怪談語   作:おしまい。

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三話目『上映中』

 あなたは、映画館、というものを知っていますか?

 ええ。当然、知っていますよね。

 わたしは、行ったことはありませんが。なんでも、真っ暗で、画面と音に集中するため、周りで何が起こっても気がつけない空間だとか。

 ふふっ。そうですね。些か、言いすぎな気はしますね。

 ですが、考えてみてください。あなたは、真っ暗な中、目の前の画面に集中しています。周囲の音も、画面からの音に掻き消されて、よく聞こえません。

 そのような状況で、あなたは、自身の身に何かが迫っていたとして、はたして、感知することはできるのでしょうか? 気がついた時には、時すでに遅し⋯⋯なんてことも、あるかも知れませんよ?

 ふふっ。少し、意地悪が過ぎましたね。

 ええ、ええ。そんなことは、ありませんよ。多分。

 おや、言いきらないことに、不満があるご様子ですね。ええ。わかりますとも。ですが、世の中、何が起こるかわかりません故、言いきってしまうのは⋯⋯ねえ?

 

 では。

 

『上映中』

 

 ある男性のお話です。

 彼は映画が好きでした。といっても、映画そのものが特別好きだったというより、映画館という場所が好きだったそうです。

 照明が落ちる瞬間や、上映前のざわめきが静まっていく感覚。巨大なスクリーンに、身体の奥まで響く音。

 

 映画を見るなら映画館。それが彼のちょっとしたこだわりでした。

 ある金曜日の夜。仕事帰りに彼は、一人で映画館へ向かいました。

 観るのは、公開されたばかりのホラー映画。

 上映開始は二十二時四十分。

 終了予定は日付を跨いで、零時五十分。

 いわゆるレイトショーというやつです。

 

 チケットを買うと、座席はほとんど埋まっていました。

 彼が取ったのは、L列の十三番。

 残念ながら、最上段の端の席です。

 

 シアターへ入ると、薄暗い場内の中、予告編が流れていました。彼は自分の席を見つけて座ります。

 

 間もなくして上映が開始し、照明が完全に落ちます。

 暗闇の中、スクリーンだけがぼうっと、白く光っていました。

 映画の内容自体は、それほど珍しいものではありません。田舎町へ引っ越してきた一家が、古い家で怪異に遭遇する。

 そういう映画でした。

 

 上映から三十分ほど経った頃です。

 彼は後ろから音がすることに気がつきました。

 

 ぎ。

 

 何かが軋む、不快な音。

 

 ぎ。ぎ。

 

 誰かが体勢を変えているのでしょう。そう納得して、最初は気にしませんでした。ですが。

 

 ぎ。ぎ。ぎ。

 

 流石に、何度もそんな音がしては、気になります。

 彼は一度だけ振り返ろうとしました。ですが、映画はよいところ。出来れば、画面から目を離したくはありません。彼は一旦、後ろの音など無視して、映画を楽しむ事にしました。

 

 それから、更に五十分ほど経った頃。

 

 ぎ。

 

 不意に、先ほどまで無視していた音が、耳元で聞こえたのです。

 これには、彼も驚きました。声を上げなかった自分を褒めたいくらいです。ですが、その驚きもつかの間、次第に怒りが湧いてきました。映画はもう佳境。その最中に、水を差されたのですから、無理もないことです。

 一度、この不躾な輩の顔を見てやろうと、背後を振り向こうとして、ふと、あることに気がつきました。

 彼の席は、L列の十三番。最上段の端の席。であるのならば、後ろにあるのは、劇場の壁。では、この音の下手人は、いったい?

 

 ぎ。ぎ。ぎ。ぎ。ぎ。ぎ。ぎ。

 

 音は、鳴り止みません。

 むしろ、先ほどよりも大きくなっている気さえします。

 

 そういえば、この音も何処か聞き覚えがありました。これは、そう。歯軋りの音です。

 

 彼は冷や汗を流しながら、映画に集中します。耳元で歯軋りが聞こえていても。肩を何かに掴まれていても。何かの吐息が頬を撫でても。視界の端に、見るべきでないモノが映っても。それでも、彼は画面を見続けます。だって、今は上映中なのですから。

 

 おしまい。

 

 

 ええ。おしまいです。彼は、いったいどうなったのでしょうね。神のみぞ⋯⋯いいえ。映画館の、何かのみぞ知るといった所でしょうか。

 

 ふふっ。最初に申し上げた通り、後味の良い怪談など、興醒めでしょう?

 怪談の終わりとは、こういうものでよいのですよ。後味が悪ければ悪いほど、深みが増すというものです。色々と。

 

  さて、それでは、今夜もお付き合いいただき、ありがとうございました。

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