怪談語 作:おしまい。
夏と言えば、海ですね。
海はお好きですか? なるほど。そうなのですね。
わたしですか? 好きですよ。海。
暗く、深く、自由のきかない、水の中。今、自分の真下に、何が居るのかも定かでない。ふふっ。ぞくぞくしますね。
古来より、海とは怪談の舞台にされがちな場所ではありますが⋯⋯それもよくわかる。というものです。海とは、それほど神秘に満ち溢れ、そして同じくらい、恐怖にも溢れていますので。
しかし、人とはそういったものに惹かれるのでしょうか。
何せ、海は今も昔も大人気ですからね。それこそ、最期の場所に選ぶ人も居るくらいには。
それでは、次は海にまつわるお話をしましょう。
では。
ある男性のお話です。
彼は釣りが好きでした。中でも、特に夜釣りを好んでいました。
夜闇の中打ち寄せる波の音。冷えた夜風の心地よさ。夜釣りを構成する要素すべてが好きだったのです。
彼は今日も、夜釣りをしに堤防へとやって来ました。
そしてやって来た堤防には、先客がおりました。中年くらいの男性です。
今晩は。釣果はどうですか。
「今日は大漁間違いなしだよ」
ほお。それは楽しみですな。
「ああなんせ、先日土左衛門が上がったらしいからな。あんたも、その話聞いて来た口だろ?」
いえ、私は別に⋯⋯。
「隠さんでもいいよ。釣り人なんてのは、そんなもんだからな。実際、俺もその口だった」
中年男は、からからと笑いました。
少々不謹慎な人だな。
男性はそう思いましたが、口には出しませんでした。
確かに、死体が上がった場所には魚が集まる。そんな話を、釣り人同士の噂話として聞いたことはあります。本当かどうかは知りません。知りませんし、わざわざ確かめようとも思いません。
男性は中年男から少し離れた場所に腰を下ろし、仕掛けを用意しました。
餌を付け、竿を振る。
仕掛けが、ぽちゃん。と夜の海へ沈みます。
波は穏やかで、月も出ていました。
風も強くない。絶好の夜釣り日和。
男性は竿先を眺めながら、静かな時間を楽しんでいました。
すると、ぴくり。と竿先が動きます。
当たりです。男性は竿を立てました。
軽い。それほど大きくはない。
巻き上げると、銀色の魚が月明かりの下で跳ねました。
アジでした。
「お、早速か」
中年男が声をかけます。
ええ。
「言ったろ。今日は釣れるって」
男性は苦笑しました。
それからも驚くほどよく釣れました。
一匹。
二匹。
三匹。
仕掛けを投げれば、それほど待たずに当たりが来る。
中年男の方も同じでした。
「こりゃ本当に大漁だな」
上機嫌です。
男性も、最初に聞いた話の気味悪さなど、すっかり忘れていました。
やはり釣れると楽しい。気がつけば、クーラーボックスの中は随分と賑やかになっていました。
時刻は、午前0時を少し回った頃でしょうか。
「お? おおっ? なんだありゃ」
中年男が、突如そう叫びました。
そして。
ドボン。
という水音が聞こえたのです。
慌てて男は中年男が居た場所を見ましたが、誰も居ません。途端に、嫌な想像をしたそうです。
そして、携帯電話を片手に、男は堤防の縁に駆け寄ったのです。
見えるのは、真っ暗な海面。聞こえるのは、波が堤防に打ち寄せる音だけ。誰かが藻掻いている様子も、バシャバシャといった水音も。一切見えないし聞こえもしませんでした。
と、とにかく、警察。いや、消防に電話しなくては
男が119番にかけるさなか、暗い暗い海の中に、何か白い影が見えました。
あれは、魚影か? いや、でもそれにしては随分⋯⋯。
その白い影は、徐々に海面に上がっています。最初は1つだけだと思っていた影はどんどん数をましてゆき、今では両の指の数では足りないほどとなっておりました。
⋯⋯あれは、魚なんかじゃない。あれは⋯⋯
『俺、あいつらに引きずり込まれたんだ』
ドボン。
土左衛門。これはいわゆる隠語というやつで、水死体を指しています。
名前の由来としては、成瀬川土左衛門というお相撲さんだという説があります。
この方はたいそう身体が大きく、それになぞらえて、水死体の事を土左衛門と呼ぶようになったのとのこと。そしてこの方は、江戸深川の霊巌寺に葬られたそうです。
成瀬川に、江戸深川。そして、土左衛門。随分と水に縁深い方なのですね。ちなみに、霊巌寺も、近くに川が二本。流れています。ふふっ面白いですね。
さて、この土左衛門。水に長く浸かった影響で皮膚が白く、ふやけたようになるのだそうです。お話の彼が見たものは、いったい何だったのでしょうか。
さて、それでは、今夜もお付き合いいただき、ありがとうございました。