怪談語 作:おしまい。
旅はお好きですか?
ええ。旅。旅行と言い換えてもよいですね。
わたしも、旅は好きですよ。わたしは、遠方の地に赴き、景色などを楽しむ。というよりも、その地の人々の営みを眺める。というのを目的にしていましたが。
おや? どちらも景色を眺めるのですから、同じことでしたね。これは、失礼しました。
同じことですよ。人の営みも、景色の一部なのですから。いえ、人が居て初めて、景色になる。といった方がよいのでしょうか。
ふふっ。ええ、ええ。そういう考え方もあるのだな。と、そう思っていただければ。
さて、話を戻しましょうか。
旅。旅行。列車という乗り物は、偉大ですね。きっと千里の道も、列車を使えばあっという間に着いてしまうのでしょうね。
ふふっ。少し、大げさでしたか?
列車。毎日大勢の人を載せる乗り物。
列車。決められた道を、決められた通りに走る乗り物。
列車。目的地に着くまで、決して止まることのない乗り物。
列車。それは、本当にあなたの行きたいところに行く乗り物ですか?
それでは、列車にまつわるお話をいたしましょう。
では。
男は、出張先での仕事が思いのほか長引き、職場を出た頃にはすでに午後11時を回っていました。
駅に着いた時には、もう間もなく午前0時になる。そんな時刻だったそうです。
流石に、もう終電は行ってしまっただろう。
彼がそう諦めかけた、まさにその時でした。
『間もなく、四番線に、急行、かのきし行き。かのきし行きが参ります。黄色い線の内側で、お待ちください』
駅構内に、そんなアナウンスが響きました。
彼は、ほっと胸を撫で下ろしたそうです。
聞いたことのない行き先でしたが、何せここは出張先。知らなくても不思議ではありません。
それに急行ならば、途中で大きな駅にも停まるだろうし、そこで乗り換えればよい。そう考えて、彼は四番線へ向かいました。
ホームには、思っていたよりも多くの人がいたそうです。
スーツ姿の男性。
買い物袋を提げた老婆。
制服姿の学生。
幼い子供を連れた夫婦。
時刻が時刻だというのに、二十人ほどいたとのことでした。ですが、妙に静かだったそうです。
誰も話しておらず、携帯電話を見ている者もいない。皆一様に、線路の向こうを見つめていました。
彼は少し妙だとは思ったものの、特に気にすることもなく、列の最後尾に並びました。
そして間もなくして、列車が入ってきたそうです。
見慣れない車両でした。
小豆色をした、随分と古めかしい車両。
窓の向こうには、老若男女を問わず、大勢の人が乗っていたと言います。
そして、正面の行き先表示には、『急行 かのきし』とだけ書かれていました。
扉が開き、なかの様子が鮮明になりました。
車内もまた古めかしく、床も壁も木で出来ていたらしく、彼は「木造の列車など初めて見たな」とぼんやり思ったそうです。
降りてくる人は、誰もいませんでした。
ホームに並んでいた乗客たちは、無言のまま次々と車内へ乗り込んで行き、男もその後に続いたそうです。
『ご乗車ありがとうございます。この列車は、急行、かのきし行きです』
アナウンスが流れ、扉が閉まり、列車が動き出しました。
乗換案内を確認しようと、彼はスマートフォンを取り出しました。
ですが、地下でもないというのに電波が一本も入っていなかったそうです。
仕方なく、彼は車内の路線図を見上げました。
そこで、少し妙なことに気がつきます。
駅名が、一つも書かれていないのです。
横に一本の線が引かれているだけ。
途中駅を示す印も、乗換駅の案内もありません。
ただ、その右端に、『かのきし』とだけ書かれていました。
彼は隣に座っていた老人へ、すみません。この電車、次はどこに停まりますか? と声をかけたそうです。
しかし、老人は答えませんでした。
聞こえなかったのだろうかと思い、もう一度尋ねたそうですが、やはり返事はなかったとのことです。
彼は諦めて、反対側に座っていたスーツ姿の男性にも尋ねました。こちらも同じく、何の反応も示さなかったそうです。
気味の悪い人たちだなと、彼は思いましたが、ひどく疲れていたこともあり、それ以上関わることはやめたそうです。
そして、揺れる列車の中。規則正しい車輪の音を聞いているうちに、彼はいつの間にか眠ってしまったそうです。
次に目を覚ました時。
列車はまだ走っており、ぼんやりと腕時計を見ると、時刻は午前二時を回っていました。
流石に、おかしい。彼はそう思いました。
急行とはいえ、一時間以上もどこにも停まらないなど普通ではありません。
彼は慌てて周囲を見渡しました。
そして、一つのことに気がついたそうです。
寝る前と、誰一人として顔ぶれが変わっていないのです。皆、同じ場所に座り、同じ姿勢のまま黙っていました。
彼は、もう一度老人へ話しかけました。
老人は、何も答えませんでした。
今度は、スーツ姿の男性へ問いかけました。
ですがやはり、返ってくるのは沈黙だけ。焦り始めた彼は、とうとうその男性の肩を掴みました。
強く揺さぶりましたが、それでも何の反応もなかったと言います。
彼は、強い薄気味悪さを覚えたそうです。
そして今度は、他の乗客にも同じように声をかけ始めました。
一人。また一人。
肩を掴み、揺らしながら問いかけます。
この列車は、どこに行くんですか? 次はどこに停まるんですか? 誰か、何か知りませんか? と。
一人。また一人。
そうして繰り返していくうちに、彼は別のおかしなことに気がついたそうです。
乗客たちの身体が、皆一様に冷たいのです。
それも、冷房で冷えたような冷たさではありませんでした。触れた指先から、じわりと体温を奪われるような。そんな、嫌な冷たさだったそうです。
改めて顔を見れば、誰も彼もが妙に青白い。
誰一人として瞬きをせず。誰一人として息をしている様子もなく、ただ静かに座っていました。
列車は、未だに止まる気配を見せません。
線路は続くよ〜。何処までも〜。
ふふっ。彼を乗せた列車の線路は、何処まで続いているのでしょうか。
きっと、川が素敵な場所なのでしょうね。
ええ。お話は、これでおしまいです。
彼が何処に行ってしまったのかは、誰にもわかりません。誰にも。
さて、それでは、今夜もお付き合いいただき、ありがとうございました。