怪談語   作:おしまい。

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二話目『おとしもの』

 ときに。あなたは、落し物を拾われたことはありますか? ふむ。ならば、落し物をしたことは。

 なるほど。随分と、しっかりしていられるのですね。

 わたしですか? そうですね。手袋を片方だけ、拾ったことがありますね。

 ええ、手袋です。よく、道に落ちていますよね。片方だけが、ぽつんと。

 

 ふふっ。想像してみてください。あなたが道を一人で歩いていると、前方に真っ赤な手袋が片方だけ落ちているのです。

 あなたは、善意からその手袋を拾ってあげることとしました。屈んで、手袋をつまみ上げようとした時、ふと、あなたは気がつくのです。

 おや、手袋の中に、何かが入っているぞ、と。手袋を掴み、恐る恐る中を覗いてみると⋯⋯。

 

 ふふっ。そんなに、顔を顰めなくてもよいではありませんか。

 ええ。今のお話は、手袋に「中身」が入っていた、というお話ですね。

 ええ、ええ。まず、あり得ないお話です。でも、想像してみてください。もし、拾った手袋に「中身」が入っていたとしたら。⋯⋯いったい、どうなってしまうのでしょうね?

 

 今からするお話は、そんな、落し物にまつわるお話です。

 

 では。

 

『おとしもの』

 

 ある日の夕暮れ時。女性は、帰路を急いでいました。いつも通りの町並み。いつも通りの商店街。いつも通りの帰り道。

 ですが、いつも通りの景色の中に、一つ。いつも通りでない物がありました。

 

 熊のぬいぐるみ。それも、赤茶けて汚れている。あぁ嫌なものを見たな、と彼女は漠然と思ったそうです。そして彼女はそれを無視して、帰りました。

 

 次の日の夕暮れ。

 彼女は、またも帰路を急いでいました。

 昨日と同じ道です。昨日と同じ商店街を抜け、昨日と同じ角を曲がる。

 

 そこで彼女は足を止めました。

 熊のぬいぐるみがあったのです。

 しかし、昨日とは違う場所。

 昨日見かけたのは、商店街を抜ける少し前。今日はそこから百メートルほど先。

 彼女の家に近い場所でした。

 ですが、別におかしなことではありません。

 誰かが拾って、移動させたのかもしれません。 もしかしたら、子供が遊んだのかもしれません。

 それに、同じようなぬいぐるみなど、いくらでも売っています。そう考えて、また無視しました。

 

 三日目。

 熊は、公園のベンチに座っていました。

 

 四日目。

 熊は、彼女の住むマンションの前にありました。

 

 五日目。

 熊は、マンションのエントランスにありました。

 さすがに、気味が悪くなったそうです。

 同じ物なのかどうかは、わかりませんが、同じにしか見えない。

 右耳が少し破れている。

 片方の目が取れかかっている。

 そして何より。赤茶けた汚れが、いつも同じ場所についていました。

 

 彼女は、管理人に聞きました。これは、誰かの落とし物ですか、と。

 

 管理人は、首を傾げ答えます。

「さあ。朝にはありませんでしたけどねえ」

 

 彼女はなおも続けます。

 捨てていただけませんか?

 

 管理人も答えます。

「まあ、何日か置いて、持ち主が現れなければ」

 

 彼女はそれ以上、何も言いませんでした。

 

 翌朝。

 出勤するため部屋を出ると、熊はありませんでした。

 彼女はほっとしました。

 誰かが回収したのだろう。管理人が処分したのかもしれない。何にせよ、これで終わった。そう思ったそうです。

 

 その日の夕方。

 仕事を終えた彼女が帰宅すると、熊は、自分の部屋の前に座っていました。

 彼女は声を上げました。

 廊下の真ん中。自分の部屋の扉にもたれかかるようにして、熊が座っている。

 間違いありません。あの熊です。

 

 彼女も、もう我慢の限界だったのでしょうね。その熊のぬいぐるみを、掴み上げたそうです。

 その時、こんな声が聞こえたそうです。

 

『ひろったね』

 

 

おしまい。

 

 

 ええ。おしまいです。落ちのない、お話しでしたね。ですが、落ちなど、無くてもよいではありませんか。

 このお話の本題は、落ちている物に、やたらと触ってはいけません。という教訓じみたお話なのです。

 あなたは、「冥婚」という風習を知っていますか? ええ。冥婚。冥界の冥に、婚姻の婚で、冥婚。

 日本では、ムカサリ絵馬が有名でしょうか。

 ええ、そうですか。ご存じないのですね。では、その話はまた、おいおいということで。

 

 そうですね。冥婚。高砂国や志那。今の台湾や中国では、赤い封筒に、お金と、故人の遺髪や写真を入れて、道に落としておくのです。

 そして、道端に落ちているこの封筒を、うっかり拾ってしまうと、それを合図に、ご遺族が現れ、封筒の主との婚姻を求められる、というものです。

 ええ。なぜ、そんなことを、といった感じですね。わかりますとも。

 

 これは、ご遺族が未婚のままで亡くなられた死者を想って、せめて、死後の世界では、幸せな結婚生活を送れるように、という尊い心遣いなのですよ。

 ふふっ。そうですね。はた迷惑な風習ですね。

 でも、これで最初のお話に戻ってくるわけです。落ちている物に、やたらと触ってはいけません。というお話に。

 

 想像してみてください。赤い封筒を拾ってしまった方は、いったい、「どうなって」しまうのでしょうね?

 想像してみてください。ぬいぐるみを拾ってしまった女性は、その後、いったい「どうなって」しまったのでしょうね?

 

 これは、そういうお話なのですよ。

 ええ、ええ。ですが、言い換えれば、想像する余地の残る、良い終わり。とも言えませんか?

 ふふっ。そうですか。明確な、明瞭なものがお好きなのですね。わたしは、よいと思いますよ。

 ええ。本当ですとも。わたしは、生成ええあいと違って、嘘はつきませんので。

 

 さて、それでは、今夜もお付き合いいただき、ありがとうございました。

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