怪談語 作:おしまい。
さて、あなたは、神さまというものを信じていますか?
なるほど。悲しいですが、現代的ともいえますね。⋯⋯これは、信仰を失くし、零落した神さまのお話です。
では。
昔。とある山間の村に、一つの沼がありました。
大きな沼ではありません。周囲を歩いても、半刻とかからない程度。水は濁っていて、底は見えず。魚もあまり棲まない。
村人たちも、好き好んで近づくような場所ではなかったそうです。
その沼の畔には、小さな祠がありました。
祀られていたのは、女神さま。
名を、
なんでも、古くからその土地に坐す、水と影そして、恐怖を司る神さまだったとか。
村人たちは毎年、夏の終わりになると、沼へ酒と米、それから黒い布を供えました。
そして、日が暮れる前に家へ帰る。それだけ。祭りというには、随分と簡素なものでした。ただ、一つだけ決まりがありました。
供物を置いた後、決して沼を振り返ってはいけない。
何か音がしても。誰かに名前を呼ばれても。泣き声が聞こえても。笑い声が聞こえても。絶対に、振り返ってはいけない。
なぜなら。振り返れば、神さまと目が合うから。そう伝えられていたそうです。
時代が流れました。
村には道路が通りました。電気が通りました。若い人たちは町へ出ていきました。
そして、
そもそも、何のために祀っているのか。それすらも、誰も彼もが忘れ去りました。
水害を防ぐ神なのか。豊作の神なのか。悪いものを封じている神なのか。古い記録も残っていない。
ただ、昔からそうしているから。
それだけの理由で、供物を続けていた。ですから。やがて、誰もやらなくなりました。
祠は朽ち。沼へ続く道も草に埋もれ。
祠は朽ち果て、信仰は廃れ、名も忘れ去られ。『それ』は自由の身になりました。
しかし、『それ』は気に留めませんでした。『それ』は気ままに各地を渡り歩き、今の時代を観て回りました。
ある時、『それ』は気が付きました。自身の力が弱まっていることを。そして、信仰を失った人々も、不思議なことに恐れることだけはやめなかったことを。
七という数字。その意味を考えたことは、ございますか?
七とは、「お七夜」や「七つまでは神のうち」、「七福神」というように、特別な数字として扱われております。
それは、この国だけではございません。南蛮宗の教えの様に、この国の外でも、七とは特別で、大変力のある数字とされております。
わたくしも、その七の力に肖ってみたく、こうして。あなたにお話をさせていただいているのです。
七日七晩、七つのお話を、七歳のあなたに。
そして、あなたで七人目。
おしまいです。この七日間のお話も。そして、あなたも。