正義の味方になりたかった系ハンターのエミヤ=キリツグだ 作:GT(EW版)
特質系能力者に起こり得る失敗の1つとして、自分自身が仕様を理解していない「発」を作ってしまう事例があるとキリツグは語っていた。
それはその者が「念」について熟知している歴戦の使い手であっても起こり得ることで、言わば「才能の暴発」といったところか。特質系特有の習得率の高さと能力者自身が自覚していなかった深層心理が偶然噛み合った結果、前準備不十分のまま新しい能力を習得してしまうというものだ。
……特質系能力者である私がこう言うとイヤミのように聞こえてしまうかもしれないが、全系統に適性があるということは利点であると同時に、念能力者として致命的な「自分自身への迷い」が生じる要因にもなり得るのだ。
また、全ての系統能力を100%の精度で習得できるからと言って、能力者自身の
他の系統よりも提示される選択肢が多いからこそ、その分だけ誘惑も多くなる。何より問題なのは能力を作った後で「他の能力にすれば良かった」と後悔することであり、念能力者が自分の選んだ念能力に自信を持てないことは己の成長性を最も削ぐ愚行だという。
何でもできるからこそ、何をしたいのか明確にしておかなければならない。
特質系能力者だけに限った話ではないのかもしれないが、常に求められているのは最強の自分──誰に何を言われても動じない究極の自我なのではないかと私は思う。
尤も……
『僕はね──本当はもっと、強くて頼りになる高潔な念獣を作りたかったんだ……神話に語られる、英雄様みたいな奴をね』
キリツグ自身、「
それを聞いた私は、そんな彼の横で膝を抱えて座り、こう言ったものだ。
『ああ、やっぱり失敗能力だったんですか。ふふっ……キリツグにもそういうところがあったんですね』
安心した──地平線から昇っていくまばゆい朝日を眺めながら、彼の口癖を真似するように言った私の頭を「コラッ」と小突いてきたのも、この頃の話だったか。
ええ、誰にだって失敗はある。その失敗が思っていたほど悪いものではなく、なんだかんだ受け入れてしまうことも──ある。
──何度も足を滑らせ何度も獣に襲われ、何度も転がり落ちながらやっとの思いでたどり着くことができたその景色を……私は今も、憶えています。
「練」の修行に取り組む筈が、成り行きで「発」を開発することになった私は、いざ冷静に振り返ってみると勢い任せにやり過ぎてしまったのではないかと反省した次第である。
基本的に、一度作った念能力は二度と作り直すことができない。目先のパワーアップに囚われて自らの適性に合っていない能力を作ったら最後、能力者は一生それと付き合っていくことになるのだ。
だからこそ私も、我が聖剣【
元より一連托生の身だ。どの道剣を失った私はちょっと強い普通の女の子に過ぎないので今までと変わらない気もする誓約だった。尤も、キリツグにこの誓約を知られた時は厳しめに怒られたものだが……思えば彼が大声で私を叱ったのは、あの時だけだったか。
自分だって一発撃つ度に肋骨を失う制約を必殺技に付けている癖に……まったく理不尽なマスターである。
──さて、そんな「発」を習得した際に改めて思ったのが、「纏」「絶」「練」の重要性だ。これら自体が心身に破格のパワーアップ効果をもたらす技能であることを忘れてはならず、何ならこれを極めた達人は基礎の応用だけで大概の「発」を再現することができるらしい。
『僕の同期のハンターには、そういう天才がいた。基礎の習熟こそが最も強力な武器になるという典型例だね。まあ──才能って奴だ』
基礎が基礎として扱われる所以であろう。だからこそ、それを疎かにしたまま「発」を作れば「それなら練の精度上げた方が強くない?」「実物の武器にオーラ込めた方が早くない?」「カウンター型の操作系どうすんの?」「HB振り強化系で詰まないか?」「銃でやれ」とせっかくの能力がパッとしない扱いを受けることになるのだという。
逆に言えば、基礎を高めさえすれば「発」で攻撃力に拘る必要も無くなり、体力回復や陣地作成といったサポート性能に特化した「発」も選択肢に入るということだ。
キリツグが語るには、ベテランハンターの間では寧ろそちらの方が多数派であり、人殺しにしか役に立たない能力の方が珍しいのだそうだ。
その点で言えば私の【
無論、私自身としてはこの能力を作り、名を定めたことに後悔は無い。私の名前から一部拝借しているのもこだわりポイントです。
マスター・キリツグも最初は呆気に取られていたが、最終的には「慎重に吟味するのも大事だが、念能力にはそういった直感も大事だからね……僕は、とてもいいと──思う」と太鼓判を押してくれたものだ。
そもそもの話、私の場合「発」は「選定の剣」に触れた時点でほとんど出来上がっていましたからね……この時私が行ったのは、命名による定義付け程度のものだった。
……なので、ここまで自分の念能力が色々と連鎖的に目覚めてしまったのは、私からしても完全に想定外だった。何ですか
『だが……君に合っていると思う』
……ありがとうございます。
しかし、それはそうと私の【
この白百合のようなドレスアーマーも能力の一部なのだとは直感的に理解しているのだが……もしかしたらアレか、私自身の深層心理が抱えている「理想の王」の想像図か何かが作用したのだろうか?
──まあ、見た目は良いのです。肝心なのは鎧の性能だ。性能さえ良ければ、大概の不満は呑み込める。
デザイン面に関しては既に申し分無いですからね……下に穿いていないのは私自身の問題ですし。
『っ……』
『どうしたリリィ……じゃなかったセイバー……じゃなかったログレス?』
……自爆しました。意識すると駄目ですね……風のように受け流さなければ。
ええ、今は修行に集中しなければならない時……キリツグは良い大人ですし、コトミネキレイは念獣。仮に見られたところで何です、自意識過剰は人として恥ずべきことだ。
…………それでも流石に、流石に、いい加減もう進言しましょうかね……? キリツグ、私の下着のこと完全に忘れていますし、あちらから切り出すのを待っていたら永久に穿けなくなってしまいそうです。
『何か、言いたいことがあるのかセイバーじゃなかったログレス』
『……いえ』
いえ、じゃないです。どうしてそこで退いてしまうのですログレス!
……しかし、それはそうとこの鎧は良いものだと思った。
以前何者かに着せられた白いドレスにも似たこのドレスアーマーは、私の能力で具現化されただけあって明らかに実物の鎧よりも機能性に優れている。肩から背中まで露出度は高いが、オーラによる作用か何の肌寒さも感じない。
胸当てをカツンと軽く叩いて感触を確かめてみると、金属部は見た目通りの硬度を誇っていることがわかり、傷がついたとしても私のオーラで再生成すれば元通りの状態に復元できる。
特に現実離れしているのが質量の軽さである。金属部からは「練」を使用している状態でなくても布地と同程度の重さしか感じず、軽く大地を踏みしめただけでも木の高さより大きな跳躍が可能だった。
着地の際にも大きな物音を立てることがなく、これならば隠密行動にも支障無いだろう。
すなわち、この聖なる鎧は防御力はもちろん、身軽さも兼ね備えたマジックアーマーだということだ。
そしてこれは気持ち程度の変化になるが──鎧を着ている間、私自身のオーラの質が普段よりも充実している気がした。
『キリツグ、これも私の能力によるものなのでしょうか!?』
『知らん……何それ……それは、僕に聞かれてもわからないことだ』
それはそうだ。
私の能力のことを、私がわからなければ誰がわかるのだという話である。
具現化した装備に何らかの能力を付与するのは具現化系能力者なら当然のことだ。しかし私にはこの鎧がただ装備として優秀なだけなのか、鎧自体に身体強化のような機能が付いているのか図りかねていた。
後者の場合、私のメモリが意図しないところで圧迫されていることになるため要検証である。
『私の目には単なるプラシーボ効果に見えるがね、無防備なる騎士王よ』
『……ああ、外から見る限り、オーラの総量が変わっているようには見えない。ただ、オーラの調子の好悪は、肉体だけじゃなく
『なるほど……たかが思い込み、されど思い込みということですか』
確かに能力発動時に衣装が切り替わると、気持ち的に上がりますからね。昔、偶然拾ってこっそり視たことがあるナントカ旅団の演劇「カタヅケンジャー」のビデオを思い出す。私とて変身するヒーローヒロインというものには感動を与えられた身である。
キリツグの立てた仮説を素直に信じた私は、次にこの度新たに生まれ変わった我が聖剣【
聖剣が虚空を掻いたその瞬間、目の前の大岩が真っ二つに裂ける。
『んぬ!? 殺す気か小娘!』
『すみません、外しました。じゃなかった……当てそうになりました』
たまたま近くにいた念獣を巻き込んでしまいそうになったのは、一応わざとではない。「練」を使っての素振り、それも聖剣による一閃が私の予想を超えて鋭すぎたのである。
十三拘束の内たった3つ外しただけでこの切れ味とは、我が能力ながら「聖剣化」とは凄まじいものだと冷や汗を垂らす。或いは「選定の剣」という素体がそれほど優秀だったのか……初めて握った感触としては、エクスカリバーの名に負けない威力を感じた。
さらに──聖剣を両手で構え直し、今度は前方に向けて大振りの「突き」を繰り出す。
瞬間、聖剣の刀身から暴風の渦が解き放たれ、10m近く先まで聳え立つ木々を薙ぎ倒しながら地面を抉り取っていった。
……やりすぎました。倒してしまった木々は炭や建材として売りに出せないか相談するとしましょう。
『……それも、アヴァロンの能力かい?』
『いえ、これは念弾のようなものです。「練」をした時、私のオーラが風を発していたことが気になり……試してみたらこれも「発」かもしれませんね』
『ああ……こっちはシンプルで良い「発」だな……【
『──!? 天才ですかキリツグ!』
こちらは偶発的に生み出された「発」ではなく、思惑通りに効果から仕様まで構築した技になる。初めて「練」を使った時や水見式を行った時から何となくできるのではないかと思っていたが、今それが実証されたわけだ。
どうにも私のオーラは「風」と親和性が高いようで、ただオーラを集中させるだけで突風のような現象を引き起こせることがわかったのである。
生まれ育った環境も暴風雨が多く風が強い地域でしたからね……日常的に強風を受けていた私は、その特性を自然と活かせるようにと思考が寄っていたのかもしれない。
そこからブラッシュアップして作り上げたのが放出系、変化系能力の発、【
聖剣に圧縮したオーラを暴風として放つ、視覚的にもわかりやすいシンプルな「発」だ。制約としては聖剣を携えた状態でなければ発動できず、一度放ったら「鞘」に入れ直さなければもう一発放つことはできないといった程度の条件でも成立した。基本一発限りの「必殺技」として扱うならば、十分な完成度だろう。
念弾型の放出系能力は銃器と比較されることが多いが、私のこれは範囲、威力共にハンドガンを遥かに上回る。連射性こそ劣るものの、剣士である私が飛び道具として扱うには十分なメリットがあった。
それに……私の場合、そもそもの話、銃器は手軽な武器ではないのである。
この前護身術としてキリツグから貸してもらったハンドガンを試したことがあるのだが、結果は散々たるものだった。
多感な私には硝煙の臭いも鼓膜を揺るがす発泡音も手首を振動させる反動も気になって仕方がなく……一発試射しただけでも思わず変な悲鳴を上げて尻餅をついてしまうぐらいであり、致命的なまでに体質に合わないのがよくわかった。痛みにはそれなりに耐性あるんですけどね私。ああいうのはどうにも苦手です。
もちろん撃った銃弾は明後日の方向に飛んでいったもので……キリツグから無言で銃を取り上げられ、コトミネキレイすら真顔になるレベルでお話にならない始末だった。
ですが……私にはエクスカリバーがあります。私は
『悪くない発想だ……オーラを風に変化させる能力は、使いこなせば今よりも応用が効くようになるだろう。たとえば風によって光の屈折率を組み換え、敵からその剣を見えづらくしたりとかね……』
『──! 面白い発想をしますね、キリツグ。「隠」を使えるようになれば事足りるような気もしますが、蜃気楼で敵の目を欺くというのは多彩な戦術で役立ちそうです』
得物の形をわからなくするというのは「絶」の応用技である「隠」でも可能な技術だが、「隠」は目にオーラを集中させる「凝」で見破ることができるのに対し、蜃気楼による錯覚であれば視認こそできても完璧な把握は難しくなるだろう。何なら「隠」との合わせ技でさらにもう一段階見えにくくすることができる筈だ。
それに、「隠」は高等技術。戦闘中にこちらのオーラ配分を崩すことなく武器を隠し続けるというのはあまり現実的ではない。……そう思うとありなのでは? 蜃気楼による武器の隠蔽。
見えなくする……それができればこのスカートの中身も……いえ、そちらの考えから離れましょう。
一旦ステイするのです。こういう時は一旦stay nightと言うのでしたねマスター。
──しかし、一度相談しただけで湯水のように具体案が出てくるキリツグの発想力には驚かされる。
これもベテランプロハンター故の経験なのだろうか? 私など風に変換したオーラを靴に纏わせることでジャンプ力、加速力の増強に利用する程度の発想しか思い浮かばなかったものだが。
それに、何と言っても彼はネーミングセンスが良い。私はこのストライク・エアを「虚空剣」と書いて【
『マスターはその風による隠蔽に名前を付けるとしたら、どのような技名が良いと思いますか?』
『そうだね……「風王結界」と書いて、【
『負けました……キリツグ。何ですかそれはカッコ良すぎます』
『……これが、おこがましさという奴か』
『?』
私もこう見えて実は負けず嫌いなのだが、彼との名付け対決ではあっさりと完敗を認めたものである。
解せないのはそんなキリツグ自身の技名が「ンンッ!!」と書いて【
だが、それはそれとして声に出すととても気持ちが良いのはわかる。
私も加速を付けて走り出す時にはたまに言いますよ? タイムアルター、ダブルアクセル! んんっ──!
──はい。
そのようにして私が「発」を開発して以降、しばらくの間山に籠ってマスターと順風満帆な修行生活を過ごしていたが、もちろん課題は山積みであった。
オーラ総量については早々に太鼓判を押されていた私ことロード=ログレスだが、そんな私にも致命的な弱点があったのだ。
そしてそれは、私自身も重々理解している。
『人間離れしたオーラから放たれるお前の一撃は、確かに強力極まりない。だが使い手の地力が伴わなければ宝の持ち腐れだ。今のままでは、格上の相手には一切通じんだろう』
『……言われずとも、研鑽を続けるつもりです』
上半身裸の姿で後ろに立っているコトミネキレイの小声に対して、私は振り向くことなく不貞腐れた態度で言い返す。
何故彼が今そのような格好をしているのかというと、彼の身をサンドバッグもとい組み稽古の相手として技を掛けた際、私がうっかり服を斬ってしまったからである。
……もちろん、事故です。
わざとではありません。中途半端に避けたあの男が悪い。ごめんなさい。
強靭に鍛え上げられた成人男性のような雄々しい筋肉は、念獣の癖に無駄に作り込まれている……正直、目の毒だ。
私はそんな彼の姿から目を逸らすようにそっぽを向くと、この日もキリツグから言い渡された次のメニューを待っていた。
──自慢ではないが、昔から剣の腕には自信がある。
これでも「選定の剣」の担い手となるように生まれた頃から英才教育を受けてきた身ですからね。念無しで岩を斬ることはできないが、木から降り落ちてきた葉っぱを綺麗な二枚葉にスライスするぐらいの芸当はできる。
だが、その程度の曲芸ができる程度ではまだ、私はコトミネキレイの要求する達人レベルには至っていないだろう。念能力の完成に浮かれる気持ちは、自制しなければならないと思った。
『いや……お前は今でも結構な達人だと思うよセイバー』
『まだまだです!』
ええ、まだまだ理想の剣技には程遠い!
それこそかつて私が拾ったビデオでこっそり視たカタヅケグリーンの必殺剣には、精度も威力も遠く及びません。思えばあの役者の方も念能力者だったのでしょうか……?
そんな私が聖剣を完全に扱いこなせるかと言うと、悔しいがコトミネキレイの言う通りである。「念」を覚え、四大行を扱えるようになった程度では所詮付け焼き刃。キリツグレベルのプロハンターからしてみればまだ脅威とも認識されないでしょう。
『カタヅケグリーン……? ──ああ、そういうことか。確かに奴と比べたら、まだまだかもしれないね……』
……そう言えばあの役者の名前、キリツグたちジャポンの人間と発音傾向が似ていましたね。確かノブ……ノッブ?でしたか。彼ももしかしたらこの国出身の者なのかもしれない。
何はともあれ、「発」を習得したと言えど先は長いということだ。以前キリツグが言っていた通りである。
故に──私はそれからも鍛錬を続けたし、マスター・キリツグもそれに賛成してくれた。四大行の基礎鍛錬は毎日欠かさず行い、頃合いと見ればオーラの攻防力移動のような応用編にも入った。
最高に高めた精神で、最高の剣技を目指す──因習村にいた頃には味わえなかった、ドーンと来てガシャーンとやられる毎日に、私のオーラがエキサイトしているのがわかった。今日もカレーライスが美味しいですキリツグ。
こんなこの世全ての美味を集めたような料理がキャンプの定番とは、私の知っているキャンプとは何もかもが違って恐ろしくさえ思った。おかわりください。
『ああ──好きなだけ食べるといい。僕も教えるのが楽しくなってきたよ……弟子の呑み込みがここまで早いと、僕もうかうかしてられないな』
『ふっ……師が弟子を鍛えるように、弟子もまた師を鍛えるということだなエミヤ=キリツグ』
『お前は……コトミネキレイッ!』
『確かに奴のオーラの大きさは凄まじいと言うほかない。まさに王の覇気と呼んでも過言では無いだろう。既にオーラ総量だけなら、お前のそれを遥かに上回っている』
むふー。あっこの福神漬けも美味ですね。
『それは当然だろう? 何たってログレスは最強の剣を手にしたんだ。そうとも……僕の弟子はサイキョウなんだゴドミネギレイッ‼︎』
『弟子も弟子なら師も師……念能力者殺しの目も曇ったものだなエミヤ=キリツグ』
何だと?
『何だと……お前に何がわかると言うんだコトミネキレイッ』
いつものことながら、修行明けの夕ご飯の和やかな空気に水を差すような念獣コトミネキレイの言葉に眉を顰める。
この男、今日の組み稽古で私にズタボロボンボンにされたからと僻んでいるのだろうか。神父の格好をしている癖に器量の小さい男である。
『ならば貴様にもわかりやすいようにはっきり言っておこう──この娘、オーラは凄まじいが基礎体力はからっきしだぞ』
……そうなのである。
この点に関してはコトミネキレイの毒舌にも返す言葉が無かった。
『……からっきしと言うほど酷くはない。ああ──念抜きでもログレスは都会のハイスクールに通っている運動部の子たちよりは、数段上だろう』
『マスター、フォローはありがたいですが流石に苦しいです……』
その普通のハイスクールに通っている運動部の少女というものを私は知らないが、会話のニュアンスとしてキリツグたちの生きる世界とは一切無縁の平凡な人々のことを言っているのだということは何となくわかった。
私とて、剣の腕には自信があります。目も良いし反射神経にも自信がある。自分の身体の使い方を感覚的に理解している私は、念無しでもそこらの暴漢が1人や2人程度ならあしらえる自信はある。
……だが彼らが自分に要求しているのは、そういう次元ではないのだ。
『ならばエミヤ=キリツグ、仮にこの娘が念無しでハンター試験を受けたとしよう。さて、どこまで行けるかな?』
『……試験会場にもたどり着けないだろう。そのレベルになると、まだまだフィジカルが足りなすぎる』
『そういうことだエミヤ=キリツグ。この娘の価値に気づき、手篭めにしようと動くような輩は最低でもそれと同レベル以上の相手になる。無論、そのような有象無象、「念」を使えば物の数ではないが……「念」頼りの肉体では、体力が切れた時がこの娘の最期であろうな』
『……笑えない仮定だな』
『いえ、コトミネの言う通り……念を使っていない時の私は、ちょっと強い普通の女の子です。長丁場でオーラを消耗しすぎたり意識外から不意打ちを受けるようなことがあれば、この身は念能力者でない相手でも容易に組み伏せられてしまうでしょう』
それが私の単純かつ明解な弱点である。
念の存在は人間に人を超えた力を与えるが、人を超えた存在になれるわけではない。ましてや私は特殊な訓練こそ受けてはいたものの肉体は年齢相応の少女に過ぎない。故に素の身体能力はハンタークラスどころかハンター志望の受験生にすら遠く及ばなかった。
『見た目は年齢相応の子供でも、幼い頃からクマと組み合える人間もいるんだけどね……お前は、そういうタイプじゃないようだ』
『そんな子供もいるのですか……やはり凄まじいですね、外の世界は……』
キリツグの冒険譚を聞いてから外の世界に対する憧れが着々と強まっている私だが、思っていた以上に魑魅魍魎が跋扈している事実に改めて戦慄を覚える。
そんな私にキリツグは何と言ったら良いものかと、言葉を選んだ様子で言った。
『……本当は念さえ覚えていれば……いや、まともな町なら覚えていなくても十分暮らしていける世界なんだけどね。僕もコトミネキレイも職業柄裏の世界を知っているからこそ、慎重になっているのは──ある』
色々と気を遣いすぎる人だと思う。いや、そんな人間だからこそ、彼は「正義の味方になりたかった系ハンター」を名乗っているのかもしれない。
彼本来の仕事はとっくに終わっており、私に対する責任も既に取り過ぎなぐらい果たしている。養子にしているわけでもないというのに、彼の修行は私の身体をいつも気遣っていたものである。
しかしそれは、まるで「ログレスは女の子だから戦ってはいけない」とでも言うような過保護な方針に思った。
『キリツグ、私は……もっと鍛錬の強度を上げていただいても、大丈夫ですよ? もっと、やれます』
彼の思う通り、私本来の地力は弱い。
だからこそ彼はどこか、私の体調をガラス細工を扱うように丁寧な配慮を心掛けているように見えた。修行の内容もオーラの扱いを重視してきたのも、私を傷つけないようにしている為だということは修行1日目時点でもわかっていた。
だから私は──人よりほんの少しだけ負けず嫌いな私は思ったのだ。強くなりたいと。
『……確かに今のままだと隙だらけだけど、それでもお前ほどのオーラ量があれば基礎体力の低さなんてどうにでもなるだろう。絶の状態で銃弾を頭に浴びれば、一発で死ぬのはみんな一緒──だが、最低限鍛えておいて損はないのも確かだ。つくづく、教える順番があべこべになるな……』
彼にとって私は、生徒として相当に悩みの種だったことだろう。
力自慢の子供が地元で負け知らずになり、その子供が屈強な大人へと成長し、その大人がハンター試験を受け、合格し、そこで初めて念能力を学びオーラの修行に取り組む──多くのプロハンターたちが通る正統なルートに対して、私が通った順番はまさに正反対だった。
普通ならばまず最初にオーラの下地である肉体を鍛えることでオーラ総量を高めていくところを、因習村での暮らしは筋力を鍛えるよりも忍耐力や精神鍛錬に特化していたである。
それ故にその村の最高傑作とされていた私は、並外れたオーラ総量を持ちながら肉体はちょっと強い普通の女の子でしかないというアンバランスさを引き起こしていた。
そんな私が自らの課題に対して向き合いたい旨を告げると、キリツグは深く息を吐いて私の目を一瞥した後、後方に向かって振り向きながら言った。
『──ログレス、町に行こうか』
唐突な、切り出し方であった。
その視線の向く先には、標高2000mを超す山岳地帯の景色が見える。このキャンプ地の近くに人の集落は無かったが、活火山が多く麓には人が入れるような温泉が何カ所かあったのは私としてもありがたいところだった。
そんな環境であったからこそ、多感な私も山篭もりの修行でストレスを感じることは無かったし一日を終える頃には修行で流した汚れをさっぱり洗い流すこともできた。
尤も「発」を習得してからの私は、水見式で浄化した水を被ったりするだけでも結構身奇麗になっていたのですけどね。ついでに風に変化させたオーラで気吹きも行えば手拭い要らずである。「念」の修行と美容を兼ねた一石二鳥の妙手には、我ながら恵まれた才能だといきり立っていたものだった。
──だが、それはそれとしてこのキャンプ地だけで日常の全てが完結していたわけではない。無論、キリツグの屋敷にいても同じことだ。
あの山の向こうに広がっているという「町」の存在に兼ねてより興味のあった私にとってそれは、「何故このタイミングで……?」と怪訝に思う気持ちはあれど渡りに船の提案だった。
『──! 良いのですか?』
「私の聞き間違いではないですよね!?」と、焦った私はキリツグの袖をぐいっと掴むと、その勢いのまま詰め寄って彼の顔を間近に見上げながら聞き返す。吐いた言葉は呑み込めませんよキリツグ。
『ああ──もう夏も終わり頃だし、僕もこの時期には色々買い溜めしておきたいものもからね。バニーガ……僕にも行きたい店が──ある』
『エミヤ=キリツグ、私も例の店に行きたいぞエミヤ=キリツグ!』
『──わかっている。僕もそのつもりだッ』
『流石だなエミヤ=キリツグ』
『……? キリツグも、行きたいお店を我慢していたのですね……私の修行の為に、不便をおかけしました』
『いや……そんなことは全然ないんだけどねぇ……? ──ただ、僕らにも大人の付き合いというものが、ある』
『……そうですね。プロハンターなら、夜の方が忙しいのでしょう』
『ふっ……弟子からの健気な気遣いを背に、己が性の為に夜の町へ赴かんとするこの背徳感……これもまた、愉悦ッ』
『黙っていろコトミネキレイッ』
私が四大行を習得するまでの修行漬けの日々には、師匠であるキリツグもまた疲労が溜まっていたようである。確かにオーラの鍛錬を中心として行っていた私の運動量よりも、自身の日課をこなしつつ私の修行計画も一日中調整していた彼の方が負担も大きかった筈である。
──私に父親という者がいたら、こんな感じだったのでしょうか……
思えばこちらに対して私情や弱みといったものをほとんど見せてこなかったこのマスターは、一体いつ休んでいたのかと疑問に思ったものだ。
私が寝る時間になった時も、夜遅くにコトミネキレイとどこかへ消えていくこともありましたね。
『──気にするな。町に着いたら毎日修行を頑張ってるご褒美に、好きな物を買ってあげよう。食べ物でも新しい服でもね……まあ、服はその能力があれば十分かもしれないけど』
『十分じゃないです! メチャクチャ欲しいです!!』
『そ、そんなに……? いや、そうか……セイバーは女の子だもんな……この国に来てから、そういう要望も何も言わなかったから今のままで満足していたのかと……』
『……確かに普段の浴衣は気に入っていますし、念能力によるこの鎧も金属部を外せば普段着として使えなくもないですが……こんなに色々していただいているのに、頼める筈が無いじゃないですか』
『──すまない。僕の配慮が足りなかった』
頭を下げて謝る彼に、私は申し訳ない気持ちになる。やはり以前私が思い至った通り、私とキリツグの間では認識のすれ違いが発生していたらしい。
キリツグの方は私から何か要望があればすぐに聞くつもりで気を遣って待っていたが、私は私で普段良くしていただいている彼に気を遣っていた。
お互いに待ちの姿勢である。どちらの事情も知っている筈のコトミネキレイがあえて何も言わずに高みの見物を決め込んでいた理由がわかるほどに、私たちは滑稽に見えたことだろう。
しかし、それから私の目を見つめるキリツグの瞳は穏やかだった。
『でもな、ログレス……子供は本来、僕のような大人にそんな気を遣う必要なんて無いんだよ。僕は正義の味方になりたかった系ハンターだ──言いたいことがあったら、何でも遠慮しないで言ってくれればいい』
『…………仰っていることが、よくわかりません……』
『そうか……ならこれからゆっくり覚えていけばいいさ』
『…………』
本当に、私に父親がいたらこんな感じだったのだろうか? ──いや、少し違うような気がする。彼は常に他人への誠意を持ち私のような小娘にも紳士的に振る舞っていたが、本や劇のビデオで視たようなそういう存在とは何となく違う気がするのだ。
私の直感はそう判断しているが、何がどう違うのかはこの時の私にはわからなかった。……今の私にもわかっていない。
──ただ、彼に教え導かれている時間は、私にとって今までの人生に無かった感情を次々と与えてくれたことに、間違いは無かった。
『よし、じゃあ今日中にあの山を越えるぞセイバー!』
『えっ』
『えっ、じゃない。お前が言ったことだろう? 鍛錬の強度を上げていいと』
『ですがもう日が沈み始めていますし、今からあの山岳地帯を越えるのは、とても1日では間に合いません……』
『だからやるのが、僕たちハンターだ』
『──!』
時々──時々? ……いえ、割としょっちゅうだったような気もしますね。
出会ってから半年ぐらいまでの間はそのようにお互いに遠慮し合うこともあったが、共に過ごしていく時間が長くなるほど私はエミヤ=キリツグという男の本来の一面を目の当たりにすることが多くなっていった。
『あっ、「練」と「発」は禁止で……その鎧までは着ていいぞ。防寒具としても優秀なんだろう? これもお前の課題、フィジカルトレーニングの一環だ。──最低限の「纏」と「絶」だけで、あの山岳地帯を超えてみせろ』
『……そういうことなら──やりましょう! 掛かってくるといい!』
『反骨の騎士王よ、頑張れ。フッ……私はエミヤ=キリツグのオーラから、ワインを片手に応援しているぞ』
『あー!? こんな時ばかり消えるなダニ神父ー!』
そして、この辺りの時期から思い始めたのですが──
『さあ──着いてこれるかい? タイムアルター・ダブルアクセルッ! ンンッ!!』
──もしかして私の師匠、ちょっと変なのでは?
【
放出系、変化系能力。風に変化させたオーラを聖剣に圧縮させ、一気に解放するシンプルな「発」。特質系能力者は全系統に適性を持つがログレスのオーラは変化系との相性が良く、これまでの人生による影響も合わさってか「練」の修行を始めた時点で彼女のオーラは無意識に突風を伴っていた。使う度にスカートが際どいことになっていたが、奇跡的に見えなかったのでセーフである。後でコトミネキレイからはそれとなく「お前今の服装の自覚あるの?(意訳)」とマジトーンで小言を言われ例の如く崩れ落ちるログレスだが、彼女も大概別のことに集中していると周りが見えなくなるタイプである。実際、彼女にとってはそれほどまでに成果のわかりやすい「発」の修行は楽しかった。
実際のところ「オーラの風変換」そのものが1つの「発」となっており、【
後にさらなる応用技【
【ナントカ旅団】
正体不明の劇団。
告知も無く世界各地を渡り歩いて公演を開いている謎の劇団。劇団員による臨場感抜群の演技と現実離れした機材の数々がもたらすスリリングなアクションは世界中の子供たちを魅了している。
また、劇場外では暗黒資産家の悪事を暴く義賊としての一面も認知されており、何者にも縛られぬその生き様はまるで空想の世界から飛び出してきた正義の味方のよう。
しかし誰が言い出したのか、団長を務める若き青年には2人の嫁がいるというウワサがひっそりと広まっている。
「クロロは、どんな大人になりたいの?」
「サラサ……僕はね──正義の味方になりたいんだ」
あの時、まるで自分が救われたような顔で君を助けてくれた変な男のように──若き団長はその男の掲げる理想が綺麗だったから憧れたのだった。