松下千秋の余裕 作:中森藤之
「平田君、大丈夫?」
櫛田さんが顔を覗き込んできた。
僕は笑って答える。大丈夫だ。まだ疲れてはいないし、元々の体調は悪くなかった。それでも顔色が悪いように見えるのだとしたら、気を付けないと。
「早瀬君と松下さんは?」
「森さんのために、かなりペースを落としてるよ。平田君の指示通り、須藤君もついててくれてるから安心して」
須藤君……彼の存在は嬉しい誤算だ。入学当初は他人と協力できるような人には思えなかったけど、今は少し他人に優しくなった。
綾小路君と佐倉さん、あとは堀北さんのお陰もあって、性格が丸くなったのだと思う。いや、彼は
「……」
「ちょっと良くないね。バラバラな感じがするんだけど、私、なにかできることある」
「そうだね……」
僕は言葉に詰まった。
櫛田さんの言った通り、状況はあまり宜しいとは言えない。
探索が始まる前、真っ先に動いたのは池君。それに牧田君だった。先に出発したBクラスに負けじと、とにかく動かなきゃ始まらないと僕に迫った。
──『Bクラスのリーダーは行動早いぞ! 平田、決断はパパっとしねえと!』
僕は即興でグループを2つにわけて、別々の場所を探索する方針を立てて、実行した。砂浜に残っているのは14人。テントは置きっぱなしにすればよかったんだけど、Bクラスは持って行ったから同じようにするべきだ──という男子数人の意見を尊重する形で持ってきた。
早瀬君には悪いことをしてしまった。二つも持てないから持ってもらっちゃったし。
「1時間ほど歩き回ってみたけど、スポットらしき場所は見つからず、収穫は地図が少し埋まったくらいか……仕切り直したいな。これは僕のミスだ。みんなにも謝らなきゃいけない」
「謝ることなんてないよ。誰かが決めないと、各々勝手に動き出して、それこそ収集がつかなくなっちゃう。池君達がなにか見つけてくるかもしれないし、もう少し歩けばスポットがあるかもしれない。私はね平田君、みんなで協力していけば、きっといい結果が生まれると思うの」
ポジティブにいかないと──と櫛田さんは明るい声を飛ばし、歩くペースを僕に合わせる。
みんなで協力していけば、いい結果が生まれる。
そうであって欲しいのは僕も同じだ。そのためにもしっかりやらないと。考えが違っていても協力してくれる、早瀬君みたいな人もいる。あの時よりは遥かに良い状況なんだから、しっかりやろう──そうじゃなきゃいけない。
────────◇────────
「Bクラスは優秀な人ばかりで、協調性もあるんだってね。みんな一之瀬さんを頼りにしてて、反抗する人は誰もいないんだって。うちのクラスもBクラスみたいに大人だったら、平田君もこんなに大変じゃなかったのにね──かわいそう」
女子の一人が、平田に心配そうな顔を向けた。
そこに軽井沢が同調する。
「メンバーが違うのは仕方ないよ、前園さん。でも平田君なら大丈夫だって。ねっ平田君」
「二人とも、このメンバーだから意味があるんだ。僕はこのクラスでやっていきたいんだよ。それに、一之瀬さんと比べられちゃうと困るな。僕はそんな大層な人間じゃないからね」
平田は爽やかに微笑み返した。流石はイケメン。俺もあんなカッコ良い振る舞いしてみたい。もっと頑張らないとな。ううむ。
とりあえずチームをもっと分けるよう、こっそり提言しておこうか。テント持って大人数で歩き回るのは非効率だ。無駄に疲れるだけだし、10人で進もうが5人で進もうが移動距離は変わらない。
「まな君、そろそろ言った方がいいよ。疲れてるなら私から言おうか? いきなりしゃしゃり出たらビックリされるかもしれないけど、休んでたいならいいよ。私、話してくるから」
千秋ちゃんも同じことを考えていたようだ。俺と森さんの前に腰を下ろして、平田達の方に顔を向ける。
俺達は今、小屋の前にいる。倒壊しているから使用するのは無理。庭には鉄のベンチがあったので、たりがたく使わせてもらっている次第だ。
「いや、いいよ。俺が言うから。ていうか、平田だってわかってるだろ。急かさなくても、そろそろ言い出す頃だと思う」
「私もそう思うけど、すぐ軌道修正するって予想してたんだけどな。ちょっと疲れてるのかもよ。足並みを合わせようとしてるにしても、らしくないって」
それはたしかに。平田洋介は頭の良い男だ。
今回は先走った人達がいたこともあって、あまりよろしいスタートではなかった。だが、それならそれで動きながら素早く修正できたはずだが、ちょっと判断が遅い気がするな。真面目すぎるきらいがある彼のことだから、必要以上に気負っているのかもしれない。
周りがプレッシャーかけすぎてるから、余計に精神的負担が増えていそうだ。
「な、なんだか凄いね、松下さん……結構ズバズバ言うんだね……なんか意外」
「この人といると嫌でも色々考えちゃうからね。こういう時はスイッチ入る。森さん達といる時は居心地良くてありがたいよ」
千秋ちゃん。その言い方だと、俺の時は居心地悪いみたいに聞こえるぞ。それから完全なナチュラル感をもって大嘘をつくな。腹の探り合いがめんどいって、あなたよく話してるでしょうが。
「そうなんだ……?」
「そうだよー。そんなことより足は大丈夫? このまま動き回るのはよくないし、私達はここで休んでよっか」
俺は2人を残して立ち上がり、平田のもとへと向かう。彼はすぐ気づいたようで、一瞬だけ目を伏せてから、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「平田君、どうするか決まった?」
「うん。テントはここに置いて、チームをさらに2つにわけよう。森さんには松下さんについていて貰いたいんだけど、いいかな?」
「俺が答えることじゃないけど、大丈夫だと思うよ。そのつもりみたいだし。チーム分けは俺と平田で分かれるつもりだけど、それでいい?」
「そのつもりでいたから、お願いするね。大丈夫だとは思うけど──」
「──どんな時も安全第一で動くよ。それで、メンバーは?」
そこからは話が早かった。
流石は頭も良い平田である。やはりしっかりと考えてくれていたようで、パパっとメンバーを割り振り、東西に分かれて探索を続けることに決まった。
────────◇────────
現在時刻は15:00。
5人で森の東方向を調べていると、前方から男子の声が聞こえてきた。俺達は顔を見合せて、何事かと歩くペースを上げる。森の中に響いたのは
「ヒャッホー! 俺マジ持ってるわ! これMVPじゃね!?」
小躍りしているのは池だった。
大きな川の前で
静かに流れる川は幅10メートルほど。周囲は深い森と砂利道、あるいは獣道ばかりだが、この場所だけは綺麗に整備されていた。
偶然こんな場所ができるわけがない。ここは意図して学校が作ったのだろう。恐らく、これがスポット。
「おっ、早瀬と篠原じゃねーか! 見ろよこれ! 俺が見つけたんだぜ、俺がっ」
俺は素朴な少女をちらりと見た。彼女、篠原さつきは、あからさまに面白くなさそうな顔をしている。
篠原の中では男子のほとんどが低評価だからな……なぜか俺もあまり好かれていない。本当になんでかはわからないけど、チャラ男認定されているようだ。松下さんが可哀想とか言われたんだけど、俺って女子の間でどんな評判なんだろう。不安になってきたわ。
「おい、何とか言えよ! 俺が見つけたんだぞ!」
「わかったから騒がないでよ……たしかにお手柄だけど、たまたまでしょ? そんな威張ることじゃなくない?」
「頑張って歩き回った結果だろうよ! 篠原お前、なんで俺に当たりが強いんだよ!」
「野宿とか狩猟とか言うからでしょ! 私は女子代表として拒否反応を示してんの!」
口喧嘩が始まった。
コラやめなさい、うるさいから。
はぁー、と長嘆していると、山内を先頭に男子達が歩いてきた。どうやら川の水を飲んでいたようだ。暑い中いっぱい歩いたら汗かくしな。お疲れさま。もっと沢山飲んでもいいんだぞ?
「またやってんのかよお前ら。池、もう篠原でいいんじゃね? 狙う相手」
「はぁ? やめろよ山内。何が悲しくてこんな気の強くて、かわいくねーヤツと……」
「あんたみたいなやつは、あたしだってお断りよ!」
2人は拒絶し合っているが、俺的には結構お似合いだと思うんだけどなぁ。変に気取らない者同士だし、打ち解けられれば居心地良くなるんじゃないか。
それはともかく、ホントお手柄だよ池さん。
ここを拠点にすれば水が無料で手に入る。同時にスポットをひとつ独占できるから、ポイントの確保にも貢献できる。篠原はああは言っているが、これはふんぞり返っても許されるレベルの手柄だ。
「早瀬、こっちに来てくれ」
「コレ見て!」
「綾小路君と佐倉さん? ちょっと待って今行く」
池のグループで行動していた綾小路と佐倉。2人から声をかけられたので、川の反対側に向かう。
すると、不自然な大岩がひとつあって、中央に装置が埋め込まれていた。綾小路によれば、スポットを占有するための機械、とのこと。
「ここに来るまでに、他のスポットを見つけたんだ。そこにも同じ装置があった。残念ながら、他のクラスに先を越されてしまったが」
「なるほど。それ、どこのクラス?」
「Bクラスだ。Aクラスが後から来たが、Bクラスの方が先にカードキーを登録していた」
事情はわかった。しかし、それ大丈夫か? 登録する時にリーダーばれちゃったんじゃないの?
「リーダーは一之瀬さん?」
「ああ。そうだ。Aクラスにもバレてたぞ」
「ご愁傷さまとか言えないな……体調不良でリタイアしてもらうしかないんじゃないの?」
やっぱりバレてた。
このままだと、最終日にリーダーを言い当てられて終了だ。占有ポイントは無効になり、ペナルティでマイナス50ポイントとなる。
リーダーは正当な理由なく変更不可というルールなので、無理やり変えるしかない。リタイアするのが手っ取り早いけど、Bクラスはどうするのか。
「Aクラスのリーダーは?」
「恐らく
「ああ、彼ね。なんの捻りもないな。まんまじゃないか」
「葛城を知っているのか?」
「面識はないけど、Aクラスの派閥争いをしている人だって聞いてる。もう一方は坂柳有栖ね」
その坂柳の姿は旅行中見かけていないし、砂浜での点呼の時にもいなかった。欠席というのは彼女のことだな。持病があって杖が手放せないから、そもそも参加不可だったのだろう。
「早瀬は情報通だな」
「綾小路君と佐倉さんは最高のスパイだね。今の話、必ずみんなに共有……しなくていいか」
「しないのか? なんでだ?」
「スパイとかいたら困るから。しかし凄いな池さんグループ。お手柄の連続じゃないか」
その池さんは篠原との口喧嘩を続けている。
売り言葉に買い言葉。ひたすらにやかましい。
小学生じゃないんだから、ちょっと落ち着こうか。
────────◇────────
17時を少し回った頃、Dクラス全員が川の前に集まった。
この場所を拠点──ベースキャンプにするのは確定。そして、占有するかどうかもすぐに決まった。
占有はする。リスクは承知の上だ。専用の装置を操作できるのはリーダーに決まった人だけだから、操作している姿を見られたらアウト。そして周りは茂みだらけだから、誰か潜んでいても気付くのは難しいが……そこはみんなで隠すしかない。
「他のクラスに占有されたら、この川は使えなくなってしまうからな」
綾小路が虚ろな瞳で川を見つめている。哀愁を漂わせているが、何かあったのだろうか。
「どうしたの。打ち上げられたマグロみたいな目になってるけど……」
「山内に佐倉の連絡先を聞かれたんだが、あんまり気乗りがしない。どうしよう」
「断ればいいだろ……そういうのは本人に聞けって言って」
どうやら、女子を巡る問題に頭を悩ませているようだ。まさかの三角関係誕生か? いやでも、綾小路は佐倉に恋愛感情はないみたいだしなぁ。単に山内には教えたくないってだけかね? ただの女友達だったとしても独占欲とか……ないな。綾小路にそういう感情はなさそうだ。今後はどうなるかわからないから、頑張ってね佐倉さん。
「そっちはどうなんだ。森と松下、まさかどっちとも付き合うのか?」
「まあ、綾小路君だから言っちゃうと、
「……マジか、お前」
川を眺めながら恋バナが始まり、大切な友人だからと素直な気持ちを口にしたら──引かれた。
なんで怪訝な顔してるんだよ。いいだろ別に。全員納得してるなら問題なし。
普通は納得しないから、実現はしないと思うけどね。シェアしていいかって聞かれたらいいって言うよ。でも、森さんの倫理観は普通だと思うから、普通の友達以上になることはないだろうな。
「──ちょっと! ふたりも考えてよ!
友達と黄昏ていたら、やかましい女子の声が飛んできた。篠原だ。
今は幸村という頭の良さそうな男子と口論しており、池も戦意をみなぎらせている。女子の方はほぼ全員がメラメラと炎を燃やしていた。
「そうだよ! 男子はいいかもしれないけどさ、私達のことも考えてよ! ダンボールトイレをシェアとか有り得ないから!」
軽井沢も燃えている。
20ポイントを消費して仮設トイレを設置したい、というのが女子の主張。対して男子の一部は難色を示しており、中でも幸村と池は徹底抗戦の構えだ。
「やってできないことはない。全員がトイレを使うタイミングなんてそうそうないし、学校側が1つしかトイレを渡さなかったってことは、そういうことだろ」
「そういうことってどういうことよ!」
「軽井沢さん、いちいち大きな声を出さないでもらえるかな。俺が言いたいのは、現実的だって判断したから1つしか渡さなかったんだろう、ってことだ。上手く回せってことだと思うし、実際できると考えてる。それをわざわざ20ポイントも使うなんて、勿体ない」
幸村は厳しい顔で眼鏡をなでる。
彼は堀北と同じくAクラスを狙いし者だ。あまり人と馴れ合わない性分のようで──というか学力が低い生徒を見下している節があって、今のところは我が道を行くタイプの人。
「幸村君、僕にはそうは思えない。仮設トイレひとつは無理があるよ。まず、衛生面が心配だろう? それに心理的にも負担が大きい。ポイント確保に拘るあまり、過度にストレスを溜めるのは良くない。体調不良に直結しないとも限らないし、そうなったらマイナスの方が多くなる」
平田が素早く反論した。
「客観的に判断して、他クラスもトイレは設置するはずだ」、と付け加える。
「幸村君ならわかるはずだよ。この試験、ポイントは効果的に使わきゃいけない。極限まで我慢するのは、むしろよくない。使うべきところでは
俺はうなずいた。綾小路も。
なんでもかんでも削ればいいってものじゃない。平田の言うように、やりすぎることで体調不良者が出る可能性は大いにある。極限サバイバル生活なんて、全員にやれと言っても不可能だ。
しかし、幸村はまだ納得しかねている様子。
俺は援護射撃することにした。女子+平田VS池+幸村の構図は、あまりよろしくないからな。
「幸村君、最優先はリタイアを出さないことだよ。そう考えると、心の健康を守るのも必要だろ。上を狙うために必死なのはわかるけど、キャンプ自体が初めての人もいるんだからさ。幸村君の意識の高さはクラスにとってはプラスだけど、君も含めて追い込みすぎるのは良くない。心と体は連動しているもので、どっちかが大きく崩れるともう片方にも影響するから」
ムスッとしている幸村の肩をポンポンする。その様子を見ていた池が「たしかになー……」と声を漏らした。池なりに腑に落ちることがあったようだ。
「まあ、慣れてない人が多いんだから、無理させるのは良くないよな」
ここで気づくのかよ、とツッコミを入れそうになったが我慢する。自分で考えて気付けるだけ優秀だ。本当にマジで素晴らしいと思うよ。だって、世の中には永遠に気付かない人間もいるんだから。
「……あー、ごめん篠原。ちょっと焦りすぎてたっていうか、自分目線で考えすぎてたわ」
「な、なによいきなり。気持ち悪いわね」
「いやさ、自分が慣れてると、大したことないじゃんって思っちゃうんだよな。でも、普通は川の水飲むのすら抵抗あるしなーって、今思った」
「慣れてる……池君ってキャンパーかなにかなの? ボーイスカウトやってたとか?」
「そうやって言われるのが嫌だから黙ってたんだよ……大した経験はないけど、キャンプは何回も行ったことあるんだ。川の水が飲めそうかとか、食べちゃいけないキノコとか、そういうのはなんとなくわかる」
池はバツの悪そうな顔で打ち明けた。急に殊勝になった池を見て、篠原はパチパチと瞬きしている。
みんなの注目が集まってるのに、自慢できない話しかできなくて恥ずかしいのかもな。充分胸を張っていいと思うんだけど、池さんは不本意なようだ。
「へぇ……と、とりあえずっ、仮設トイレは買うってことでいいよね!」
篠原はしばし大人しく耳を傾けていたが、はたと我に返ってトイレを求めた。
軽井沢が「決定!」と援護射撃をする。
その後、幸村が折れたところで仮設トイレの購入が決まり、トイレ論争は幕を下ろしたのだった。
────────◇────────
ベースキャンプの場所が決まり、仮設トイレの購入も決定して、続いての議題はリーダーについて。
各クラスはリーダーを必ず選出しなければならない。そして、スポット占有のためのカードキーを使用できるのはリーダーだけ。
「──じゃあ、堀北さん。よろしく。引き受けてくれて感謝するよ」
「ええ。頼まれることは予想していたから、心の準備はできていたわ」
話し合いはそこまで時間がかからず、リーダーはなんと堀北鈴音に決定。
クラス内で特に存在感があるのは、平田、軽井沢、櫛田あたりになってくるけど、それだとなんの捻りもない。『責任感もあって頭も良い堀北さんがいいと思う』、という櫛田の推挙もあって、満場一致で堀北に決定した。
「カードキーをよろしくね、堀北さんっ」
「もちろんよ、櫛田さん。でも、カードキー係以外の仕事はないの?」
「平田くんの補佐とか?」
「冗談でしょう? 私の補佐には綾小路君がいるわ。場合によって早瀬君も助手になってくれるし、右腕左腕は事足りているわ」
「あはは、堀北さんはすごいね!」
何が凄いのか、そもそも堀北が何を言っているのかは意味不明だったが、とりあえずやる気があるようで何より。最近の堀北さんは人を導くことにやりがいを感じているから、リーダーになれた喜びを感じているみたいだ。現状ではカードキーの管理と占有作業くらいしか仕事はないけど、まあ、そのうち存在感を出せるタイミングは来るはずだ。多分。
────────◇────────
焚き火用の薪を集めるため、俺は森の中に入った。
薪集めは5人チーム。綾小路と佐倉、山内と須藤が、少し離れた場所で木の枝を拾っている。
俺と千秋ちゃんも採集中。話があるって言われたから、皆からは少し離れた場所で。
「私は櫛田さん達と動いてみることにするね。別行動が多くなるかもだけど、会った時に情報共有はちゃんとするから」
「わかった」
俺は心の中で『おっ』と驚きながらも、静かな声で
千秋ちゃんは何がなんでもAクラスを狙ってる、ってわけじゃない。だからほどほどに頑張ってくれればいいと思ってたんだけど、予想してたよりもやる気になっているようだ。
「平田君は心配ないと思う。私の見立て」
「同じく。じゃあ、俺はできれば、あーちゃんに注目しておくよ」
「うん。それ、お願いしようと思ってた。あ、そうそう。森さんのことよろしく。もし良かったら少しずつ
淡々とした口調で言われる。顔を右に向けると、千秋ちゃんはぼんやりと枝を見ていた。「風が気持ちいいね」と全く関係ないことをつぶやく。
「あのさ、どういうつもり? なんか悪いこととか企んでる?」
「まさか。まな君を理解してくれる人は、私の他にもいた方がいいからね。その方が君は幸せでしょ」
だから、森さんが近付こうとするなら止めない。警告はしたし、と声のトーンを落として、こちらを向いた。綺麗な碧眼を半分ほど細めて、手についた土をハンカチで拭う。
「私達が半同棲してるのも知ってるからね、あの子。それでもグイグイ来てるんだから、見込みはあると思うよ。佐藤さんのアドバイスも無視したって。うん。ほんと見込みあるよ」
「どんな見込みだ。千秋ちゃん、趣味悪いよ」
「そんなの今更でしょ。まあそういうわけだから、森さんは任せた。私は干渉しないから、
できるか、と手首を掴みかけたけど、周りに人がいるので断念する。
この子、自分が1番なのわかってて、その上で悪趣味な遊びを楽しんでいる。ほんとタチが悪いのは、これで付き合うことになるパターンも、
「私はまな君に幸せになって欲しいからね。そのためなら大体のことはできる。今回みたいにね」
「幸せだけどね。何でもしてもらってるし」
「まだ全く足りてないよ。幸せは増えれば増えるほどいいんだよ」
こんな場所で再認識したくなかったけど、愛が重いんだこの子。最初の頃はサバサバしてて、男に対してもかなりリアリストだったのに、いつの間にか歪んで重くなってしまった。
「だから、増やしてくくればいいじゃん」
「私が? ふふっ、可愛いこと言うね。あっ、ちょっとイラッとしたかな……ごめんね?」
原因は俺だ。
だから俺がイラッとさせられるのは仕方ないけど、森さんは何も悪くない。悪くないことはないか。警告されてるのにグイグイ来てるわけだし。だからって好きにする──弄ぶとか可哀想すぎる。
「とりあえず、真摯に対応します」
「自覚ある? まな君の真摯って、わりと暴力的だからね。本気で真剣に向き合われたら、女の子は泣くから気をつけて」
「殴ったり脅したりするわけないだろ……」
「私のこと叩くことはあるよね。まあ冗談はさておき、私はほどほどにやれることやるから。茶柱先生の言うこと聞くっていうなら、私はそれに協力するよ」
それはありがたいけど、小悪魔を通り越して悪魔になるのはやめてくれ。
将来、みんなの前で色んなことを暴露されたりしないよう、俺はその辺の虫に祈った。蜂だ。