誰1人負傷しなかったにも拘らず、110人残っていた筈の受験生は一気にその数を66人まで減らすこととなった。それでも残留を選択した私たちの心には、去りゆく者たちのことを長々気に留めている余裕は無かった。
そんな私たちが、刻々と迫る一夜のタイムリミットまで何をしていたかと言うと……もちろん、脱出の準備である。
具体的には、目的地の設定と船の用意だ。
幸いにして、四次試験会場の場所は早い段階で知ることができた。66人で手分けをして島中を探し回ったところ、遺跡エリアの奥地に真新しい宝箱がこれ見よがしに設置されていたのである。
苔むした遺跡にはあまりに不釣り合いで、「ついさっき置かれたばかりです」とでも言わんばかりな宝箱の中には、ニッグ試験官が残していったと思われる地図がコンパスと共にそれぞれ110人分詰め込まれていた。
そしてその地図には、この島周辺の海域の情報と共に、四次試験会場と思わしき島への航路が丁寧に記載されていたのだ。
『なんかグリードアイランド……ってか、ゲームみたいな流れだな』
情報の入手に際して回りくどい工程を踏んだ後でそう呟いたのは、現在進行形でハンター専用ゲームをプレイしているキルアである。
あのニッグという男、そういうの好きそうですからね……地図もコンパスも、全員離脱しなかった場合も想定してかきっちり人数分用意していた辺り、サポートは妙に手厚かった。
私は気にしなかったが、そんな彼のサービス精神には何人かの受験生たちが「俺らの命が懸かってんだぞ……ふざけやがって」と不快感を露わにしていたものである。
私としては、彼は煽り目的でそのような演出をしたわけではないと思っていますけどね。常に人の行動を読み切った飄々とした態度に悪印象を受けた者もいるのかもしれないが、基本的には無駄に多くの受験生を死なせまいとする善意の配慮だと思う。
「ログレスちゃんが妙にあの人の肩を持つの、キリツグさんと声が似ているからじゃないわよね?」
「そういうわけではありませんよ。ただ、悪意の人だったらもっとネットリとしたやり方でおちょくってきたと思うのです。コトミネキレイみたいに」
「……その歳で達観してるわね貴女」
ともかく地図とコンパスの存在は、私たちにとって非常に大きな救済措置だった。
尤もコンパスについては、私は既に持っていたのですけどね。ニッグから聖杯と誤認されそうになった金色の奴を。アレも私としては中々気に入っているお宝なので、今でも大切に保管しています。ジャポンに帰ったら合格の報告と一緒にキリツグに見せびらかしてやりましょう。あの人、こういうの好きですから。
──しかし大きく前進したが故に、「人数分用意された地図とコンパス」というのはまたニクい罠でしたね。
最初の数時間こそ「生存率の確保」という共通の目的から66人全員で情報共有を行い協力していたのだが、脱出の目処が立ったことで必然的に大人数で固まる必要性が薄れてしまったのだ。
忘れてはならないのが、ハンター試験の三次試験まで生き残ってきた受験生たちは、いずれも自らの力で悪路を切り拓いてきた猛者ばかりだということだ。
自らの能力に対して確固たる自信を持っているからこそ、彼らはそれ以上の集団行動を嫌い、各々が入手した難波船やボートを操り、続々と出航しようとしたものだった。
船の動かし方については大半の者たちが心得ていたのは、流石はハンター志望者といったところか。
……まあ、上手くいかなかったのですけど。
島の海は数時間前までは海水浴ができるぐらい安定していたのだが、ほんの数100メートル先へ進むだけでまるで別の海のように大荒れ模様となっていた。
彼らが島を離れた瞬間、予想以上の荒波が彼らの船を次々と転覆させていき──先ほども言った通り、私が助け出してあげました。
人の良い他の受験生たちも止めようとはしてはいたのですけどね……しかし彼らのおかげで小型船での脱出は不可能だという情報が得られたのは、それなりの収穫であった。
なので私の手を煩わせたことは文字通り、水に流してあげました。
『命は1つしかないのですからね。ですが、無事で良かったです』
『ありがとう……ありがとう……!』
ええ、私のおかげでその命を拾ったことに、感謝するといいですよ皆さん。
「……本当に凄く感謝していたわね、あの人たち」
私も騎士を志している人間ですからね。もちろん私とて今となっては死にたくないですし、荒波に飛び込んだのもあくまで自分自身のリスク管理と天秤に掛けた上での行動だ。
私が助けてあげた彼らの情報によって、脱出の方針も完全に定まりましたからね。
そう、彼らのもたらした情報は受験生たちに対して──島に残されていた
1隻は、私が引っ張り上げた例の海賊船である。
私としては最初からそれで脱出する気満々だったので、ニッグが飛行船に向かった時から既に補強を進めていました。
ポンズも建材運びを手伝ってくれてありがとうございました。いい木を選んでくれましたね。
「使えそうな木はハチが教えてくれたわ」
頼りになるのはどこまでいっても自然の恵みだ。私たちもハンターになった以上は、大自然に対して今まで以上に敬意を払うべきなのかもしれませんね。
──そして、もう1隻の大型船というのがこれがまた驚いたことに……私の海賊船よりもさらに大きな、鋼鉄製の「軍艦」だったのである。
そう、軍艦だ。
誰がどこで見つけてきたのかは知りませんが、とても大きかったですね……私の海賊船の何倍も大きな船でした。
もしかしたら座礁したカキン帝国の物か何かでしょうか? 鋼鉄で出来た装甲は見るからに頑丈そうであり、目に見える損傷も少ない。
大嵐の航路を突き進む上で、その頼もしさは木造の海賊船とは比べ物にならない威容だった。
……私はああいった戦争目的で作られた船は、少し苦手ですけどね。
だが、この状況下でおあつらえ向きな船であることに間違いはない。
流石に整備は不十分な様子だったが最低限の動作は可能な様子であり、それを知った受験生は「やったぞみんな! 勝ったな……この戦い、我々の勝利だ!」と歓喜の表情を浮かべ、次々と乗り込んでいったものである。
その人数、なんと53人。
島に残った受験生のほとんどが、その軍艦に自分たちの運命を託したことになる。
素人目に見ても、強そうな船でしたからね。
軍用の最新設備ともなれば、海賊船とは大きさはもちろん性能も比較にならない。中の設備も多くは生きていたようで、明るい照明が海を照らしていた。
さらにさらに、その船長室からはニッグの語った「10年周期で訪れる異常気象」について詳細が書き綴られた手記が見つかったという話だ。
私は海賊船の整備に忙しかったので読んでいないが、その手記の存在があったからこそ、受験生たち全員が「島が沈む」というニッグの警告を確かだと認識したようである。
私は最初から疑っていなかったが……その時になってようやく正常性バイアスを振り切ることができた者の何人かが、約束の時間ギリギリになって飛行船へと駆け込んでいったという。
……尤もそれらの話を私が知ったのは、全てが終わった後で当事者たちから聞いたからである。
実を言うと私はずっと海賊船の補強を行っていたので、軍艦チームの状況はあまり詳しく知らないのだ。
というか、海賊船の補強が思っていたよりも楽しくて、つい熱中してしまいました。時間さえあればもっと飾り付けも拘りたかったぐらいである。
「ログレスちゃん、あんなに立派な軍艦に全く見向きもしなかったわよね? あれは意外だったわ」
好奇心旺盛な私なら、軍艦を見た時は大層な反応をするものだと思うでしょう? 残念、不正解です。
私自身も軍艦という代物は初めて見たのだが、不思議とこの心は惹かれなかった。特に乗ってみたいとも思わなかったのだ。
私がその威容を一瞥した際、この心に浮かんだのは、「あれほどの船をたった50人で動かそうとしたら、よほど優秀なリーダーがいなければ話にならないでしょうね……」という何とも夢の無い冷めた感想だったものだ。
110人全員残っていたならば話は変わっていたかもしれないが……一応、大きすぎる船を操ることのデメリットは彼らにも伝えておいたがそれ以上の干渉はしなかったものだ。
我ながらこの時の私、ちょっと塩対応でしたね。
何か嫌なことでもあったのでしょうか?
「……もしかしてログレスちゃん、あの時軍艦の人たちから「そんなボロ船捨ててこっち来いよ!」って言われたの、気にしてた?」
「それもあります」
「あるんだ……」
ありますとも。
ですが、嫉妬ではありませんよ? ええ、嫉妬じゃないですとも。
自分が引っ張り上げた船よりもっと立派な船を、他の受験生たちが見つけたことなど全く気にしていません。
そうです。私の海賊船「エクセルスス・ログレス号」は最強なんだ……!
「そんな名前つけてたの……」
至高の船です!
はい。
自分自身の手で引っ張り上げた船に対して、特別な愛着を持っていたという感情は否定しない。
ともかく大勢の受験生たちが乗り込んだ立派な軍艦は、私の琴線には何となく触れなかったのである。
荒波を越えて四次試験会場へ行くためには、頑丈な船が必要という判断は彼らと同じだったが……私はその役目を彼らの軍艦ではなく、自らの海賊船に託すことを選んだというわけだ。これは直感というよりも、私の負けず嫌いな部分が出たのかもしれない。
もちろん、海賊船を選んだ理由はそういった愛着や意地だけではない。
2隻の船に対するそれぞれの長所、短所に対して合理的に考慮した上でも……やはり私は、海賊船の方が適していると思ったのだ。
鋼鉄製の軍艦と木製の海賊船……襲い来る未曾有の大嵐に耐えうるのは、前者だと判断するのが道理だろう。しかし、それは海賊船の建材に「念」が関わっていない場合の理屈である。
この船に残留していたオーラに加えて、今の私の力を合わせれば……一時的にではあるが、その性能はどんな軍艦よりも跳ね上がるのではないかと思った。
それでなくても、元々の造りが木造船にしては破格の性能でしたからね。
錆びた鉄などよりよほど信頼できると感じた程度には、船の品質は高い水準を保っていた。
そういった諸々の事情も鑑みると、私には海賊船の方が良いと感じたのである。
軍艦が出航する直前、「本当に来ないのか?」と、ご好意で私を誘いに来てくれたあちらのチームの方々には申し訳なく思いましたが。
「あれは好意というより、下心で誘ってきたように見えたけど」
「? 命が懸かったハンター試験の修羅場で、そのような感情を持ち込みますかね? 彼らは良い人でしたよ」
「そう?」
そうですよ。ハンターを志す者が、試験中にそのような感情を持ち込むことなどありえないでしょう。
いくら私が魅力的な女の子だとしてもです。
「そういうところはちゃんと自覚しているのに、どうしてこの子は……」
?
しかし結局のところ、「念能力者の乗った木造船」と「非念能力者が乗った軍艦」のどちらが良いかはケースバイケースであろう。
結果を言えば、あちらに乗っていた人たちも全員生きて島を出ることができましたからね。
漏れなく全員グロッキーな状態で、どうにか四次試験に出ることができたのは53人中9人しか残らなかったようですが。
まあ……そちらは
──さて、ここまでの状況を整理しましょう。
自分たちの力で島を脱出し、四次試験会場へ向かうことを選んだ私たち66人の受験生は、それぞれ2つのチームに分かれたことになる。軍艦に乗り込んだチームと、海賊船に乗り込んだチームの2つだ。
軍艦チームの人数は53人の大所帯だが、それでも本来何百という人数で扱うような大型の軍艦を動かすには、非常に心許ない頭数であろう。
それでもあちらには思っていたよりも優秀なリーダーがいたのか、日が暮れる前にはどうにか起動に成功していたのは、賞賛に値する手際の良さだった。
曲がりなりにとは言え、ちゃんと動くとは正直読み違えましたよ。私もまだまだですねキリツグ。
そしてそんな彼らと同じぐらいの時刻に、私たちの海賊船も航海に発つことができた。
小さな島とはいえ、一日で全てを海に沈めるほどの大嵐が迫っている中。軍艦と比べれば明らかに見劣りする私のエクセルスス・ログレス号に乗り込んできた命知らずは私を含め、13人。
──では今一度、イカれたメンバーを紹介します!
航海長、ポンズ!!
『ここまで来たら、最後まで付き合うわログレスちゃん』
操舵手、ポックル!!
『まさに乗りかかった船って奴か……悪いな。また世話になる』
航海士、ネオニコル!!
『我々が全員無事に四次試験会場へたどり着く確率──67.00%。ログレス陛下が無傷でたどり着く確率──100%!!』
砲手、キルア!!
『砲手って言っても、弾なんて残ってねーだろ。……ああ、いざという時は「使え」ってことか。いいぜ、やってやる』
水夫長、マジタニ!!
『最高だぜ──ログレス四天王の復活だ!!』
船員、ほか7名!!
『なんか……いいよね、海賊船の船長が金髪白ドレスの美少女って』
『兄弟……見ているか? お前たちの分も、俺は戦うよ』
『あの試験官からは、また子供2人におんぶにだっこかよと言われそうですが……』
『それでもやっぱり、この船に乗った方が勝ち組だろ常識的に考えて』
『死ぬのは嫌だけど、どうせ死ぬならムサいムサイよりログレスちゃんの船で死にたいお……!』
『バカ、あの方の加護を受けているこの船が沈むかよ! ……ですよね兄貴!』
『オラオラ! ハンター試験の合格者はこの13人で決まりだ!』
──そして船長はこの私、ロード=ログレスです。
この船は、私が見つけたお宝ですからね。各々の役職はこれまでの試験で把握していた彼らの適性から独断で決めさせていただきました。
「……そういうところは、本当によく見ているのよねこの子。だからみんな惹かれるのかも」
しかしこうして振り返ってみると、ほとんど二次試験のメンバーと一緒ですねログレス海賊団。
私の方から彼らに呼び掛けたわけではないのだが、なんか私が船を整備していると彼ら側から「協力したい!」と駆け込んできたのである。
ああ、キルアについてはしれっと混ざってきましたねあの子。「こっちの方が面白そうだし」とシンプルかつ明快な理由が嬉しかったので、私も笑顔で迎え入れました。
最悪私独りでもやるつもりだったが、人手は何人いても助かりますからね。
その顔ぶれには新しいメンバーも何人かいたが、二次試験を通して人となりを知っている彼らの協力はありがたかった。念能力のキルアはもちろんポンズとポックルも優秀でしたし、マジタニも妙に多芸でしたからね。
あと、ネオニコルもですね。彼は計算がうまいので、毎秒変わる航路の修正など大いに助けていただきました。
「あの人たちも、貴女の船に乗れて嬉しかったと思うわ」
「そうでしょうか……?」
そうですね……私も、彼らの助けは嬉しかった。
思わず笑みが溢れてしまったぐらいには、二次試験から続く奇妙な協力関係を「悪くない」と思っている自分がいた。
残念ながら、裏方さんの何人かは病気の母親や妹の治療だったりで飛行船に乗ってしまったようだが、彼らが自分の意思で決めた選択だ。
彼らの目的にはハンターライセンスよりも目先の金が必要だった以上、それもまた賢明な判断である。特にまだまだ修行不足が見える彼らの場合は、ここからは死の危険も大きくなるわけですからね。
『ですが……少し、寂しいですね。皆さんは、私のもとから離れないでくださいね?』
『『!!』』
『もちろん、この船に乗っている間の話ですが』
『『…………』』
『……ログレスちゃん、貴方ねぇ……』
『まさに、光栄の極み……!』
『こういうの、悪女って言うんだっけポックル?』
『俺に聞くなよ……』
試験を棄権した彼らも、一度は仲間として共に戦った仲間だ。縁があれば、またどこかで会いたいですね……と私が呟くと、船員たちが一様に活気づいたものである。皆さんも仲間思いですね。
彼らはいなくなった者たちの分まで、自分たちが頑張ろうとはりきったのであろう。それもまた、男と男の友情、というものなのだろうか。
故に私は、力は弱くともそういった彼らの心意気を高く評価していた。
「いや……あれは多分、棄権した人のことまで気に掛けてくれる貴女の優しさに応えたいとか、そういう感情じゃないかしら? 側から見たらすっごく健気なお姫様だったわあの時の貴女」
ふむ、そういう見方もありますか……毎度ながら、参考になりますねポンズの意見は。
「……もしかしてですが、彼らは私に対して何か、庇護欲のようなものを感じていたのでしょうか? 私の方が強いのに」
「庇護欲っていうか、忠誠心というか……もしかしたら何人かは恋心も持ってたかもしれないわね」
「彼らと過ごした時間はほんの僅かですよ? それも一回り以上年齢の離れた小娘に対し、そのような感情は抱かないでしょう」
「……貴方、自分のことを美人だとは思っているのよね?」
「はい、かわいいかわいい騎士王です」
「キリツグさんの苦労が偲ばれるわ……」
「何ですかそれは」
そんなことを私に言われても……私とて、そのぐらいの自覚はありますよ。照れますねポンズ。
というか、自分の容姿への認識はある種の自己防衛反応として自然に身についてしまったのだ。
去年の下半期ぐらいからでしたかね? 私の身長が150センチ近くまで伸びて身体の起伏が二次性徴を迎えた頃になると、私も往来の人々からそういう目で見られることが多くなりました。無礼ですね。
孤児院のオマセさんたちから花束をいただいた時などは、大変微笑ましくて心から嬉しかったのだが……街を歩いていた時、見知らぬハイティーン男性から急に恋文を渡された時はどうしようかと思ったものである。もちろん丁重にお断りしたが、そのような出来事が短いスパンの間で続いた時は辟易しましたね。中には干していた洗濯物を奪おうとしたり、襲いかかってきた不埒者もいましたし。
キリツグが言うには「セイバーが成長したら、こんなもんじゃ済まないだろう。今のうちに慣れておいた方が良いかもしれないね……」とのことだが。
ああ、もちろん犯罪者はエクスカリバった後交番に届けておきました。
「ちゃんと自覚しているならいい……のかしら?」
変なポンズです。
しかし我が船の船員となってくれた彼らが皆、私に好意的だったのは助かりましたね。
二次試験で信頼関係を築いた者たち以外にも、新顔として加わった他数名の受験生は先走って向かったボートが転覆していたところを、私が助けてあげた男たちだった。
彼らが語るには、荒れ狂う波に呑まれ絶望の淵に立たされていたところを純白のドレス姿で救い上げた私の姿は、まさに女神のようだったという……マジタニよりも大袈裟な表現が恥ずかしかったですね。
その前までは女子供である私を口汚く罵っていた気がするのだが、命の恩人になるとあそこまで鮮やかに心が反転してしまうのかと、感心を通り越してちょっと引いたものだ。
それに対しては、キルアからも「アンタって、操作系だったの?」と真顔で謂れの無い疑いをかけられたものである。
『マズいですぜ兄貴!? こんなところまで水が入ってきやした!』
『オラオラ! オラオラオラオラ!!』
『全部掻き出すぞ! 手を止めるなよお前ら!』
ただ、そんな崇拝レベルの変な人たちだったからこそ、危機的な状況下でも意思統一ができたのは助かりました。
後で聞いた話によると、軍艦チームの方は明確な上下関係が定まっていなかったので、イレギュラーが発生した時は対応がグダグダになっていたようですからね。
その点、私の船は皆が過剰なほど私を担ぎ上げてくれたので、素人集団にしては対応がスムーズに行えたものだった。
……私に対してフラットなのがポンズとキルア、それとポックルだけなのは遠くない内に破綻しそうなイエスマン構成でしたけどね。元より短期限りの即席チームだったからこそ、デメリットが表面化する前に解決できて良かったです。
私が指揮し、キルアが支え、皆で覆う──目先の数日であれば、そんな関係でも思いのほか上手く回ったものだ。
ええ、その形を皆が疑いなく受け入れてくれたからこそ、私の船は完全な状態で大嵐の海へ挑むことができたのだ。
──ただ、良かれと思って常に誰か1人、召使いのように私の傍に控えようとしてきたのは、ちょっと迷惑でしたが。私にだって自己の時間はあるのですよ。
……おかげで、海水に濡れた下着を替えることすら中々できませんでしたからね。
皆の命が懸かっている場なので態度には出さなかったが、潮水を吸った下着は特に下の方が気持ち悪い感触でした。
身に纏う念の鎧が羽のように軽いからこそ、そういった些細な不備が妙に気になると言いますか……他のことに集中している時は、そこまで気にならないのですけどね。座ると椅子も汚してしまいますし、さっさと穿き替えたいのが本心でした。
そんな私の衣装については転覆したボートを救う為に海に飛び込んで以降は、四次試験会場へ着くまでの間ずっと白百合のドレスアーマーを着ていました。
出航した頃には既に外は大変な異常気象に見舞われており、安全性の面でもスーツを着ていられる状況ではなくなっていましたからね。うっかり飛来物に頭とかぶつけたら、「纏」抜きだと普通に倒れますし……こういう時はキルアのようなフィジカル強者が羨ましくなる。
鎧に換装した瞬間は私も焦っていたのでキルア以外の者にも見られていたが……目にも留まらぬ早着替えマジックとして、強引に誤魔化したものだ。
尤もポックルなどはこちらの言えない事情を察して、あえて黙っていてくれたという方が正しいかもしれませんが。いいハンターになってほしいですね彼にも。
……しかし心なしか、鎧を着てからの方が皆さんの作業効率が上がっていた気がするのですよね。不思議です。
「男の人って、みんな白いドレス好きだから……」
女の子も好きですよ? 孤児院の女の子たちにも私の鎧は大人気です。
何にせよ、私の装い1つでモチベーションが上がったのなら良きことです。
しかし船上で私のスカートが強風に煽られた瞬間、彼らの視線が下に寄っていたのは私も上目遣いに睨みつけたものだが……緊急時ということで、2度目までは許してあげました。
強風時でも、キリツグからはそのような目を向けられたことなかったのですけどね……彼が特別紳士だったのだと思い知らされました。
「そうね。本当に希少だと思うわ」
……それでも、船体が安定し始めたところを見計らった私がこっそりと船長室へ入り、今の内に穿き替えようと濡れた下着をスカートから下ろした瞬間、「大変です! 巨大な何かがこちらに接近しています!!」と慌てた形相でネオニコルが室内へ駆け込んできた時は、流石に堪忍袋の緒がキレそうになりましたが。
あれがわざとだったならば、迷わず首を刎ねていたところだ。
命拾いしましたね、ニコルは。
「急に本物の海賊みたいな判断するわね貴女」
……まあ、私も学習する女の子なので、その時は机の下に下半身を隠しながら慎重に脱いでいたのが幸いし、最悪の展開は避けることができた。
我ながら、ファインプレーでしたね……彼にちょっとでも下を向かれたら、脱いだばかりの着替え途中の下着が私の足首に絡まっている状態を見られてしまったかもしれませんが。
……思い出したらクラッと来ました。支えてくださいポンズ。
「よしよし」
くるしゅうないです。
白百合の聖鎧のようなスカート姿ならば、本来下着の穿き替えなど数秒で済む筈なのに何故かその数秒で邪魔が入るのですよね……ヨークシンの一件があった後は特に。
『ネオニコルでしたか。それは、どういうことですか? 詳細の説明をお願いします』
『……はっ──ハイッ!』
あの時の私は万が一にも机の下の状態を悟られることがないよう、「どうかしましたか?」と努めて爽やかなすまし顔を浮かべていたものです。それでもちょっと目が潤んでいましたが。
早速役に立ちましたね、二次試験で身につけた演技力。使いどころが最悪です。
……本当になんでこう、いつもいつもタイミング悪いのですかね?
これがまだ比較的マシな方なのだから、本当に屈辱的です。
両手で押さえたスカートの下で内股に閉じた両腿を擦り合わせていた私は、火の出るような内心を押し殺しながら彼の顔を見つめ返したものである。
「着替えているんだから、有無を言わさず追い出せばいいのに……そういう時でもまずは理性的に相手の事情を聞こうとするから、無駄に苦しむのよ。……まあ、私は貴女のそういうところが気に入ってるんだけどね」
「そ、そうだったのですか……」
常に理性的であろうという私の心掛けを、認めてくれたのであれば嬉しいですポンズ。
……困ったことに、そういった私の判断は結果として正解を引いた場面が多いのですよね。
この時もまた、私が自らの足首に絡まっている濡れた下着を後回しにしてまで続きを促したネオニコルの情報は──真面目な彼がノックもせずに部屋へ飛び込んできたわけだと、一発で納得せざるを得ない重大情報だったものだ。
『大海魔、ですか……』
ただでさえ大嵐に激震している私たちの船の行く手を阻むように──海の彼方より来航したおぞましい大海魔が、その姿を現したのだ。
スカートを押さえながら座っている姿勢の美少女フィギュアの足首に、そっと布切れ1枚を引っかけただけで一気に見方が変わる写真をどこかで見かけた時……士郎、僕はね……この世界はまだ終わっていないことを思い知ったんだ。
次回は初めて他人視点のログレスを書くことになりそうです。