あかねのたいよう   作:かぜのこ

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第56回:『舞台・東京ブレイド【天魔覆滅編 急】』

 

【第三幕:狂花水月と黎明の光】

【第一節:暗転の呼吸と背中を突く手】

 二度目のインターミッションが終わり、場内の照明が滑らかに落ちていく。暗転の静寂が劇場を包み込む中、舞台袖の薄闇には、張り詰めた緊張感が漂っていた。

 台本を固く握りしめ、出番を待つ鳴嶋メルトの額には、静かに汗が浮いていた。その指先は微かに震えている。脳裏を駆け巡るのは、稽古場で打ちのめされた記憶と、星野アクアから投げかけられたあの一言だった。

『客に舐められてるってことは、油断してるってことだ。例えば、いじめられっ子が、地味で目立たなかったメガネ女子が、何の取り柄もないと思っていたオタクが、完全に下手だと思っていた役者が――いきなりメチャクチャ凄い事始めたら、激アツだろ?』

(――そうだ。俺は下手くそだ。観客も、原作ファンも、俺がまともな殺陣なんてできると思ってない。……だからこそ、ここで魅せるんだ)

 泥を舐め、指の皮膚が裂けるまで刀を振り続けた日々。血の滲むような努力の記憶が、震える拳に力を取り戻させる。

 そこへ、足音もなく近づいてきた男がいた。『匁』役を演じる鴨志田だ。稽古の当初、下手な演技を曝していたメルトに露骨な不快感を示し、激しくぶつかり合った男。だが今、鴨志田の目には嘲笑の色など欠片もなかった。

 ポン、と重い手がメルトの肩を叩く。

「行くぞ、メルト。お前の背中は俺たちが守る」

「……ああ。かましてやろうぜ、鴨志田さん」

 役者としての認容と信頼。視線を交わした二人の間に、熱い絆が通い合う。

 一方、別の袖では、アクアが自身の掌を見つめ、深く長い息を吐き出していた。

 目の前で『鞘姫』が倒れ、慟哭する――そのシーンが近づくにつれ、胸の奥底で渦巻く暗い記憶が影を落とす。母を失ったあの日のトラウマが、精神を蝕む悪寒となって忍び寄っていた。

「稽古の通りやれば大丈夫だよ、アクアくん」

 静かな、しかし確固たる意志を込めた声。振り返ると、そこには完璧に『鞘姫』の衣装を纏った黒川あかねが立っていた。あかねの瞳は、どこまでも深く、アクアの不安を見透かした上で優しく包み込んでいる。

「万が一の時はあかねが何とかしてやれる。だからアクア、お前は余計なことを考えず、演技を楽しめ」

 腕を組み、不敵な笑みを浮かべるのは姫川ハルトだ。圧倒的な絶対者として君臨する男の言葉が、アクアの胸の澱みを力強く払いのける。

「……ふっ、二人揃って過保護だな」

 アクアの唇から、小さく吐息が漏れた。緊迫していた肩の力が抜け、瞳に鋭い光が宿る。

 重厚なBGMが鳴り響き、劇場の空気は一変した。最終決戦の幕が、静かに上がる。

 

【第二節:屈辱の深淵と再起の咆哮】

 舞台の上に再現されたのは、『新宿クラスタ』の薄暗い拠点であった。

 舞台中央、傷だらけで横たわる『ブレイド』。かつて新宿の街で奔放に刀を振るっていた少年の影はなく、目の前で『つるぎ』を奪われ、『波旬』の圧倒的な武威の前に惨敗したショックから、その瞳は光を失い、腑抜けたように空を見つめていた。

 その無様な姿を、壁に背を預けた『刀鬼』が、冷酷なまでに鋭い視線で見下ろしている。

 一方、背景の透過スクリーンが浮き上がり、遠く『呪胎伏魔殿・新宿都庁』の最深部が映し出された。

 禍々しい骨の玉座に腰掛ける『波旬』。その足元には、紅黒のゴシックドレスに身を包んだ『鞘姫』と、まったく同じ悪堕ちの衣装を着せられた『つるぎ』が、意思を奪われた人形のように侍っていた。

 すでに大半の〝盟刀〟を手中に収めた『波旬』。人心を封じ、人類から愛憎という感情そのものを奪い去る計画は、まさに最終局面へ移ろうとしていた。

 尊厳を踏みにじられながらも、涙を流すことすら許されない二人のヒロイン。その無機質な美しさが、観客の胸に重苦しい絶望を刻みつける。

 場面は再び『新宿クラスタ』の拠点へ。

 『刀鬼』は無言のまま『ブレイド』の胸ぐらを掴み上げると、半ば引きずり出すようにして外の広場へと連れ出した。

『いつまでそうして泥を舐めているつもりだ、『ブレイド』』

『……放っておいてくれ。俺じゃあいつには勝てない……『つるぎ』も救えないんだ……!』

『不甲斐ない男だ』

『刀鬼』の冷ややかな吐捨。

『一人の女すら守れず、膝を突いて泣き叫ぶのが『新宿クラスタ』の頭目か。笑わせるな。ならば『つるぎ』も『鞘姫』も、この俺が一人で奪還する。貴様はその湿気た床で死んだように眠っているがいい』

『……何だと……!?』

 『ブレイド』の瞳に、怒りの火が点る。

『言葉が出いか?  弱虫め。貴様のその鈍った刀など、もう何の価値もない!』

『言わせておけば……調子に乗るなよ、『刀鬼』ッ!!』

 『ブレイド』が立ち上がり、拳を振り抜いた。ガツン、と激しい打撃音が響き、『刀鬼』の頬が歪む。『刀鬼』もすぐさま殴り返し、二人の男は剣を捨て、泥に塗れながら拳を交わした。

 激しい殴り合いの果て、息を荒らげて倒れ込む二人。空を見上げる『ブレイド』の瞳には、先ほどまでの失意は消え、怒りと情熱の火が力強く燃え盛っていた。

『……俺は行く。『つるぎ』を……仲間を取り戻す』

『ふん……気が変わった。一人で乗り込むよりは、いくらかマシな囮にはなりそうだ』

 血を拭い、立ち上がる二人。

 『ブレイド』と『刀鬼』。相反する二人の思いが交錯し、ここに『新宿クラスタ』と『渋谷クラスタ』の真の共闘が成立した。

 

【第三節:一撃の執念と閃光の爪痕】

 黒鉄の大門が響き渡り、『呪胎伏魔殿』への突入が始まった。

 雪崩れ込む両クラスタの剣士たち。襲い来る無数の『傀儡』どもを、怒涛の殺陣で薙ぎ払っていく。

 広間の奥、大階段から静かに姿を現したのは、『鞘姫』と『つるぎ』を引き連れた『波旬』であった。

『愚かな……死地へ自ら赴くか』

 『波旬』が冷徹に言い放つ。すかさず『ブレイド』と『刀鬼』が飛び出した。

『ブレイド、刀鬼! 『波旬』(コイツ)は俺たちが食い止める!  お前たちは二人を連れて先へ行け!』

 『キザミ』が前に躍り出り、仲間たちとともに『波旬』へ立ち塞がる。『ブレイド』と『刀鬼』は頷き、捕らわれた二人のヒロインを引き剥がすべく、奥へと走り抜けた。

 取り残された『キザミ』たちと、『波旬』の凄絶な戦いが始まる。

 圧倒的。まさに神と虫ケラの戦いであった。

 『波旬』は片手で刀を振るうだけで、並の剣士たちを次々と薙ぎ払い、吹き飛ばしていく。『匁』が必死の覚悟で打ち込むも、一瞬で柄を砕かれ、吐血して崩れ落ちた。

 次々と倒れていく仲間たち。遂に、舞台上に立つ者は『キザミ』ただ一人となった。

 全身傷だらけになりながらも、『キザミ』は刀を構え直す。

 その瞬間、劇場の空気が変わった。

(――見ろ。観客も、業界の奴らも、みんな俺のことを見くびってる)

 鳴嶋メルトの精神が、劇中の『キザミ』と完全に同調する。

(下手くそな客寄せパンダ。そう思われて当然の演技しか出来なかった。……だけどな!)

 『キザミ』の足が、舞台の床を激しく踏み鳴らした。

 放たれたのは、これまで見せたこともないほど研ぎ澄まされた、アニメ映画での描写を寸分違わず再現した完璧な踏み込みと殺陣であった。

 空気を切り裂く鋭い風切り音。

 これまで片手で余裕を見せていた『波旬』の目つきが変わり、即座に両手で柄を握り直した。

 甲高い音とともに、火花が飛び散る。『キザミ』の繰り出す渾身の連撃。一ミリの狂いもない刀筋、泥を舐めて手に入れた本物の武術の動きが、『波旬』の防陣を揺らしていく。

 観客席の後方で、原作者の鮫島アビ子が手帳を落としそうになりながら目を見開いた。

「……凄い、原作再現……!  完全に、キザミの殺陣だ……!」

 さらには、かつてメルトの酷い演技に頭を抱えていた劇作家の吉城寺頼子が、口元を震わせて目尻に涙を浮かべる。観客の誰もが、侮っていた一人の役者の「覚醒」に鳥肌を立て、胸を打たれていた。

『――おおおおおッッ!!』

 『キザミ』の執念の一撃が、『波旬』の肩口の装束を切り裂き、鮮血に似た粉塵を散らせた。

 『波旬』に初めて傷を負わせた瞬間であった。

 しかし――直後、『波旬』の冷酷な反撃の一閃が『キザミ』の胴体を深く斬り裂く。

『がはっ……!?』

 鮮血の花を咲かせ、地の上に倒れ伏す『キザミ』。だが、彼が斃れ際に浮かべた笑みは、確かに強者に爪痕を残した男の意地そのものであった。

 

【第四節:絆の解放と水底の光】

 『波旬』は倒れた剣士たちの〝盟刀〟を回収すると、忌々しげに虫の息の『キザミ』を一瞥し、影の中へ姿を消した。

 残されたのは、二対の男女。スポットライトが『ブレイド』と『つるぎ』、『刀鬼』と『鞘姫』を闇の中から照らし出す。支配されたヒロインたちを正気へと戻すため、哀しき決闘が繰り広げられる。

『お前は……お前はどうして、私を見てくれない! なんでッ!!』

『止めろ、『つるぎ』! もう止めるんだ! そんな風に自分を傷つけるな!』

 『つるぎ』の振るう〝影打〟の刃が『ブレイド』の刀と激しく打ち合わさる。『つるぎ』のセリフには、劇中の情愛だけでなく、他の誰か(アクア)へ向けられた剥き出しの恋心が乗せられていた。

 打ち合う刃を通じ、心を通わせていく二人。絆の深まりとともに『つるぎ』の手から〝影打〟が零れ落ち、紅い光が消えていく。遂に『隷属』の呪縛が打ち砕かれた。

『ブレイド……!  私……私……!』

『もう大丈夫だ、『つるぎ』。……後は頼むぞ、『刀鬼』……!』

 しかし――長期間『波旬』の身近に置かれていた『鞘姫』の『隷属』はあまりにも強固であった。

 『刀鬼』の必死の説得も虚しく、『鞘姫』は冷酷な刃を突き出し続ける。

『無駄、です、『刀鬼』。私の、心は、既に……』

『くそっ……!  こうなったら、〝影打〟そのものを砕くしかない……!』

 『刀鬼』の瞳に決死の覚悟が宿る。影打を砕けば、その衝撃で『鞘姫』の心も砕かれ、命を落とす危険性がある。だが、このまま操り人形として生きさせることなどできない。

 『刀鬼』の振り下ろした一閃が、『鞘姫』の振るう〝影打〟を真っ向から叩き割った。

 パリンッ!! と甲高い破壊音が響く。

『あ……あ……っ』

 瞳の光を失い、崩れ落ちる『鞘姫』。結い上げられていた銀の髪が解け、宙を舞う。

 『刀鬼』はその華奢な身体を抱きかかえ、地の上に膝を突いた。

 『鞘姫……!  頼む、目を開けてくれ!  鞘姫ぇぇぇッ!!』

 『刀鬼』の慟哭。腕の中の『鞘姫』に、黒(・)い(・)髪(・)の(・)女(・)性(・)の幻が重なる。

 その瞬間、『刀鬼』――いや、アクアの意識は劇場の空間を離れ、冷たく暗い水(・)底(・)へと沈み込んでいた。

(――ああ、まただ)

 息ができない。冷たい水が鼓膜を塞ぎ、視界が闇に染まっていく。

 目の前で倒れた『鞘姫(あかね)』の姿が、血の海に倒れていた母・アイの姿と重なる。トラウマの吐き気が胸を突き上げ、アクアの魂は死の誘惑へと引きずり込まれていく。

(俺は……あの時、何もできなかった。アイを……救えなかった……)

 仄昏い水の底へ、どこまでも沈んでいく身体。光の届かない奥底から、いくつもの〝黒い手〟がアクア(ゴロー)の身体を掴んで昏い昏い暗がりの裡へ連れ去っていく。

(ああ、俺(・)は(・)……僕(・)は(・)……)

 

 ――泣かないで、『刀鬼(アクア)』――

 

 『誰か(アイ)』の声が遠くから聞こえたその時――水面を突き破り、燦々とした陽光が差し込んだ。

 陽射しに導かれるようにして、水面から何本もの光の柱が……光の形をした無数の手が差し伸べられる。

 ハルトの手が、かなの手が、メルトや姫川の手が、MEMちょの手が――そして、誰よりも強く煌めき輝く、ルビーの手が――

『――お兄ちゃん!』

 幻聴のようなルビーの叫びとともに、差し伸べられた手たちがアクアの腕を強く掴み上げ、冷たい水底から一気に引き揚げた。

「ガハッ……!?」

 舞台上、『刀鬼』が激しく息を吐き出し、現実に引き戻された。

 青い瞳から、濁った暗闇が消え去り、澄み渡った力強い光が宿る。

 『刀鬼』の頬に、白皙の手が添えられていた。

 抱きかかえられた『鞘姫』の気品ある瞳が彼の目の前にある。金(・)色(・)の(・)星(・)が煌めく瞳にゆっくりと生気が戻っていく。

『……『刀、鬼』……?  私……は……』

『『鞘姫』……! 目が、覚めて……。奇跡が……起きたのか……!』

 息を吹き返した『鞘姫』を抱きしめ、『刀鬼』は今度は歓喜の涙を流した。

 客席では、双子の兄が見せた真に迫る咆哮と苦悶の演技に、ルビーが母を失った記憶と兄への愛おしさを溢れさせ、ボロボロと大きな涙をこぼして号泣していた。

 『刀鬼』と『ブレイド』は、衰弱した『鞘姫』を『つるぎ』に託すと、互いに頷き合い、最奥の扉へと向き直った。

 

【第五節:狂花水月と黎明の太陽】

 『波旬』の絶大な妖力によっておどろおどろしく変貌を遂げた『呪胎伏魔殿・新宿都庁』の最奥。歪んだ鉄骨と紅黒い瘴気が渦巻く重苦しい黒鉄の大門の前に、『ブレイド』と『刀鬼』が佇んでいた。

『準備はいいか、刀鬼』

『ああ……いつでも』

 低く重厚な声が響き、観音開きの巨大な門が開かれる。

 二人が一歩、玉座の間へと足を踏み入れた。

 劇場の空間が、一瞬で変貌する。

 紅いスポットライトが妖しく照らし出す真紅の玉座。そこには、真っ白な髪と漆黒の衣装を纏った『波旬』が、気怠げに肘を突き、優雅に腰掛けていた。

 その足元には、『鞘姫』や『つるぎ』、『キザミ』ら作中の剣士たちから奪い去った〝盟刀〟が、不気味な墓標のように突き立っている。すでに大半の〝盟刀〟は揃い、『ブレイド』と『刀鬼』の物が奪われれば『波旬』の計画は完遂されるだろう。

『……ほう。『鞘姫』と『つるぎ』が、我が『隷属』の呪縛から解き放たれたか。後学のために訊きたいのだが……いったいどうやってあの強固な術を破ったんだい?』

 慇懃無礼で、どこか狂気を孕んだ重厚な声。『波旬』が玉座の上から二人を見下ろす。

『知らんな。例え解っていたとしても、貴様のような奴に教えると思うか』

 『ブレイド』が静かに、しかし鋼のような意思を込めて鞘に収まった刀の柄に手をかける。

『後は貴様だけだ、『波旬』!  貴様を討ち果せば……全てが終わる!!』

 『刀鬼』が剥き出しの敵意と殺気を滾らせ、一歩前に踏み出す。

『まあいい。君らをここで斃し、二人を再び我が足元に『隷属』させれば済む話だ……いや、待てよ?  君らをこの場で屈服させ、解放された彼女たちを君らの手で殺めさせるというのもまた一興か』

 酷薄な、冷徹極まりない笑みを浮かべると、『波旬』はゆっくりと玉座から立ち上がった。

 その手が腰元へと伸び、本体たる『他化自在天』を、静かな金属音とともに抜き放つ。

 それに合わせるかのように、『ブレイド』と『刀鬼』もそれぞれの盟刀を同時に抜刀。

 次の瞬間、二人の脚が爆発的な踏み込みを見せ、舞台の床を鳴らして一気に肉薄した。

 激突する三者。

 それと同時に、劇伴が圧倒的な音圧で解き放たれた。

 テーマソング『狂花水月』を重厚なオーケストラアレンジへと昇華させたバトルBGMが、最後の死闘をドラマチックに彩る。

 凄まじい密度の殺陣。

 『ブレイド』の流麗かつ力強い豪快な太刀筋。

 『波旬』の異次元の速度と、どこから飛んでくるか分からない変幻自在の剣技。

 そして、『刀鬼』が必死の形相でその二人の超絶的な速度域に喰らいついていた。

 二対一の複雑極まりない立ち回り。互いの刃が接触するミリ単位の間合い、入れ替わる立ち位置、そして交わされるセリフと視線。

 舞台上に投影されるプロジェクションマッピングの光と、三人が放つ本物の殺気が融合し、本当の戦いが今まさに目の前で繰り広げられているという錯覚――真に迫る〝現実〟が、劇場を支配していく。

 刃が打ち合わさるたびに、甲高い金属音とともに見えない火花が散る。

 『刀鬼』の瞳の奥に、渦巻く漆黒の星がギラギラと激しく輝く。

 『ブレイド』の瞳の奥に、研ぎ澄まされた紫紺の星が生き生きと躍動する。

 二人の剣士が全霊を叩きつけてくるその圧力をことも無く受け止めながら、『波旬』は圧倒的な武威を示す。その瞳の奥で、無数の星々が集う巨星の星雲が激しく回転し――次の瞬間、それすらも呑み込むほど絢爛たる、黄金の太陽が燦然と煌めいた。

 これほどまでに限界を超えた『ブレイド』と『刀鬼』の二人がかりの猛攻をもってしても、『波旬』という絶対的な絶望の壁は破れない。

 劇伴の曲調が不穏な低音が支配するアレンジへと変化する。

 そして、『波旬』の圧倒的な剣技の前に、ついに『ブレイド』と『刀鬼』の二人が膝を屈した。

『よく凌いだが……これで終いのようだね』

『ぐ……ぅ……ッ!』

『くっ……クソッ……!』

 血を吐くような呻き声をあげる二人に対し、『波旬』は残酷なほど優雅な所作で、『他化自在天』の紅い刃を高く掲げた。

『君たちの抵抗は心地好かったよ……さらばだ』

 振り下ろされようとするその瞬間だった。

 舞台袖より『鞘姫』と『つるぎ』が飛び出した。二人は『隷属』から解放され、元の純白の和装と明るい色のボーイッシュな服装へと変化していた。

『刀鬼!!』

『ブレイド!!』

 二人の切痛な叫びが劇場に響き渡る。

『勝ちなさい!!』

『負けるな!!』

 その声が響いた瞬間。

『『応ッッッ!!!!』』

 腹の底からの咆哮とともに、『ブレイド』と『刀鬼』が立ち上がり、繰り出された渾身の刃が振り下ろされた『他化自在天』を跳ね返した。

 爆発的な音響とともに、『狂花水月』の「勝利と希望」の旋律が溢れ出す。

『ッッッ、何故だ! 既に死に体であったはずの何処に、こんな力が残っていたッ!?』

『貴様には判るまい! 独り、他者を支配することしかしない貴様にッ!!』

『俺たちは独りじゃない!! 皆と、仲間と力を合わせる事が出来るッ!! それが、孤独なお前を超える力になるんだッ!!!』

 言葉とともに、『ブレイド』と『刀鬼』の猛攻が『波旬』を追い詰めていく。

『愛、絆……? そのような言葉は、他者に執着する心の醜さを言い換えた綺麗事に過ぎん!  それら定命の者のエゴと欲望が憎しみを生み、重ねられた憎悪が悲劇を作り出していると何故判らん!!』

『それでも、俺たちは愛を求める!! ――求め続けるッ!!』

 『ブレイド』の魂の叫びが木霊する。

『ッ、これはッ!?』

 これまで機械のように完璧であった『波旬』の太刀筋が、俄に乱れる。それは、『キザミ』渾身の一撃により付けられた僅かな傷に依るものだった。

『今だ!!』

『う、ウオオオッ!!』

『ば、莫迦な!! こ、このような瑣末事で、私が、この『波旬』がぁッ!!?』

 『ブレイド』と『刀鬼』はその僅かな隙を突き、猛攻を仕掛ける。

 追い詰められた『波旬』が、客席に完全に背を向ける位置へと追い込まれた。

 正面を向いた『ブレイド』と『刀鬼』が、大上段に掲げた二本の刀を交差させ、一気に振り下ろす。

 紅い闇を切り裂く二筋の鮮烈な白い斬撃の光が、劇場を真っ二つに絶ち斬った。

『ふ、ふふ……フフ、ハハハハハハッッ!! これが、君等の選択か。この地獄のような常世で、生きていくと……?』

『それでも、貴様に支配されるよりはずっとマシだ』

 『刀鬼』が答える。

『ふん……精々、足掻くがいい……』

『この命の限りに足掻くさ。お前の言う通り、例えこの世が地獄であろうともな』

 決意の言葉とともに『波旬』が崩れ落ち、『他化自在天』が粉々に砕け散った。

 惨劇の照明が、静かな夜の訪れを告げる優しい青い光へと移り変わっていく。

 

【第六節:カーテンコールと繋がれた手】

 崩壊した『呪胎伏魔殿』の跡地。青白い月の光が星空から振り注ぎ、満開の桜時を照らし出していた。

 妖気が霧散した清らかな空気を突いて、生還した『ブレイド』たちの前に、一命を取り留めた仲間たちが駆け寄ってくる。

 互いの無事を確かめ合い、高く手を掲げる剣士たち。

 その温かな輪の中で、幕が静かに下ろされた。

 暗転の直後、劇場の天井から万雷の拍手が降り注いだ。

 指が千切れるほどの盛大な拍手と、スタンディングオベーション。客席の誰もが立ち上がり、舞台上の役者たちへ惜しみない熱狂を送っている。

 客席の通路。

 五反田泰志監督は、立ち上がった客たちの間から舞台を見つめ、感慨深そうに呟いた。

「……やっと、まともな顔して芝居する気になったか」

 復讐の闇に囚われていたアクアが、仲間と共に全力で殺陣を交わし、心から芝居を楽しんでいたあの瞬間。五反田はその成長と解放を確かに見届けていた。

 その隣で、ルビーは目を真っ赤に腫らしながら、舞台上のアクアに向けて必死に手を振っていた。

「お兄ちゃん……すごかったよ……! すごく、かっこよかったよ……!」

 見たこともない兄の眩しい笑顔と輝き。母を失った深い傷を抱えながらも、彼が役者として前に進んだ姿に、ルビーの胸は温かい誇りで満たされていた。

 カーテンコール。

 幕が再び上がり、キャスト陣が並んで一礼する。

 中央で手を繋ぐハルト、あかね、かな、メルト、そしてアクア。

 眩しいスポットライトの光の中、アクアは隣に立つあかねとかな、そして客席で泣き笑うルビーの姿を見つめ、穏やかな息を吐き出した。

 闇を抜け出した先にある、本物の光。

 舞台『東京ブレイド』の幕は、万雷の喝采とともに、最高の熱量を残して閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私……かなちゃんと、アクアくんと、ハルトくんと……みんなと、この舞台に立ててよかった。この光景が観れてよかったよ」

「もうっ、何言ってんのよあかね。千秋楽にはまだまだ早いでしょ」

「そうだな、俺たちの芝居はここからだろ」

「俺たちみんなで創り上げたこの世(・)界(・)を、もっともっと観客に魅せるんだ。そうだろ?」

「……うんっ!」

 

 

 

 

そろそろ書き溜めが切れる頃合いです。3章完結後の連載形式はどうしたらいいですか?

  • 書き溜めてから連載再開
  • 週一回の更新で連載を維持
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