──王の話をするとしよう。
僕……私にとって最も思い入れ深い第288期ハンター試験において、最も過酷な道のりだったのが、四次試験会場までの道中である。
一方は軍艦、もう一方は海賊船に乗り込んで宝島を発った66人の受験生たち。
ともすれば現役のプロハンターでも脱落者が出かねないその過酷な航路で、我々が1人も命を落とすことなく目的地へたどり着けた要因は幾つもある。
軍艦に乗り込んだ53人からしてみれば、それは大嵐にも耐え抜いた軍艦自体の耐久力であったり、ただ「死にたくない」と極限状態の中で発揮された火事場の馬鹿力であったり……受験生の中に、たまたまそういった船の扱いに心得があった元軍人がいた幸運であったりと様々だろう。
しかし、そんな彼らさえも口を揃えて救世主と崇め仰いでいたのは、彼らの軍艦には乗っていなかった筈の1人の「王」の存在だった。
460番──ロード=ログレス。
月のように輝く美しい金髪を、高貴な青色のリボンで結んでいる1人の少女。
当時の身長は150cm弱といったところで、子供から大人の女性に変わりゆく中間期といった頃合いである。
その若さにしてエメラルドグリーンの瞳には既に深い知性を宿しており、大胆さと奥ゆかしさを併せ持った彼女の所作1つ1つが皆の心を掴んで離さない色香を漂わせていた。
……端的に言うと、私がそれまでの人生で一度も見たことがないほどに、容姿の整った美少女であった。
故に、一次試験が始まった時から彼女の存在は大いに目立っていた。
私とて最初彼女の姿を見かけた時、どこかのご令嬢が間違って迷い込んできてしまったのかと思ったものだ。その代の受験会場が町のショップの地下室だったからして、それは当然の反応だろう。
しかし、試験が始まった途端に我々の目を引いたのは、そんな彼女の容姿だけではなかった。
彼女はゾルディック家の最高傑作とされる当時13歳を迎えていた受験生──キルアと対等に渡り合い、その戦いの余波だけで何百といた筈の周りの受験生たちをついでのように叩きのめしていったのだ。
一体あの華奢な身体のどこからあれほどの力が出ているのか、常人には到底理解できなかった。
そんな彼女らのおこぼれを争奪する形で一次試験を突破することができた受験生たちは、ある者は感謝し、ある者は憤慨していたものだ。
彼女が一次試験で見せつけた圧倒的な戦闘能力はキルアと同様、ハンター試験本来の形式を逸脱させるほどに突出しすぎていたのである。
周りの受験生たちを生かすも殺すも全て彼女らの気分次第だったという内容は、さながら天災のようであった。
……私自身もまた、その幸運を拾うことができたラッキーボーイである。
私にとっては2回目の受験であり、何も知らずに調子に乗っていた頃のルーキー時代より鍛錬は積んでいたものの、通常の試験であれば三次試験はおろか一次試験の突破も困難だったことだろう。
本来、ハンター試験とはそれほどまでに難関さの次元が違う試験なのだ。……それを鼻歌混じりにクリアできる天才など、そうそう目にかかれないほどに。
明らかに他の受験生たちとはレベルの違う彼女らに対して、擦り寄るべきか距離を置くべきか……一次試験が終わった時点では、私を含む多くの者たちがはかりかねていた。
特にハンター試験を何度も受けているリピーターなどは顕著だろう。この世界には見た目は幼なくとも人間離れした超人が何人もいるという事実を、彼らはよく知っていた。故に侮ることなく彼らは警戒を続けていたものだ。
──そんな受験風景の風向きが変わったのは、二次試験が始まってからのことである。
彼女は──とてもかわいかった。
……という表現は、流石に圧縮しすぎたか。
しかし二次試験以降のロード=ログレス少女の雰囲気は、周りの敵を無機質に淡々と処理していたこれまでの印象と異なり、年齢相応の雰囲気を発することが多くなっていた。
本人いわく、「一次試験の時は初めての受験ということもあり、緊張して表情が固くなってしまったのかもしれませんね……」とのことだ。
そういう話を聞くと、彼女も人間なのだと知り我々も安心を感じたものだった。
そして二次試験では、そんな彼女の戦闘力とは別の一面──カリスマ性が発揮されることとなる。
二次試験の題目が「演劇」であることを言い渡された瞬間、彼女は演劇経験者であるマジタニを真っ先に引き込んだかと思えば、まだ200人以上残っていた受験生たちの中から迷わず11人のメンバーを指名し、数分と経たず自らをリーダーとしたチームを結成してみせたのだ。
勝ち馬に乗ろうと彼女の才気に目を付け、利用しようとしていた者は山ほどいたのだが……彼女は彼らには目もくれず、自らの手で指名したメンバーでチームを組んだのだ。
後に、彼女と共に同期の合格者となる「キルア」「ポンズ」「ポックル」「マジタニ」の4人と、数年後の試験で合格者となるこの私「ニコル」。
そして現在はプロハンター御用達の商人として頭角を表した「ヤルダバオト=ハッヒ=テイシーネオ(通称ヤルオ)」等々、そこには錚々たる面々が名を連ねていた。
彼女が手ずから招いたメンバーたちは、いずれもこのハンター試験を合格した者や後年合格することとなる者、或いは実業家や他の道で大成する者たちばかりで構成されていたのである。
傍目からはテキトーに選んだようにしか見えない判断の早さだったが、それこそ彼女が持つ天性の審美眼の賜物だったのだ。
しかし当時の彼女の行動には、その全てに深い意味があったのか?というと実のところそういうわけでもない。
当時から彼女は生意気盛りな14歳とは思えない思慮深さとリーダーシップを発揮していたが、その年頃の少女らしく衝動的な行動をすることもしばしばあったのだ。
最たる例は、彼女がチームを作ってから真っ先に行った「食べ歩き」であろう。
……腹が減っては戦はできぬという言葉があるように、食事もまたハンターたる者に欠かせない要素であることに間違いはない。しかし本番の演劇開始までに用意された貴重な時間の内、およそ1/5を食事に費やしていたチームはもちろん我々だけだった。
結果的に即席チーム内で交流を深めることができた──という意味で言えば、その行動にも確かな意味はあったのだが……実際のところ、それが単に彼女が町のグルメを堪能したかっただけであることは、チームメイトとなった我々共通の認識だった。
後の試験でもあらゆるイレギュラーに動じることなく理性的な判断を下していた彼女だが、こと「食」に関してだけはその限りではなかったのだ。
出店で買った焼き鳥やハンバーガーを頬張っている時の彼女は、これまでの氷の女王の如き凛々しい態度が何だったのかと思うほどに、見ているこちらが毒気を抜かれるほどに幸せそうに綻んでいた。
まるでこの世全ての幸福を味わっているかのような表情は、どう見ても難しいことなど何も考えていない。かわいい。
それどころか、各屋台に並んでいる知らない料理を指差しては「あれは何ですか?」「何ですかこれは?」「あっタコ焼き! 私これ好きです貴方もどうぞ!」と我々に問い掛けたり手に持った串を差し出したりしてくる様子は、側から見れば城下町の暮らしを従者に訊ねるお忍びのお姫様にしか見えなかったものだ。
彼女が劇で行った役は、姫ではなく姫を攫う魔王だったが……そのような年齢相応、いや、年齢以上に幼いとすら感じる無垢な姿を見れば、彼女がハンター試験の受験生などとは誰も夢にも思わない筈である。
実際、屋台の店主たちは誰一人として彼女を受験生だと気づかなかった。しかし圧倒的に目を引くその容姿から、劇場で働いている役者だと思っていたようで、気のいいおっちゃんたちは「美味そうに食うな嬢ちゃん! これ食って頑張んな! 舞台応援してるぜ!」と一品多くサービスしていたものだ。
それを目をキラキラさせながら嬉しそうに受け取る当の彼女には、目の前の料理に夢中で自分が彼らにどう思われているかなど気にもしていない様子だった。かわいい。
現在、流星國の書庫に収められているロード=ログレスの伝説的なエピソードが書き綴られた書物の数々には、「彼女の行く先々では常に白い花々が咲き誇り、身分に問わず多くの者が笑顔に溢れていた」と記述されているが、それは誇張ではないのだろう。
持って生まれたカリスマ性というものか、会う者の多くが彼女と一言二言話すだけで心が安らぎ、自然と頬が綻ぶのだ。それは内心現代社会での生活に疲れ果てていた当時の私のような弱者には毒であり、劇薬だった。
思えば我々は、そんな彼女の彼女たる所以を目の当たりにしたものだ。
──だが、いざ本番が始まってみれば、二次試験でも彼女の活躍は誰よりも目覚ましかった。
演劇とは、彼女のカリスマ性が存分に発揮される最適なステージだったのだ。
彼女はマジタニと違って役者の経験は無いとのことだが、舞台上で放つ存在感はプロ顔負けであり、役を演じるというよりも役を支配しているとでも言うように、彼女の一挙一動が観客の誰もを魅了していた。
特に凄まじかったのは一次試験でも演じたキルアとの対決を、一般人にも見えるよう高度に配慮した上で劇のワンシーンに落とし込んでいたところだろう。
一次試験の時には見えなかった彼女の美しい剣戟が瞬く度、私は前年のハンター試験以来鬱屈としていたこの心がスーッと焼き払われていくような……そんな感覚を覚えたものである。
自分は天才で、周りの人間などそんな自分を引き立てるカスだとしか思っていなかったのが、かつての「僕」だ。
それが大きな間違いであり、自分もまた本物の天才たちを引き立てるカスでしかなかったことを思い知らされたのが、前年の第287期ハンター試験。
そしてそんな僕がそれでもとボロボロの精神に鞭を入れながら、心機一転して受けたのがこの第288期ハンター試験である。
……ネオニコル? ……若気の至りだよ。
真面目な顔をした彼女からその名前で呼ばれる度に、今の私は酷く申し訳ない気持ちになっている。これからハンターを目指す者たちは、是非本名で受験してくれ……
ああ、ハンター試験を軽々と合格するような天才たちは、相変わらず私のデータの遥か先を行っていた。
今となってはそこに追いつき、追い越せるだなどとは思わない──だが。
──これから先、彼女のような才能の原石を
私は彼女の姿を見たその試験で、生まれて初めて自分のちっぽけなプライドを守る為ではなく、前向きな理由でハンターを目指すようになれたのだった。
彼女が完璧に悪役を演じ切った二次試験の結果は、もちろん合格だった。
私個人の贔屓目を抜きにしても、あの時の我々の舞台はプロにも劣らぬ大喝采を浴びたものである。
「お疲れ様でした、ネオニコル。照明も音楽も、完璧なタイミングでしたよ」
彼女は裏方役の我々に対しても、一人一人の顔と名前を最初の紹介時点で完璧に把握しており、一度として労いの言葉を忘れなかった。
……私自身としても、そんな彼女の笑顔と声は、自分がどうしようもなく落ちこぼれだったと気づかされた前年の悪夢を払拭する「光」となったものだ。
二次試験の内容そのものは落とされた者たちが言う通り「学芸会」のような試験だったが、私にとってはその「学芸会」こそが己の人生を変えた道しるべとなったのである。おそらくそれは、裏方で活躍していた他のチームメイトたちも同じだろう。
彼女という素晴らしいリーダーと出会えた──私のような人間からすれば、その時点でこの年の試験を受けた収穫はあったのだと思う。
しかし、何とも幸運なことに、彼女とは次の三次試験……正確に言うならば試験ではなく四次試験会場へ向かう道中だったが、再びチームを組み、共に障害を乗り越える機会を拝借させていただいたものだ。
そう──彼女がハンターとしての一歩を踏み出すよりも早く成し遂げた偉業、「大海魔の討伐」である。
別の記事でも私が語った三次試験の「宝探し」でも、彼女は海の底から海賊船を1隻丸々引き上げるなどといった離れ業をやってのけたものだが……彼女の真価はそれだけに留まらない。
彼女は自らの引き上げた木造の海賊船に乗って指揮を取ると、その夜襲来した島1つ海に沈めるほどの大嵐を越えて、最果ての海へたどり着いてみせたのだ。
……失礼、誇張しすぎた。
流石に最果ての海ではない。宝島から四次試験会場までの距離は、それほど遠く離れていなかったのでね。
しかし当時の冒険はそれほど濃厚な密度を重ねたものであり、私のみならず当時彼女の船に同行していた誰もがそのぐらいの心情だったことだろう。
仮にもプロハンターとなった今の私なら、当時よりは上手くやれるかもしれないが……あれほど荒れ狂う海を木造船で踏破するなどという海賊漫画のような冒険は、二度と体験したくないものだと思う。
何せその航路の道中、破壊力A級の危険生物「大海魔」が出現したのだ。
そう、大海魔である。
名だたるプロハンターたちが実績を上げようと躍起になりながら、当時は誰も討伐することができなかった超大型の危険生物。
全長は50mを超え、体色は禍々しい深紫色。蛸とヒトデが組み合わさったような名状しがたい姿をしている、今では暗黒大陸産と知られている海の怪物だ。
その見た目通り普段は海に棲んでいるが、触手を脚として扱うことで地上での歩行も可能であり、都市部での被害報告も上がっている。触手の中心部には蛸と同じような口があるが、その口内には岩を容易く噛み砕く鋭い牙が並んでおり人間も平気で捕食する。
その凶暴さは無論ながら、巨体故に陸地を通過するだけでも大災害を巻き起こす危険生物とされている。
さらに恐ろしいのは、体外から霧のように排出される毒性のガスだ。
先進国であれば既存の薬での治療が可能だが、後進国の場合はそうもいかない。通り過ぎた町にさらなる二次被害をもたらすため、生物の危険度をAからEまでの5段階に分けて評価するハンター協会のリストでは「破壊力」に関し最大評価の「A」とされていた。
因みにその他の項目については、それぞれ「凶暴性B」「数E」「繁殖力?」「総合B+」となっている。
繁殖力が不明なのはこの生物自体、発見されたのが最近のことで、当時はまだ詳細なデータが取れていなかったためである。
これほど巨大な怪物が急に現れたことといい、既存種とは一線を画する生態といい、人類の未開拓領域である「暗黒大陸」から流れてきたのではないかというのは当時から有力とされていた説である。
故に「B+」とされている総合危険度も、その後の調査結果次第ではCにも厄災クラスのAにも変動しうるというのが、当時のハンター協会の見解だった。
すなわち、繁殖力が不明な上当時はまだ1体しか確認されていなかった単一の生物にも関わらず、その2点だけで人類の脅威と認定されていたのだ。
さらに恐ろしいのはタコやヒトデに似た見た目に違わず、非常に強力な自己再生能力まで備えていたことである。
体内の核を仕留めなければ何度でも復活することができ、我々の前でも軍艦から放たれた虎の子の大砲を浴びて一度は削れた筈の触手さえ、数秒後には何の欠損もなく新しく生え替わっていたものだ。
我々や軍艦の受験生たちを一様に発狂させたその絶望感は、まさに海の大悪魔の名に相応しい。
プロのシーハンターを以ってしても討伐は困難であり、「見かけたなら逃げろ、まず逃げろ」とされている海上の怪物──そんな化け物が、ハンターになってすらいない受験生たちの前に現れたのである。
これには我々を孤島に置き去りにしたニッグ試験官も流石に想定外な展開だったようで、後に「……悪い。こっちの問題にお前らを巻き込んじまった」と素直に謝罪し、ロード=ログレスから一発ペシッとビンタを浴びていたものである。
あまり痛そうではなかったが、怒る我々も1番の立役者である彼女から「彼のことはこれで赦してあげてください」と言われれば、呑み込まないわけにはいかなかった。
それに、彼はその後生還者全員の口座に膨大な慰謝料を振り込んだものであり、内々で手打ちとするには十分な謝罪だったと思う。
ハンター試験など、元より死は覚悟の上。思わぬ臨時収入が入ったと我々が喜ぶことができたのは、振り込まれた桁数が適正金額より1つ2つ違ったからというのもあるが……何よりはこの短い期間で絆を深めた仲間が誰1人欠けることがなかったからであろう。
──そう、我々は乗り越えたのだ。
何人ものプロシーハンターたちさえも命を落としてきた海の大悪魔、大海魔との邂逅を。
それも、逃げ仰せたのではない。
勝利したのだ。
あの怪物を、完膚なきまでに叩きのめして。
相手が大海魔という単一の個体ならば、それを討ち果たした者もまた単一の個体だった。
彼女──ロード=ログレスが1人で、かの怪物をその剣の一振りで跡形も残さず消し去ったのである。
【ロード=ログレスとは? ヘッドハンター・ニコル氏のコラムより抜粋 2010.4.10】
是は、勇者と共に臨む戦いである──承認。
是は、心の善い者との戦いではない──承認。
是は、誉れ高き戦いである──承認。
是は、生きるための戦いである──承認。
是は、己より強大な者との戦いである──承認。
是は、人道に背かぬ戦いである──承認。
是は、邪悪との戦いである──承認。
是は、世界を救う戦いである──承認。
『八拘束の解除を確認。第二段階解放』
うわ……なんだか凄いことになってしまいましたよキリツグ。
船の甲板の上、「軍艦VS大海魔」という世紀の大激突を目の前に仁王立ちしていた私は、トランス状態に入る直前まで内心慌ただしく構えていたものである。
何せ、それまで最大でも四拘束の解除が最大だったのに対して、その2倍もの拘束が一気に解き放たれたのである。
白百合のドレスアーマーから新たな騎士甲冑へと切り替わる第二段階への解放も当然初めての経験であり、私自身も動揺を隠せなかった。ドーパミン過剰摂取という奴ですねキリツグ。
「あんなに堂々としていたのに、ログレスちゃんも初めてだったんだ……」
はい。正真正銘、あれが私の初めてです。
貴重な換装を見届けることができた幸運に感謝するといいですよ。
……いや、私もあの怪物を見た瞬間、何となく行けそうだなーとは思っていたのだ。でなければ、流石の私も怪物を撃破しての正面突破などという判断はしなかった……かもしれない。
「言い切らないのね……」
「負けず嫌いなので」
しかし私だけならばともかく、あの時の私は船長としてポンズたちの命を預かっていたわけですからね。いくら賭け事に強い私でも、勝率0%の博打は打ちませんよ。
あの時の私がそれでも戦うことを選んだのは、私の目の前でネオニコルから伝え聞いた巨大な怪物「大海魔」に軍艦の人たちが襲われていたからというのもありますが……どの道、あの状況の海を突破するには、迂回するのも正面を通るのも生存率に大差は無かったからというのも理由にある。
計算の上手いネオニコルもそう仰っていましたしね。
『迂回した先で船が転覆する確率……98.78%! 大海魔の正面を突破できる確率……0.02%! ──クソッ!! どっちを選んでも地獄か!』
『もうダメだおー! おしまいだおー!!』
『あああ諦めるにはまままままだ早いだろじょじょじょ常識的に考えて』
『マズいですぜ兄貴!? こうなりゃ全員で飛び込みやしょう!』
『フン……運の悪い奴らだ』
あの場を迂回するということは、1秒でもいたくない大嵐の海に何時間も留まり続けることと同義である。
実際のところオーラに守られていた私の船ならば、もう少しの間は持ち堪えられた可能性もあったが、「念」を知らない者たちからしてみれば今にも沈むと判断するのは当然だろう。
だが、そのことを懇切丁寧に説明してあげる気は、念の秘匿云々を別にしても私にはなかった。
だって……ムカつくじゃないですか。
彼らの頭に1番最短で確実な選択肢が無かったことが。
『ネオニコルは類稀な頭脳を持っていますが、常識で測りすぎるのが玉に瑕ですね。貴方は、最も生存確率の高い道を失念している』
『なっ、他に道があるというのですか!?』
『私が、大海魔を滅ぼします』
『!? 馬鹿な……そんなの、僕のデータに無いぞ……っ』
それは無いでしょうよ。
何せ私が持つこの聖剣は、私自身でさえもその本来の威力を把握しきれていないのだから。
だが、それでも私は思ったのだ。
大嵐の海に浮かぶ名状しがたき巨大な怪物の姿を見て、その触手が一度だけではあるが軍艦の艦砲によって貫かれた時──あの強度なら「やれる」と。
或いは、私は試してみたかったのかもしれない。キリツグとの修行で作り上げた力を。同じ人間に向けるわけにはいかなかった──この聖剣の本当の力を。
彼らに第3の選択肢を示した根拠は、つまるところ私の勘だ。
そして、根幹の部分には結局のところ……あそこで敵に背を向けるのは私の気が済まなかったというエゴもある。
皆さんをそれに付き合わせてしまったことはいたく申し訳なく思うが、この時ばかりは私も譲りたくないのが本音だった。
──そんな私の無茶に、キルアがどこか慣れた態度で告げる。
『一撃だけだぞ?』
聞けば、彼の親友で現在グリードアイランドを攻略している「ゴン」という少年も、こういったわがままで振り回してくるタイプだという。
私もその子とは会ってみたいですね。もしかしたら気が合いそうです。
そんなことを思いながら私は、得意げな笑みを返すついでに1つ頼み事をすることにした。
『元よりそのつもりです。これから繰り出す一撃に私の全てを込めるので……貴方にはそれまで、私の警護をお願いしたい」
『……本当に勝算があるってことか。いいよ、困り事があったら手伝うって約束したし』
『ありがとうございます、キルア。やはり貴方は人を殺すことよりも、人を守ることの方が向いていますね』
『知ったようなこと言うなっての。……ま、オレも最近思いはじめてたけどね──誰かの為に戦うのも、悪くないかなって』
キルアはいい男ですね。初めて打ち合った時から、私は彼の中にある優しい心が如何様にして暗殺一家の中で育まれてきたのかと疑問に思っていたものである。
口はちょっと悪いですが、こちらの無茶振りにもなんだかんだで応えてくれる包容力は魅力的に見えた。ゴンという親友も、彼のそういうところが仲良くなりたいと思ったのだろうと、知ったようなことを考えた私である。
ああ、ポンズは前回の試験で会っているのでしたね。
「ええ、真っ直ぐでいい子だったわ」
……今グリードアイランドに入ったら会えるでしょうか? 俄然興味を持った私である。
ですが私自身もキルアと同じく、この頃は他人から頼りにされたり、寄りかかられるのも悪くないと感じる自分の一面に気付きはじめていたところだった。
本当に──悪くないものですよね。
自分を犠牲にしてでもというのは流石に勘弁ですが、誰かの為に戦うというのは。
だがそれと同じぐらい、誰かと共に戦うというのも嫌いではなかった。
『私としては、こういうのも好きですよ? 信頼のおける誰かに背中を任せるというのも』
『真顔で恥ずいこと言うなよ……』
『アネゴ! 何をするのかわかりませんが、オレも手伝いますぜ! エミヤさんから授けられた秘策とか、何かあるんでしょう!?』
『潮の流れとしては1番マシなのが、迂回するよりもこのまま突っ切る道なのよね……霧の毒には注意して。薬は持っているけど全員分は用意してないから』
『ハンターになる前からA級の危険生物と戦うことになるなんてな……やっぱ合格しておきたかったぜ、前の試験で』
私が自信満々に勝算があることを示すと、「念」の存在を知っているキルアはともかくとして皆もよく着いてきてくれたものである。
私が「準備」している間の船の守りはマジタニ、ポンズ、ポックルの順に買って出てくれた。優秀な彼らなら私を殴ってでも止めるという選択肢もあったと思うのだが……その決断に改めて感謝します。
「……貴女の言う通り、舵取りすら覚束ないあの海の状況じゃ、どの道腹を括って突っ切るしかなかったしね。まさか本当に一撃であの怪獣を倒してしまうなんて、夢にも思わなかったけど……」
「凄いでしょう?」
「ええ、本当に凄かったわ。凄すぎて何も言葉が出なかった……」
「ん……私を撫でるの楽しいですか?」
「ええ、この押さえつける度にピンと起き上がるアホ毛がちょっとクセになってる」
「ポンズー!」
「きゃっ!? あっ、私の頭は……」
「……刺されました。痛いです」
「ごめんなさい。気をつけてね本当に……友達が私のハチに刺されて死ぬとか洒落にもならないわ。ほら、薬塗るから手を出して」
「毒は効かないので大丈夫です。薬も効きませんが」
主人の頭に触れようとした相手を自動的に迎撃するとは、やはり良いボディーガードですねポンズの帽子に隠れているハチたちは。私でなければ痛いでは済まなかったところだ。
ポンズの念能力も、やはりこのハチさんたちを活用したものになるのでしょうか? 私のような耐性持ちにも通用するように、ハチ毒にプラスアルファで何か特殊な操作能力を加えるとかしても面白そうですね。
「凄いわこの子、痛みに泣きながら私の能力を考案してる……本当にごめんなさい」
……いいですよ、帽子に潜むハチの存在を失念して貴女の頭を撫でようとした私が悪い。
私が……悪い。
「ほら、帽子取ったから……好きにしてちょうだい」
……あっ、ポンズも良い髪質していますね。歳上の人の髪に触れたのは初めてなので、ちょっと不思議な感じですが……なるほど。
「ん……私も小さい頃以来ね。こういう感覚は」
ポンズが私の髪を撫でたくなる理由も少しわかりました。私は撫でられる方が好きですが、撫でる側に回るのも悪くないですね。
孤児院の子供たちのことも、もっと撫でてあげた方が良いのかもしれない。
「……大丈夫かしら、孤児院の子たちの将来」
さて──思わぬ反撃を喰らい、体感的には正直ハンター試験で受けたどの攻撃よりも今のハチアタックの方が痛かったですが、私もエクセルスス・ログレス号も大海魔相手には流石に無傷では済みませんでした。
それも仕方ありません。本来ならばあれほどの怪物、討伐するには精鋭のシーハンターを大隊規模で用意する必要があった筈でしょうし。
私自身、大海魔の全貌が確認できる距離まで近づいた時、内心「うそっ……こんなに大きいのですか……っ?」とビビっていました。
50m級のサイズとは聞いていましたが、実際に近くで見るとそれ以上に大きく感じたのだ。
それも、私の船より数倍大きな軍艦を玩具のように蹂躙していたのだからなおのことである。私たちより先行していた軍艦チームがまさに襲われている最中だったのは想定外でした。
そうなれば彼らが襲われている隙に逃げたらどうか……という声も皆さんから上がっていましたね。人道には反するが、確かにそれも現実的な選択肢ではあるだろう。
しかし、私の頭にははじめからその選択肢は無かった。
『子供の頃──僕は正義の味方になりたかった』
ええ。
やると決めたならば、最後までやり抜く。それが、私が彼の背中から今も学び続けている大切な信念だから。
それに……大海魔の威容には確かに驚いたが、それでもゾルディック2人にキリツグの命が狙われた時ほどの恐怖は無かった。
その事実に気づいた瞬間、私は繊細な自分の肝も随分太くなったと苦笑したものである。
「繊細……?」
「何故そこで疑問符を浮かべるのですかポンズ!」
「いや、結構図太いと思うわよログレスちゃん」
……そうでしょうか。
こう見えて、私は結構傷つきやすいのですけどね……それこそほんの少しの間
「ログレスちゃん……」
そんな私が図太く見えたほどにまで、貴女たちとの出会いはこの心の空白を埋めてくれたということなのでしょうね……ありがとうございます、ポンズ。
「何よ改まって……仲間ってそういうものでしょう?」
「……そうですか。ええ、そういうものなのでしょうね」
「私たちは貴女に頼りきりだったけど……それでも貴女が私たちをそう思ってくれていたのは、嬉しいわね」
「当然です。私の方こそ、特にポンズには着替えを見張ってもらったり助けてもらってばかりでしたから」
「……真っ先に出るのが着替えの見張りなのは複雑ね。確かにお互い助かったけど」
貴女たちがいたから、私は聖剣を握る手にも自然と力が入った。
大嵐の海上を全速前進で突き進んでいく海賊船の甲板に、私は巨大な怪物の姿を見据えながら仁王立ちしていた。
そしてそんな私の周囲には、吹き荒れる暴風が度々運んでくる数多の飛来物や大海魔の攻撃に備え、キルアたちが待機している。
さながらキングを守るチェスのような配置ですね……私は王ばかり先行させてしまうきらいがあるので、そういったボードゲームはあまり得意ではありませんが。
しかし彼らのようなナイトが周りを囲んでくれているだけでも、私にはとても心強かった。
これまでの人生で最大の一撃を放とうというのだ。その為には「硬」のようにオーラを聖剣に集中させる必要があり、そうなると必然的に肉体の守りは薄くなる。
それでも鎧部分なら多少は平気だが……構造上剥き出しになっている肩や背中、暴風でちょっと捲れて露出してしまっていた腿などはその限りではない。海のゴミや魚などの飛来物がうっかりぶつかりでもすれば、それだけで私の集中力は途切れ技は不発に終わってしまうところだった。
大海魔の攻撃などはもってのほか……そこで頼りになったのが貴女たちの存在です。
ポンズにも、ハチが飛べない環境で無理を強いましたね。
「……いや、あの時はどう見ても、1番無理しているように見えたのは私たちの先頭に立ってずっと剣を構えていた貴女よ。だから、船のみんなも必死になったのかもしれないわね……」
そうだったのですか?
聖剣に力を溜めていた時の私は、途中から超集中時のトランス状態に入っていたので気づきませんでした。
……確かに、終わってみたら肩とか腿とか、切り傷だらけでしたからね。ビノールト試験官の念能力と私自身の回復力の賜物か、今ではすっかり元通りですが。
ほら、見てくださいポンズ! 腿にももう傷一つ残ってなくて、元通りすべすべですよ!
「……女の子同士でも、そうやってたくし上げて見せつけるのはどうかと思うわログレスちゃん」
「そうですか……確かにはしたなかったですね」
「……だけど水着の時も思ったけど、本当に綺麗な肌ね貴女の脚。不思議だわ……あんなに前で戦っているのに」
「オーラは自己治癒力の強化にも使えますからね。そういう分野が得意なのは基本的に強化系になりますが、私の場合は体質に恵まれていたようです。筋肉は付かないのに回復力は高いのですよね」
しかし嵐に傷ついていく私の姿が船員たちの心に奮起を促していたのであれば、思わぬ収穫といったところか。
確かに私が戦うと告げてからは泣きべそを掻いていた者たちも、気づけば「やってやるお!」「やるしかないだろ!」「フン……白百合の騎士姫がこんなところでやられるわけねぇか……」と必死で作業をこなしていましたからね。面白い男たちです。
そんな彼らの姿を見ていると、私もらしくなく感傷的になったものだ。
『貴方にも、色々と苦労をお掛けしましたねネオニコル。申し訳ありません』
『いいえ──貴女こそ、ボクの王だ。貴女に仕える。貴女に尽くす! どうかボクを導いてほしい! 同じ夢を見させてほしい!!』
『え、ええ……』
ネオニコルなどは死を間近に感じたせいか、振り切れたテンションで大切なパソコンを吹っ飛ばしてそんなことまで言っていましたし……ちょっと熱量が凄くて、びっくりしてしまいました。
「……アレってやっぱり、そういう意味だったのかしら?」
「? どういう意味だったのか、わかるのですかポンズは。私を騎士王と認めた以外に、何か違う意味合いでも?」
「……ごめん。私からは言えないかな」
「変なポンズです」
この華奢で儚げな容姿が、自分で思っていた以上の心労をかけてしまったことは……少し申し訳なく思いますが。
まあ、私はかわいい騎士王さんなので。
私の威光を前に皆さんが多少挙動不審になる程度のことは、実害が無ければ許容しています。
「……良いのかな許容して……」
それに──そのような勘違いでも皆の心が1つになったからこそ、私の「鞘」も応えてくれたわけですしね。
やはりそういう人との縁は大事にした方が良い。キリツグが「孤独にはなるな」と言っていた理由も、今ならわかる気がした。
『
是は、勇者と共に臨む戦いである──承認。
是は、心の善い者との戦いではない──承認。
是は、誉れ高き戦いである──承認。
是は、生きるための戦いである──承認。
是は、己より強大な者との戦いである──承認。
是は、人道に背かぬ戦いである──承認。
是は、邪悪との戦いである──承認。
是は、世界を救う戦いである──承認。
八拘束の解除を確認。第二段階解放』
それが、私の念能力の新たな「目覚め」だった。
【
──瞬間、既に展開されていた「白百合の聖鎧」が「騎士王の聖鎧」へと切り替わり、私の全身に換装されていく。
……良かったですね、あの鎧。
第一段階のドレスアーマーのデザインも気に入っているが、第二段階に至った際に展開されるあの鎧は、今までよりも「騎士」としての要素が強く出ていたと思う。
キリツグから貰ったこのリボンと同じロイヤルブルーを基調とした配色で、露出度もまた白百合の聖鎧と打って変わって少なくなる。
その分全身の防御力は上昇し、この時のように聖剣にオーラを集中させている際にもある程度の守りが担保されていた。
まさに、これから放つ大技の為に纏ったような鎧である。
欲しかった部位の守りをことごとく補ってくれた新たな装甲に対し、私は深くそう感じたものだ。
やはり良い子ですね! 私の
『束ねるは、星の息吹──』
──暴風が収まる。
辺りが急に静かになったことに一同は息を呑んでいたが、それは嵐そのものが止んだわけではない。
私が周辺の風の流れを支配し、聖剣の刀身に向けて束ねていたのだ。
『輝ける命の奔流──』
嵐を糧に輝きを増していく聖剣が、金色の光を放ち闇を祓う。
小さな恒星の如き光点に気づいた大海魔がこちらの存在に気づき、攻撃の標的を軍艦から私に替えてその触手を振り下ろそうする──が、一手遅かった。
私の船から砲弾のように発射された雷光の一閃が、その触手の先端を鮮やかに切り落としたのである。
私ではない──キルアだ。
キルアが自らの念能力を発動し、その身に雷光を纏いながらまさしく電光石火の一撃を繰り出したのである。
『……今はまだ、このぐらいが限界か。それでも、前より明らかに踏み込めてる……やっぱあの針、俺を弱くしてたんじゃねーかクソ兄貴!』
あの年齢でオーラを電気に変える、恐ろしくも哀しい天才児──そんな後の世で歴史に名を残すこと間違い無しの英傑まで協力してくれたのだ。
……であれば、所詮1つの海を我が物顔で跋扈している程度の大海魔など、我々の敵ではなかった。
『ログレス!!』
『ロード!!』
『アネゴ!!
『陛下!!』
『ログレスちゃん!!』
行け──声を上げずとも、皆の想いはしかとこの胸で受け止めていた。
故に、この腕に光をかざした私に躊躇いは無かった。
『受けるがいい──』
輝ける聖剣を振り上げた私は、高らかにその名を唱える。
『
振り抜いた剣から奔り出た破滅的な光の暴流は、まるで海を疾走する黄金色の龍のように我が道を傲慢に突き進み──巨大な軍艦を覆い潰そうとしていた大海魔の身体を一瞬にして焼き尽くすなり、光の柱となって天へ昇っていった。
反撃すら赦さなかった──完膚なきまでの決着である。
頭上の空を覆っていた一帯の雲が光に弾き飛ばされ、我々の振り仰いだ先に澄み渡る「青」が広がっていく。
そこから神々しく差し込んでくる淡い朝日の光が、今の時間が夜明けを迎えたばかりの明朝であることを私たちに報せてくれた。
『……あ……綺麗な虹です。私の方が綺麗ですが』
その時の空に架かっていた虹の円環が、これがまた絶景でしたね。
一仕事を終えたばかりの私としても、この上無い達成感と充実感がありました。
『……ツッコむところですよ、ここは。何も言われないのは寂しいのですが、皆さん』
今しがた聖剣が切り拓いた奇跡──信じがたい光景に、船から見届けた一同は言葉も無く愕然としていた。
キルアがいたら何か言ってくれたと思うのですけどね……残念ながら彼は大海魔の触手を切り落とした際に、その勢いに乗じて軍艦の方まで飛び移っていたようだ。
私の船から軍艦まで300mは離れていたと思うのだが、その距離を一瞬で移動してみせた彼の能力は凄まじいに尽きる。
私が軍艦に向かって手を振ってあげると、彼は左手であちらの受験生を担ぎ上げながら、右手でサムズアップを返してくれた。
ともかく海に落ちていなかったことに安堵した私が、ホッと息を吐きながら振り向いた先で認めたポンズたちの雰囲気は──それは不気味なほど静かというか、目の前の出来事を現実と認識することを放棄しているような……夢見心地な様子に見えたものだ。
私はそんな皆さんに対し、努めて穏やかな笑みを浮かべて告げたものだった。
「おはよう」
単純で当たり前の言葉ですが、その日のように慌ただしい朝になるとつい忘れがちになりますからね。
頼みもしていなくとも、朝はこうしてやって来る。剣をしまった私はそっと、深く深呼吸して心を落ち着けた。
1日の始まりを告げる何の変哲もない挨拶こそを、これからも大事にしていきたいものです。
──うん。今日もいい日差しですね、キリツグ!
(生きているのに何故か青空に浮かぶキリツグの遺影)
この話を書く為に軍艦島回とZeroを見返しましたがやはりどちらも名作ですねキリツグ