あかねのたいよう   作:かぜのこ

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第55回:『舞台・東京ブレイド【天魔覆滅編 破】』

 

【第二幕:狂騒の仮面と覚醒の閃光】

【第一節:舞台裏の誓いと交錯する決意】

 照明が落とされた暗転の闇の中、舞台袖には息を呑むような張りつめた静寂が漂っていた。

 重厚なブザーの音が遠く低く響き渡り、間もなく訪れる第二幕の開演を告げている。

 バックステージの薄闇のなか、着替えとメイク直しを終えた黒川あかねが静かに佇んでいた。第一幕での気高き純白の和装から一転、彼女が身に纏っているのは、紅と黒を基調とした絢爛かつ退廃的なヴァンパイア・ゴシック風のドレスであった。銀色の長髪は高めのポニーテールに結い上げられ、手に握られた妖刀『他化自在天』の〝影打〟が、舞台袖の僅かな隙間光を受けて不気味な紅い光を蠢かせている。

 そのあかねの視線の先には、『つるぎ』の衣装に身を包み、出番を待つ有馬かなの姿があった。かなは緊張を押し殺すように刀の柄に手を置き、呼吸を整えている。

 あかねは音もなく歩み寄ると、その背中に向けて小さく声をかけた。

「かなちゃん。……〝有馬かな〟の本気の演技を見せてね」

 かなの肩が一瞬跳ねる。ゆっくりと振り返ったかなの瞳には、かつて「10秒で泣ける天才子役」と持て囃され、そして大人たちの都合の中で「使い勝手のいい役者」という器用に逃げていた自分に対する、複雑な葛藤が渦巻いていた。

「私、かなちゃんと同じ壇上に立つのを、ずっとずーっと、楽しみにしてたんだから」

 だが、あかねの真っ直ぐで力強い眼差しを受け止めた瞬間、かなの唇が不敵な弧を描く。

「……言われなくても、アンタの芝居ごと食ってやるわよ。この大一番で輝けなきゃ、〝9(・)秒(・)で(・)泣(・)け(・)る(・)天(・)才(・)子(・)役(・)〟有馬かなの名が廃るわ!」

「ふふ、私もかなちゃんに負けないくらい輝いてみせるから、覚悟してね」

 互いに言葉を交わす視線の間に、バチバチとした火花が散る。信頼と強烈なライバル心が交錯するその空気は、劇場のどの場所よりも熱く燃え上がっていた。

 

 ――あかねの脳裏に、数日前の稽古場での記憶が鮮やかに蘇る。

 稽古場の片隅。ストッパー役として同席していた姫川ハルトと星野アクアを前に、あかねとかなは第二幕の演技プランについて激しい議論を交わしていた。

『だからね、かなちゃん!  ここでの『つるぎ』の立ち回りはもっと相手の呼吸を読まないと――』

『はあ!?  私は私の解釈でやってんの!  なんでアンタに一々指図されなきゃいけないわけ!?』

 案の定、一触即発の言い合いに発展しそうになる二人を見かねて、腕を組んでいたハルトが静かに口を開いた。

『……この場面での『つるぎ』の感情は何か、もう一度根本から考えてみたらどうだ』

 ハルトの低く落ち着いた声に、あかねは姿勢を正し、論理的な分析を口にする。

『……支配された『鞘姫』の姿を見て、不甲斐なさと、どうしようもないもどかしさを感じているんだと思う』

 対するかなは、ぷいと横を向きながら、本能的な感情をぶちまけた。

『なんかムカつくからぶっ飛ばしてやりたい、それだけでしょ! 『つるぎ』は天真爛漫なバトルジャンキーなんだから、一々難しいことなんて考えてないわよ!』

『それはそうだけど……!』

 並行線を辿る二人の様子を黙って観察していたアクアが、ふと呟くように漏らした。

『……なんか、立場を逆転した今のお前たちみたいだよな。この脚本の『鞘姫』と『つるぎ』って』

『『えっ!?』』

 突然の指摘に、あかねとかなの声が重なった。二人の鋭い視線を一気に浴びたアクアは、眉をひそめて視線を泳がせる。

『いや……なんとなく思っただけだが』

『なるほどな』

 ハルトが納得したように深く頷いた。

『周りの顔色を窺って小さく纏まった演技をする有馬を、今のあかねが演じる『鞘姫』に当て嵌める。そして、ライバルが不甲斐ないことに苛立ち、本領を奪還しようとするあかねの情熱を、かな演じる『つるぎ』に重ね合わせるってわけか。……悪くないんじゃねーの?』

『えっ、私があかねを……?  でも……』

 困惑するかなに対し、ハルトはニヤリと挑発的な笑みを浮かべた。

『目の前であかねからお(・)前(・)が(・)今(・)や(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)不(・)甲(・)斐(・)な(・)い(・)演(・)技(・)を突きつけられたら、有馬、お前はどう思う?』

『そりゃあ……もちろんムカついて、ぶっ飛ばしたくなるわよ!  ……あっ』

『そういうことだ。あかねの生の気持ちとは少し形が違うが、お前の考える『つるぎ』の衝動とは完璧にマッチするだろう。それに、あかねがスランプに陥っていた時のお前自身の気持ちも同じだったんじゃないか?』

 かながハッと目を見開く横で、あかねの顔にパッと華やかな笑みが咲いた。

『うん、私、すごくいいと思う!』

『……分かったわよ!  そこまで言われたらやるしかないじゃない!  やるわよ、あかね!』

『ふふ、じゃあプランを詰めていこうね、かなちゃん』

 

(――そうよ、かなちゃん。あの時の約束を、今ここで果たすんだから)

 暗闇の中で覚悟を打刻したあかねは、ドレスの裾を翻し、一歩足を踏み出した。

 完全なる暗転。そして、重厚な音楽とともに第二幕の幕が上がった。

 

【第二節:血塗られた交差点と不気味な傀儡】

 暗転が明けると、そこはどんよりとした重い雲が垂れ込める東京・渋谷のスクランブル交差点だった。

 背景の巨大スクリーンには、今にも雨が降り出しそうな灰色の空と、淀んだ空気に包まれた街並みが映し出されている。かつて人々が行き交い、活気に満ちあふれていたはずの象徴的な場所は、いまや阿鼻叫喚の坩堝と化していた。

 舞台上をたゆたう不気味な燻煙。その中から、『波旬』の吐き出す妖力によって心を侵食された人々――顔の造形が押し潰されたように平坦で、意思を持たない『傀儡』たちが、ゆらゆらと不安を煽るような動作で列をなして現れる。群衆の悲鳴が立体音響スピーカーから響き渡り、客席全体に得体の知れない恐怖が伝播していく。

 その異形の大群の真ん中に、漆黒と紅の装束を身に纏った『波旬』が優雅に佇んでいた。

 そして、その傍らに寄り添う一影。

 紅黒のヴァンパイア・ゴシック風ドレスを身に纏い、ポニーテールに結い上げた銀髪を揺らす『鞘姫』の姿が、スポットライトの下に浮かび上がった。

 その圧倒的な美しさと退廃的な狂気。

 客席の後方でスケッチブックを抱えていた原作者・鮫島アビ子は、その「完璧な解釈の一致」に目を見開き、息を呑んで身を乗り出した。隣に座る星野ルビーもまた、普段のあかねからは想像もつかない怪しくも可憐な変貌ぶりに圧倒され、言葉を失って舞台を食い入るように見つめている。

『ふむ……そろそろ良い頃合いかな。『鞘姫』、場所を移そうか』

『……畏まりました、貴方様』

 『波旬』の問いかけに対し、『鞘姫』は生気のない、ガラス細工のように冷たい声で応じる。

 〝影打〟に心を封じられ、『隷属』された彼女は、まるで主人に付き従う貞淑な人形のようだ。しかし、その瞳の奥深く、微かに揺れる絶望の色彩――心を囚われながらも、本来の気高い精神が『波旬』の完全な支配に抗い、無辜の民や仲間を傷つけるまいとする魂の叫びが、セリフの端々の僅かな震えとなって滲み出ていた。

『波旬』はその健気で無駄な抵抗を、心底愉快そうに見下ろしている。

 静寂が街を包み込もうとした、その時だった。

『――見つけたぞ……!!』

 舞台袖から地を蹴って躍り出たのは、青い髪の少年『刀鬼』だった。

 彼の肩は激しく上下し、身に纏う和装は泥と汗に汚れている。『鞘姫』を探し求めて渋谷中を奔走してきたのであろう荒い呼吸。だが何より観客の息を止めさせたのは、彼の両眼に宿る、冷たく、そしてドス黒い殺意の星だった。

 『刀鬼』から放たれる生々しい敵意と怨嗟の気迫が、劇場内の温度を一瞬で数度下げたかのように凍りつかせる。

『おや、君は確か……『渋谷クラスタ』の『刀鬼』と言ったか。『鞘姫』に付けられた刀傷はまだ癒えてはいまい、無理はお勧めしないよ』

『煩い、黙れ……っ!』

 『刀鬼』は〝盟刀〟を鞘から抜き放ち、狂気すら孕んだ殺気を『波旬』へ向けて叩きつける。

『控えなさい、下郎!』

『刀鬼』の放つ刺々しい殺気に反応し、『鞘姫』が瞬時に間合いを詰めた。手に持った〝影打〟の切っ先を突きつけ、敵意に満ちた冷徹な視線を『刀鬼』へと向ける。

『なっ……『鞘姫』……!?』

 変わり果てた彼女の姿、そして自分に向けられた殺意に、『刀鬼』の相貌が悲痛に歪む。

 『波旬』はその絶望の表情を愛おしむように眺め、くっくっと低く笑った。

『待ちなさい、『鞘姫』。彼は私との手合わせをご所望のようだ』

『しかし、貴方様』

『いいのだよ。君はそこで見ているといい。……君の執着するものが、私のこの手で打ち砕かれていく様をね』

 『波旬』は言葉の途中で、絶句する『鞘姫』の細い腰にそっと手を回し、引き寄せるように抱きとめた。

 その尊厳を踏みにじる冷酷な挑発。

『……っ、貴様ぁぁあッ!!』

 『刀鬼』の瞳の中で、漆黒の殺意を秘めた一番星が禍々しく爆発した。対する『波旬』の金色の瞳にも、すべてを呑み込む絶対悪の光芒が渦巻く。

『――『鞘姫』を……離せぇええぇッ!!!!』

 咆哮とともに、『刀鬼』の足が力強く舞台を踏み鳴らした。

 

【第三節:雨の敗北と歪んだ傷痕】

 『波旬』は『鞘姫』の身体を無造作に押しやり、飛びかかってきた『刀鬼』の白刃を、正面から重い打撃音とともに受け止めた。

 激しい殺陣が繰り広げられる。

 舞台上には激しい雨の音と、雷鳴の重低音が響き渡り始める。

『『鞘姫』は返してもらう!!』

『返す?  君の物ではないだろう』

『貴様のものでもない!!』

『いいや、彼女は既に私の虜(モノ)さ』

『ッッ、この、巫山戯やがってッ!!!』

 『刀鬼』の振るう太刀筋は、理性をかなぐり捨てた獣のように荒々しく、苛烈を極めていた。振り下ろされる渾身の斬撃。対する『波旬』は、その鬼気迫る猛攻を片手一本で悠然と捌いていく。時に刃の腹で弾き、時に滑らかにいなし、着実に『刀鬼』の体力を削っていく。

 ガキンッ! と激しい金属音が鼓膜を突き、両者の刃が噛み合って苛烈な鍔迫り合いとなった。

 漆黒の闇を宿した『刀鬼』の瞳と、揺らぎない黄金の威厳を湛えた『波旬』の瞳が、至近距離で激しくぶつかり合う。

 『波旬』は右腕一本で無造作に刀を支え、両手で必死に押し込もうとする『刀鬼』を、力任せにじりじりと押し返していく。歯を食いしばり、顔筋を歪ませて抗う『刀鬼』。だが、それは個人の力量を超えた、絶対的な存在の差そのものだった。

『ぐあ……っ!?』

 体勢の崩れた『刀鬼』の胸ぐらを、『波旬』の左手が鷲掴みにした。そのまま力任せに突き飛ばし、宙に浮いた『刀鬼』の無防備な胴体へ向けて、漆黒の『他化自在天』が容赦ない袈裟斬りの軌道で走り抜ける。

 血飛沫演出の赤い光が舞台に弾け、『刀鬼』は絶叫とともに地の上へ倒れ伏した。

 雨音が激しさを増す。冷たい雨が打ち付ける廃墟の中、『刀鬼』は泥に塗れ、身体を震わせながら必死に手を伸ばす。しかし、失血と激痛により視界は霞み、声すら出ない。

 その薄れゆく意識の向こうで、『波旬』は倒れた男を一瞥することすらなく、『鞘姫』の肩を抱いて悠然と闇の奥へと消えていった。

 再び奪われた大切な存在。届かなかった手。地べたに這いつくばる屈辱的な敗北。

 客席でその光景を見つめていた星野ルビーは、胸を強く締め付けられるような痛みに耐えかね、口元を両手で覆った。

 舞台上で吐き出される『刀鬼』の生々しい恨みと怨嗟。そこに宿るドス黒い情念に、ルビーは実の兄であるアクアの背負う「復讐という名の漆黒の闇」を重ね合わせていたのだ。

(お兄ちゃん……そんな、そんな哀しい顔で笑わないで……)

 ルビーの瞳から、一筋の涙が頬を伝ってこぼれ落ちる。

 後方席の五反田泰志もまた、煙草を吸う手をとめたまま、痛ましそうに眉をひそめていた。アクアが自らのトラウマと暗い情念を糧にして繰り出す迫真の演技。その圧倒的な凄ましさと危うさを察知し、五反田は重い吐息とともに静かに目を伏せるのだった。

 

【第四節:伏魔殿の顕現と交錯する信念】

 打ちのめされ、瀕死の重傷を負った『刀鬼』は、駆けつけた『ブレイド』たちによって間一髪救出された。

 『新宿クラスタ』の拠点。応急処置を受けた『刀鬼』は、激しい痛みに耐えながら立ち上がろうとする。

『やめろ、『刀鬼』!  その身体で動けば命がない!』

『つるぎ』が必死に制止するものの、『刀鬼』はその手を荒々しく振り払った。

『放せ……っ!  俺はあいつを……『鞘姫』を奪還する!  奴らの手を借りるつもりはない!』

『一人で突っ込んで勝てる相手じゃないことくらい、お前が一番よく分かっているはずだろ!!』

 『つるぎ』や仲間の『匁』による血を吐くような説得すら聞き入れず、固執と執念だけに駆られて背を向ける『刀鬼』。

 その時だった。

 ズズズ……と劇場全体を揺らす激しい地響きと重低音が響き渡った。

 舞台奥の巨大スクリーンと立体機構が駆動し、景色が一変する。

 『波旬』が放つ膨大な妖気によって、東京都庁が崩落し、禍々しい骨と肉塊の城壁に覆われた『呪胎伏魔殿・東京都庁』へと変貌を遂げたのだ。

 『呪胎伏魔殿』の最深部。

 高々に聳える玉座に、『波旬』が深く腰掛けていた。その足元には、完全に感情を削ぎ落とされた『鞘姫』が静かに侍っている。

 玉座の周辺には、『鞘姫』の〝盟刀〟をはじめ、何処かで倒された剣士たちの愛刀がまるで無数の墓標のように冷たく突き立っていた。

『ふむ……愛憎に囚われた愚者どもよ。集うがいい、この絶対なる安寧の地へ』

 『波旬』の冷徹な独白が広間に響き渡る。

 この異常事態と『波旬』の脅威を目の当たりにし、これまで『渋谷クラスタ』との協力を頑なに拒んでいた『キザミ』、『トメ』、『アジロ』ら『新宿クラスタ』の仲間たちも、遂に腹を括った。

『……ちっ、背に腹は代えられねえ。『ブレイド』、あんな化け物に江戸を好き勝手させてまるか!』

『ああ! みんな、力を貸してくれ!』

 『ブレイド』を中心に結束した『新宿クラスタ』の一団は、決死の覚悟で『呪胎伏魔殿』へと殴り込みをかける。

 待ち受けていたのは、無数の『傀儡』たちの群れだった。

 縦横無尽に刃を振るい、雑兵を蹴散らしていく『ブレイド』たち。だが、その最奥、舞台中央に聳え立つ大階段から悠然と現れた『波旬』の口から、残酷な真実が告げられる。

『無駄な殺生をするものだね。その『傀儡』どもは、元は君たちが守るべき街の住人だよ』

『なっ……何だと!?』

『彼らの武器である〝影打〟を砕けば『傀儡』化は解ける。だが……同時にその者の心も砕かれ、命を落とすことになる。……もちろん、私の傍らにいる『鞘姫』もね』

 残酷な人質。『波旬』の言葉に、『ブレイド』たちは息を呑み、絶望に打ちのめされる。

 殺せば無辜の民を殺すことになり、救おうとすれば刃を封じられる。

 その混沌の渦中へ、『ブレイド』と『つるぎ』が躍り出た。

 『波旬』の手によって二陣営に分断される戦場。『ブレイド』は『波旬』を誘い出すようにその場を離れ、広場には『つるぎ』と、彼女を打ち倒すべく冷たく刃を構える『鞘姫』のふたりだけが残された。

 

【第五節:有馬かなの覚醒と落日の敗走】

 静まり返る広場の中、『つるぎ』と『鞘姫』が対峙する。

 ふたりの殺陣が始まった。

 舞うような流麗さで刃を振るう『鞘姫』。その動きは完璧でありながら、どこか機械的で、人間らしい熱量が欠落していた。

『……どうしたのです、『つるぎ』。その程度の刃で、私を止められると思っているのですか?』

 『鞘姫』の冷ややかな声が『つるぎ』を撃つ。

 それは劇中のセリフでありながら、あかねが『有馬かな』に向けて放つ、痛烈な問いかけそのものだった。

(――使い勝手のいい役に逃げて、周りと調和することばかり考えて、自分の本当のエゴを殺して……それが、あなたの望んだ役者なの? かなちゃん!)

 『鞘姫(あかね)』の放つ圧倒的な演技の重圧。完璧に構築された「冷徹な鬼の姫」の眼差しが、『つるぎ(かな)』の胸を鋭く抉る。

 『つるぎ(かな)』の刃が揺らぐ。『鞘姫(あかね)』の気迫に押され、後退りする。

『くっ……あ……!』

『……期待外れですね。かつて輝いていたあなたの刃は、今や見る影もなく鈍泣している』

 『鞘姫(あかね)』侮蔑の視線が、『(つるぎ《かな)』の心の奥底に眠っていた苛立ちと屈辱の火種に、一気に油を注いだ。

(――ふざけないでよ)

 かなの瞳の奥で、何かがパチンと弾けた。

(ふざけないでよ、黒川あかね……! 私を誰だと思ってるのよ! 私を惨めに評価して、見下して……そんな芝居で私を導いたつもりになってんじゃないわよ!!)

『つるぎ』の呼吸が変わる。

 型にはまった綺麗なお芝居、周りに合わせたバランス調整――そんな泥生ぬるい仮面を、『つるぎ』は――かなは自ら叩き割った。

『――黙りなさいよぉぉぉッ!!!!』

 雷鳴のような一叫。

『つるぎ』の振るう刀が、爆発的な光量を伴って『鞘姫』の刃を弾き飛ばした。

 重圧を跳ね返す、圧倒的なエゴの爆発。太陽のような赫灼とした煌めきと、周りの役者すべてを食い散らかす天才子役としての剥き出しの才能が、舞台上に解き放たれる。

 観客席で、鏑木が〝有馬かな〟の負の印象を覆す演技に瞠目する。1,300人の観客の視線が、舞台に舞い落ちた巨星(スター)の輝きに釘付けになった。

『私は……私はねぇ! あんたのそんな不甲斐ない人形みたいなツラを見に来たんじゃないのよ!! 目を覚ましなさい、『鞘姫』ぁぁぁっ!!』

 凄まじい密度の殺陣。『つるぎ(かな)』の放つ一撃一撃が、『鞘姫(あかね)』の構築した完璧な世界観を力任せに打ち砕いていく。

 あかねの瞳に、歓喜の色が宿る。

(――そう! それよ、かなちゃん! その輝きが見たかったの!)

 互いの魂をぶつけ合うような奇跡的な殺陣の果て、『つるぎ』の一閃が『鞘姫』の刀を弾き飛ばし、その胸元へと突きつけられた。

 ついに『鞘姫』を下した『つるぎ』。かなの相貌には、眩いばかりの自信と、本来の太陽のような笑顔が戻っていた。

 だが――歓喜の瞬間は、残酷に打ち砕かれる。

 背後に忍び寄っていた『波旬』の影。『つるぎ(かな)』と『鞘姫(あかね)』の激突が放った輝きに、視線が釘付けになったその間隙を抜つ見事なミスディレクションに、観客から小さな悲鳴が上がる。

『素晴らしい、だが無意味だったね』

『なっ……!?』

 一瞬の不意打ち。『波旬』の繰り出した〝影打〟の刃が『つるぎ』の胸元を穿つ。

『きゃああああっ!?』

 悲鳴とともに『つるぎ』の光が消え、彼女もまた『隷属』の闇へと引きずり込まれていく。

 遅れて駆けつけた『ブレイド』は、完膚なきまでに打ち破られ、目の前で『つるぎ』までもが奪われる惨劇を目撃した。

『そん、な……『つるぎ』まで……っ!』

 目の前に広がる惨劇に脱力し、膝を突く『ブレイド』。心の折れた主人公を見下ろし、『波旬』は興醒めしたように吐き捨てた。

『不様なものだね、『ブレイド』。君の心も、ここまでか』

 無造作にとどめの一撃を振り下ろそうとする『波旬』。

 その瞬間、『キザミ』をはじめとする『新宿クラスタ』の仲間たち、そして満身創痍の『刀鬼』が乱入した。

『やらせるかよぉッ!  『ブレイド』を連れて引くぞ!!』

 命懸けの足止めと決死の救出劇。仲間たちに担がれた『ブレイド』は、薄れゆく意識の中で、不気味に聳え立つ『呪胎伏魔殿』と、冷たく見下ろす『波旬』、そして捕らわれた『鞘姫』と『つるぎ』の姿を目に焼き付けながら、敗走していくのだった。

 重く、暗い暗転。

 絶望が劇場を支配する中、第二幕の幕が下りた。

 

【第六節:幕間の熱狂と天才の帰還】

 二度目のインターミッションを告げるブザーが鳴り、客席に明かりが戻った。

 客席の全1,300人は、言葉を失ったまま静まり返り、次の瞬間、第一幕以上の大きな地鳴りのような歓声とざわめきが湧き起こった。

 ロビーへと続く通路。

 五反田泰志監督は、煙草の箱を指先で弄びながら、ニヤリと満足げな笑みを浮かべていた。

「……そうだ有馬、お前の本領はそれだ」

 五反田の声には、惜しみない称賛が込められていた。

「昔の俺の忠告を律儀に守って、周りに合わせた『使い勝手のいい役者』に逃げていた有馬かなが、黒川あかねの仕掛けた芝居によって自我を爆発させ、周りを食い散らかす本来の輝きを取り戻した。……いいものを見せてもらったな」

その少し先では、星野ルビーが涙で目を潤ませながら、隣のみなみの手を握りしめていた。

「みなみ……見た!?  有馬先輩、すごかった……! 凄すぎて、私、鳥肌が止まらないよ……!」

「ほんまやな……。有馬先輩のあの迫力、舞台全体がひっくり返ったかと思ったわ。やっぱりあの人は、本物の『天才』なんやね」

 ミヤコも胸を撫で下ろし、「有馬ちゃん、やってくれたわね……」と感涙に浸っている。

 一方、原作者の鮫島アビ子と吉城寺頼子は、興奮のあまり互いの手を握り合っていた。

「アビ子ちゃん、観た!? あの二人の一騎打ち! 脚本の意図を超えて、役者同士の魂がぶつかり合っていたわ!」

「はい……! かなさんの覚醒と、それを引き出したあかねさんの悪堕ちの美しさ……! もう、私……涙が止まりません……!」

 バックステージの楽屋裏。

 出番を終えたかながあかねと向き合い、少し気まずそうに、けれど晴れやかな顔で頭を掻いた。

「……フン。言ったでしょ、アンタの芝居ごと食ってやるって」

 あかねは、心からの温かい笑顔をかなに向けた。

「うん! 最高の『つるぎ』だったよ、かなちゃん。……私、すごく嬉しかった」

「べ、別にアンタのためにやったんじゃないわよ!」

 照れ隠しに背を向けるかなだったが、その頬は微かに赤く染まっていた。

 ふたりの間にある絆は、この激闘を経て、より一層強固なものへと昇華していた。

 だが、物語はまだ終わらない。

 折れた『ブレイド』の再起、メルト演じる『キザミ』の命懸けの執念、そしてアクアたちの復讐と救済が交錯する第三幕・最終決戦へ向けて――劇場の鼓動は、いっそう高く脈打ち始めていた。

 





 第53回と第32回をこっそり修正。
 あと、劇中劇のキャラのブレについては、一旦「このタイムラインでの原作ではこういうことになっている」ということで平にご容赦をm(__)m
 更新が一段落したら改めて修正も考えますので(=_=;)

そろそろ書き溜めが切れる頃合いです。3章完結後の連載形式はどうしたらいいですか?

  • 書き溜めてから連載再開
  • 週一回の更新で連載を維持
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