怪談語   作:おしまい。

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六話目『夜釣りにて』

 夏と言えば、海ですね。

 海はお好きですか? なるほど。そうなのですね。

 わたしですか? 好きですよ。海。

 暗く、深く、自由のきかない、水の中。今、自分の真下に、何が居るのかも定かでない。ふふっ。ぞくぞくしますね。

 

 古来より、海とは怪談の舞台にされがちな場所ではありますが⋯⋯それもよくわかる。というものです。海とは、それほど神秘に満ち溢れ、そして同じくらい、恐怖にも溢れていますので。

 しかし、人とはそういったものに惹かれるのでしょうか。

 何せ、海は今も昔も大人気ですからね。それこそ、最期の場所に選ぶ人も居るくらいには。

 それでは、次は海にまつわるお話をしましょう。

 

 では。

 

 

『夜釣りにて』

 

 ある男性のお話です。

 彼は釣りが好きでした。中でも、特に夜釣りを好んでいました。

 夜闇の中打ち寄せる波の音。冷えた夜風の心地よさ。夜釣りを構成する要素すべてが好きだったのです。

 彼は今日も、夜釣りをしに堤防へとやって来ました。

 そしてやって来た堤防には、先客がおりました。中年くらいの男性です。

 

 今晩は。釣果はどうですか。

 

「今日は大漁間違いなしだよ」

 

 ほお。それは楽しみですな。

 

「ああなんせ、先日土左衛門が上がったらしいからな。あんたも、その話聞いて来た口だろ?」

 

 いえ、私は別に⋯⋯。

 

「隠さんでもいいよ。釣り人なんてのは、そんなもんだからな。実際、俺もその口だった」

 

 中年男は、からからと笑いました。

 少々不謹慎な人だな。

 男性はそう思いましたが、口には出しませんでした。

 確かに、死体が上がった場所には魚が集まる。そんな話を、釣り人同士の噂話として聞いたことはあります。本当かどうかは知りません。知りませんし、わざわざ確かめようとも思いません。

 男性は中年男から少し離れた場所に腰を下ろし、仕掛けを用意しました。

 

 餌を付け、竿を振る。

 仕掛けが、ぽちゃん。と夜の海へ沈みます。

 波は穏やかで、月も出ていました。

 風も強くない。絶好の夜釣り日和。

 男性は竿先を眺めながら、静かな時間を楽しんでいました。

 

 すると、ぴくり。と竿先が動きます。

 当たりです。男性は竿を立てました。

 軽い。それほど大きくはない。

 巻き上げると、銀色の魚が月明かりの下で跳ねました。

 アジでした。

 

「お、早速か」

 中年男が声をかけます。

 

 ええ。

 

「言ったろ。今日は釣れるって」

 

 男性は苦笑しました。

 

 それからも驚くほどよく釣れました。

 一匹。

 二匹。

 三匹。

 仕掛けを投げれば、それほど待たずに当たりが来る。

 中年男の方も同じでした。

 

「こりゃ本当に大漁だな」

 上機嫌です。

 男性も、最初に聞いた話の気味悪さなど、すっかり忘れていました。

 やはり釣れると楽しい。気がつけば、クーラーボックスの中は随分と賑やかになっていました。

 時刻は、午前0時を少し回った頃でしょうか。

 

「お? おおっ? なんだありゃ」

 中年男が、突如そう叫びました。

 そして。

 

 ドボン。

 

 という水音が聞こえたのです。

 慌てて男は中年男が居た場所を見ましたが、誰も居ません。途端に、嫌な想像をしたそうです。

 

 そして、携帯電話を片手に、男は堤防の縁に駆け寄ったのです。

 見えるのは、真っ暗な海面。聞こえるのは、波が堤防に打ち寄せる音だけ。誰かが藻掻いている様子も、バシャバシャといった水音も。一切見えないし聞こえもしませんでした。

 

 と、とにかく、警察。いや、消防に電話しなくては

 

 男が119番にかけるさなか、暗い暗い海の中に、何か白い影が見えました。

 

 あれは、魚影か? いや、でもそれにしては随分⋯⋯。

 

 その白い影は、徐々に海面に上がっています。最初は1つだけだと思っていた影はどんどん数をましてゆき、今では両の指の数では足りないほどとなっておりました。

 

 ⋯⋯あれは、魚なんかじゃない。あれは⋯⋯

 

『俺、あいつらに引きずり込まれたんだ』

 

 ドボン。

 

 

おしまい。

 

 

 土左衛門。これはいわゆる隠語というやつで、水死体を指しています。

 名前の由来としては、成瀬川土左衛門というお相撲さんだという説があります。

 この方はたいそう身体が大きく、それになぞらえて、水死体の事を土左衛門と呼ぶようになったのとのこと。そしてこの方は、江戸深川の霊巌寺に葬られたそうです。

 成瀬川に、江戸深川。そして、土左衛門。随分と水に縁深い方なのですね。ちなみに、霊巌寺も、近くに川が二本。流れています。ふふっ面白いですね。

 

 さて、この土左衛門。水に長く浸かった影響で皮膚が白く、ふやけたようになるのだそうです。お話の彼が見たものは、いったい何だったのでしょうか。

 

  さて、それでは、今夜もお付き合いいただき、ありがとうございました。

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