正義の味方になりたかった系ハンターのエミヤ=キリツグだ 作:GT(EW版)
海に面した島国であるジャポンだが、陸地には山の多い国でもあり、その数は現在確認されているだけで1万6000を超えるという。
私たちが上陸した村は周囲が幾つもの山脈、山岳に分断されており、最寄りの町へ移るには船を使うか山を越えるかの2択を強制されていた。
自然の防壁によって隔離された村──それ故に、あの村は平穏だったのだろう。私も以前の暮らしからは考えられない穏やかな日々に心が安らぎ、村民のご老人たちのことも好きになっている自分がいた。
皆さん、私が散歩しているといつも美味しい物をくれますしね……この間いただいたリンゴ飴というお菓子も美味でした。
正直に言うと、あの村で一生を静かに過ごすのも悪くないと思っていた。仮にキリツグから「お前は危険だからずっとここにいろ」と言われたならば、私は特に反発することなくそのような人生を選んでいただろう。
──しかし、彼はいつだって私に選択肢を与えてきた。
子供はわがままを言っていい。お前は自由だ。
そして……「ログレスは、どんな大人になりたいんだい?」と。
私には、自分自身の将来というものを思い描くことができなかった。元よりこの年齢までこうして生きていることでさえ、とうに期待していなかった身だ。「王の器」として生かされ、「理想の王」という名の人柱となって死ぬ──そこに私自身の意思など介在しなかった。
故に、そんな私の境遇を理解しているからこそ、キリツグは「焦らなくていい」と笑いながら私の頭を撫でようとして──自重した様子でその腕を引っ込めたのである。
……いや、別に撫でてくれても構わなかったんですけどね私は。
私は多感なので、そんな彼の挙動には最初こそ警戒心から「何をしているのですかキリツグ!」と拒絶し手を振り払っていたものだが、彼が私に危害を加えないことはとっくに理解していた。
だというのにあの男は、それ以来私へのボディータッチを一切控えるようになったのである。私は猛獣扱いですか。
『君の警戒心は正しい。念能力者の中には、相手の身体に触れることを能力の発動条件にしている者もいるボマからね……だから見知らぬ人間が手を伸ばしてきたら、絶対に避けた方が良いボマ』
『何ですかそのふざけた語尾は』
念能力者であろうとなかろうと、普通にセクハラなのでそんなことは許しませんよ私は。
この身を見知らぬ者に触られるなど、あり得ないことだ。
『だけど、その相手が美味しいお菓子やジュースを手渡してきたとしたら──どうだい?』
『…………お断り、します……っ』
断腸の思いで……!
いや、しかし私ってある程度の毒には耐性あるし、いけるのでは……?
だが、時々コトミネキレイが出してくる激辛系の食べ物は苦手なのでやはりやめておくのが無難か……何ということだ。
非常に許し難いことである。おいしいご飯を人を傷付ける道具にするなど……!
『偉いな、流石は最優さんだ』
『それは忘れてください』
しかし念能力者の世界、「贈り物を受け取る」行為をトリガーとする操作系能力者ぐらいなら一定数いそうなところが恐ろしい話だ。
そんな強敵にこの先出会す未来を想像した私は、自分が誰かに殺される未来を想像するよりも酷く足がすくんだものである。
死を怖いと思ったことはない。私が最も怖れているのは、自分という存在の心身を他の誰かに支配されることなのだ。故にこそ聖剣を喪失した時に訪れる「機能停止」という制約は、私にとって死よりも重い誓約となっていた。
しかしそう思うと操作系は厄介極まりない存在である。いつ誰がどこでデストラップを仕掛けてくるかわかったものではなく、その存在を常に意識するような生活は疑心暗鬼で息が詰まりそうだ。
『悪意を持った操作系能力者の擬態は、慣れてくるとオーラの微妙な揺らぎでわかるようになるんだけどね……お前もそっち方面の感覚は磨かれているし、すぐわかるようになるだろう。流石は、直感Aといったところか』
──そう。自慢ではないが、私は直感的な判断能力には生まれつき自信がある。
昔から何かとよく働くのである。こちらの道は危険だとか、明日は嵐が来るだろうなとか、色々と。いわゆる野生の勘というか……私はそこまで野生児ではないが、そういったシックスセンス的な直感がこの命を助けてきたことは12年間の人生で幾度もあった。
思えばハンター協会の保護ではなくキリツグへの同行を選んだのもこの直感力である。A判定も当然ですと、褒められた私は満更でもなく胸を張ったものだ。
しかしそんな私の直感がいつにも増してビンビンに働いたのが、山の木々が紅葉を咲かせ始めていた秋の訪れ──キリツグが先導する中、初めて「町」へ向かう道中の登山であった。
『待ってくださいキリツグ〜』
『遅いぞセイバー! ハンター試験は根性だ根性』
『はぁ……はぁ……っ、え……ハンター試験、受けるのですか私?』
『──物の喩えさ。コトミネが言っていた通り、僕としてはそれぐらいの体力を身につけてくれたら安心できる』
『……そうですか……そうですね。ハンター試験は根性です! たいむあるたー、だぶるあくせるっ! んんっ』
『馬鹿な……お前も使えるというのかッ』
『……いえ、ちょっと足に風を起こしてみただけです。あっ楽チンですキリツグ』
『覚えたての「発」をこうも器用に……やはりオーラの制御に関しては、天性の素質があるようだなセイバー』
それほどでもあります。最優なので。
キリツグのように素の筋力だけで木から木へ飛び移るようなことはできないが、ほんの少しオーラを使えばこの通りである。山道を軽快にジョギングする彼の元へすぐに追いつくことができた。
そしてそんな私の額を、キリツグの銃がパシャッと撃ち抜いた。
『反則だセイバーッ』
『うびゃっ!?』
冷たっ!?
何ですかこれは……水? ただの水ですか……びっくりした……
キリツグが目にも止まらぬ早撃ちで私を捉えたのは、「水鉄砲」という子供の遊具らしい。もちろんオーラも込めていないので全く痛くなかったが……山道を走っているところに、正面から当てられるのは精神的に効くものがあった。
『冷たいです……キリツグ』
『鎧は許すと言ったが、僕はこの道中、最低限の「纏」と「絶」以外禁止だと言った筈だ。これはオーラに頼らない肉体鍛錬だからね……本当なら「絶」以外全部禁止にしたいところだが、それで勘弁しよう』
全くもって仰る通りである。オーラによるパワーアップに頼りすぎない為の鍛錬だというのに、「発」を使っていたら本末転倒だ。
前髪に付着した水滴を風に変化させたオーラで吹き飛ばそうとした私は、その言葉を受けて思い止まる。
日常的にオーラを運用するのは念の鍛錬としては寧ろ推進とされることなのだが……私の場合はこの体質故、あべこべな育成方針になっていた。
鎧を維持しながら力を使わない──という中々高度なコントロールを要求された私は、気を抜くとまた引き離されそうになるキリツグの背中を慌てて追いかける。
しばらくの間足早に木々の間を縫っていくと、快晴の空に澄んだ月の姿が見えた。綺麗ですねキリツグ。
『綺麗な月の光が 始まりへと 沈みゆく その彼方へ』
私は走りっぱなしでスカートに付いた泥汚れも気にする余裕が無いというのに、キリツグと言えば呑気に歌を歌っていた始末である。彼は一切念を使っていないというのに、やはりプロハンターの身体能力は根本的に次元が違うのだと見せつけられたものだ。
それはそうと良い歌ですねキリツグ。儚くも美しい、静かな月夜に相応しいリズムを奏でています。歌唱力は私の方が上ですが。
尤も、私は故郷で毎朝歌わされていた怪しい宗教ソングしか知らないのですけどね……つまらないことを思い出しました。
空でも見上げて忘れましょう。透明です。透き通っていますねキリツグ。
『ふー……夜の山は冷え込むなぁ……』
『私の鎧は温かいですよ、キリツグ』
『あらゆる環境に適応できるようだねその服は。肩なんて出して、傍目からは山を舐めているようにしか見えないけど……』
『私も念能力者です。キリツグだって浴衣なんですから、野暮なことを言わないでください。……確かにこの格好で山登りって、変な感じですが……』
パワースポット、というものだろうか? この時点で私は横腹や太腿の裏など結構疲れていたのだが、山道が月の光に近づく度に不思議と体力が回復するような錯覚を受けた。
或いはこれもまた、私が無意識に依存しているオーラによるものなのだろうか。
そんなことを思いながら努めて肉体への負荷を意識していると、キリツグが「おや?」と山中で何かを見つけた。
走行ペースを緩めて私との距離を近づけた彼は、付近に佇む木々を指差して言った。
『見てごらんログレス。──今日1個目のクルミの冬芽だ』
人の手による開拓が未だ進んでいないこの山には、当然ながら自然の恵みが満ち溢れている。私も道中昔食べさせられた記憶のある毒キノコを何度か見つけていたものだ。……ああいうキノコって、この国にも生えているものなんですね。
ですがキリツグ、それは冬芽ではありませんよ。
『……この国も、今秋ですよね? 冬芽ではなく、立派な実が出来上がっています』
『早速先取点だな』
『ポイント制ですか!?』
……しかし、何とも美味しそうな木の実ですねクルミというのは。特にこの辺りには大きくて逞しい木の実が葉っぱの裏によく隠れている。
──なるほど。読めましたよキリツグ。走りながらでも注意力を養えというオーダーですね?
体力は無いが、大自然でのサバイバル経験は何度もあります。
対抗意識を燃やし、私が周囲の風景を一瞥していると──唐突に、キリツグの速度が跳ね上がった。
『絶対に負けるわけにはいかないッ! タイムアルター・ダブルアクセル! ンンッ!! 2個目ッ、3個目ッ、4個目ッ、5個目! 678910111213141516ッッ!』
『何をやっているのですかキリツグ! 1人だけ念を使うなんてズルいですよ!』
何という執念……! 一体このクルミ探しの何がそれほどの火を付けたのかはわからないが、大人気なく念能力を使用したキリツグは私の何倍ものペースでクルミの実を見つけ、ついでに幾つか収穫していった。
【
制約としては加速率を上げるほど「揺り戻し」が起こり、その分だけ心臓に負荷が掛かるとのこと。
もちろん、クルミ探し勝負で使うような能力ではない。何をしているのですかキリツグ……
『あっセイバー、これ食べれそうだからやる』
完璧な使い時ですね! 流石は私のマスターです。
軽く放り投げたそれをジャンプでキャッチした私は、そのままくるりと一回転して華麗な着地を決めた。あっ、またオーラを使ってしまった……これも最低限の「纏」ということで許してください。
『いただきます! ──硬いです、キリツグ……』
『クルミの殻も割れないとは……本当に君は、オーラを抑えていると驚くほどか弱いねログレス……』
『そうです。今の私は、ちょっと強い普通の女の子です』
『クルミの殻を剥けない女の子……何だろう? 久しぶりに、凄く安心した気分だよ』
えいやー!
……何ですかこの実、殻が硬くてピクリとも動きません。
このような外殻、リスやネズミの歯でもなければ傷すら付けられなさそうだ。妙な進化を遂げた植物である。
しかし……ここまで硬く進化したということは、よほど味に自信があると見える。いいだろう。クルミがいい──じゃなかった来るがいい! その勝負、我が聖剣で受けて断とう!!
『待てセイバー! 何故エクスカリバーを出してる!?』
『いえ、ちょっとコレで剥けないかなって……』
『……割ってあげるから、持ってきなさい』
『信じていましたよ、キリツグ!』
私が決戦の火蓋を切ろうとした瞬間、慌てて身を翻したキリツグが私の両手からクルミを奪い取り、指先の一握りで外殻を真っ二つに割るとその中身を私に差し出してきた。
無駄な戦いは極力避けるに越したことはないということか。それもまたハンターの心得と理解した私は、取り出そうとした聖剣を納め、彼の厚意を快く受けることにした。
いただいたクルミは、とても美味でした──。
ハンターの仕事は、ただ標的を狩れば良いというものではない。
希少生物や生態系の安定、人類の開拓によって削られゆく大自然との調和こそハンターの本分だと語るものは多い。
「正義の味方になりたかった系ハンター」を自称するキリツグは、プロハンターとしてはマルチの分野で仕事を請け負っており、
そんな彼だからこそ、山の環境への配慮は的確である。この大自然の中で修行を行う時は、「自分たちがお邪魔している」という意識を忘れてはならないとよく言われた。その割には時々タイムアルター・ダブルアクセル時に解放するオーラで隠れていた野生動物を驚かせることもあったが……その配慮はとても彼らしいと思った。
私にとっては正義の味方である彼も、人間である以上は周りの命を食べて生きている。犠牲になった命からしてみれば無慈悲な捕食者に過ぎず、正義の味方とは言えないだろう。
だから万物万人にとっての完璧な正義の味方などというものは、この星に他の命が存在している限り成立しようの無い概念である。それを理解しているからか、それともそこまで考えていないのか……或いは、「それはそれとして」理想と現実を分別しているからか、キリツグは決して自分を「正義の味方」とは断言しなかった。
……ですが、私は思うのです。キリツグ。
この残酷で苦痛に満ち溢れた世界には完璧な正義の味方など存在しなくても、人それぞれの心の内には確かにその存在が宿っている。
少なくとも、貴方が今まで助けてきた者たちは貴方のことを正真正銘正義の味方だと思っていることでしょう。……もちろん、私も。
だから──
『……キリツグ……なんだか、とても大きな蜘蛛の巣に飛び込んでしまいました……助けてください』
『何をやってるんだセイバーッ』
『今「絶」をしているので、全身にへばりついた糸が離れません……何ですかこの蜘蛛は? 大きい……気持ち悪い』
『それは……キャスターだ』
『キャスター!?』
『ああ、キャスタージルオオドクグモの巣だね。目がギョロギョロしていて背中にタコみたいな触手を持つ……ジャポン最大の毒蜘蛛の一種だ』
『……よくわかりませんが、生理的にキツいので殺していいですか?』
『駄目だ。見た目は個性的で毒も持っているが、これでもこの山の生態系を保っている希少生物だからね……巣の糸には木の成長を促進させる豊富な栄養素が含まれていて、さっき食べたクルミの木とも共生関係にある。むざむざと巣の中に突っ込んだ、お前が悪い』
『暗いし霧が掛かっているので見えなかったんですよ……あっ今子蜘蛛の姿が見えました。……怖いです……ゃっ!? 今なんか腿に触れました! 助けてくださいキリツグー!』
『ステイしろステイ! 対魔力で毒は効かないんだろうセイバー!』
『一旦stay nightですねキリツグ! いや……ごめん無理』
『セイバァァーッ!!』
──追い込まれるとつい助けを呼びたくなってしまうのは、「正義の味方になりたかった系ハンター」の辛いところだろう。
プロハンターの一番弟子としては我ながら酷く甘え過ぎてしまったものだが、貴方が言い出したことですからね。気を遣わなくていいと。
なので私も、この辺りの時期から自分の身を守る為という一点については、随分と遠慮が無くなってきたものであった。
『このままでは、キャスターがセイバーの「練」を受けてしまうッ……! タイムアルター、ダブルアクセル──ンンッ!』
心配するのそっちですか……まあ、私はこの程度の虫に遅れは取りませんが。
……しかし、なんだかんだ言いながらも最後は手を差し伸べてくれる彼の甘さには、「弟子を持ったのがログレスで初めて」という言葉に説得力を感じたものだった。
くるしゅうないです、キリツグ。
『ふー……酷い目に遭いました。あのまま続けていたら殺してでも脱出してましたからね。良い判断でした、キリツグ』
『そんな恰好でイキるんじゃない!』
……蜘蛛の巣からは無事解放されたが、残った糸が後ろの裾にくっ付いているせいで今お尻の辺りが大変な状態になっていますね多分……視界が暗いので彼の位置からは見えなくて助かりました。……あと、周りに人がいなくて。
慌ててスカートを直し、ヌチャクチャになった髪を手櫛で梳かしていく私の前で、キリツグは師匠の顔で説教してきた。
返す言葉もありません……お手数おかけして申し訳ありませんマスター。
このような蜘蛛の罠、ほんの少しでも「練」を使えば一瞬で脱出できるというのにもどかしい限りである。
しかし原生生物と対峙する際には、「念」の扱いは特に注意しなければならないと言いつけられていた。
『……僕は希少生物でも身の危険があれば絶対に殺すなとは言わないし、最優先なのはもちろんお前の命だ。だが、さっきの状況で次に危険なのは何かわかるかいセイバー?』
『念を使って攻撃した上で、仕留めきれず逃げられることですねキリツグ』
『そうだ。「念」によるオーラの洗礼は、人間以外の生物にも受ける可能性がある。仕留められれば問題無いが、最悪なのは理性を持たない生き物が洗礼によって危険な念能力を習得してしまうことだ』
『……世界には、そういう虫や動物がたくさんいるのですか?』
『今のところ、大した数は確認されていない。──だが、何事にも例外はある』
『……マスターたちって、例外という言葉好きですね』
しかし確かに、人間以外の生物が念能力を習得するのは何が起こるか想像もできない話である。
特に蜘蛛のような昆虫は人間と比べても突飛で、素で特殊な能力を備えている。それらがオーラを活用することで人間とのフィジカル差を埋めてくるとしたら──穏やかではないと思った。
『……そう思うと、今人間が滅びていないのはたまたまのような気がしますね……』
ついこの間まで知らなかったこの世界の大きさを知る度に、私は自分が今まで生きてこれたことはもちろん、人間という種族が繁栄してきた事実が天文学的奇跡のように思えてならなかった。
そう率直な感想を述べると、キリツグは一瞬面食らったような顔で呟いたものだ。
『……その感性は、やはりハンター向きなのかもしれないね。ログレスは』
意図の読めないその言葉に、私は首を傾げた。
これは、正義の味方になりたかった系ハンターを自称する変な男が近々の未来、「可憐なる純白の騎士姫」と呼ばれることになる1人の少女を弟子にしてから約半年後となる2000年1月。
プロハンターである父親、「ジン」を追って旅に出たくじら島の少年ゴン。
育ての母であるミトと住民たちによる熱い見送りを受け、くじら島から出航した船には総勢十数人に及ぶハンター志望者たちが乗り詰めていた。
ハンター試験の倍率は数万分の一とも数十万分の一とも言われており、合格者が1人も出ない年も少なくないという。
その過酷な試験は試験を受ける前の道のりからふるいに掛けられており、この年も荒れ狂う波の航海で早々にダウンする志望者たちの姿が後を絶たなかった。
これでハンター志望とは笑わせる……そういった光景をこれまでに何年も見てきた船長であったが、暦も節目となる今年はそんな有象無象たちの中に一際見どころのある志望者たちがいた。
特に、これから嵐が来ることを風の流れとウミヅルの様子から看破していた小僧──おそらくは20年前の同じ日に旅立った
そして、小僧の他にも余裕の態度で残っている者たちが
荒波に揺れる船の中、ハンモックで仮眠を取っている少年……少年?或いは少女かもしれない者が1人と、その近くでニタニタとグラビア誌を読み耽っている青年が1人。そしてハンモックの傍らで妙にエラそうな姿勢で高級そうなソファーに腰掛けている青年の3人に、船長は光るものを感じていた。……なんだあのソファー、どこから持ってきた。
そんな面白い男たちに興味を持った船長は、この機会に軽く面談してみることにした。船長は試験官ではないが、ハンター試験は毎年あまりにも受験志望者が多いため、受験会場への橋渡し役にはある程度の足切り権限が与えているのだ。
小僧を含む4人を合流させた船長は、まとめて自己紹介を促した。
「俺はレオリオという者だ」
「俺はゴン!」
「私の名はクラピカ」
「ドーモ、アーチャーデース」
んん?
レオリオ。背の高いスーツの男だ。スーツは似合っているとは思うがさっきまでこれ見よがしに読み耽っていた本といい、どこかアウトローデビューしたばかりの元優等生に似た浮つきを感じる。
ゴン。目を見ればあの男の息子だと一目でわかる。残っていたのが彼だけなら正直面談をする必要もなかったところだ。初対面だが、船長は既に好感を抱いている。
クラピカ。……中性的な顔立ちのせいで性別がどちらかわからなかったが、ここでは便宜上少年として扱うことにする。佇まい、意志の強そうな瞳には一瞬気圧されそうな凄みを感じた。
だが最後……クラピカの隣に立つ赤い服の青年が何と名乗ったかだけは、船長には聞き取れなかった。
生涯現役のつもりだったが、俺も歳かねぇ……寄る年波への哀愁を心に抱えながら、再度問い質す。
「……4番目の。よく聞き取れなかったんだが、アーチャーって名前でいいんだな?」
「ホンモノデース」
なんだコイツ。
わけわからん言語なんぞ遣っておちょくっているのかと即不合格を言い渡そうとしたものだが、それを止めるように、隣の少年クラピカが申し訳なさそうに補足してきた。
「すまない船長殿。彼はまだ公用語を勉強中の身でね……同郷の者なのだが、色々と拙い表現で戸惑わせる」
「ケッ……公用語も怪しい奴がよくハンター試験を受けようってもんだぜ……」
「通訳は私がしよう──彼の名前はパイロという。私の友人だ。……彼に対する侮辱は許さん」
あー……そういう手合いか。確かにここ数年の技術革新で公用語も世界に広まっているが、それでも未開の部族の数はまだまだ多い。
ハンター試験は宗教、文化、国籍問わず様々な人種が集まっている。何なら魔獣や流星街──今は流星國だったか。無戸籍者さえも拒まない以上、公用語が怪しい受験生も元々珍しくなかった。
「……あー……悪かった。そういうつもりじゃなかった」
「パイロさんのこと、心配していただけだよね! レオリオさんは」
「そうなのか?」
「パイロデイイ……」
「うん! よろしくねパイロ!」
「……ったく、俺以外残ったのガキばかりかよ。綺麗な姉ちゃんとかいてくれたら良かったのによー」
センシティブな話題になると途端に一歩引くレオリオは、ああ見えて根は真面目な人間なのだろう。クラピカも見た目こそ中性的だがその胆力は既に並み居る海賊たちにも劣らない。
これは本当に面白い連中かもしれないなと期待に髭を撫でながら、船長は面談を続けていった。
面談の内容はどの職場面接にもあるような、志望動機だけだ。
最初に快く答えた小僧、ゴン=フリークスはやはりジン=フリークスの息子であり、「親父が魅せられた仕事がどんなものか、やってみたくなったんだ!」と快活な動機を述べてくれた。こういうのでいいんだよ。
好奇心こそハンターをハンターたらしめるシンプルな解だ。無論、各々の志望動機に優劣など無い──が、心象として小僧の思いは理解しやすいものだった。
しかしそれとは反対に、ハンターという仕事に対して後ろ暗い感情を持ち込む者も多いのは事実だった。
次に語ったクラピカはその典型である。
「私は……我々はクルタ族だ」
「!!」
不合格をチラつかせるまでしのごの理屈を付け、自分の志望理由を語りたがらなかったわけだ──と船長は納得する。
その民族の名前だけで概ねの事情を察するほどに、「クルタ族」に纏わる事件は界隈で有名だったのだ。
「
「ロストハンター……いや、ブラックリストハンターか。一族のことは大変だったな。だがクルタ族虐殺の首謀者と言えば、その場でプロハンターに射殺されたって聞いてるぜ? それでなくてもあんたらのとこは色んな奴から狙われすぎていて、今更黒幕なんて絞り切れるかねぇ」
「敵の姿を想像する必要などない。我々の目を欲する者、全てが黒幕だ。私がハンターを志望しているのは、この無力感が風化するまでに「この世全ての悪」を捕らえるためだ」
クルタ族虐殺事件──ルクソ地方の山奥に隠れ住んでいたクルタ族が総勢129人の内
首謀者の野盗はその場に駆けつけたプロハンターによって殺害されているが、かと言って遺された者たちが抱えている感情は到底収まらないだろう。
クラピカのような若者が義憤に駆られ、ハンターを志すのは自然な成り行きだ。語られた目標は少し……かなりの大言壮語ではあったが。
「悪人全員取っ捕まえるってか……何だそりゃ。正義の味方でも目指そうってか?」
「そうだと言っている。普通の理解力があれば確認は不要だと思うが?」
「ああ"!?」
青い……だが、嫌いではない志だ。
復讐そのものではなく、緋の目が狙われる現状そのものを打破しようとする途方もない理想。誰を斃せば終わるというものでもなく、ある意味では復讐よりも茨の道かもしれない。
だがもしも──実現できるとしたら。
子供のような荒唐無稽の理想を抱き続け、今もそれを目指して奔走しているハンターに1人だけ心当たりのあった船長は、彼の志望理由を笑わなかった。無論、賞賛することもしなかったが。
ハンターとして彼の目的が如何なるものか、判断は本物の試験官に委ねるとする。そんな船長は目線を次の志望者──アーチャーと名乗ったパイロに訊ねた。
「次。同郷のお前さんは?」
お前も目指しているのか? 正義の味方のようなハンターに。
そう問い掛けた船長の言葉に、赤い服の青年はしばしの間を置いた後、不遜な態度で応じた。
「──記憶に混乱が見られる」
なんて?
「サヨナラ……」
なんて??
以上だ──そう言いたげなキリリッとした眼差しでパイロは返答を終える。なんだコレは……どこの言葉だ?
質問の答えになっていない彼の言葉には、船長どころか他のハンター志望者たちも困惑するばかりだった。
「終わりかよ!? 何言ってんだアンタ!」
「すまない。パイロは3年半前のショックで一部記憶を失っていてな……その記憶を取り戻す為のヒントがこのハンター試験にあると言い張り、村から私に着いてきたのだよ」
「いや、試験より医者にかかれよ医者に! まるで意味がわかんねーぞオイ!」
「正直、彼の真意は私もはかりかねている……私も当然村に置いていこうとしたのだが、自分も行くと聞かなくてな」
なるほど、記憶に混乱とはそういうことか。クラピカの同胞である彼もまた、壮絶な運命を余儀なくされているらしい。
……いや、それは本当に気の毒だが別にハンター試験を受ける理由にはなっていないな。だがこの青年の目──これは間違いなく本気だ……!
クラピカと同じく、自分が荒唐無稽な理想を掲げているバカだと自覚していながら、全力でそのバカをやり遂げようとする者の目をしている。
それに、既に修羅場の幾つかは潜り抜けてきたと見える。
レオリオと同じぐらいの恵まれた体躯はバランス良く鍛えられており、浅黒く日焼けした二の腕は、一流の
「だが、彼の実力と精神力は私が保証しよう。パイロは今や、我々クルタ族最強の戦士だ。ハンターになるべき高潔な器の持ち主であると」
「I am bone……my bone……」
「なんて??」
「……僕は君を守る為にここにいる。その僕が、最強でない筈がない──ふふっ、コイツめ」
「勝手に和むな!」
「仲良しなんだね! クラピカとパイロは!」
……まあ、志望理由なんざさして重要じゃねぇ。
船長が訊ねたかったのはハンターになるに足る覚悟の程であり、それを知ることができれば正直この面談に意味は無かった。
では最後の1人。悪ぶっているが既に化けの皮が剥がれかかっているスーツの男に訊ねた。
「で、お前は? レオリオ」
「俺か!? あんたの顔色を窺って答えるなんてまっぴらだから正直に言うぜ。金さ!! 金さえあれば何でも手に入るからな! でかい家!! いい車!! 美味い酒!!」
ゴホンッと気合いを入れ直すように間を置いたレオリオは、まさにギャング界の重鎮のようにかっ開いた目で高らかに言い放った。
前2人と違って、この上無くわかりやすい理由で結構である。だがそれ故に前2人とは思想的に相容れねぇだろうなと船長は冷ややかに思った。
「品性は金で買えないよレオリオ」
ほら来た。
ピクピクピクッと眉を動かし怒りに震えたレオリオの導火線は、自らの思想を否定されたことか、或いは品性を否定されたことか……歳下から呼び捨てにされたことか。
ともかく堪忍袋の緒が切れたレオリオが「表へ出な」と手袋を投げつけようとした瞬間──そんな彼との間を取り持つように、赤服のパイロが前に出てクラピカに言った。
「まあ待てクラピカ。衣食住は人間が人間らしく生きる為に必要な三原則だ。その質を今より向上させようと思えば、ハンターほど充実した職はあるまい」
……普通に喋れるじゃねーかアンタ。さっきまでのカタコトウィスパーボイスは何だったんだ。
いや、普通ではないか。かなり尊大でエラそうな喋り方をしている。
その口調が妙にサマになっているのがまた少し腹が立たなくもなかったが、それが覚えたての公用語を遣っていると知ればギリギリ許容範囲に思えた。
「……急によく喋るじゃねーか……」
「公用語上手だよ、パイロ!」
「サンキューネ、ゴンサン」
性格的には……もしかしたら案外気さくな男なのかもしれない。ゴンに公用語を褒められて微笑んでいる様子には、一触即発の雰囲気だったレオリオとクラピカも毒気を抜かれてしまっていた。
そんなパイロは尚も尊大な公用語を続ける。
「金を稼ぐことが悪なのではない。人の尊厳さえ金で買えると思い上がった者こそが悪なのだよクラピカ。
──それに、だ。金で買えるラインナップの中に「いい女」が入っていないだけ、これでこの男は品性に溢れているやもしれんぞ?」
「……そうだな。非礼を詫びようレオリオ、すまなかった。拝金主義には良い思い出が無くてな……気が立っていたようだ」
「レオリオさんな? ……ったく調子狂うガキ共だぜ」
……この4人、凸凹だが案外相性良いかもしれねぇな。
ハンター試験会場へ向かう、嵐の中の一幕であった。
【ゴン】
光の原作主人公。バタフライエフェクトによりいつものメンバーに1人変なのが加わったが、特に問題無く持ち前のコミュ力で全員と仲良しになる。
父ジンの行方を調べていく中で、彼の唯一の同期ハンターである正義の味方になりたかった系ハンターに迫ってしまうかもしれない。会ったら多分普通に仲良くなるし、何なら一度は何かの間違いで「もしかしたらこの人がジンなんじゃ……?」とあらぬ誤解を招くこともあるかもしれない。
【レオリオ】
この後ちょっと喧嘩するけど原作通り嵐のイベントでクラピカと打ち解ける。ついでに謎の赤いパイロとも打ち解ける。
医者としてパイロの記憶障害には結構心配しているが、本人が何ともなさそうなので友人として見守ることに。
原作とは別方向に拗れているクラピカのメンタルをケアする医者の鑑。選挙編では「マスター、センズリって何ですか?」と聞き回る金髪美少女ハンターの姿があったりするかもしれない。
【クラピカ】
正義の味方になりたかった系ハンターの、まるで正義の味方みたいな過去の行動のバタフライエフェクトで運命が変わった人。
クルタ族は虐殺されたが全滅には至らず、そして虐殺の主犯は旅団員でもない、神の人形師を名乗るイカれた野盗だった。
野盗は既に死亡しており、奪い取られた被害者たちの目もプロハンターの迅速な対応により流失を免れた。そして事件は終息した──というのは部外者からの認識に過ぎない。
明確な復讐相手がいなくなった彼の怒りが向かった矛先は、他ならぬ自分自身であった。
自分が里を離れてからほんの数ヶ月後に、里が襲われた。もしかしたら野盗が里の存在に気づいたのは、自分の行動のせいで……そんな疑心と遺された者たちの悲鳴が鎖となって、彼の心を縛りつけている。
原作と行動原理はあまり変わっていないが、復讐心の大半が自分自身に向いているので苛烈さは若干控えめで少しダウナー気味。そんな年頃にゴンたちの優しさはぶっ刺さり、ハンター試験を通してパイロ共々これからの人生に少しだけ前向きさを取り戻すことになる──。
【パイロ】
親の顔より見たEMIYA枠。何かがおかしい。
蜘蛛によって死ぬ筈の運命は起源弾で破壊され、奇跡の生還を果たした。
少年時代は事故で目と足が不自由だったが目はクラピカが持ってきた薬である程度の視力を取り戻し、足は執念のリハビリと知り合いのプロハンター女性(ナントカ旅団名誉団員)の助力によって完治。
その後、遅れてやってきた成長期により急成長を果たし、身長187cm、体重78kgのムキムキボディーを手に入れた。ついでにちょっと日焼けした。
公用語で話す時はカタコトだったり尊大な口調になったりしているが、クルタの言葉で話す時は少年時代と変わらず穏やかな口調。
なお、3年半前の事件で記憶を一時失ったのは事実だが、実はとっくに戻っている。それを言わないのはクラピカに守られるだけだったかつての自分を殺してやりたいほど憎んでいたから。
ハンター試験に同行した目的はクラピカが里にいた頃から抱えていた本当の夢を応援する為。なので自分自身にはハンターライセンスに託す望みは無く、ネテロ会長との面接では「恒久的世界平和というのはドウカナ?」と適当に答えた。下がっていいぞ。
3年半前の野盗から受けた攻撃で既に洗礼を受けている。こっそり念を習得していたのでハンター試験では順当に活躍。一次試験ではヒソカからクラピカを守り、三次試験ではトンパさんを押し退けてゴンチームに参加し無双。そして四次試験ではポックルとのアーチャー対決を制した。なお、パイロの戦闘スタイルはクラピカ同様クルタ二刀流なので別に弓は使っていない。
最終試験ではレオリオと激突。金の為に友を狙われ続けている男と金のために友人の命を失った男。レオリオの申し出によって始まった武器を捨てての殴り合いは全てにおいてパイロが彼を圧倒していたが、レオリオはどんなに叩きのめされても立ち上がり、ゴンと同じように降参を拒み続けた。
「やっぱ医者になるのを諦められねぇ! ハンターにもなりてえ! ゴンやキルアに負けるのはいい……だけど俺は! お前にだけは負けられねぇんだ!」と繰り出した執念のパンチが心にヒット。パイロはクラピカと共に草原を駆け抜けた幼い日の思い出を振り返り、「こんな子供もいたんだったね……」と何やら満足して降参を宣言した。
ハンターライセンスへのこだわりは無かったのでその後の試合は全部降参する気満々だったが、キルアの試験棄権により合格してしまうことになる王道オリ主ムーブをこなした。
【キルア】
大体原作通り。ただ、ボドロさんはパイロに救出され間一髪で死亡を免れた。その後、棄権を宣言したためボドロさんも無事合格となった。
キルア自身のハンターライセンス獲得は次の第288期試験を待つこととなる。しかしその時、少年はよくわからない謎の運命と出会った──。
パイロとは気楽にいじり合う関係。「えっ、あんたその筋肉でゴンやクラピカより腕力弱いの?」「おっと心は硝子だぞ」
【クルタ族を襲った野盗】
オモカゲ。
ナントカ旅団員を模した最強の戦闘人形できた! だけど目が無い! アイツらから目をぶん取るのは無理! せや、クルタ族から緋の目盗んだろ! 七大美色やし最高のパーツになるやろ! ──的な糞みたいな理由でクルタ族を襲撃。特質系能力者としても異様な能力で里の若者たちを50人以上虐殺した。
しかし1番美しい目をしていたパイロ少年を狩ろうとしたところで突然現れた精神異常者が強襲。起源弾──被弾者の念能力は暴走し自らの肉体を瞬時に死滅させる弾丸を3発受けた後、キリツグ⭐︎爆弾で爆殺された。
本作では旅団が義賊化した煽りを受け、1人でクルタ族に挑むことなった。緋の目を欲する凶悪な狂人は世界に幾らでも溢れかえっており、その象徴とも言える彼が遺した爪痕は、幼きクラピカを別方向に拗らせることになる。
【第287期ハンター試験】
合格者:ゴン、クラピカ、レオリオ、ヒソカ、ギタラクル、ハンゾー、ボドロ、PAIROの8名。
【第288期ハンター試験】
合格者:キルア=ゾルディック、ロード=ログレスほか数名。
コトミネキレイッに続いてシロォ〜まで念獣にするのは収拾つかなくなりそうだったので、シロォ〜要素は各原作キャラにばら撒かれました
あとログレスの年齢はゴンキルの1つ上になります。試験受ける頃には流石に穿いているでしょう……多分