Good Luck, Mr. Magician 作:evejanjan
六月に入ると、ホグワーツは急に試験の学校になった。
廊下を歩けば教科書を開いたまま壁にぶつかる生徒がいて、大広間では朝食の皿の横に羊皮紙を広げる者が増えた。階段の踊り場で呪文を暗唱している一年生も珍しくなく、図書館では席を取ることそのものが一つの試験になりつつあった。
その中心にいたのがハーマイオニーだった。
「今日の夕食までに呪文学をもう一度。明日の朝は変身術、そのあと魔法薬」
「その予定表、僕の分まであるのか?」
ロンが嫌そうな顔をした。
「もちろん」
「聞かなきゃよかった」
「聞かなくても渡すつもりだったわ」
遙一は向かいの席で自分のノートを閉じた。ハーマイオニーの復習計画は細かく、ロンは毎回文句を言い、結局ほとんどその通りに付き合っている。ハリーも机には座っていたが、教科書へ向けていた目が、ときどき窓の外や扉の方へ逸れた。
禁じられた森の夜以来、それが少し増えている。
「読んでる?」
ハーマイオニーに言われ、ハリーは慌てて頁をめくった。
「読んでるよ」
「そこ、さっきから同じ頁よ」
ロンが笑った。
「お前は人のこと言えないだろ」
試験が始まれば、心配事があっても答案用紙は待ってくれなかった。
呪文学の実技では、一人ずつ教室へ呼ばれ、パイナップルを机の上で踊らせた。
遙一のものは最初の数歩こそきれいだったが、方向転換で勢いがつきすぎ、危うく机の端から落ちかけた。杖をわずかに戻すと、パイナップルは妙な格好で踏みとどまり、そのまま最後まで踊り切った。
フリットウィックは満足そうに頷いた。
「少し元気が良すぎましたね」
「果物にも個性があるようです」
フリットウィックは一瞬だけ遙一を見て、それから笑った。
魔法薬学では忘却薬を作った。材料の順番も火加減も問題なく、鍋の色は教科書に近いところへ落ち着いた。隣では誰かの鍋から妙に甘い煙が出ており、スネイプはそちらに長い時間を使った。
遙一の鍋については何も褒めず、ほんの短く中を見ただけで次へ進んだ。
悪くはなかったらしい。
変身術ではネズミを嗅ぎ煙草入れへ変える。理論上なら、耳も尾も髭も残らない。
遙一の机の上にできた銀色の嗅ぎ煙草入れには、ごく短い髭が一本だけ残った。
マクゴナガルは見逃さなかった。
「惜しいですね、ミスター・グリンデルバルド」
「はい」
「髭のある嗅ぎ煙草入れを欲しがる人は、そう多くないでしょう」
「需要を探すより、直した方が早そうですね」
返事はなかったが、マクゴナガルの口元がほんの少し動いた気がした。
杖を戻しながら、遙一は残った髭を見る。
知っていることと、できることは、やはり同じではない。
最後の魔法史の筆記が終わる頃には、城中から一斉に長い息が吐き出されたようだった。答案を回収するビンズ教授の声を聞き終える前から夏休みの話を始める者がいて、廊下へ出ると、誰かが教科書を天井へ放り投げて監督生に叱られていた。
ロンも大広間へ着く前から、もう二度と教科書を開かないと宣言した。
「九月には開くでしょう」
「今はそういう話をしてない」
「八月に開けば嘘にはなりませんね」
「君までハーマイオニー側に来るなよ」
ハーマイオニーが何か言い返す前に、ハリーが足を止めた。
三人の少し後ろを歩いていた遙一も、その変化に気づいた。
「どうした?」
ロンが振り返る。
ハリーは答えなかった。何かを思い出そうとするように眉を寄せ、しばらく廊下の床を見ていたが、次の瞬間には顔色が変わった。
「ハグリッドだ」
「え?」
その先は声が低く、遙一には聞き取れなかった。ハリーがロンとハーマイオニーへ早口で何か言うと、三人は揃って走り出した。
「廊下を走らない!」
角の向こうから誰かの声が飛んだが、速度はほとんど落ちなかった。
遙一は追わなかった。窓の前を通った時、校庭を横切ってハグリッドの小屋へ向かう三人の姿が見えた。ハリーが何かを思い出したことまでは分かるが、その中身までは分からない。
夕食の頃には、試験から解放された学校の空気はすっかり軽くなっていた。どこかのテーブルでは夏休みの旅行先を巡って兄弟が口論し、別の場所では二年生が成績の予想を賭けの対象にして監督生に止められている。
ただ、グリフィンドールの三人だけはその空気から外れていた。
ロンはほとんど食べず、ハーマイオニーは何度も教員席を見ている。ハリーはもっと露骨で、中央の空席へ視線を向けていた。
ダンブルドアの席だった。
「校長先生ならロンドンだそうだよ」
近くの上級生が、マッシュポテトを取りながら友人へ話していた。
「魔法省から急に呼ばれたって。寮監が言ってた」
「こんな時期に?」
「大人には試験休みがないんだろ」
それだけの雑談で、話題はすぐ夏休みへ戻った。
遙一は教員席を見た。
ダンブルドアが不在。昼、ハリーたちは突然ハグリッドの小屋へ走った。今は三人とも落ち着かず、ハリーはマクゴナガルが大広間へ入ってきた時、一度そちらを見たあと口を結んだ。
並べれば、一つの出来事には見える。
だからこそ、すぐには結ばなかった。
少し前、正しい足跡を正しい順番で読んだまま、間違った前提だけを置いたことがある。
遙一はローストビーフを切り、ドラコが試験の出来についてクラッブへ長い説明を始めるのを聞きながら、食事を続けた。
夜になっても、城は完全には静かにならなかった。
試験が終わったせいで、寮へ戻ってからも興奮の残っている生徒が多い。スリザリンの談話室でも、誰かが夏休みの予定を話し、別の誰かはチェス盤を片づける気配もなく三局目を始めていた。
「寝ないの?」
先に立ち上がったドラコが聞いた。
「もう少しだけ」
「試験は終わったよ」
「知っています」
ドラコは理解できないものを見る顔をして寝室へ消えた。
遙一は本を一冊読み終えると、時計を見た。
それから談話室を出た。
ダンブルドアがいない夜に、三階の様子を一度も確認しないのは、さすがに慎重とは言いにくかった。
廊下は昼間と別の城のように見えた。窓から入る月明かりが石床を薄く照らし、遠くで鎧が小さく鳴った。階段を一つ上がる途中で足音が聞こえたので、遙一は壁際の陰へ寄り、フィルチがランプを持って通り過ぎるのを待った。
ピーブズではなかったことに少し安心した。
三階へ近づくにつれて、人の気配は減っていく。
前に使った仕掛けの大半はもう外していた。同じものを長く置けば、今度はこちらが読まれる。それでも、扉の角度や棚の本、掃除の手が届きにくい床の埃など、触れられれば分かる場所はいくつか覚えている。
最初に気づいたのは本だった。
棚から指一本分だけ出ていたはずの一冊が、奥へ押し込まれている。
その先には新しい靴跡があった。
遙一は歩く速度を落とした。床に顔を近づける必要はない。月明かりでも分かる程度には新しく、三人分ほどが同じ方向へ進んでいる。途中で立ち止まった跡はあるが、大きく分かれてはいない。
今夜ここを三人ほどが通った。それ以上は、まだ事実ではない。ただ、昼間にハグリッドの小屋へ走った三人がいて、校長は学校を離れている。その三人は夕食のあいだずっと落ち着かなかった。偶然である可能性は残るが、確かめる価値も十分にあった。
三階の立入禁止区域へ続く扉は、わずかに開いていた。
遙一は杖を抜き、隙間へ手をかけて、できるだけ音を立てずに押し広げた。
先に聞こえたのは、低い唸り声だった。
三つの喉から重なる音に、扉を開く手が止まる。
フラッフィーは眠っていなかった。
巨大な犬は罠扉の上に立ち、三つの頭をそれぞれ違う角度で動かしている。鼻先が空気を探るたび、遙一は扉の陰から身体を出さず、床だけを見た。
犬の前へ出る必要はない。見るべきものは、すぐ近くに落ちていた。
木製の笛。
その少し先には、開いた罠扉。さらに壁際には、大きなハープが置かれていた。三人が持ち込んだとは考えにくい大きさだった。
遙一は笛とハープを見て、それから犬へ視線を戻した。
笛がここにある。ハープもある。犬は起きていて、床は開いている。
誰かが先に音楽を使って犬を眠らせ、下へ降りた。そのあと三人も、別の楽器で同じ方法を使った。どちらも音が止まったので、犬は再び起きた。
そこまでなら、目の前の痕跡だけで無理なく説明できる。
そして、少し前にこの廊下を通った三人分ほどの足跡。
遙一はローブの内側へ手を入れた。
指先に触れたのは、クリスマスに家から送られてきた小さな機械式の音楽箱だった。
三人は、もう下へ行っている。