宝探しは、何というかとても楽しかった。
ただ……
『ニッグ、これは何ですか?』
『聖杯だな』
『ニッグ、何ですかこれは?』
『大聖杯だな』
『ニッグニッグ! もっと大きい聖杯がありました!』
『極大聖杯だな』
『ニッグ、何ですかこれは?』
『聖杯の上部分──あっ、全然違ったコンパスだコレ』
『宝多くないですか?』
『そうか? お前らが探すの上手いだけじゃねーか?』
『怪しいです、ニッグ』
『あなたたち、初対面なのに仲良いわね……』
『そんなことねーよ』
『そうですよ』
この試験──シーラ試験官の試験と比べてもあまりにも簡単すぎて、拍子抜けしました。試験内容が宝探しと聞いて我先にと島中へ散らばった私たちだったが、皆それらしき物を労せずして見つけてしまったのである。
いや、レクリエーションとしては最高だったんですけどね。
宝はいくつ拾ってきてもいいし、提出した1つ以外は全て自分の物にしていいという大盤振る舞いである。それを聞いた瞬間、受験生たち全員の目の色が変わったものだ。
私はキリツグのお手伝いで稼いだ分が残っているのでお金には困っていなかったが、それはそれとして宝探しには夢中になった。
洞窟や遺跡の中を探索してみたり、海中に飛び込んで底の方を探してみたり──特に海中では、内心使うことは無いだろうと思いながら一応持ってきた水着が大活躍しましたし、私のハンターとしての備えがフルに発揮されたものだった。
「可愛かったわ、ログレスちゃんの水着姿。……浮かれてる感は凄かったけど」
「実際、あの時の私は海に浮かれていましたね……ですが、ありがとうございます。今度ポンズの水着も選んであげましょう。いい店があるんですよジャポンには」
「そう? 楽しみにしてるわ」
あの島は南国に位置していたのだろうか、入ってみれば1月の海どころか夏の海と見間違えるほどに温かくて、心地良かったものだ。
鎧を着た状態での水中の戦闘訓練はキリツグとの修行で何度かやったことがあるが、水着を着て海に潜ったのはそれが二度目でしたね。
去年初めてキリツグと海水浴をした時は、楽しみなあまり海に入る前から予め服の下に水着を着て準備してくるほど気合いが入っていたものである。
……そのせいで、うっかり替えの下着を忘れてしまうという痛恨の失態を犯しましたが……その時の反省を踏まえて、試験ではもちろんそのような目に遭うことはありませんでした。
ええ、私は学習力の高い騎士姫なのである。
脱いだ服も今回はちゃんとポンズという頼れる見張りを立てていたので、川の時のようにリスに奪われることもありませんでした。
「あの時は突然見張りを頼まれて驚いたわ。……女の人が私しかいないんだから、当然と言えば当然だけど」
「ポンズの分のお宝も取ってきてあげたので、貴女にとっても良い取引だったでしょう?」
「それはそうね。……ただ、お宝を探してくると言って潜った貴女が、海賊船を引き上げて戻ってきたのには本当に驚いたわ」
「頑張りました」
そうなのである。
特殊な潮の流れによって世界中の海の遺失物が漂着するという宝島の海底には、多種多様な沈没船の姿があったのだ。
その内のほとんどが原型を留めていない木片だったのだが……中には手を加えればすぐに再起動可能な、生きた状態で沈んでいる船があった。
その海賊船が沈んでいた理由は他の海底ゴミに引っかかっていたからであり、そういった障害物は潜水した私がエクスカリバーを「えいやー!」と振るだけで簡単に排除することができた。
個人的にシーハンターにも興味があった私は、水中でも戦闘能力が落ちないように訓練を受けている。鎧を纏っていなくても、その程度の芸当は造作もなかった。
引っかかっていたゴミを排除した瞬間、自動的に浮上を始めた船にしがみつきながら、私はポンズの待つ海岸へと躍り出た。
……あの時、浮上の際に発生した水圧の変化が思っていたよりも強かったので、もう片方の腕では上の水着が落ちないように懸命に抑えていましたね。
浮上してからすぐ後で、騒ぎに気づいた大勢の受験生たちが集まってきたので、あの時は万が一が無くて助かりました。
……ちょっと解けてしまったので、ポンズと合流するまでの間に慌てて着け直したのはここだけの話です。
「ああ……あの時、ログレスちゃんが焦った顔していたのはそういう理由だったのね……あの時は初めて貴女が慌てているところを見たから何事かと思ったわ」
……はい。ビキニタイプという水着の造形はとても可憐で気に入っているのですが、強い衝撃を受けると解けてしまうデメリットがありますね……そのような憂き目に遭うのは、もしかしたら私ぐらいの者かもしれませんが。ちゃんと縛っていたのにどうして……
「呪われてるんじゃないかしら? ……いや、除念体質ならそんなことないか」
不思議ですね……
……気を取り直して、海上に出た私はそのままヒラリとした身のこなしで船の甲板へと飛び乗っていった。
そうして海上の重力と共に船の上に降り立った私が見上げた視線の先には、雄々しい口髭を携えたドクロマークが特徴的な海賊旗が威風堂々たる迫力を以って浜風に揺られていたものである。
元々は、さぞや高名な海賊が使っていた船だったのだろう。
船の各所を「凝」で確認してみれば、そこには念能力者の痕跡と思わしきオーラが込められており──海中での劣化から船体を守っていたのがわかった。
「……あの船、念が関わっていたのね」
その事実に気づいていたのは、念能力者である私とキルアだけでしたけどね。
しかし少なくとも2年以上は海の底に沈んでいた筈の船が、ほんの少しの突貫工事ですぐに使える状態に戻ったぐらいである。
製作者の「念」が守っていたのか、乗っていた者の「念」が守っていたのかは定かではないが……私が引き上げた船はそれ自体が何百億はくだらない上等な代物だった。
守護のオーラに匹敵するぐらい、呪いらしきオーラも込められていましたけどね。
あれほどの船を沈めたのも、おそらくそれらが悪さをしていたのかもしれない。
気づいた私は即座にエクスカリバーで浄化しましたが。
「浄念……除念の力って、凄いのね」
「キリツグが必死になって隠し通していたぐらいには、私のそれは規格外のようです。ポンズも、重ねて言いますがこのことは内緒ですよ?」
「わかってるわ。多分、広めたら私の命も危ない奴ね……」
わかっているのならば良いです。
そんな私は呪いのオーラと一緒に、対侵入者用と思わしきトラップを「セイバッセイバッ」と斬り捨てながら船内を探検していった。
そうして辿り着いた最奥部には大きな宝物庫が構えられていた。
扉はオーラの力で固く施錠されていたが、こちらもエクスカリバーで「えいやー!」と振るだけで物理的に解除することができた。
やはりエクスカリバー……エクスカリバーは大概の問題を解決します!
「……改めて思うと、最初に貴女を攫った操作系念能力者らしき人は、相当な手練れだったのかもしれないわね」
「そうですね……あの時の私はまだ自分の能力を自覚すらしていませんでしたが、それでも除念体質の私に全く気づかれることなくあのような破廉恥な格好をさせやがったのです。そう考えると、やはり並の使い手ではなかったのでしょうね、どことも知れぬその能力者は……」
あらゆる呪いも撥ね除けるこの「鞘」は操作系能力に対して滅法有利な筈なのですが、思えばあの時だけは働いてくれなかったんですよね。
あの時私を攫った姿も知らない術者のせいで、私は数ヶ月もの間穿けない恥辱の生活を強いられることとなったのだ……いつか会うことがあったら、絶対に赦しません。
失礼、怒りのオーラが滲み出そうになりました。
「絶」の修行をしている者の横ですることではありませんでしたね。
それはさておき宝物庫の話ですね。
念の力で固く施錠されていたことからもしやとは思っていたが、やはり中身は手つかずのままだった。
一室その物が色とりどりのお宝に溢れており、それは後から来たキルアさえも感嘆の声を上げる状態だった。
『スッゲーなこの船……いくらすんだこの宝の山。お、やっぱりお前らかログレス』
『あっ、キルアも来ましたか。見てください、凄い量の金銀財宝ですよ!
……あれ? こっちには、なんだかとても可愛らしい人形たちが並んでいます……何ですかコレは?』
『あー……それはアニメのフィギュアだな。ブタくん……オレのもう1人の兄貴が集めてるの見たわ。随分綺麗に保管されてるし、全部売ったら何百万かするんじゃねーの? 知らんけど』
『このような人形にも高値がつくのですか。色々なお宝があるのですね……ゃっ! 何ですかこの人形ッ!! セーラー服というのはわかりますが、鼠蹊部がほとんど見えているではないですか……っ』
『そういうフィギュアってかキャラクターなんだろうな……ってか、そんな水着着ながらフィギュアを物色してるアンタの姿も大概シュールだよ』
『? 似合っていませんかキルア? この青い意匠の水着は、結構気に入っているのですが』
『──これは……どう答えればいいんだ……?』
『……苦労症ね、キルア君も』
『?』
ともかく引き上げた海賊船の宝物庫には、発見者である私たちだけでは到底抱えきれない量のお宝が詰め込まれており、後から駆けつけてきた大勢の受験生たちがおこぼれを回収してもなお有り余っていたほどだ。
その際には二次試験でお世話になった裏方さんの1人から、「ヤルオにはログレスちゃんの水着姿の方がお宝だお!」とキリッとした顔で言われましたが……その時はしどろもどろな態度で「そ、そうですか……」と返すことしかできなかった私である。
……ああいう時は、どういう言葉を返すのが最善なのでしょうか?
「キルア君も同じ気持ちだったと思うわ」
そうですか……難しいものですね。気持ち良く褒めたり、褒められるというのは。
──ただ、男の人からそう言われると、騒ぎを受けて集まってきた大勢の受験生たちの中で私だけが露出度の高い水着姿という状況が妙に恥ずかしくなってきたので、奥の部屋まで行って元のスーツに着替えてきたものである。
あの時は見張ってくれてありがとうございます、ポンズ。持つべき者は同性の友人ですね。
……ですが、戻ってきたら何故かさっきの裏方さんが「お前が余計なこと言うからログレスちゃん着替えちゃっただろ!」と仲間たちからポコポコに殴られていました。ダメでしたかね、着替えてきたの。
そんな彼らにも私が「喧嘩は良くないですよ。ライバル同士とはいえ、一度は共に演劇をやり遂げた仲間なのですから!」と言うとすぐに収まったものだが……何でしょうね? 殴られていた人さえも何故か少し居心地の悪そうな空気を出していました。
私にはまだよくわかっていないところだが、どうにもああいうのは喧嘩ではなく男同士の気さくなスキンシップというものらしい。ポンズにはわかりますか?
気軽にバシバシと叩き合うやりとりは、私には入り込めない雰囲気でした。
「入り込まなくてもいいんじゃないかな」
そうですか……ポンズが仰るのですから、そうなのでしょうね。男の子には男の子の、女の子には女の子のテリトリーというものがあるとコトミネキレイも言っていました。
なので、宝物庫にズラリと並び立っていた「フィギュア」というお宝を興奮した様子で持ち帰っていった彼らのことを、軽蔑することなく見なかったことにしてあげたあの時の私の判断も正しかったのだろう。
ハンターたる者、好事家にも一定の理解を示す必要があるのだということは心得ています。
「……気持ち悪いと思ったなら、正直に言っても良かったのよ? まあ、私も
「いえ、いいのです。モノの価値や人の趣味は、誰に否定されるものではありませんから」
……そういえば、昔カキンからジャポンまで運んでくれた黒髭の船長殿もそういった趣味を持っていたようでしたね。
沈んだ海賊船……念能力者の痕跡──まさかとは思うが、あの船の所有者が私の想像通りだとすれば、世界は案外狭かったのかもしれない。
まあ、どうでもいい話ですが。
本当にどうでもいいですね!
──と、そんな形で三次試験はつつがなく進行した。
いや、つつがなさすぎると言うべきか。
私たちが持ち寄った品々に対して、試験官のニッグが行った鑑定は拍子抜けするほど甘く、私はもちろん受験生たちが拾ってきた物全てを「お宝」と認定してくれた。
あまりにも順調すぎる工程には、真面目なポックルが「それは全部ロードとポンズが見つけた船から取ってきた物だけど、いいのかよ? 全員合格にして」と横から直談判していたものだ。
まあ、裏方さんたちは自力でお宝を見つけたわけではありませんからね。
試験の趣旨としてそういうのがアリなのか疑わしく思うのは、ハンターとは厳格であるべしと考える彼らしい問い掛けだと思った。
……というか、一次試験も含めたら、かなりの人数が私のおこぼれで生き残ってしまった受験生になるのではないでしょうか?
正直な話、私自身としては一次試験で落とされるのも最終試験で落とされるのも大差ないと思っていたが、これまでの流れが正しい試験の在り方なのかと疑問を呈したくもなるだろう。
「というより、ポックルには私たちの手柄が他の人たちに奪われているように見えたんじゃないかしら? 彼、正義感が強くて真面目だから」
「そうなのですか? 彼らのことは前の試験でお世話になったので、私に抱えきれない分のお宝を譲ることに抵抗はありませんでしたよ? 確かに落ちるべき人間が落ちない試験はどうかとも思いますが、それを決めるのは私ではなく試験官なので……「別に」という感じでした」
「懐が深いというか、無頓着というか……貴女のそういうところを、彼なりに心配していたのかもしれないわね」
「ポンズはポックルのことをよく見ていますね。同じ幻獣ハンター志望ということで、連絡先も聞いているのでしたっけ? 彼とはあまり話さなかったので、2人が仲良しなのは羨ましいですね」
「そ、そう?」
私がお宝の宝庫である海賊船を引き上げたことで、三次試験は文字通りのボーナスタイムというべきか、ちょっとしたバカンスと成り果ててしまったわけだ。私は楽しかったですけどね。他の誰かと一緒に宝を探し回る時間は、とても心が癒やされました。
ニッグ試験官も、最後の方は「合格合格合格、あーお前ら全員合格!」と投げやりに言い渡していたものである。
……ただ、そんな彼の姿がしらじらしいと感じたのは、おそらく私だけではないだろう。
ここまでの道のりで受験生たちも皆疑り深くなっていましたからね……最初の方こそハンターらしい試験に沸き立っていた者たちも、拍子抜けするほどあっさりと終わってしまった宝探しには「本当にコレで終わりなのか?」と怪訝な目を浮かべていた。
そんな一同の視線を受けて、ニッグ試験官は「ほー……」と意外そうな顔を向けたものだ。
『お前らも、流石にそこまで能天気じゃなかったか。ガキ2人のおこぼれで生き残ったラッキーボーイ共にしちゃ、一丁前に疑ってくるじゃねぇか』
受験生たちに対して、彼はとてもイイ笑顔で──煽ってきた。
その対象は、私とキルア以外の全員である。
キルアはそれを聞いてちょっと笑っていましたが、三次試験官にもこれまでの試験の流れが伝わっているのかと私は感心したものだ。
電波も届かない絶海の孤島だというのに、よくもそこまで正確に把握したものだと。
何人かが……何十人かがその発言にピクピクと眉を顰めていたが、ニッグ試験官はそんな彼らから注がれる敵意をどこ吹く風で受け流していた。
実際、彼らの敵意などそよ風ですらなかったでしょうね……私が見たところ、彼は強い。とてつもなく強い。
今の私から見ても、全く底が見えない実力者だった。
「そんなに凄かったのあの試験官?」
「副会長はわかりませんが、4人の試験官の中では別格に強いですよあの人」
「キリツグさんとどっちが強そう?」
「……ポンズじゃなかったら怒りますよその質問」
「ごめんなさい……」
……キリツグの方が強いですよ。私はそう思っています。
そんな底知れぬ実力を飄々とした態度の裏に隠していたニッグ試験官は、「まあ待て」と一同を諫めながら続けた。
『ああ、心配するな。オレは逃げも隠れもするがウソは吐かねー主義でね。お前らが何度ガキにケツ拭いてもらおうが、この試験では関係ねぇ。オレが合格と言った奴は全員合格──つまりここにいる奴は全員、次の四次試験に進む資格を得たわけだ。おめでとう』
私とキルアは他人のお尻なんて拭いてませんよ? 汚い……赤ちゃんのおしめを替えるならばともかく、私がそんなことする筈が無いでしょう。何を言っていたのでしょうかあの男は。
そういう変なことを不意に言うところもまた、どこかキリツグと似ていると思いながら話を聞いていた私である。
ともかく「合格」という言葉が偽りでないことを彼は念押しして伝えていたが……チラリと海の方角を一瞥した瞬間、彼は挑発的な笑みを深めた。
私もその瞬間、この島に来てからそこはかとなく感じていた妙な予感が一層強まったものだ。
──これ、そろそろ嵐が来る奴ですね、と。
それも、並大抵の規模ではなさそうだ。今はまだ静かだが、冷たい風の流れが明らかな異常気象の発生を私に訴えていた。
『……これ、本当は言わない方が面白いんだけどな。だが、オレも無駄に何人も死なせる趣味はねーからな……サービス精神で伝えてやる。こんな機会、滅多にねーからな?』
言いづらそう、というより言いたくなさそうな態度だった。結構いい歳だと思うのだが、どこかふてくされた少年のような表情で回りくどい前置きを入れる。
アレは知っています。私が走っている先に池があることに気づいているのに、「言わない方が面白いから黙ってよう」と迷っている時のキリツグも、ああいう顔をしていました。
基本的には紳士なのに、あれでイタズラ好きなのですよねキリツグ。
まあ、キリツグに限らず男の人って大体そういう一面があるような気がしていますが。ハンター試験を通して、私も少しは男性の機微というものをわかってきたのですよ。
そんなニッグが、断腸の思いでと言いたげな渋面を作りながら告げる。
『──明日、10年周期でこの海域で発生する異常気象が島を襲う。今は良い天気なんでピンと来ないかもしれないが、島全体が波に沈むようなとんでもねぇ嵐だ。早々に島を立ち去らなきゃ、ここにいる連中は全員死ぬ』
ざわめきの声が広がる。
そんな馬鹿な!と誰かが叫んだが、私たちの頭上ではそんな彼の言葉を裏付けるように、無数の鳥たちが島から一斉に飛び立っていった。
こういう時ってウミドリの動きが1番信用できるのですよね。或いは彼らが行動を起こすタイミングを見計らって、ニッグはその真実を打ち明けたのかもしれない。
だとすれば、彼もまた役者に向いている人材なのかもしれない。目的の為なら、使える物を全て使って演出していくタイプだと見える。キリツグと同じだ。
しかし彼の警告のおかげで、私はこれまで抱えていた嫌な予感の正体が掴めたというわけだ。
思えば妙だったんですよねこの島。海の底には難波船の数が多すぎたし、陸地にも相当上の方までびっしりとフジツボの姿があった。
そこら中に金銀財宝が眠っているこれほどの宝島が、不自然なほど全く手付かずの状態になっていたのも、「島自体が長い間海の底にあったから」と考えれば腑に落ちる。
『オレは巻き込まれたくないんでね。3時間後、お前らの乗ってきた飛行船でズラかるつもりだ。お前らも一緒に乗せてやってもいいが……オレは忙しいんでね。行き先はハンター試験とは全く関係ない遠い島だ。そうなると当然、四次試験は棄権ってことになるな。さてどうしたものか?』
受験生たちからのざわめきが大きくなる。
滅びが約束された島に置き去りにしていくと告げた彼には「ふざけんな!」という罵声も聞こえてきたが、尤もである。
彼が言うには、私たちをここへ連れてきた飛行船は四次試験会場まで案内してくれないらしい。
──尤もそれは、私たちからしてみれば一次試験が始まる前から通った道だが。
その趣旨を、私は改めて確認した。
『それは、四次試験会場には私たち自らの力で向かえということですねニッグ?』
『──ああ。四次試験会場がどこにあるのかまでは教えてやらねーが、手掛かりぐらいはこの島に残しておいた。明日までに見つけて脱出しろ。健闘を祈ってるぜ?』
『ありがとうございます。ニッグは優しいのですね』
『……おう。ああ、そうだな! オレほど優しい試験官は早々いないぜ? 無事生き残れるように頑張んな、セイバーよ』
『!』
楽しいバカンスが一瞬にして命懸けのサバイバルに早替わりである。
それこそがハンター試験本来の形と言うべきだが……ニッグ試験官による本当の試験は、ここからだったというわけだ。
明日の大嵐までに沈没間近の絶海の孤島から脱出し、四次試験会場まで向かう──やっと試験らしくなってきたじゃん!と、告げられた試練にキルアの機嫌が目に見えて良くなっていた。
だが、受験生の中には戸惑いや萎縮している者も多かった。
突然島が滅びると言われても……という気持ちはわからなくもない。しかしそういう者たちは私から見ても今までの試験で合格「してしまった」側と感じていた、言わば修行不足の受験生たちであり……この試験で死ぬ確率が高いと感じていた者たちであった。
身のこなしを見ればわかる。キルアなんて「ダメだコイツら、アレなら2秒で全員倒せそう」と非常に辛辣だった。確かにその通りですが口に出すのはどうかと思いますよキルア。
ニッグ試験官が「乗せてやってもいい」と試験からの離脱を許可したのも、そんな彼らに対する救済措置のように見えた。
ただ……そんな優しい筈の言葉も彼が言うと何故か胡散臭いというか、ちょっとイヤらしく感じたものだ。
『ああそうそう、オレと一緒に乗っていく奴は、もちろんここで手に入れた宝も一緒に積み込んでやってもいいぞ? オレが見たところ、何億ジェニーする代物もあるな。金目当てでハンターになろうって奴なら、棄権と引き換えに大量の宝を抱え込んでいくってのもいいんじゃねーか? ここだけの話、ハンターになってもすぐ稼げるわけじゃねーしなぁ』
周囲の動揺がさらに広がっていく。
確かにここで受験生たちが拾ったお宝は、物によっては
そうなると、3時間という猶予もまたイヤらしく感じたものだ。
ここまで勝ち残ってきた猛者たちならば、それだけの時間があればさらなるお宝を発掘して飛行船に積めていくこともできるだろう。
──そうなればお金目当ての受験生たちは、わざわざ命の危険を冒してまでハンターになる理由が無くなってしまうのだ。
1世代分の贅沢三昧を楽しむだけなら、数億ジェニーもあれば十分ですからね。
私にはどうにも悪魔の囁きに聴こえた。そういう悪魔は個人的に嫌いではありませんが。
『アイツ……性格悪いな』
『性格悪いわね、あのニッグって人』
『そうですか? ちゃんと説明してくれるだけ、これまでの試験官よりは丁寧だと思いますが』
別にここで棄権しても、来年の受験資格まで失うわけではないですからね。このまま試験を続行することで何も得ることができなくなるリスクと天秤にかければ、大量のお宝を抱えながらあえてドロップアウトするというのも合理的な選択である。
私はさっさと受かってハンターになりたいので勘弁ですが。
それに、私はこう見えて強欲ですからね。お宝も欲しいし、試験にも合格したい。全部全部私の物である。
……しかし、それはそれとして棄権によるメリットをチラつかせることで受験生たちを自らの意思でふるい落とそうとするのは誰も不幸にならない妙手だと感心したものだ。
あのニッグという試験官は、伊達にキリツグと声がおそろっちではなかったようである。キリツグならこういうやり方は……ちょっとするかもしれませんね。
私相手にすら「セイバーはアイドルとか興味無い?」「スポーツ選手という道もあるぞセイバー! 卓球やろうぜ」と何度も別の道を示してきたぐらいですからね。
ハンターを最高の仕事だと確信していながら、しかしその危険性を誰よりも理解しているが故に、同業者のことは慎重に選ぶのだ。……そういう人です。キリツグは。
『……実は、病気の妹者がいるんだよな俺ら』
『この金貨、3億ジェニーはするらしいから治療費も余裕だな兄者』
『おーおー、そりゃ妹さんも助かるな! 迎えに行ってやれ行ってやれー』
『正直……私は今の自分に力不足を感じている。あの娘がいなければ、アモリたちのように私も一次試験であの小僧に叩きのめされていただろう』
『これを売った金でトレーニング器具を揃えれば、我が肉体は今よりさらに強くなれる!』
『このような有様では、たとえ合格できたとしても自分に納得できん! 何億という資金を自らに投資することで徹底的に鍛え直し、来年改めて挑むとしよう!』
『いい心意気だな! 男はそうでなきゃそうでなきゃー』
『戻れば1つ手に入る確率……68.44%。進めば2つ手に入る確率……2.33%。分の悪い勝負ですね』
『お、おう……そいつは悪くない分析だな。アンタも乗ってくか?』
『フッ……悩むまでもありません。ログレス陛下の合格を手伝うことで、ボクが人間として成長できる確率──99.99%!!』
『ああ、残るんだな結局。なんだコイツおもしろ……』
──ニッグとそんなやり取りを交わしながら、3時間の内に棄権を決断する者の姿が多く見られた。
残った者たちも残った者たちで、「アイツら何しに試験受けたんだよ」と彼らに対して苦言を呈したり軽蔑の眼差しを向けたりもしていたが……これに関してはどちらの言い分も間違いではないと思う。
しかし……それから約束の3時間後が迫っていく度に、最初は「残る」と決めていた者たちの何人かが血相を変えて飛行船に乗り込んでいったものだが。
これもまた、ニッグが与えた「3時間」という絶妙な猶予がもたらした結果である。
お宝と共に飛行船に乗り込み、早々に棄権を選んだのが10人程度。
1時間後──物理的に雲行きが怪しくなってきたことで「島が沈む」というニッグの警告が真実だと理解し、命あっての物種と引き上げることに決めたのが7人。
2時間後──四次試験会場へ向かう為の手掛かりが全く見つからないことから損切りを行い、お宝と共に棄権組に加わったのがもう7人。
3時間後──ある難波船に遺されていた漂流者の手記を発見したことで、島へ襲い掛かろうとしている大嵐の規模を正確に理解し、手持ちの設備や情報では生存困難と判断し、慌てて飛行船へ駆け込んでいった受験生が20人程度。
その多くは既に上がり始めていた水位に溺れかけたり、拾ったボートでの脱出を図っては行く先で荒れ狂う波に呑まれ、座礁した者たちであった。
因みに彼らを助けてあげたのは私です。見捨てるのも寝覚めが悪かったので、大荒れの海に飛び込むなり泳いで救出してあげました。やってて良かったですね水中訓練!
しかしその際には、下着だけびしょびしょになってしまいました。
飛び込み時に急いで展開した白百合の聖鎧は、水中行動にも対応しているため水も弾いてくれるのだが……下着だけは別なのが難点である。
私も能力者の義務として「念」を秘匿しなければならない都合上、非念能力者には鎧を換装するところを見られたくなかったというのに……同じ理由からいつもやっていた「オーラの風で乾かす」というやり方も、都度人目を避けて行わなければならないのが不便だった。
キルアも言っていたが、私たち以外全員帰ってくれた方が楽だったかもしれませんね……生き残ることだけを考えるなら。
「ログレスちゃん……一応聞くけど、実はあの時も、気持ち悪いからって下着を穿いてなかったとかないわよね?」
「そんなわけないでしょう! 近くにキルアもいたんですよ!? 多感なんですよ私は!!」
「そ、そう……そうよね。安心した……」
私を何だと思っているのでしょうかポンズは!
それだけの理由で男の子たちの前で自発的に脱いだら、それではもうただの変質者ではないですか……! ヨークシンでの一件だって、着替え途中でキリツグに連れ出されたせいですからね! 私が好き好んで脱いだわけではないので、そこは誤解なさらぬように!!
──と、また脱線しそうになりましたね。こういう話になるといつもこれです。
ともかく三次試験を合格した110人の受験生は、結果としてその内の44人が四次試験会場への移動を断念したわけである。
そして宝と共に飛行船に乗り込んでいった44人の受験生たちは、滅びゆく島を悠々と飛び去っていったのだった。
その光景を私たち66人の残留組は見送っていったわけですが、中には「本当に帰ってしまったおアイツら……」と名残惜しそうに眺めていた者もいましたね。
「言ってみれば、私たちは四次試験の為に自ら遭難する道を選んだのよ。内心合格の望みが薄いと自覚している人たちなら、自分も乗っていけば良かったと思うのは当然ね」
そういうものですか……ハンターを志す者ならその程度の覚悟は皆しているものだと思っていたので、私はちょっと動揺しました。
しかしそれならば、「どうやっても時間は戻らないのだから、後悔するぐらいなら私に協力しなさい」と彼らに発破をかけたのは些か無神経だったかもしれませんね私……こういうところが「人の心がわからない」と言われた所以なのでしょうか。
「いや、アレはアレで、みんなやる気になってくれたから良かったと思うわ。ログレスちゃんのカリスマかしらねー……貴女に声をかけてもらっただけで、あの人たちも実力以上の力を出せたと思うわ」
買い被りすぎですよ。
あの試験──試練を乗り越えることができたのは、「ロード=ログレスに着いていく」という道を選んだ彼ら自身の判断が正しかったからに他なりません。
私自身、彼らのもがき足掻いていく姿勢には学ぶところがたくさんありました。
そうですね……ええ、私は彼らに対する認識を一部撤回させていただくこととします。
彼らのことは早い段階で落ちるべきだった受験生ではなく、私の後ろで聖剣の威光を目にする幸運と聡明さを併せ持った──頼もしき勇者たちである、と。
私も彼らのような勇者と共に強大な敵に挑むことができたことを、感謝しています。
彼らと共に苦難を乗り越えたことで、私は自分だけではなし得なかった力を、【
行動原理が愉悦なキャラは凄く動かしやすいんだなってCV小山力也の人を書いてみて気づきました。