Good Luck, Mr. Magician 作:evejanjan
第1話 二年目のホーム
キングズ・クロス駅は、去年より少しだけ小さく見えた。
もちろん、駅舎そのものが縮んだわけではない。高い天井も、忙しなく行き交う旅行客も、荷物を積んだカートがぶつかりそうになって慌てて避ける人々も去年と変わらない。ただ、その向こうに九と四分の三番線があり、赤い汽車がホグワーツまで自分を運ぶと知っているだけで、同じ景色から余分な大きさが一つ消えていた。
「ヨーイチ!」
人混みの向こうから声がして、遙一は荷物を押す手を止めた。ハーマイオニー・グレンジャーが両親と一緒にこちらへ歩いてくる。夏休みの間に少し髪が伸びたように見えたが、腕に本を抱えているところは変わらない。
「お久しぶりです、ハーマイオニー」
「久しぶり。夏休み、何してたの?」
「本を読んだり、手品をしたり。魔法の方も少し試しました」
ハーマイオニーはすぐに眉を寄せた。
「校外で魔法は禁止でしょう。何を試したの?」
「禁止されていない範囲を」
「それ、答えになってないわ」
「ハーマイオニーも似たようなことをしてなかったか?」
横から父親が口を挟み、母親も笑いながら、夏休みに台所のブレーカーまで落としたことを付け加えた。ハーマイオニーは「私は魔法を使ってないし、今は私の話じゃないの」と二人まとめて止めた。
「僕はこちらの話でも構いませんよ」
「ヨーイチまで乗らないで」
遙一が笑うと、ハーマイオニーはようやくこちらへ顔を戻した。家族と話している時と、同級生へ文句を言っている時では、同じ顔でも表情の置き方が少し違う。そんなことを考えながら見ていると、また気づかれた。
「また人の顔をじっと見てる。失礼しましたって言うなら、その全然反省してない顔もやめなさいよ」
「反省はしていますよ。顔まで変えるのは難しいですが」
父親がまた笑い、母親が「去年からこんな感じなの?」と尋ねると、ハーマイオニーは少し考えてから「だいたい」と答えた。
「相変わらずだな、君たち」
入れ替わるようにドラコ・マルフォイが現れた。去年より背が伸びたようにも見えるが、本人がそれを口にすれば否定したくなる程度の差だった。
「会った途端に言い合ってる。グレンジャーもよく付き合うな」
「少なくとも、あなたと話すよりは普通よ」
「僕だって君とは普通に話してるだろ。今だってそうじゃないか」
「会って三十秒で嫌味を言った人が言うこと?」
二人がそのままどちらが先だったかで揉め始めたので、遙一は少し聞いてから「その辺りで引き分けにしておいては?」と割って入った。
「引き分けじゃない」
「引き分けじゃないわ」
声まで重なったので、遙一は「息は合っていますね」とだけ返した。
そこへクラッブとゴイルも追いつき、ドラコの話は夏休みに買ってもらったものへ移った。新しいローブの話から箒の話になり、箒から今年のクィディッチへ飛び、クラッブが前の箒との違いを聞いたせいで、今度は柄の材質から説明が始まる。途中でゴイルが菓子の包みを落とし、クラッブが拾うついでに中身を一つ取って揉め始めたところで、話はいったん途切れた。結局どれが一番話したかったのかは分からなかったが、遙一はわざわざ整理してやらなかった。
やがて九と四分の三番線へ抜けると、白い蒸気の向こうに赤いホグワーツ特急が見えた。梟の鳴き声と家族の呼び声が重なり、荷物を積んだ生徒たちが狭い場所で何度も行き違っている。去年はそのすべてが初めて見る魔法学校への入口だったが、今年は見知った顔を探せる程度には余裕があった。
少し離れたところにウィーズリー一家がいた。赤毛の中に、去年までは見なかった小柄な少女が混じっている。ジニー・ウィーズリーだろう。緊張しているのか、兄たちに何か言われるたびにむっとした顔をしていたが、ふとこちらへ視線が向いたので、遙一は軽く会釈した。
ジニーは一瞬戸惑ってから、小さく頭を下げた。その直後に兄の一人から呼ばれ、すぐそちらへ向き直る。
初めてホグワーツへ行く日くらい、見知らぬ上級生に長く観察されない方がいいだろう。遙一はそれ以上見ず、荷物を列車へ運んだ。
列車がロンドンを離れて一時間ほど経った頃、遙一はスリザリンの生徒たちと同じコンパートメントにいた。ドラコは窓際で本を開いていたが、読んでいる時間より周囲の話へ口を挟んでいる時間の方が長い。クラッブとゴイルは途中で買った菓子を広げ、向かいに座った男子生徒が、遙一の鞄から少し覗いていたカードの箱を見つけた。
「ヨーイチ、今年も手品やってよ。去年と違うやつ」
「注文が多いですね」
「どうせまた種は教えないぞ。何回聞いても同じだった」
ドラコが本から目を上げずに言うと、男子生徒は「それなら今日こそ見破ればいい」と勝手に話を進めた。ドラコもその気になったらしく、とうとう本を閉じる。
「では、観客が増えたところで」
遙一はカードを取り出した。一年目に談話室で手品を見せて以来、今ではグリンデルバルドという姓だけでなく、手品をする生徒として声を掛けてくる者もいる。
一枚を選ばせ、覚えさせてから束へ戻す。何度かカードを切り、選んだ本人にも一度混ぜさせると、横から見ていたドラコが身を乗り出した。
「今のは本当に見てないな? 去年みたいに、見てないように見せて実は見てたなんてなしだぞ」
「見ていたら反則でしょう」
「ヨーイチならやるかもしれないって言ってるんだ」
カードを選んだ男子生徒が「それを見破るために見てるんだろ」とドラコへ返し、ゴイルは菓子を食べながら早くやれと急かした。遙一はそのまま束を左手へ持ち替えた。
親指で端を弾くと、何枚ものカードが乾いた音を立てて流れていく。その途中で一枚だけがわずかに浮き、同時にカードの端へ針先ほどの白い光が灯った。
誰かが「光った」と言い、別の誰かは杖を探した。遙一の杖はローブの内側にあり、左手はカードの束を持ったままだったが、その指先は布越しに杖の柄へ触れている。ごく単純な無言魔法で生じた光へ全員の視線が一瞬だけ集まり、消えた時には、遙一の右手に一枚のカードが挟まれていた。
「こちらでしょう」
スペードの七だった。
選んだ本人が正解だと声を上げると、今度は光が魔法だったのか、カードまで魔法で移動したのか、それとも全部手品なのかで議論が始まった。杖を抜いていないことに気づいた者がいれば、杖なしで使ったのではないかと言い出す者もいる。実際には杖を見せていないだけだったが、遙一は訂正しなかった。しばらく好きに言わせた後で、ドラコが遙一へ向き直った。
「結局どっちなんだ。光とカード、両方とも魔法なのか?」
「どちらも見たでしょう?」
「見ても分からなかったから聞いてるんだ!」
遙一は笑ってカードを束へ戻した。一年前は、魔法と奇術を同じ場で使っても、二つはまだ別々の技術だった。今では、ごく小さな魔法を視線誘導へ混ぜ、その隙に手先の技術を通す程度なら自然に繋げられる。
「もう一回やれよ。今度は光を見ないから」
「じゃあ俺は手を見る。誰かカードだけ見てろ」
早くも観察場所の分担まで始めたので、遙一は首を振った。
「それではもう、同じ手品にはなりませんね」
「だから別のをやれって言ってるんだ」
「最初の注文に戻りましたね」
笑い声が起こった。ドラコはまだ納得していない顔のままカードを一枚取って裏表を調べ始め、ゴイルまで真似をして別のカードを曲げかけた。クラッブに止められても最初から曲がっていたと言い張ったので、遙一が「新品ですよ」とだけ告げると、ゴイルは黙ってカードを戻した。
その騒ぎが落ち着いた頃、廊下を通る生徒の中に見知った黒髪を探してみたが、ハリーの姿はなかった。ロンも見ていない。ハーマイオニーなら少し前に別の車両へ向かうところを見たので、二人だけがどこかにいるのかもしれない。
「そういえば、ポッターを見てないな。ウィーズリーも一緒か?」
ドラコが言うと、クラッブが赤毛ならさっき見たと答えた。ただし誰だったのかまでは覚えていなかったらしく、ドラコに「それじゃ何の情報にもなってない」と呆れられている。
「ウィーズリー家を色だけで識別するのは難しそうですね」
「全員同じ色じゃないか」
「だから難しいんですよ」
ドラコは少し考えてから鼻で笑い、「二人とも列車に乗り遅れたんじゃないか?」と言った。
「かもしれませんね」
それ以上、遙一は探しに立たなかった。友人だからといって、同じ列車の中で常に居場所を知っている必要はない。何かあれば、次に会った時に聞けばいい。
実際、聞く機会は翌朝すぐに来た。
ホグワーツの大広間では、朝食より先に空飛ぶ車の話が行き交っていた。遙一がスリザリンのテーブルへ向かうまでの短い間にも、車は禁じられた森へ落ち、湖へ突っ込み、城の塔を掠め、最後には暴れ柳と正面から衝突したことになっていた。二人が退学になったという話まで聞こえたが、その少し先には当のハリーが普通に歩いている。
「ポッターは退学になったって聞いたけど、普通にいるじゃないか」
近くの上級生がそう言うと、もう一人は「なら停学か減点だろ」と、どうしても何かしらの罰へ着地させようとした。
「本人に聞けばいいでしょう」
遙一が横から言うと、二人は一瞬こちらを見た。
「それじゃ噂にならないだろ」
「なるほど」
何となく納得できる答えだった。
遙一がそのまま自分の席へ向かおうとしたところで、グリフィンドールのテーブルからロンに呼ばれた。ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が並んでおり、ハーマイオニーは既に朝から何度も同じ話を聞かされたらしい顔をしている。
「ヨーイチ、聞いたか?」
「いくつか。キングズ・クロスから空飛ぶ車で来て、途中で百メートルほど落下し、湖へ墜落したあと暴れ柳と戦って勝ったそうですね」
「半分以上増えてるぞ。湖には落ちてないし、柳には負けた。車なんか最後は森へ逃げたんだからな」
ロンが一息に訂正すると、ハリーが笑った。
「僕が聞いた時よりひどくなってる」
「笑ってる場合じゃないでしょう。そもそも、壁が通れなかったからって車を使っていい理由にはならないのよ。マグルにも見られて、魔法省まで巻き込んだんだから」
「それは昨日から何度も聞いたって。駅に残ってたら学校に来られなかったんだぞ」
ロンも一息に返し、ハリーが「昨日からずっとこの調子なんだ」と遙一へ苦笑した。そこからまた三人だけで話が続き始めたので、遙一はしばらく口を挟まずに待った。
「それで、本当は何があったんです?」
ようやく尋ねると、ロンが説明を始め、ハリーが時々細部を訂正した。九と四分の三番線へ入れなかったこと。ホグワーツ特急が出てしまったこと。駅に残されたままでは学校へ行けないと考え、ウィーズリー家の車を使ったこと。列車を追って北へ飛び、最後に暴れ柳へ突っ込んだこと。ハーマイオニーは途中で何度か口を挟んだが、同じ説教を最初から繰り返すことはなかった。
本人たちから聞けば、昨夜から城を歩き回っている話よりはずっと単純だった。
「つまり、百メートル落下も湖への墜落もなく、暴れ柳には敗北。退学もしていない、と」
「そう。最初からそれだけ聞けばよかったんだよ」
ハリーが答える横で、ロンは「柳に負けたって言い方は嫌だけどな」と付け足した。
「車が逃げたなら、負けたのは車の方じゃない?」
「追い出されたんだよ。どっちにしても負けてるだろ」
ハーマイオニーの訂正にロンが返し、ハリーが吹き出した。
遙一も笑いながら、昨夜から聞いた話を頭の中で並べ直した。誰か一人が大きな嘘をついたというより、聞いた話の空いているところを次の誰かが少しずつ埋め、その推測まで事実として次へ渡っていったのだろう。一晩あれば、空飛ぶ車で学校へ来たという十分に奇妙な出来事でさえ、さらに面白い形へ変わるらしい。
もっとも、今はただの学校の噂話だった。
「では、湖と百メートルと勝利と退学は訂正しておきます」
「そんなに間違ってるなら、もう最初から本人に聞けばいいだろ」
「それでは噂にならないそうですよ」
「誰がそんなこと言ったんだ?」
「さっきのスリザリンです」
ロンは呆れた顔をし、ハリーはまた笑った。ハーマイオニーは「確かに、そういう人がいるから広がるのよ」と妙に納得している。
遙一は三人に別れを告げ、今度こそスリザリンのテーブルへ向かった。背後ではロンがまだ車の扱いについて何か言い、ハーマイオニーが返し、ハリーがその間で笑っている。
出会った頃には、三人の間にもそれぞれ遠慮があった。今では、本人たちが気にするより先に言葉が出ている。
遙一は席に着き、紅茶へ手を伸ばした。背後から聞こえる三人の声は、しばらく途切れなかった。