間違いありません。あの熊です。
彼女も、もう我慢の限界だったのでしょうね。その熊のぬいぐるみを、掴み上げたそうです。
その時、こんな声が聞こえたそうです。
『ひろったね』
ええ。おしまいです。落ちのない、お話しでしたね。ですが、落ちなど、無くてもよいではありませんか。
このお話の本題は、落ちている物に、やたらと触ってはいけません。という教訓じみたお話なのです。
あなたは、「冥婚」という風習を知っていますか? ええ。冥婚。冥界の冥に、婚姻の婚で、冥婚。
日本では、ムカサリ絵馬が有名でしょうか。
ええ、そうですか。ご存じないのですね。では、その話はまた、おいおいということで。
そうですね。冥婚。高砂国や志那。今の台湾や中国では、赤い封筒に、お金と、故人の遺髪や写真を入れて、道に落としておくのです。
そして、道端に落ちているこの封筒を、うっかり拾ってしまうと、それを合図に、ご遺族が現れ、封筒の主との婚姻を求められる、というものです。
ええ。なぜ、そんなことを、といった感じですね。わかりますとも。
これは、ご遺族が未婚のままで亡くなられた死者を想って、せめて、死後の世界では、幸せな結婚生活を送れるように、という尊い心遣いなのですよ。
ふふっ。そうですね。はた迷惑な風習ですね。
でも、これで最初のお話に戻ってくるわけです。落ちている物に、やたらと触ってはいけません。というお話に。
想像してみてください。赤い封筒を拾ってしまった方は、いったい、「どうなって」しまうのでしょうね?
想像してみてください。ぬいぐるみを拾ってしまった女性は、その後、いったい「どうなって」しまったのでしょうね?
これは、そういうお話なのですよ。
ええ、ええ。ですが、言い換えれば、想像する余地の残る、良い終わり。とも言えませんか?
ふふっ。そうですか。明確な、明瞭なものがお好きなのですね。わたしは、よいと思いますよ。
ええ。本当ですとも。わたしは、生成ええあいと違って、嘘はつきませんので。
さて、それでは、今夜もお付き合いいただき、ありがとうございました。