二次試験を突破したチームは私たちを含め10チーム、個人としては110人が三次試験進出となった。
そして、三次試験の試験会場はこれまでと違い町から遠く離れているということで、専用の飛行船を使った日を跨いでの移動となった。
キリツグとの見習い実習の旅では常に船を使っていたので、実を言うと私が飛行船に乗ったのはこの時が初めてである。
空から見下ろす地上の眺めはとても素晴らしいものでした。町の住民たちからも手を振って見送ってくれましたしね。
私たちの演劇は、一般の方々からも見られていたのだ。終幕時に浴びた万雷の拍手には、不覚にもウルッと来たものである。
しかし、初めての空旅には色々と戸惑うところも多かった。
船にいる間、私は波立つこの心を鎮める為、適当な話し相手を求めて船内をプラプラと歩き回っていたものだ。
各々に割り当てられた個室でシャワーを済ませた私は乾かした髪をストレートに下ろし、スーツから軽装のワンピースに着替えると早速船内の探検に出掛け、第一の人物──シーラ試験官と対面したのだった。
『シーラ、空の旅は高くて怖いので、気を紛らわせる為に話し相手になってください』
『ええ……』
プライベートの時間が許可されたことで、彼女とは個人的に話がしたかったのだ。
彼女の方も敬愛するキリツグの弟子である私とは話したいことがあったようだが、遭遇した矢先、開口一番に言い放った私の一言には言葉も出ない様子だった。私の勝ちですね。
「えっ、ログレスちゃん高いところ苦手なの? 高い山を何度も登ってたのに?」
「高所は、寧ろ大好きですよ? 鉄塔の上とかよく登りますし、ビルの屋上とかも好きです。……ただ、飛行船という乗り物はどうにも苦手です。あの高さで揺れるのが怖くて落ち着きませんでした」
「かわいいところあるのね……」
「……やめてください。そういう意味での可愛いは、何かイヤです」
今の私は自分の容姿が客観的にそう評価されていることについて理解はあるし気分も良くするが、行動を指して可愛いと評されるのは甚だ不本意である。
やめい髪を解くな。あっ、でも船の上で髪を下ろすのは風を感じやすくていいですね。友人の誼で許してあげますよポンズ。
「ありがと」
そう、実を言うと私は飛行船の中が苦手だった。
山や高層ビルは、足場が大地に根差しているから良いのだ。しかし飛行船はそうではない。
「もしも」のことを考えると一貫の終わりなのは、陸地から離れた海を渡る普通の船も同じなのだが……どうにも私は、大空をゆったりと進む飛行船の環境は落ち着かなかった。
キリツグと乗った遊園地の観覧車や、グリードアイランドで空を飛んでいる時は特にそんな不安感も無かったのですけどね……我ながらよくわからない理屈である。
別に高高度の気圧が気持ち悪いとかそういうこともないので、ピンポイントに飛行船だけが合わないらしい。
……そう告げるとシーラ試験官も今のポンズと同じような生暖かい目をしてきたものである。
あの人の目、光が無くて表情が読み取りにくいように見えて、案外そうでもありませんでしたね。光が無いのはキリツグやコトミネキレイもそうだから、私が慣れているだけという可能性もありますが。
そしてその2人の話になると露骨に機嫌良くなるのが、シーラというプロハンターの女だった。
『まともな愉悦なんて何も無いと思っていたけど……そんな世界にも、真面目に正義の味方になろうとしている人がいることを彼は教えてくれた。この世界にはまだ、私の知らない愉しみ方があるのだと……彼は私たちにそう教えてくれたの』
『……同じですね、私の時と』
キリツグとの関係について私とシーラの違いは、弟子にしたかしていないかぐらいなものだった。自らの愉悦も知ることができなかった何ともつまらぬ人生が、突然現れた変な男によって台無しにされた──そんな境遇である。
やはり貴方は身勝手で節操無しで無責任な──優しい狩人だと思いますよ、キリツグ。
私が初めて愉悦を知ったのは、シーラも参加していた「ナントカ旅団」のビデオだったものだが……そんな彼女ら流星街出身者の運命さえも、あの男は無遠慮に狩り取ってしまっていたのである。デスティニーハンターとでも名乗った方が良さそうな気がしてきました。
……そう。
私が自分がキリツグの弟子であることで彼女にマウントを取ってやると、彼女は「自分がナントカ旅団員全員と友人関係で名誉団員だ」と言い、マウントを取り返してきたのである。
そちらについては今度は私が「ぐぬぬ……」と言い返す番でした。
ぐぬぬなんて言葉、初めて言いましたよ。
『さっき貴女のことを団長に伝えてみたら、「知ってる」と言われたよー。貴女、去年みんなと会っていたのね』
『ヨークシンで色々ありまして……ノッブ殿をはじめ何人かとは会えませんでしたが』
『ノッブ……ふふっ』
『……やっぱり間違ってますか。本当は何という名前なのですか? 剣の上手い、カタヅケグリーン役の方は』
『ノッブでいいと思うよー! 本人もファンの女の子からあだ名で呼ばれたら喜ぶと思うし。……あの子、気にしてたからねー。男性メンバーの中で自分だけ女性ファンが少ないこと』
『そうなんですか? 意外です』
『この間、グッズの売り上げが新入りのピエロ野郎に抜かれたって嘆いてた』
『……内情はわかりませんが、外から見るとヒソカはミステリアスな凄腕青年奇術師ですからね。ああ見えて紳士でしたし、人気が高いのは納得です』
『紳士??? あの変態が???』
『……貴女もそう言うのですね……』
「ノッブも男性ファンなら結構多いんだけどねー」と仲間のことを語る彼女の顔は、とても楽しそうだった。
……そうやって誰かに対して楽しそうに思い出を語れる仲間たちの存在は、私には羨ましくもある。
思えば私がこうしてポンズにキリツグとの思い出を語り出したのも、あの時感じた羨ましさが理由にあるのかもしれませんね。
……特に、ポンズは初めて出来た仲間であり友人ですから。
大切な人には、大切な人のことを話したいじゃないですか。
「ログレスちゃん……」
……感傷に浸りましたね。すみません。
因みに言うと、旅団内での女性人気は団長のクロロ=ルシルフル殿がずば抜けているらしい。名前からしてオシャレですからね……
あと、男性のみならず女性団員たちの人気も挙って高い。
気持ちはわかります。マチ団員もパクノダ団員も、冷たい雰囲気に見えて優しくて包容力?というものがある人でしたからね。私も着替えを用意していただいたり、お世話になりました。
『団員のみんなは、キリツグさんが初めて取った弟子だっていう貴女のことを気になってたよー? 今時珍しいぐらい物静かで大人しい子だったーって言ってた。
……だから、実際に会ってみた貴女が思ってたのと違うお転婆猪だったことに、実は驚いてた』
『誰がイノシシですか人聞きの悪い。……彼らと会った時の私は、色々あって疲れていたんですよ。その……っ、色々あって……』
『そうなんだ』
ナントカ旅団と対面した時の私は、長らく憧れていた彼らに会えて緊張していたというのもそうですが……何より、あの時は穿いていませんでしたからね。
しかも、ちょっとでも捲れれば何もかも終わりな膝上20cmのスカート姿です。そんな状態で普段通りに振る舞える女性がいたとしたら、その人は強いというより頭がおかしいのではないかと思います。
……思い出したら、急にワンピースのスカートを抑えてもじもじしてしまった私である。
シーラから聞いた話の中では、あの時の私の真実は誰にも広まっていないことに安心すれば良いのやら、当時の迂闊さを悔めば良いのやらと落ち着かない心情だった。
そんな私の挙動不審な様子を見て、何か合点が入った様子のシーラ試験官である。
『あっ、噂に聞いていた貴女のイメージ、そんな感じ! ……なんか、そういう仕草をしている時は妙な色気があるわねロードちゃんは。劇でも思ったけど、貴女は役者の道も向いているかもしれないねー』
『……買い被りすぎです。私は皆が整えてくれた舞台の上を、気ままに遊び回っていただけですから』
『舞台の上で遊べるのは、立派な才能よ。団長がそうだった。あと、キリツグさんもそういうところあるよねー』
『そう、ですか……』
二次試験の総評を語る彼女に対して私が返した感想は、謙遜というよりも本心である。私も成り行きからリーダー面をしていたかもしれないが、あの劇で1番頑張ってくれたのは経験者として監督してくれたマジタニとわかりやすい脚本を練ってくれたネオニコル。そして短い準備期間で抜群のチームワークを発揮し、各々自分の出来ることに全力を尽くしてくれた裏方さんたちでした。
機会があれば焼肉でも奢りたいですね、これからはどんと稼ぎも増えますし。
──ああそうそう、この時はせっかく担当試験官と話せるのだからと、ダメ元で訊ねてみましたね。
『そういえばシーラ試験官、あの試験では受験生の何を審査していたのですか?』
終わった後だからこそ、明らかにしていただけるのではないかと思った──私たち素人演劇に対するハンター試験官の審査基準である。
流石に殴りかかるまではしなくとも、私とて彼女のトンチキな試験に落選した受験生たちの無念もわからなくはない。
仲間との協力や限られた時間内での努力など、こじつければ確かにハンター活動にも通ずる部分はあったかもしれないが……それが演劇である必要性は特にありませんでしたからね。
おかげでこの試験、ハンターとして活動するには腕っぷしの心許ない裏方向きの受験生がかなり生き残ってしまいましたし。みんないい人でしたが、現時点の力量でハンターに相応しい人材かと言われると厳しいものがあるというのが私の所感だった。
「そこはシビアなのねログレスちゃんも」
「運良くなれただけのハンターなんてすぐ死にますからね。私とて、見習い実習レベルで何度も死にかけたのですから……去年の私より遥かに劣る程度では心配しますよ」
まだ全貌のぜの字すら知らない私ですらそう思うほど過酷なのが、キリツグたちプロハンターの仕事である。当のキリツグ本人ならば「幸運もハンターに必要な資質だよ」と言い返すかもしれないが……私としては彼女の試験は、「優しすぎる」と感じていたのだ。
それこそチームを組んで猛獣相手に狩り競争でもした方が、よほどハンターらしい能力審査ができた筈だろう。
わざわざ「演劇」というお題目を掲げた真意を訊ねると、彼女はあっけらかんとした態度で答えてくれた。
『ん、私が愉しめたかどうかだけど?』
既に担当の試験が終わっている以上、ハンター試験においてここからの発言が公平性を欠くことはないと前置きした上で、シーラ試験官は言った。
しかしその一言は、落とされた人々からしてみれば到底納得行かない説明だろうと感じ、私は少しだけ眉を顰めた。
『落ちた人たちの為に怒るなんて、余裕なことねーキリツグの1番弟子さんは』
『……最終審査基準がそうであろうと、貴女が「愉しめた」劇には相応の基準がある筈だ。貴女には私を納得させる義務もありませんが、そこまで教えていただいても構いませんか?』
『真面目ねー。そうねー、改めて問われると答えにくいところだけど……概ねは、真面目に練習していた貴女たちなら理解していると思うよ? 1つの演劇をたった数時間で完成させるには、その短い「準備時間」にこそ全てがかかっているって』
『なるほど……準備時間の使い方ですか』
『そういうことにしておいてー』
ハンター活動で大切なのは、まさにその「準備時間の使い方」である。
限られた時間の中で即席チームと親睦を深めるも良し、恐怖政治で手っ取り早くまとめ上げるのも良し、インターネットで付け焼き刃の知識を学ぶのも良しと──彼女が私たちを自由にしていたことにも、やはり意味があったのだ。
そして三次試験に進んだチームにはそういうチームもあったが……プロの役者を雇ってメンバーに加えるというのもアリだったという。
二次試験に合格したチームは10チームあったにも関わらず、人数が12の倍数となっていないのはそんな事情である。
『ナントカ旅団ほどではありませんでしたが、プロの演劇は流石に面白かったですね。まさかボーボボ役の人が本当に空を飛ぶとは思いませんでした。良いものを見れました』
『うん、普通の劇なら落としてたけど、面白かったからつい合格にしちゃった!』
ハンター活動では、外部からアマチュアハンターを傭兵として雇うことも多い。その為の予行演習としてはあの時間内に引き受けてくれるプロを雇うことができたチームの手腕は、敵ながら天晴れと言いたいところである。ああいう演劇もあるんですね……と素直に驚きました。最近はデスノートも演じているらしい。今度一緒に見に行きたいですねキリツグ。
私たちのチームが「プロを雇う」という当たり前の発想に至らなかったのは、「試験は受験生が行う」という前提条件に思考を取られていた私の落ち度だろう。
自分が専門外のことをその道の専門家に任せるのは、それこそキリツグがよくやっていることだ。ハンター試験の趣旨としても間違っておらず、故に通ったのだと考えられる。
『ま、プロを雇ってもその役者のレベルが低かったチームは人を雇う目が無かったとして普通に落としたよー。でも、少ない準備時間であの手この手の裏道を探して右往左往するみんなの姿を見るのは愉しかったし、我ながらハンター試験らしいことしたと思ってるわー』
『……コトミネキレイとは、話が合いそうですね貴女』
『わかる? うん、あの「八極拳」も、彼をお手本にした』
『やはりそうでしたか』
私たちのチームからしてみればそのような小細工をするよりも正攻法で挑んだ方がよほど合格率が高いと思っていたが、ルール内での解決方法は1つと限らないのがハンター試験である。多くの益荒男たちが理不尽に落とされるその所以を、改めて垣間見た気がした。
そうとも──ハンター試験は愉悦で出来ている。
試験官などは誰も彼もが皆、心にトンパを飼っていたのだ。
……それは多分、私も試験官の立場になったら似たようなものだと思う。自由な裁量でハンターのタマゴを篩にかけるとか絶対に愉しいです!
『……そうね。あえて言うなら、私の試験は「理不尽に抗う為の努力」──ハンターたる者に必要な資質として、そこだけは厳しく審査させてもらったよー』
『ありがとうございます、シーラ試験官。納得できました。私も出過ぎた質問をして申し訳ありませんでした……』
『いいよー、かわいい妹弟子だからね』
『キリツグの弟子は私だけです。殺しますよ』
『冗談だよぉ……だけど三次試験からはもっと大変になるから──落ちた人のこととか考えないようにね? 貴女のそういう「人の心をわかろうとする努力」は好きだけど、ハンターをやっていればどうしても優しさを捨てなければならない時が来るから』
『……大丈夫です。私は人の心がわからない系理想の王ですから。そのあたりのことは、昔から悩まない方です』
慣れない飛行船移動で落ち着かない心を紛らわせる為の会話だったが、彼女とは実のある会話ができたと思う。
この後もシーラ試験官、それと一次試験の試験官は「今年も受かる奴が多そうだから」と試験に同行することとなった。
彼女ら的には自らの責任を果たした後で、合格に向けてさらなる苦難とぶつかり合っていく受験生の姿を眺めながら飲むワインは大変美味しいらしい。
大変です、キリツグ。プロハンターたちの間で愉悦が広がっています。みんなコトミネキレイになろうとしています……!
そんな危機感を抱えながらシーラ試験官と別れた私は、その後もポックルやマジタニたち二次試験のチームメンバー、最後にポンズの部屋へ行きました。
ポンズとは二次試験の祝勝会がてら寝食を共にしようとしたのですが……部屋の各所で蠢いている黄色の軍勢に思わず悲鳴を上げてしまいそうになったものだ。
あの時は来訪から早々に部屋を去ることとなってしまい、すみませんでしたポンズ。
「あー……あの時の貴女、やっぱりハチたちのこと怖がってたんだ。一次試験も二次試験も凄く堂々としてたから、あの時はログレスちゃんが意外と普通の女の子だったことも知らなかったわ……こっちこそごめんね?」
「……ハチなら故郷にも村にもいたのですが、狭い部屋にあんなにたくさん集まっているところは見たことがなかったので……少し、抵抗がありました。怖いですね虫の集合体は……」
我ながら無礼なことに、飛び出すようにポンズの部屋から離れた私は──その勢いのまま曲がり角でキルアとぶつかってしまいました。
『ッ……びっくりしました……』
『急になんだよ──ってなんだ、ログレスか……あ』
相手がキルアだったので私だけが一方的に弾き飛ばされる形となり、無様にも私は受け身も取れず尻餅をついてしまいましたが……あの時はぶつかった相手が彼で良かったと思いましょう。
彼の方は自分が接触を避けられなかったことに驚いていたようだが……相手が私だと知ると紳士的に手を差し伸ばし、この身を素早く起こしていただきました。
その際には「んっ……? あー……」と、ぎこちなく視線を彷徨わせる彼の反応が少々気にかかりましたが……もしかしたら、尻餅をついた拍子にスカートの中が見えてしまっていたかもしれませんね。ゆったりした軽い生地のワンピースだったので。
あの時はちゃんと穿いていたので助かりました……なんで真っ先に心配するところそこなんですかね私。
「……そんな少女漫画みたいなこと、本当にあるのね」
「何ですかそれは?」
見られた相手がポックルやマジタニのような男性ならばその記憶が消滅するまで実力行使をしていたかもしれないが、キルアだったのでヨシとします。
寧ろあの時の私は恥ずかしさよりも、歳下の男の子に粗末なものを見せて申し訳ないという罪悪感の方が強かったものである。すみませんねキルア。
『キルアでしたか……急にぶつかって、すみませんでした』
『あ、ああ……こっちこそ悪かった。……なんか、その格好だと印象変わるな』
『ふふっ、よく言われます。ですが、普段はこういう装いの方が多いんですよ? 私は』
『……ま、似合ってるんじゃねーのそっちの方が』
『ありがとうございます。キルアは紳士ですね』
『……ビスケの格好と似てるのに、色々違いすぎて調子狂うな……』
ぶつかったことをこちらも真摯に謝ると、私は乱れたワンピースの裾を整えた後、上目遣いに彼の顔を見上げた。
近くで彼の姿を見るのは演劇の時以来だったが、こうして見るとキルアの方が一回り背が高いことに気づく。
男の子の成長期はグンと伸びるんですねー……と感心しながらマジマジと見つめると、彼は気まずそうな顔をしながら半歩後ろに下がったものだ。
何ですかその反応は無礼ですよ。
あっ、でもジロジロと見つめた私の方が無礼でしたねキルア。
「初々しいと笑えばいいのか、毎度男の子を勘違いさせてそうな仕草を嗜めればいいのかわからないわ……」
「?」
……しかし、幾らポンズのハチ軍団に動揺していたとはいえ、彼が曲がり角にいることに気づかなかったのには私も驚いたものである。
彼も「絶」を使っていたわけではなかったようで、名うての殺し屋である団長の手刀を見逃さなかった人の奇襲すら見逃さなかった私が最後まで接近に気づけなかったのは、彼自身の身体に無意識レベルで染み付いている技能によるものだそうだ。
『クセになってんだ。音消して歩くの』
『……そうですか。そのクセが辛いのなら、励ましてあげましょうか?』
『なんでだよ。いいよ別に……なんだかんだ「家庭の事情」も役に立ってるし』
『なるほど……ちょっとわかります。今の自分が疎んでいても、過去の苦難は自分自身の血肉としてお世話になっていますからね』
『…………』
キルア 私 似ている
主に私が一方的にシンパシーを感じているためではあるが、彼に対する距離感は我ながら少し馴れ馴れしかったような気がする。
何度か私の奇妙な挙動に対し、彼がたどたどしい反応を返すことがあったが……不躾なことを言ってしまったのならば申し訳なく思う。
すみませんね、キルア。何分、年齢の近い歳下の男の子とは初めて話したもので。
ただ、彼の受けた過酷な教育が「ゾルディック家」という敵だらけな境遇の中で何度となく彼の命を救ってきたであろうことは真面目な推測だった。
──魔王役の私が「大魔王からは逃げられない──!」と撤退しそうになってた彼をアドリブで叩いてしまった時、彼の頭からキラリと瞬いては儚く消滅していったあの「針」もそういった代物だったのだろう。
『……あの「針」のことも、改めて申し訳ありませんでした。アレも危機避けの装置として、貴方の身を助けていたようなので』
後から聞いた話だとキルアの兄はおそらく針を扱う念能力者だということで──それが操作系能力によるものだとするなら、彼の身を守る「守護」の力として実に合理的だったのだ。
コトミネキレイの講義でも叩き込まれたが、人に作用する操作系能力というのは基本的に「早い者勝ち」らしい。自分が操作しようとした存在が既に他の支配下にある場合、操作することができなくなるという。
そのため、操作系能力者への対策は信頼のおける別の誰かに操作系能力を使ってもらうといった荒技でも有効なようで……その点で言えば、キルアの頭に撃ち込まれていた「針」は対操作系能力者用の防衛システムとして完璧だったと思う。
「針」自体の効果も、普段の意識はそのままに「自分を殺せる相手から逃げる」というキルアの保身を第一にしていたようですしね。
これが本人からの同意を得た上でやっていたのならば、念の世界ではそういう形の庇護もあるのかと納得していたところだ。
ただ……コレ、キルア自身には何も知らされてなかったようです。
劇が終わった後、彼は楽屋ですごく怒っていました。
その怒りは、私のアドリブに対しての怒りかと内心ビビり散らしていましたよ。私としても、歳下の男の子が怒っているのを見るのは初めてだったので焦りました。
孤児院の男の子たちならば喧嘩をしていても、私が話を聞きに行けばピタッと大人しくなるのですけどね……その時の私は、壁際からソーッと顔を出して様子を窺っていたものです。
『……いいよ、謝んなくて。アレは、アンタに一発で消された兄貴の針がザコかっただけだし。それにあの「針」、アンタが思ってるよりロクでもねー奴だったよ。俺の記憶まで操作しやがって、あの野郎……!』
『そ、そうですか……』
『だから……アンタには感謝してるよ。ハンターになってからも、困ったことがあったら連絡してくれ。3回ぐらいまでは無料で助けてやるよ』
『破格ですね。嬉しいです、キルア』
『お、おう……』
私のうっかりのせいで盤石な防衛システムを壊してしまったことに罪悪感を抱いていたが、キルアはそんな私の行動に寧ろ感謝してくれた。
確かに自分の身体に得体の知れない異物を撃ち込まれていたなんて気分悪いですからね……その気持ちは非常によくわかります。
あっ、もちろんエクスカリバーや鞘の念獣は別ですよ? この子たちはもう私の一部なので、得体の知れない異物などではありませんから。
『……何だよその顔』
『何でしょうね。ふふっ』
照れ臭そうに告げてくれた彼の感謝に私は嬉しくなり、久しぶりに満面の笑みを浮かべてしまったものだ。
貴重なモノを見れた幸運に、感謝するといいですよキルア。
こう見えて私、今までの人生でそこまで派手に笑ったことありませんからね……キリツグにそう言うと「俺も笑ったことないからな!」と何故か得意げに張り合ってきたものである。
何故かあの時だけは一人称が違いましたが、何だったのでしょうか? あと、キリツグは普通に笑いますよゲームをしている時やクルミ探しをしている時、私と山を登っている時などはよく爆笑しています。
──と、そのような雑談をキルアと交わしているとお互い眠くなってきたので、その夜はそれぞれの自室で大人しく就寝することとなった。
体力的にはまだまだ余裕のつもりでしたが、私の身体にも慣れない環境下での疲れがあったのでしょう。落ち着かない飛行船の中でも、とてもよく眠れました。
キリツグからは「朝早いんだなセイバー」とよく言われる私ですが、ハンター試験2日目の朝は普段より遅めの起床となった。
起床して間もなく船内に響き渡った目的地到着を告げる報を聞くなり、私は寝巻きの浴衣からスーツに着替え……髪を三つ編みに結っている時間はなかったので、ポニーテールの状態に束ねて外出することとなった。
私の髪型は気分次第で結構変えていますが、頻度が多いのはこのポニーテールですね。この髪型なら、キリツグからプレゼントされたリボンを着けやすいですし。
と──そんな状態でポンズたちと合流した私は、着陸した飛行船の外へ出るなり「おお……」と感嘆の声を漏らした。
──そこは、絶海の孤島。
三次試験の会場となるその場所は、特殊な潮の流れによってあらゆる海の遺物が漂着するという「宝島」だったのだ。
先にその地に到着していたのか、或いは元々の活動拠点がそこだったのか。飛行船の着陸ポイントでは高台の上に1人、巨大な海竜種の幻獣と戯れているターバンの男の姿があった。
ポックルが「あ、あの海竜は!」と声を上げて驚いていた様子を見るに、それは非常に珍しい幻獣である上に本来人に懐くような生き物ではないらしい……何故か私を見てもペコリと頭を下げてきましたが。
やはり、私は遺伝子的に龍や竜から敬われやすい体質なんですかね……? くるしゅうないです。
そんな私の姿を一瞥したターバンの男は「アイツが、か……あー……なるほどなぁ」と呟いた後、高台の上から皆を見下ろして名乗った。
『オレは三次試験官のニッグ! 空から遥々ご苦労だったな。オレの試験は楽しい楽しい「宝探し」だ。いかにもハンター試験らしい、ナイスな試験内容だろ?』
いかにも大衆がイメージする「ハンター」というような冒険者ルックの男性「ニッグ」は、やはり三次試験の試験官であった。
言い渡された試験内容もまた、これまでの中で最も実戦的で……第288期においては最もハンター試験らしい試験内容だった。
その評判はすこぶる良く、周囲の男性陣からは指をパキパキと鳴らしながら「こういうのをやりたかったんだよ!」という声が上がっていたものだ。
だが、ハンター試験であれば誰でも想像する通りの試験内容だったからこそ、私の直感はこの三次試験に対してこれまでとは比較にならない「何か」を察知していた。
だがそれよりも何よりも……私には気になったことがある。
『声が……キリツグとおそろっちです……』
だからどうしたという話であるが……ターバンの試験官の声は、私のマスター・キリツグとよく似ていたのだ。
それが何だか……ほんの少しだけ離れただけでどこか心細くなっていた私の心を、ほんのりと癒してくれた気がした。
……こうして語ってみると、結構ダメな子ですね私。
声がキリツグに似ているだけでちょっと安心してしまうなんて恥ずかしいです……
これは今後の為に克服しなければならない弱さだと自覚しながら、それでもどこか安心している自分がいた。水面に映る私の浮き毛の角度も心なしか調子が良かった。
そんな三次試験官のニッグが告げた試験内容はシンプル。
この危険生物の跋扈する宝島で、高値の付く品々を探し出し、試験官のもとへ持ってくること。
鑑定は終了時間まで何度でも受け付けており、試験官が「宝」と認めたモノであれば合格となり、次の四次試験へ通過することができる。
宝は必要ならば、自分の物にしても構わないとさえ言った。その言葉には多くの男たちが湧き立っていたものだ。
警戒心の強い私やポックルなどは寧ろ不安を募らせていたが。
──ポンズも知っての通り、三次試験は波乱の展開でしたね。
試験の結果は、110人中110人が合格。
しかし四次試験へ進むことができた人間は、わずか22人まで削られる試験となった──。